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20、王太子の絶望*( 残酷描写あり、閲覧注意 )
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※残酷な描写が苦手な方は、この話をとばしてください。
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王宮に押し入った民衆は、歩くこともできずに床に倒れ伏すブルーノをいたぶった。
怒りと鬱憤と、不安が彼らを駆り立てていた。
「へぇ、王妃さまは刺繍をなさっていたのか」
「高尚なご趣味だな。ふぅん、絹の糸か。わざわざ外国からお取り寄せになっていたのかなぁ」
暴徒は、丸い木の枠に張った布から、針を抜いた。刺繍糸のついたままの針が、ブルーノの指に当てられる。
「ぐぁ……あぁ」
ブルーノの爪と皮膚の間に針が刺された。
その痛みに、彼は呻いた。
「あー、これ、痛いんだよなぁ」という呑気な声が聞こえた。
しかも恐ろしいことに、指は手に十本、足にも十本ある。
針山から再び糸のついた針を取り、その鋭く尖った銀色の先端を、ブルーノの眼前で見せつける。
「よかったなぁ、殿下。お前も刺繍してもらおうなぁ」
片手の指の爪に、針を刺し終わった時、ブルーノは気を失った。
だが、すぐに背中を蹴り飛ばされて、意識が戻る。
「しっかし、俺らも地味なことをしてんなぁ」
「ちまちまと、よくやるよな」
まったくだ、と笑いながら、ブルーノの指を折っていく。まるで子どもが楽しそうに虫の肢をもぎとるように。
「ころすなら……ひといきに……」
「なんで?」
無邪気に問いかけられて、全身に鳥肌が立った。
怒りに駆られていたはずの暴徒は、今は抗う術のない王太子を虐げることで、嗜虐心を満たしている。
狂気じみた群集心理の恐ろしさを、ブルーノは目の当たりにしていた。
かろうじて腕で床を這い、窓枠に手を掛けたブルーノは、風に流れてくる声を聞いた。
「なんと惨いことを」
「悪魔でもこんな非道なことはしないよ」
「神をも畏れぬ奴らの所業さ。ああ、恐ろしい」
それは主に女性の声だった。子どもを背負った女性や、老女の集団。中には老人もいる。
彼女たちは、それぞれが小さな布の包みを持ち、旅装束をしていた。
老人が引く数頭の駱駝には、水の入った革袋と食糧が積んである。
そうか……ブルーノは納得した。
腐った国を見限り、そして王族に全ての責任をなすりつける男どもすらも捨てて、彼女たちは新天地へと旅立つのか。
この国が滅び、難民となる前に。
耐えていたのは冬の乙女だけではない。女たちも、そうだったのか。
暴力と破壊に酔いしれる男達は知らない。意気揚々と家に戻った時、迎えてくれる家族がもういないことを。
女たちは、手を祈りの形に組んでいる。
いったい何を祈っているのかと訝しんだブルーノは、信じられない物を見た。
王宮の門にサフィアの体が、うつ伏せにかかっていた。
まるで「ほら、忘れ物だ」とでもいう風に。
門まで近いわけではない。なのに、やけにはっきりと彼女の姿が見えたのだ。
ドレスは……腰の部分まで脱がされている。
何ということだ。まさか犯されたのか?
だが風に揺れる髪や、だらんとぶら下がった両腕、そして露わになった背中に違和感がある。
なぜ服を着ていないのに、サフィアはリボンを風になびかせているのだ? なぜそんなにも肌が赤いのだ? 背中になぜ白い花が咲いているのだ?
サフィア、サフィア。返事をしろ。
ブルーノは気付いた。
風に揺れているのはリボンではなく、彼女の皮膚であることを。
生きたまま皮膚を剥がれたのか、それとも死後に剥がれたのか。ブルーノに知る術はない。
だがリボン状に裂かれた皮膚は、まるで彼女の体を彩っているかのようだ。明らかに面白がって嬲り者にされたことが分かる。
そして花に見えたのは、彼女の皮膚を花のように丸めた物だった。
薔薇の……つもりなのか?
