3 / 17
一章
3、池のほとりで朝食を【1】
しおりを挟む
新しい家のお庭には、池があって睡蓮の花がつぼみをつけている。
その池のほとりに、お父さまが新たに四阿をもうけてくださったから、朝食はそこでとることにした。
運ばれてきたのはかりっと焼き上げたトースト。薔薇の形をしたバターは、まだ夏じゃないから少し白っぽい。
牛は冬の間は干し草を食べるから、バターが白っぽくて。春から夏になると、放牧されて生えている草を食べるから、バターの色が濃い黄色になるらしい。
それにお母さまお手製のジャム。
ジャムは澄んだ橙色のクラウドベリー。
お気に入りのアザレア色のジャムディッシュは、実家(といっていいのかしら)から持ってきちゃった。
半熟の目玉焼きと赤いベイクドビーンズ。カリカリに焼いた燻製のお肉とお野菜が添えてある。果物は瑞々しい苺。
ジャムディッシュに手をのばしたわたしを、向かいの席のアレクが「姫さま。ジャムからというのは、どうかと思います」とたしなめた。
「まぁ。『姫さま』だなんて他人行儀な呼び方をしないで」
「失礼いたしました。つい」
メイドが淹れてくれた紅茶を、アレクはわたしに勧める。お砂糖は入れずに、ミルクはたっぷり。澄んだ水色の紅茶に、ミルクが一瞬雲のように見えて、そして柔らかな色へと変化した。
「お小さい頃と同じで、甘いものからお召し上がりになるんですね」
「甘いものに始まり、甘いもので終わる。そういうのが好きかもしれないわ」
「理由になっていませんが。まぁ、残さずに召し上がってください。夕食も取っていらっしゃらないのですから」
そういうアレクは、レモンをカップの中で潰してから紅茶を注いでもらっている。なじんだ清々しい香りが辺りに漂った。
「ね、お砂糖を入れなくてすっぱくないの?」
「どうでしょう。慣れていますから、どちらでも平気なんですが。ひとくち飲んでみますか?」
勧められてソーサごとカップを受け取る。見た目は、あまりよくない。だって皮も果肉も潰れて紅茶に混じっているのだから。
でも、少し飲んでみてはっとした。目を大きく見開いたくらいよ。
レモンの香りが口いっぱいに広がって、酸っぱいのにそんなに酸っぱくない。
もちろん蜂蜜を入れた方がもっとおいしいと思うけれど。
アレクがいつも飲んでいる物を共有できたことが、とても嬉しかった。
わたしにとっては十何年も昔からの、懐かしい香り。小さい頃の思い出と今が一緒になって、包まれていくみたい。
「おいしいわ」
「よかったです」
アレクが柔らかく微笑むから、わたしまで嬉しくなってしまう。返したカップを綺麗な手つきで持って、アレクがレモンの紅茶を飲んでいる。
手の大きさとか節くれだった指に反して、アレクの指使いはとても繊細なの。
「香りがね、アレクにキスされた時よりももっと濃いのね」
かちゃん、と音がしてソーサーに紅茶がこぼれていた。アレクはわたしの顔をまじまじと見つめ、そして徐々に頬が赤く染まっていく。
やだ、乙女みたい。かわいーい。
膝にのせていた布で、アレクは口を拭いた。ついでに紅茶で濡れた手も。
「あの、そういう話は……朝からするものではありませんよ」
「でも夫婦よ」
「そうですが」
ちらっとアレクは周囲に目を走らせる。
大丈夫よ。メイドはこちらから呼ばない限りは四阿には来ないもの。
「そんなあなただから、私は何もできないんですよ? まぁ、時間はありますから。いつまでも待っていますよ」
あ、やっぱり何もなかったんだわ。ちょっと安心したような、残念なような。自分でもよく分からない気持ちになったの。
その池のほとりに、お父さまが新たに四阿をもうけてくださったから、朝食はそこでとることにした。
運ばれてきたのはかりっと焼き上げたトースト。薔薇の形をしたバターは、まだ夏じゃないから少し白っぽい。
牛は冬の間は干し草を食べるから、バターが白っぽくて。春から夏になると、放牧されて生えている草を食べるから、バターの色が濃い黄色になるらしい。
それにお母さまお手製のジャム。
ジャムは澄んだ橙色のクラウドベリー。
