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【裏視点】
3、お前、小さくなったなぁ
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俺は両腕を差し出し、アルベティーナを抱き上げた。
うわっ、軽っ。
子どもの乙女に出会うのは何十年ぶりだろうか。
「アルベティーナと言ったな」
「はい」
「小さくなったなぁ」
「……大きくなったって、言われます」
俺の腕に抱えられたまま、アルベティーナはまっすぐに見据えてくる。
うーん、確かにその緑柱石のような美しい瞳に映っている俺の顔は、少々怖いかもしれない。
ふんわりとした感触のその小さな手に触れると、まだ小刻みに震えていた。
「まだ俺のことが怖いか?」
尋ねると、アルベティーナはふるふると首を振った。パドマはというと、侍女のハーンにしがみついている。
「見た目ほど怖くないって、覚えてる……ます。でも、いじめっ子だから気をつけないといけないの」
「俺、乙女のことを虐めたことなんかないぞ」
「……いじめたもの。泣かせたもの」
はて? 記憶にないな。
「『好きな人のそばにいても、好きな人といっしょになれない』って泣いてた」
きゅん、と音がしたのは何処からだろうか。
「他には乙女は何か言っていたか? 先代でも先々代でもいい。小さなことでもいいから、覚えているだろう?」
「『わたしには大事な仕事があるから、しょうがないの』だって」
「うん。そういう正論はどうでもいいからな」
「せいろんって、何ですか?」
「知識はそこまで下がったか」
俺の言葉に、アルベティーナはむっとした様子で眉を寄せた。
ああ、睨んでも可愛いな。全然怖くないぞ。
「えーと『どうしてあんなに性格が悪いの。信じられない』って覚えてます」
俺はがくっとうなだれた。
もうちょっとロマンティックな内容が聞きたかったんだよ。まだ年端もいかぬ子どもには難しいかな。
俺の腕にしがみついているアルベティーナの手は、いつしか震えが治まっていた。
よかった、少しは慣れてくれたか。
「思い出した。あのね『イザークにまた会えるのがうれしいの。絶対に待っていてくれるから』って」
「それだ。そういうのが聞きたかったんだよ」
自分でも知らぬ内に、俺は笑っていた。
ああ、乙女が亡くなってから久しく笑うことなどなかった。
また逢えると認識していても、別離のつらさが和らぐわけではない。
この神殿には、神官達が立ち入ることのない中庭がある。
風が吹くと草がそよぎ、夕映えのような薄紅の花や、可憐な水色の花が咲き乱れている。
その中で、乙女は本や詩集を読むことが多かった。
乙女が最も好んだ花園だ。
あなたがいなくなってから、俺はその中庭で花を摘み、来る日も来る日もあなたが眠る場所に花を捧げた。
どうか寂しくないように……と。
いや、寂しいのは俺だったのかもしれないな。
いつ来るとも知らぬ、あなたとの再会の日を待ち続け。
青すぎる空を見上げては、あなたが不在だから雪が降らぬことを嘆き。
それでも乙女の力が残存しているから、氷河が融けぬことに安堵し。
炎熱の王ともあろう者が、寂しさに耐え切れぬなど情けないと、自らを叱咤したが。やはり誰もいない花園を……無人の中庭にただ月明りだけが、音もなく降りそそぐのを見ると切なくて。
主を失った部屋の家具も調度品も、白い布が掛けられて。
俺は、あなたの部屋の扉を開ける事すらできなくなっていた。
俺は何度、こんな気持ちを繰り返せばいいのだろうな。あなたの魂に寿命がないことを祈ろう。
神が誰に祈るのかと、馬鹿にされるかもしれないが。
それでも俺にとっては、あなたとの日々は、それぞれがとても大切で愛おしい毎日なんだ。
うわっ、軽っ。
子どもの乙女に出会うのは何十年ぶりだろうか。
「アルベティーナと言ったな」
「はい」
「小さくなったなぁ」
「……大きくなったって、言われます」
俺の腕に抱えられたまま、アルベティーナはまっすぐに見据えてくる。
うーん、確かにその緑柱石のような美しい瞳に映っている俺の顔は、少々怖いかもしれない。
ふんわりとした感触のその小さな手に触れると、まだ小刻みに震えていた。
「まだ俺のことが怖いか?」
尋ねると、アルベティーナはふるふると首を振った。パドマはというと、侍女のハーンにしがみついている。
「見た目ほど怖くないって、覚えてる……ます。でも、いじめっ子だから気をつけないといけないの」
「俺、乙女のことを虐めたことなんかないぞ」
「……いじめたもの。泣かせたもの」
はて? 記憶にないな。
「『好きな人のそばにいても、好きな人といっしょになれない』って泣いてた」
きゅん、と音がしたのは何処からだろうか。
「他には乙女は何か言っていたか? 先代でも先々代でもいい。小さなことでもいいから、覚えているだろう?」
「『わたしには大事な仕事があるから、しょうがないの』だって」
「うん。そういう正論はどうでもいいからな」
「せいろんって、何ですか?」
「知識はそこまで下がったか」
俺の言葉に、アルベティーナはむっとした様子で眉を寄せた。
ああ、睨んでも可愛いな。全然怖くないぞ。
「えーと『どうしてあんなに性格が悪いの。信じられない』って覚えてます」
俺はがくっとうなだれた。
もうちょっとロマンティックな内容が聞きたかったんだよ。まだ年端もいかぬ子どもには難しいかな。
俺の腕にしがみついているアルベティーナの手は、いつしか震えが治まっていた。
よかった、少しは慣れてくれたか。
「思い出した。あのね『イザークにまた会えるのがうれしいの。絶対に待っていてくれるから』って」
「それだ。そういうのが聞きたかったんだよ」
自分でも知らぬ内に、俺は笑っていた。
ああ、乙女が亡くなってから久しく笑うことなどなかった。
また逢えると認識していても、別離のつらさが和らぐわけではない。
この神殿には、神官達が立ち入ることのない中庭がある。
風が吹くと草がそよぎ、夕映えのような薄紅の花や、可憐な水色の花が咲き乱れている。
その中で、乙女は本や詩集を読むことが多かった。
乙女が最も好んだ花園だ。
あなたがいなくなってから、俺はその中庭で花を摘み、来る日も来る日もあなたが眠る場所に花を捧げた。
どうか寂しくないように……と。
いや、寂しいのは俺だったのかもしれないな。
いつ来るとも知らぬ、あなたとの再会の日を待ち続け。
青すぎる空を見上げては、あなたが不在だから雪が降らぬことを嘆き。
それでも乙女の力が残存しているから、氷河が融けぬことに安堵し。
炎熱の王ともあろう者が、寂しさに耐え切れぬなど情けないと、自らを叱咤したが。やはり誰もいない花園を……無人の中庭にただ月明りだけが、音もなく降りそそぐのを見ると切なくて。
主を失った部屋の家具も調度品も、白い布が掛けられて。
俺は、あなたの部屋の扉を開ける事すらできなくなっていた。
俺は何度、こんな気持ちを繰り返せばいいのだろうな。あなたの魂に寿命がないことを祈ろう。
神が誰に祈るのかと、馬鹿にされるかもしれないが。
それでも俺にとっては、あなたとの日々は、それぞれがとても大切で愛おしい毎日なんだ。
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