7 / 11
7、求婚されました
しおりを挟む
「エレオノーラ。どうか、私と結婚してください」
ベッドに腰を下ろしたエレオノーラの手を、オリヴェルがとる。
「でも、わたしは母の、エリーカの娘というだけで。取り柄がある訳でもないですし」
「たとえあなたがエリーカさまのご息女でなくとも、私は結婚を申し込みましたよ」
オリヴェルが、柔らかく目を細める。
「エリーカさまとの縁をつなぐのは、私の代でなくともよいのです。むしろ父は、彼女の子どもが苦境に立たされているのを見過ごせないようですから」
「ラウラもねー、おかーさまはエレオノーラがいい」
「わ、わたしでいいんですか?」
足にしがみついてくるラウラをエレオノーラは抱きあげた。
「エレオノーラがいいの」
「奇遇だな。私と娘で意見が一致した」
ぽとり。ブローチにはめられたスフェーンに涙が落ちた。
これで二度目だ。母から譲られた宝石を涙で濡らすのは。
「どうしたの? いたいの? エレオノーラ」
「ラウラ。ぎゅっと強くしがみついていないか?」
「平気です、大丈夫です」
エレオノーラは指や手の甲で目もとを押さえた。けれど、涙は止まってくれない。
「これは、嬉しいから。それで……」
前回泣いたときも、オリヴェルとラウラ親子に出会った。
母が亡くなってから、エレオノーラを大事に思ってくれる人は、家政婦長しかいなかった。
でも今は違う。この壊れてしまったブローチが、道を示してくれた。
(わたしが、大事だと思える人たちに出会えたんだわ)
ふと、エレオノーラの頬にひんやりとした感触があった。
滲んだ視界に、彼女の顔を見つめるオリヴェルの心配そうな表情があった。
今は初夏なのに。まるで春風をまとっているかのように柔らかい。
「エレオノーラ。返事を聞かせてもらってもいいかい?」
こくりとうなずくと、エレオノーラは頬が熱くなるのを感じた。
「ありがとうございます。わたしでよければ、どうか妻にしてください」
「ラウラのおかーさんにもなるの」
狭くて暗い屋根裏部屋に、優しさの花が降ってくる。それは言葉であり、気持ちであり、笑顔の花だった。
◇◇◇
翌日。義妹のダニエラは、エレオノーラの忠告を聞くことなくパーティに出席する支度をしていた。
使用人にドレスの背中のボタンを留めてもらっている。
「お姉さまだけが幸せをつかむだなんて、思いあがらないでちょうだい。わたしは再婚の男なんてごめんよ。前妻の子どもなんてお荷物でしかないわ」
まだ屋敷にいるオリヴェルたちが、義妹の側にいなくて幸いだった。
息をするように、人を傷つけるダニエラの言葉を聞かせなくて済んだのだから。
せわしないが、エレオノーラも今日には家を出る。
七日後の船を予約しているオリヴェル親子と共に、隣国のユーゲンホルムへと向かうのだ。
嫁入りといっても、エレオノーラの荷物などほとんどない。服ですら、ドレスと呼べるものもない。
たった一着だけ残っていた母のアフタヌーンドレスを、家政婦長のヨンナがエレオノーラに渡してくれた。
――古い服ですが。旦那さまが、イルヴァさまと結婚なさった時に、エリーカさまの持ち物は何もかも捨てておしまいになったので。この服だけが、かろうじて残っていたのです。
公爵家の出身である母が着ていたアフタヌーンドレスは、とても質の良い布で仕立てられていた。
着てみるとサイズもぴったりで。エレオノーラが動くと、ブルーラベンダーのスカートがブルーサファイアの色にも見える。
早々にエレオノーラが家を出るのは、ブローチを直してもらうのと、服を仕立てるため、そして母の実家である公爵家に挨拶に向かうためだ。
(お母さまの服とブローチと共に、わたしは旅立つのね)
ようやく幸せを掴もうとしている義姉のことが、やはりダニエラは気に入らないようだ。
「ダニエラ。ドレスの裾のビーズはまだ仮止めなの。今ならドレスを替えても間に合うでしょう」
「なぁによ。侯爵夫人になることが決まったら、さっそくわたしに命令するの?」