お気に入りのアザレア色のジャムディッシュは、実家(といっていいのかしら)から持ってきちゃった。
半熟の目玉焼きと赤いベイクドビーンズ。カリカリに焼いた燻製のお肉とお野菜が添えてある。果物は瑞々しい苺。
ジャムディッシュに手をのばしたわたしを、向かいの席のアレクが「姫さま。ジャムからというのは、どうかと思います」とたしなめた。
「まぁ。『姫さま』だなんて他人行儀な呼び方をしないで」
「失礼いたしました。つい」
メイドが淹れてくれた紅茶を、アレクはわたしに勧める。お砂糖は入れずに、ミルクはたっぷり。澄んだ水色の紅茶に、ミルクが一瞬雲のように見えて、そして柔らかな色へと変化した。
「お小さい頃と同じで、甘いものからお召し上がりになるんですね」
「甘いものに始まり、甘いもので終わる。そういうのが好きかもしれないわ」
「理由になっていませんが。まぁ、残さずに召し上がってください。夕食も取っていらっしゃらないのですから」
そういうアレクは、レモンをカップの中で潰してから紅茶を注いでもらっている。なじんだ清々しい香りが辺りに漂った。
「ね、お砂糖を入れなくてすっぱくないの?」
「どうでしょう。慣れていますから、どちらでも平気なんですが。ひとくち飲んでみますか?」
勧められてソーサごとカップを受け取る。見た目は、あまりよくない。だって皮も果肉も潰れて紅茶に混じっているのだから。
でも、少し飲んでみてはっとした。目を大きく見開いたくらいよ。
レモンの香りが口いっぱいに広がって、酸っぱいのにそんなに酸っぱくない。
もちろん蜂蜜を入れた方がもっとおいしいと思うけれど。
アレクがいつも飲んでいる物を共有できたことが、とても嬉しかった。
わたしにとっては十何年も昔からの、懐かしい香り。小さい頃の思い出と今が一緒になって、包まれていくみたい。
「おいしいわ」
「よかったです」
アレクが柔らかく微笑むから、わたしまで嬉しくなってしまう。返したカップを綺麗な手つきで持って、アレクがレモンの紅茶を飲んでいる。
手の大きさとか節くれだった指に反して、アレクの指使いはとても繊細なの。
「香りがね、アレクにキスされた時よりももっと濃いのね」
かちゃん、と音がしてソーサーに紅茶がこぼれていた。アレクはわたしの顔をまじまじと見つめ、そして徐々に頬が赤く染まっていく。
やだ、乙女みたい。かわいーい。
膝にのせていた布で、アレクは口を拭いた。ついでに紅茶で濡れた手も。
「あの、そういう話は……朝からするものではありませんよ」
「でも夫婦よ」
「そうですが」
ちらっとアレクは周囲に目を走らせる。
大丈夫よ。メイドはこちらから呼ばない限りは四阿には来ないもの。
「そんなあなただから、私は何もできないんですよ? まぁ、時間はありますから。いつまでも待っていますよ」
あ、やっぱり何もなかったんだわ。ちょっと安心したような、残念なような。自分でもよく分からない気持ちになったの。
0
お気に入りに追加
272
あなたにおすすめの小説
死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く
miniko
恋愛
お茶会の参加中に魔獣に襲われたオフィーリアは前世を思い出し、自分が乙女ゲームの2番手悪役令嬢に転生してしまった事を悟った。
ゲームの結末によっては、断罪されて火あぶりの刑に処されてしまうかもしれない立場のキャラクターだ。
断罪を回避したい彼女は、攻略対象者である公爵令息との縁談を丁重に断ったのだが、何故か婚約する代わりに彼と友人になるはめに。
ゲームのキャラとは距離を取りたいのに、メインの悪役令嬢にも妙に懐かれてしまう。
更に、ヒロインや王子はなにかと因縁をつけてきて……。
平和的に悪役の座を降りたかっただけなのに、どうやらそれは無理みたいだ。
しかし、オフィーリアが人助けと自分の断罪回避の為に行っていた地道な根回しは、徐々に実を結び始める。
それがヒロインにとってのハッピーエンドを阻む結果になったとしても、仕方の無い事だよね?