王宮に悲痛な絶叫が響いた。
ああ、絶望とは自らの死ではないのだな。愛する人の惨たらしい姿を見せつけられることこそが、希望を失わせるのだな。
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王宮に押し入った民衆は、歩くこともできずに床に倒れ伏すブルーノをいたぶった。
怒りと鬱憤と、不安が彼らを駆り立てていた。
「へぇ、王妃さまは刺繍をなさっていたのか」
「高尚なご趣味だな。ふぅん、絹の糸か。わざわざ外国からお取り寄せになっていたのかなぁ」
暴徒は、丸い木の枠に張った布から、針を抜いた。刺繍糸のついたままの針が、ブルーノの指に当てられる。
「ぐぁ……あぁ」
ブルーノの爪と皮膚の間に針が刺された。
その痛みに、彼は呻いた。
「あー、これ、痛いんだよなぁ」という呑気な声が聞こえた。
しかも恐ろしいことに、指は手に十本、足にも十本ある。
針山から再び糸のついた針を取り、その鋭く尖った銀色の先端を、ブルーノの眼前で見せつける。
「よかったなぁ、殿下。お前も刺繍してもらおうなぁ」
片手の指の爪に、針を刺し終わった時、ブルーノは気を失った。
だが、すぐに背中を蹴り飛ばされて、意識が戻る。
「しっかし、俺らも地味なことをしてんなぁ」
「ちまちまと、よくやるよな」
まったくだ、と笑いながら、ブルーノの指を折っていく。まるで子どもが楽しそうに虫の肢をもぎとるように。
「ころすなら……ひといきに……」
「なんで?」
無邪気に問いかけられて、全身に鳥肌が立った。
怒りに駆られていたはずの暴徒は、今は抗う術のない王太子を虐げることで、嗜虐心を満たしている。
狂気じみた群集心理の恐ろしさを、ブルーノは目の当たりにしていた。
かろうじて腕で床を這い、窓枠に手を掛けたブルーノは、風に流れてくる声を聞いた。
「なんと惨いことを」
「悪魔でもこんな非道なことはしないよ」
「神をも畏れぬ奴らの所業さ。ああ、恐ろしい」
それは主に女性の声だった。子どもを背負った女性や、老女の集団。中には老人もいる。
彼女たちは、それぞれが小さな布の包みを持ち、旅装束をしていた。
老人が引く数頭の駱駝には、水の入った革袋と食糧が積んである。
そうか……ブルーノは納得した。
腐った国を見限り、そして王族に全ての責任をなすりつける男どもすらも捨てて、彼女たちは新天地へと旅立つのか。
この国が滅び、難民となる前に。
耐えていたのは冬の乙女だけではない。女たちも、そうだったのか。
暴力と破壊に酔いしれる男達は知らない。意気揚々と家に戻った時、迎えてくれる家族がもういないことを。
女たちは、手を祈りの形に組んでいる。
いったい何を祈っているのかと訝しんだブルーノは、信じられない物を見た。
王宮の門にサフィアの体が、うつ伏せにかかっていた。
まるで「ほら、忘れ物だ」とでもいう風に。
門まで近いわけではない。なのに、やけにはっきりと彼女の姿が見えたのだ。
ドレスは……腰の部分まで脱がされている。
何ということだ。まさか犯されたのか?
だが風に揺れる髪や、だらんとぶら下がった両腕、そして露わになった背中に違和感がある。
なぜ服を着ていないのに、サフィアはリボンを風になびかせているのだ? なぜそんなにも肌が赤いのだ? 背中になぜ白い花が咲いているのだ?
サフィア、サフィア。返事をしろ。
ブルーノは気付いた。
風に揺れているのはリボンではなく、彼女の皮膚であることを。
生きたまま皮膚を剥がれたのか、それとも死後に剥がれたのか。ブルーノに知る術はない。
だがリボン状に裂かれた皮膚は、まるで彼女の体を彩っているかのようだ。明らかに面白がって嬲り者にされたことが分かる。
そして花に見えたのは、彼女の皮膚を花のように丸めた物だった。
薔薇の……つもりなのか?
王宮に悲痛な絶叫が響いた。
ああ、絶望とは自らの死ではないのだな。愛する人の惨たらしい姿を見せつけられることこそが、希望を失わせるのだな。
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