「違うわ。何度も言うけれど、ビーズが外れたら危険なのよ。足を滑らせるわ」
ふん、とダニエラは鼻を鳴らした。
侍女に結わせた髪は、夜の色。オフホワイトのドレスは裾の部分とウエストのリボンが鮮やかなスカーレットだ。しかもビーズの刺繍が灯りに煌めいて見える。
「そんなお古のアフタヌーンドレスを着たくらいで、えらそうにしないで」
馬車に乗りこんだダニエラは、一度もふり返ることはなかった。
ベッドに腰を下ろしたエレオノーラの手を、オリヴェルがとる。
「でも、わたしは母の、エリーカの娘というだけで。取り柄がある訳でもないですし」
「たとえあなたがエリーカさまのご息女でなくとも、私は結婚を申し込みましたよ」
オリヴェルが、柔らかく目を細める。
「エリーカさまとの縁をつなぐのは、私の代でなくともよいのです。むしろ父は、彼女の子どもが苦境に立たされているのを見過ごせないようですから」
「ラウラもねー、おかーさまはエレオノーラがいい」
「わ、わたしでいいんですか?」
足にしがみついてくるラウラをエレオノーラは抱きあげた。
「エレオノーラがいいの」
「奇遇だな。私と娘で意見が一致した」
ぽとり。ブローチにはめられたスフェーンに涙が落ちた。
これで二度目だ。母から譲られた宝石を涙で濡らすのは。
「どうしたの? いたいの? エレオノーラ」
「ラウラ。ぎゅっと強くしがみついていないか?」
「平気です、大丈夫です」
エレオノーラは指や手の甲で目もとを押さえた。けれど、涙は止まってくれない。
「これは、嬉しいから。それで……」
前回泣いたときも、オリヴェルとラウラ親子に出会った。
母が亡くなってから、エレオノーラを大事に思ってくれる人は、家政婦長しかいなかった。
でも今は違う。この壊れてしまったブローチが、道を示してくれた。
(わたしが、大事だと思える人たちに出会えたんだわ)
ふと、エレオノーラの頬にひんやりとした感触があった。
滲んだ視界に、彼女の顔を見つめるオリヴェルの心配そうな表情があった。
今は初夏なのに。まるで春風をまとっているかのように柔らかい。
「エレオノーラ。返事を聞かせてもらってもいいかい?」
こくりとうなずくと、エレオノーラは頬が熱くなるのを感じた。
「ありがとうございます。わたしでよければ、どうか妻にしてください」
「ラウラのおかーさんにもなるの」
狭くて暗い屋根裏部屋に、優しさの花が降ってくる。それは言葉であり、気持ちであり、笑顔の花だった。
◇◇◇
翌日。義妹のダニエラは、エレオノーラの忠告を聞くことなくパーティに出席する支度をしていた。
使用人にドレスの背中のボタンを留めてもらっている。
「お姉さまだけが幸せをつかむだなんて、思いあがらないでちょうだい。わたしは再婚の男なんてごめんよ。前妻の子どもなんてお荷物でしかないわ」
まだ屋敷にいるオリヴェルたちが、義妹の側にいなくて幸いだった。
息をするように、人を傷つけるダニエラの言葉を聞かせなくて済んだのだから。
せわしないが、エレオノーラも今日には家を出る。
七日後の船を予約しているオリヴェル親子と共に、隣国のユーゲンホルムへと向かうのだ。
嫁入りといっても、エレオノーラの荷物などほとんどない。服ですら、ドレスと呼べるものもない。
たった一着だけ残っていた母のアフタヌーンドレスを、家政婦長のヨンナがエレオノーラに渡してくれた。
――古い服ですが。旦那さまが、イルヴァさまと結婚なさった時に、エリーカさまの持ち物は何もかも捨てておしまいになったので。この服だけが、かろうじて残っていたのです。
公爵家の出身である母が着ていたアフタヌーンドレスは、とても質の良い布で仕立てられていた。
着てみるとサイズもぴったりで。エレオノーラが動くと、ブルーラベンダーのスカートがブルーサファイアの色にも見える。
早々にエレオノーラが家を出るのは、ブローチを直してもらうのと、服を仕立てるため、そして母の実家である公爵家に挨拶に向かうためだ。
