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【裏視点】
4、ただいま、です
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アルベティーナが「どうしたの?」という風に俺の顔を覗きこんでくる。
窓から吹き込む風が、彼女の柔らかな髪をふわりと揺らした。
腕の中にある温もりが、心の奥底で結晶となっていた寂しさを溶かしてくれる。
ああ、こんなにも嬉しいことはない。
「お帰り、俺の乙女」
その言葉に、アルベティーナはきょとんとした表情を浮かべた。だが、俺は見逃さなかった。緑柱石の瞳の奥に、輝く光が宿ったのを。
彼女の魂が、喜んでくれている。
「た、ただいま、です。炎熱の王」
「イザークだ」
「ただいま、イザーク」
まるで花が開くように、アルベティーナは微笑んだ。幾重もの薄紅の花弁が、ほどけていくように。
◇◇◇
さて、冬の乙女が戻ったといっても、まだたった七つの娘だ。
祈りを捧げることや勉強の時間以外、アルベティーナとパドマは何をするか?
大人になった乙女は、空いた時間に読書していたが。
ただでさえ祭祀の間、神妙にしていたアルベティーナが、休憩で小難しい本を読んだりするはずがない。
まぁ、神妙といったが。実際は白い布をたっぷりと使い、同色の糸で刺繍を施した祭祀服の長い裾の中で、足をぶらぶらと動かして、退屈そうにしていたらしい。
伝聞なのは、アルベティーナを指導している神官長がこぼしていたのを、ハーンが俺に教えてくれたからだ。
まったくもって筒抜けだな。
柱廊に囲まれた懐かしい中庭で、俺とアルベティーナ、そしてパドマが向かい合って座っていた。
急峻な山ではあるが、俺が温度を管理しているので、この中庭には常に草が青々と茂り、色とりどりの花が咲いている。
下草の上に敷物をふわりと置いて腰を下ろしていると、草の清々しい匂いがする。まぁ、俺達の中央にあるのが、平たい泥団子と皿に入った草の実というのが、あれなんだが。
「どうぞ、めしあがれ」
アルベティーナが、にこにこと泥団子を差し出してくる。ままごとももう何度目かな。さすがに俺も慣れたぞ。
「イザークさま、じゃなくてお父さん。はい、どうぞ」
パドマがなぜか、俺に紙切れの束を手渡す。これは何だ? と尋ねると札束らしい。
勿論、本物ではない。
「イザークさま、ご存じですか? コインよりも紙のお金の方が価値があるんですよ。はい、お父さんは今日もお仕事で『ぜいきん』を取り立ててくださいね」
ハーンから聞いたところによると、パドマの父は運河にある税関で働いているらしい。
生々しい遊びだな。
「パドマ。お父さんって何をするの?」
「お仕事に行って、夜になったら帰ってくるんです。それでナツメヤシのお酒を飲んで、じょうし? の悪口を言うんです」
「そうなの?」
アルベティーナが俺に尋ねてくるが、そんなの知るわけがないだろ。
だが、赤子の頃に冬の乙女として親元から引き離されて、隔離され育てられたアルベティーナには一般的な知識がない。
ままごとで、世間一般の家庭というものを学ぶのも悪くはないが。
なぜに俺までその遊びに駆り出されているんだ? しかも一般常識があるのがパドマだけなので、とても偏りのあるままごとになってしまう。
「わたし、知ってる。お父さんとお母さんは結婚するのよ」
「結婚するのではなく、結婚しただな。順番が逆だろ」
「イザークって物知りなのね」
アルベティーナが、瞳を煌めかせながら俺を見上げてくる。
そうか、仕方ないな。俺がちゃんと教育というものをしてやろう。伊達に長く生きてはいないからな。
俺は何代か前の乙女に教えてもらった花冠を編んだ。
確か花の名前は白詰草だったろうか。
「意外と不器用なんですね」と微笑みながら、その乙女は細い茎の編み方を丁寧に指導してくれた。
俺が白詰草を編む様子を、アルベティーナとパドマが真剣に覗きこんでいる。
いくら砂漠に囲まれているとはいえ、イルデラ王国は緑溢れる国なのだから。花冠くらい見たことがあるだろうに。
いや、ないか。特にアルベティーナは。
窓から吹き込む風が、彼女の柔らかな髪をふわりと揺らした。
腕の中にある温もりが、心の奥底で結晶となっていた寂しさを溶かしてくれる。
ああ、こんなにも嬉しいことはない。
「お帰り、俺の乙女」
その言葉に、アルベティーナはきょとんとした表情を浮かべた。だが、俺は見逃さなかった。緑柱石の瞳の奥に、輝く光が宿ったのを。
彼女の魂が、喜んでくれている。
「た、ただいま、です。炎熱の王」
「イザークだ」
「ただいま、イザーク」
まるで花が開くように、アルベティーナは微笑んだ。幾重もの薄紅の花弁が、ほどけていくように。
◇◇◇
さて、冬の乙女が戻ったといっても、まだたった七つの娘だ。
祈りを捧げることや勉強の時間以外、アルベティーナとパドマは何をするか?
