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21、王太子の後悔*
しおりを挟む窓から身を乗り出した状態で、ブルーノはサフィアの姿を眺め続けた。
足の腱を切られた彼は、もう動くこともできない。
王太子を殺せと騒いでいた民衆は、止めを刺すことはなかった。愛人の体が朽ちていく様子を見ながら、ブルーノが絶望の内に息絶えることを望んだのだろう。
熱すぎる昼、そして乙女が去って湿気が失われた寒すぎる夜。
ブルーノは、瞬きをすることも忘れて、サフィアを見続けた。
ああ、炎熱の王が一気にすべてを消滅させてくれたなら、どんなにか楽だったろうに。
だが、冬の乙女を侮辱された荒ぶる神に慈悲はなかった。
いや、違うな。無慈悲なのは暴徒どもの方だ。
「楽しかったか……お前達」
ブルーノの口から、乾いた笑いが洩れた。もうすでに狂っていたのかもしれない。
「散々、いたぶって楽しんだのだろう?」
生者のいない王宮に、かすれた声が響いた。
ああ、楽しかったんだ。私も。
ブルーノの目の端に、かつて氷河が存在した山が見えた。
私も、アルベティーナをいたぶって楽しんでいた。あれは神に仕える乙女。自分などが無慈悲に踏みにじっていい相手では、決してなかったのに。
「う……っ、うあぁぁぁーーっ!」
ブルーノは絶叫した。
何故私は、あんなに思い上がっていられたんだ。何故、彼女が反抗せぬからと何をしてもいいと侮っていたんだ。
アルベティーナは、王国全ての民の命を護っていたのに。
私自身ですらも、アルベティーナに護られていたのに。
喉の奥に血の味が滲む。
痛い……剣を突き立てられた足も、針を刺された爪も、無惨に惨殺されたサフィアのことも。
けれど、己のことよりも王国を、人々を優先していた乙女の真心を踏みにじったことが、あまりにも恥ずかしくて……心が痛い。
そんな愚かな人間だったと、今になって気づくなんて。
いや、自分のことを嘆く資格など、もうないのだ。
この愚かさ故に神に見放され。この愚かさ故に王国を滅ぼした。
「済まない……済まない、アルベティーナ」
歯を食いしばりながら、ブルーノは泣いた。
ぼたぼたと床に落ちていく涙。視界は滲み、徐々に意識が朦朧としてきた。
叶うことなら、炎熱の王とアルベティーナに罰を受けたかった。だが、彼らはそれすらも拒んだ。
ブルーノに……この国に金輪際、関わり合いたくなかったのだ。
民衆は正義を勝ち取ったと歓声を上げていたが、今頃は空っぽの家の中で、床に膝をついているだろう。
先に避難した者は、砂漠を越えることができただろうか。老人は、子どもは体調を崩してはいないだろうか。
ふ……っ、とブルーノは鼻で笑った。
愚かだな、私は。本当に愚かだ。
もう目も見えなくなって、体も冷えきって、そうなって初めて……民の心配をしているのだから。
死の間際のほんの一瞬、私は……少しは人らしく……なれた、だろう……か。
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