だって本来、悪役って主役を邪魔するものでしょう?
※主人公以外の視点が入る事があります。主人公視点は一人称、他者視点は三人称で書いています。
※連載開始早々、タイトル変更しました。(なかなかピンと来ないので、また変わるかも……)
※感想欄は、ネタバレ有り/無しの分類を一切おこなっておりません。ご了承下さい。
初恋をこじらせたやさぐれメイドは、振られたはずの騎士さまに求婚されました。
石河 翠
恋愛
騎士団の寮でメイドとして働いている主人公。彼女にちょっかいをかけてくる騎士がいるものの、彼女は彼をあっさりといなしていた。それというのも、彼女は5年前に彼に振られてしまっていたからだ。ところが、彼女を振ったはずの騎士から突然求婚されてしまう。しかも彼は、「振ったつもりはなかった」のだと言い始めて……。
色気たっぷりのイケメンのくせに、大事な部分がポンコツなダメンズ騎士と、初恋をこじらせたあげくやさぐれてしまったメイドの恋物語。
*この作品のヒーローはダメンズ、ヒロインはダメンズ好きです。苦手な方はご注意ください
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
【完結】婚約者と幼馴染があまりにも仲良しなので喜んで身を引きます。
天歌
恋愛
「あーーん!ダンテェ!ちょっと聞いてよっ!」
甘えた声でそう言いながら来たかと思えば、私の婚約者ダンテに寄り添うこの女性は、ダンテの幼馴染アリエラ様。
「ちょ、ちょっとアリエラ…。シャティアが見ているぞ」
ダンテはアリエラ様を軽く手で制止しつつも、私の方をチラチラと見ながら満更でも無いようだ。
「あ、シャティア様もいたんですね〜。そんな事よりもダンテッ…あのね…」
この距離で私が見えなければ医者を全力でお勧めしたい。
そして完全に2人の世界に入っていく婚約者とその幼馴染…。
いつもこうなのだ。
いつも私がダンテと過ごしていると必ずと言って良いほどアリエラ様が現れ2人の世界へ旅立たれる。
私も想い合う2人を引き離すような悪女ではありませんよ?
喜んで、身を引かせていただきます!
短編予定です。
設定緩いかもしれません。お許しください。
感想欄、返す自信が無く閉じています
マッチョな料理人が送る、異世界のんびり生活。 〜強面、筋骨隆々、とても強い。 でもとっても優しい男が異世界でのんびり暮らすお話〜
かむら
ファンタジー
【ファンタジー小説大賞にて、ジョブ・スキル賞受賞しました!】
身長190センチ、筋骨隆々、彫りの深い強面という見た目をした男、舘野秀治(たてのしゅうじ)は、ある日、目を覚ますと、見知らぬ土地に降り立っていた。
そこは魔物や魔法が存在している異世界で、元の世界に帰る方法も分からず、行く当ても無い秀治は、偶然出会った者達に勧められ、ある冒険者ギルドで働くことになった。
これはそんな秀治と仲間達による、のんびりほのぼのとした異世界生活のお話。
【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。
大森 樹
恋愛
【短編】
公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。
「アメリア様、ご無事ですか!」
真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。
助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。
穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで……
あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。
★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。
死にかけ令嬢は二度と戻らない
水空 葵
恋愛
使用人未満の扱いに、日々の暴力。
食事すら満足に口に出来ない毎日を送っていた伯爵令嬢のエリシアは、ついに腕も動かせないほどに衰弱していた。
味方になっていた侍女は全員クビになり、すぐに助けてくれる人はいない状況。
それでもエリシアは諦めなくて、ついに助けを知らせる声が響いた。
けれど、虐めの発覚を恐れた義母によって川に捨てられ、意識を失ってしまうエリシア。
次に目を覚ました時、そこはふかふかのベッドの上で……。
一度は死にかけた令嬢が、家族との縁を切って幸せになるお話。
※他サイト様でも連載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる