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7、求婚されました

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「エレオノーラ。どうか、私と結婚してください」

 ベッドに腰を下ろしたエレオノーラの手を、オリヴェルがとる。

「でも、わたしは母の、エリーカの娘というだけで。取り柄がある訳でもないですし」
「たとえあなたがエリーカさまのご息女でなくとも、私は結婚を申し込みましたよ」

 オリヴェルが、柔らかく目を細める。

「エリーカさまとの縁をつなぐのは、私の代でなくともよいのです。むしろ父は、彼女の子どもが苦境に立たされているのを見過ごせないようですから」
「ラウラもねー、おかーさまはエレオノーラがいい」
「わ、わたしでいいんですか?」

 足にしがみついてくるラウラをエレオノーラは抱きあげた。

「エレオノーラがいいの」
「奇遇だな。私と娘で意見が一致した」

 ぽとり。ブローチにはめられたスフェーンに涙が落ちた。
 これで二度目だ。母から譲られた宝石を涙で濡らすのは。

「どうしたの? いたいの? エレオノーラ」
「ラウラ。ぎゅっと強くしがみついていないか?」
「平気です、大丈夫です」

 エレオノーラは指や手の甲で目もとを押さえた。けれど、涙は止まってくれない。

「これは、嬉しいから。それで……」

 前回泣いたときも、オリヴェルとラウラ親子に出会った。

 母が亡くなってから、エレオノーラを大事に思ってくれる人は、家政婦長しかいなかった。
 でも今は違う。この壊れてしまったブローチが、道を示してくれた。

(わたしが、大事だと思える人たちに出会えたんだわ)

 ふと、エレオノーラの頬にひんやりとした感触があった。
 滲んだ視界に、彼女の顔を見つめるオリヴェルの心配そうな表情があった。
 今は初夏なのに。まるで春風をまとっているかのように柔らかい。

「エレオノーラ。返事を聞かせてもらってもいいかい?」

 こくりとうなずくと、エレオノーラは頬が熱くなるのを感じた。

「ありがとうございます。わたしでよければ、どうか妻にしてください」
「ラウラのおかーさんにもなるの」

 狭くて暗い屋根裏部屋に、優しさの花が降ってくる。それは言葉であり、気持ちであり、笑顔の花だった。

◇◇◇

 翌日。義妹のダニエラは、エレオノーラの忠告を聞くことなくパーティに出席する支度をしていた。
 使用人にドレスの背中のボタンを留めてもらっている。

「お姉さまだけが幸せをつかむだなんて、思いあがらないでちょうだい。わたしは再婚の男なんてごめんよ。前妻の子どもなんてお荷物でしかないわ」

 まだ屋敷にいるオリヴェルたちが、義妹の側にいなくて幸いだった。
 息をするように、人を傷つけるダニエラの言葉を聞かせなくて済んだのだから。

 せわしないが、エレオノーラも今日には家を出る。
 七日後の船を予約しているオリヴェル親子と共に、隣国のユーゲンホルムへと向かうのだ。

 嫁入りといっても、エレオノーラの荷物などほとんどない。服ですら、ドレスと呼べるものもない。
 たった一着だけ残っていた母のアフタヌーンドレスを、家政婦長のヨンナがエレオノーラに渡してくれた。

――古い服ですが。旦那さまが、イルヴァさまと結婚なさった時に、エリーカさまの持ち物は何もかも捨てておしまいになったので。この服だけが、かろうじて残っていたのです。

 公爵家の出身である母が着ていたアフタヌーンドレスは、とても質の良い布で仕立てられていた。
 着てみるとサイズもぴったりで。エレオノーラが動くと、ブルーラベンダーのスカートがブルーサファイアの色にも見える。

 早々にエレオノーラが家を出るのは、ブローチを直してもらうのと、服を仕立てるため、そして母の実家である公爵家に挨拶に向かうためだ。

(お母さまの服とブローチと共に、わたしは旅立つのね)

 ようやく幸せを掴もうとしている義姉のことが、やはりダニエラは気に入らないようだ。

「ダニエラ。ドレスの裾のビーズはまだ仮止めなの。今ならドレスを替えても間に合うでしょう」
「なぁによ。侯爵夫人になることが決まったら、さっそくわたしに命令するの?」
「違うわ。何度も言うけれど、ビーズが外れたら危険なのよ。足を滑らせるわ」

 ふん、とダニエラは鼻を鳴らした。

 侍女に結わせた髪は、夜の色。オフホワイトのドレスは裾の部分とウエストのリボンが鮮やかなスカーレットだ。しかもビーズの刺繍が灯りに煌めいて見える。

「そんなお古のアフタヌーンドレスを着たくらいで、えらそうにしないで」

 馬車に乗りこんだダニエラは、一度もふり返ることはなかった。
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