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2、王太子の命令

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「お初にお目にかかります。ブルーノさま」

 王太子ブルーノが座る椅子の前で、冬の乙女はひざまずいた。

 何度生まれ変わっても記憶を引き継ぎ、国を支え続ける乙女。
 どれほど華やいで美しく、知性に溢れた女性かと期待したのだ。
 だが、顔を上げた冬の乙女は、地味なことこの上なかった。

 山に籠りきりのアルベティーナは肌の色こそ透き通るように白いものの、豊かな金髪は今はきつく三つ編みにし、化粧すらしていない。

「アルベティーナと申します。心を込めて、お仕えさせていただきます」
「仕える? ああ、下女として王宮で雇うということか」
「ブルーノさま?」

 アルベティーナは、ただ瞬きを繰り返すばかりで、ブルーノの嫌味を理解していない。
 馬鹿か。この女。
 お前など妃として認めんと言っておるのだ。それを察することもできんとは。

 ブルーノの視線ひとつで、女たちは、酒を注いだり煙草を差し出したり、ドレスを脱いだりと、言葉などなくても伝わった。

 もっともそれが商売をしている女であることを、ブルーノは理解していない。

 彼は自分が思っているほどには、利発ではない。むしろ愚鈍だ。いや、愚かであるからこそ、自分が賢いと思いあがっているのだろう。

(しかし、こんなつまらぬ女を、形ばかりとはいえ妻にせねばならぬとは)

 ブルーのは行儀悪く足を組んで、ふんぞり返った。
 神殿や冬の乙女、神官に対する敬意などとうに消え失せていた。

 イルデラ王国には後宮や側室という文化はない。一夫一妻制であるが故、妻以外の女との交際は、厳しく罰せられる。
 それは王太子であっても例外ではない。

 いずれは王太子妃になることを心に刻んだアルベティーナと違い、王太子ブルーノは、いかに彼女を絶望に突き落とすかだけを考えていた。

 婚約破棄を言い渡すよりも、彼女が自ら結婚を辞退する方が、得策だと考えたのだ。
 それが上手くいかずとも、彼女が妃に相応しくないと暴くことができれば、婚約破棄もすんなりと認められるはず。

 そして、ブルーノの仕打ちは苛烈を極めた。
 まず、山には清冽な水をたたえた湖がある。

「私の妃となるのならば、日々、身を清めなければならない。俗世の汚れを王家に持ち込むことは許さない」

 よく言ったものだ。ブルーノは日々、女どもと放蕩にふけっているというのに。
 だが、素直に育ったアルベティーナは、身を切るほどに冷たい水を、桶に汲んでは体に掛けた。

 イルデラは砂漠の国。だが、山の標高は高く、氷河があるほどだ。氷河が融けた水の冷たさは、触れるだけでも指先が痺れるほど。

 アルベティーナは、がちがちと歯の噛みあわない音を立てながらも、未来の夫の為、国の為にと耐えた。
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