上 下
20 / 58

20、王太子の絶望*( 残酷描写あり、閲覧注意 )

しおりを挟む
※残酷な描写が苦手な方は、この話をとばしてください。

-----------------------------

 王宮に押し入った民衆は、歩くこともできずに床に倒れ伏すブルーノをいたぶった。
 怒りと鬱憤と、不安が彼らを駆り立てていた。

「へぇ、王妃さまは刺繍をなさっていたのか」
「高尚なご趣味だな。ふぅん、絹の糸か。わざわざ外国からお取り寄せになっていたのかなぁ」

 暴徒は、丸い木の枠に張った布から、針を抜いた。刺繍糸のついたままの針が、ブルーノの指に当てられる。

「ぐぁ……あぁ」

 ブルーノの爪と皮膚の間に針が刺された。
 その痛みに、彼は呻いた。
「あー、これ、痛いんだよなぁ」という呑気な声が聞こえた。

 しかも恐ろしいことに、指は手に十本、足にも十本ある。

 針山から再び糸のついた針を取り、その鋭く尖った銀色の先端を、ブルーノの眼前で見せつける。

「よかったなぁ、殿下。お前も刺繍してもらおうなぁ」

 片手の指の爪に、針を刺し終わった時、ブルーノは気を失った。
 だが、すぐに背中を蹴り飛ばされて、意識が戻る。

「しっかし、俺らも地味なことをしてんなぁ」
「ちまちまと、よくやるよな」

 まったくだ、と笑いながら、ブルーノの指を折っていく。まるで子どもが楽しそうに虫の肢をもぎとるように。

「ころすなら……ひといきに……」
「なんで?」

 無邪気に問いかけられて、全身に鳥肌が立った。
 怒りに駆られていたはずの暴徒は、今は抗う術のない王太子を虐げることで、嗜虐心を満たしている。

 狂気じみた群集心理の恐ろしさを、ブルーノは目の当たりにしていた。
 かろうじて腕で床を這い、窓枠に手を掛けたブルーノは、風に流れてくる声を聞いた。

「なんと惨いことを」
「悪魔でもこんな非道なことはしないよ」
「神をも畏れぬ奴らの所業さ。ああ、恐ろしい」

 それは主に女性の声だった。子どもを背負った女性や、老女の集団。中には老人もいる。
 彼女たちは、それぞれが小さな布の包みを持ち、旅装束をしていた。
 老人が引く数頭の駱駝には、水の入った革袋と食糧が積んである。

 そうか……ブルーノは納得した。
 腐った国を見限り、そして王族に全ての責任をなすりつける男どもすらも捨てて、彼女たちは新天地へと旅立つのか。
 この国が滅び、難民となる前に。

 耐えていたのは冬の乙女だけではない。女たちも、そうだったのか。
 暴力と破壊に酔いしれる男達は知らない。意気揚々と家に戻った時、迎えてくれる家族がもういないことを。

 女たちは、手を祈りの形に組んでいる。
 いったい何を祈っているのかと訝しんだブルーノは、信じられない物を見た。

 王宮の門にサフィアの体が、うつ伏せにかかっていた。
 まるで「ほら、忘れ物だ」とでもいう風に。

 門まで近いわけではない。なのに、やけにはっきりと彼女の姿が見えたのだ。
 ドレスは……腰の部分まで脱がされている。
 何ということだ。まさか犯されたのか?

 だが風に揺れる髪や、だらんとぶら下がった両腕、そして露わになった背中に違和感がある。

 なぜ服を着ていないのに、サフィアはリボンを風になびかせているのだ? なぜそんなにも肌が赤いのだ? 背中になぜ白い花が咲いているのだ?

 サフィア、サフィア。返事をしろ。

 ブルーノは気付いた。
 風に揺れているのはリボンではなく、彼女の皮膚であることを。
 生きたまま皮膚を剥がれたのか、それとも死後に剥がれたのか。ブルーノに知る術はない。

 だがリボン状に裂かれた皮膚は、まるで彼女の体を彩っているかのようだ。明らかに面白がって嬲り者にされたことが分かる。
 そして花に見えたのは、彼女の皮膚を花のように丸めた物だった。
 薔薇の……つもりなのか?

 王宮に悲痛な絶叫が響いた。

 ああ、絶望とは自らの死ではないのだな。愛する人の惨たらしい姿を見せつけられることこそが、希望を失わせるのだな。
しおりを挟む
感想 119

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...