大人になった乙女は、空いた時間に読書していたが。
ただでさえ祭祀の間、神妙にしていたアルベティーナが、休憩で小難しい本を読んだりするはずがない。
まぁ、神妙といったが。実際は白い布をたっぷりと使い、同色の糸で刺繍を施した祭祀服の長い裾の中で、足をぶらぶらと動かして、退屈そうにしていたらしい。
伝聞なのは、アルベティーナを指導している神官長がこぼしていたのを、ハーンが俺に教えてくれたからだ。
まったくもって筒抜けだな。
柱廊に囲まれた懐かしい中庭で、俺とアルベティーナ、そしてパドマが向かい合って座っていた。
急峻な山ではあるが、俺が温度を管理しているので、この中庭には常に草が青々と茂り、色とりどりの花が咲いている。
下草の上に敷物をふわりと置いて腰を下ろしていると、草の清々しい匂いがする。まぁ、俺達の中央にあるのが、平たい泥団子と皿に入った草の実というのが、あれなんだが。
「どうぞ、めしあがれ」
アルベティーナが、にこにこと泥団子を差し出してくる。ままごとももう何度目かな。さすがに俺も慣れたぞ。
「イザークさま、じゃなくてお父さん。はい、どうぞ」
パドマがなぜか、俺に紙切れの束を手渡す。これは何だ? と尋ねると札束らしい。
勿論、本物ではない。
「イザークさま、ご存じですか? コインよりも紙のお金の方が価値があるんですよ。はい、お父さんは今日もお仕事で『ぜいきん』を取り立ててくださいね」
ハーンから聞いたところによると、パドマの父は運河にある税関で働いているらしい。
生々しい遊びだな。
「パドマ。お父さんって何をするの?」
「お仕事に行って、夜になったら帰ってくるんです。それでナツメヤシのお酒を飲んで、じょうし? の悪口を言うんです」
「そうなの?」
アルベティーナが俺に尋ねてくるが、そんなの知るわけがないだろ。
だが、赤子の頃に冬の乙女として親元から引き離されて、隔離され育てられたアルベティーナには一般的な知識がない。
ままごとで、世間一般の家庭というものを学ぶのも悪くはないが。
なぜに俺までその遊びに駆り出されているんだ? しかも一般常識があるのがパドマだけなので、とても偏りのあるままごとになってしまう。
「わたし、知ってる。お父さんとお母さんは結婚するのよ」
「結婚するのではなく、結婚しただな。順番が逆だろ」
「イザークって物知りなのね」
アルベティーナが、瞳を煌めかせながら俺を見上げてくる。
そうか、仕方ないな。俺がちゃんと教育というものをしてやろう。伊達に長く生きてはいないからな。
俺は何代か前の乙女に教えてもらった花冠を編んだ。
確か花の名前は白詰草だったろうか。
「意外と不器用なんですね」と微笑みながら、その乙女は細い茎の編み方を丁寧に指導してくれた。
俺が白詰草を編む様子を、アルベティーナとパドマが真剣に覗きこんでいる。
いくら砂漠に囲まれているとはいえ、イルデラ王国は緑溢れる国なのだから。花冠くらい見たことがあるだろうに。
いや、ないか。特にアルベティーナは。
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