(お母さまの服とブローチと共に、わたしは旅立つのね)
ようやく幸せを掴もうとしている義姉のことが、やはりダニエラは気に入らないようだ。
「ダニエラ。ドレスの裾のビーズはまだ仮止めなの。今ならドレスを替えても間に合うでしょう」
「なぁによ。侯爵夫人になることが決まったら、さっそくわたしに命令するの?」
「違うわ。何度も言うけれど、ビーズが外れたら危険なのよ。足を滑らせるわ」
ふん、とダニエラは鼻を鳴らした。
侍女に結わせた髪は、夜の色。オフホワイトのドレスは裾の部分とウエストのリボンが鮮やかなスカーレットだ。しかもビーズの刺繍が灯りに煌めいて見える。
「そんなお古のアフタヌーンドレスを着たくらいで、えらそうにしないで」
馬車に乗りこんだダニエラは、一度もふり返ることはなかった。
43
お気に入りに追加
1,081
あなたにおすすめの小説
姉の引き立て役として生きて来た私でしたが、本当は逆だったのですね
麻宮デコ@ざまぁSS短編
恋愛
伯爵家の長女のメルディナは美しいが考えが浅く、彼女をあがめる取り巻きの男に対しても残忍なワガママなところがあった。
妹のクレアはそんなメルディナのフォローをしていたが、周囲からは煙たがられて嫌われがちであった。
美しい姉と引き立て役の妹として過ごしてきた幼少期だったが、大人になったらその立場が逆転して――。
3話完結
逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます
黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。
ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。
目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが……
つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも?
短いお話を三話に分割してお届けします。
この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。
婚姻破棄された私は第一王子にめとられる。
さくしゃ
恋愛
「エルナ・シュバイツ! 貴様との婚姻を破棄する!」
突然言い渡された夫ーーヴァス・シュバイツ侯爵からの離縁要求。
彼との間にもうけた息子ーーウィリアムは2歳を迎えたばかり。
そんな私とウィリアムを嘲笑うヴァスと彼の側室であるヒメル。
しかし、いつかこんな日が来るであろう事を予感していたエルナはウィリアムに別れを告げて屋敷を出て行こうとするが、そんなエルナに向かって「行かないで」と泣き叫ぶウィリアム。
(私と一緒に連れて行ったら絶対にしなくて良い苦労をさせてしまう)
ドレスの裾を握りしめ、歩みを進めるエルナだったが……
「その耳障りな物も一緒に摘み出せ。耳障りで仕方ない」
我が子に対しても容赦のないヴァス。
その後もウィリアムについて罵詈雑言を浴びせ続ける。
悔しい……言い返そうとするが、言葉が喉で詰まりうまく発せられず涙を流すエルナ。そんな彼女を心配してなくウィリアム。
ヴァスに長年付き従う家老も見ていられず顔を逸らす。
誰も止めるものはおらず、ただただ罵詈雑言に耐えるエルナ達のもとに救いの手が差し伸べられる。
「もう大丈夫」
その人物は幼馴染で6年ぶりの再会となるオーフェン王国第一王子ーーゼルリス・オーフェンその人だった。
婚姻破棄をきっかけに始まるエルナとゼルリスによるラブストーリー。
お得意の嘘泣きで男を惑わす義妹ですが…肝心の愛する彼に嫌われては、お終いですね。
coco
恋愛
女の涙は武器だと、嘘泣きを繰り返す義妹。
しかしその可愛さと儚さに、皆は騙されてしまう。
そんな彼女ですが…愛する彼に嫌われては、お終いですね─。
姉に嵌められました ~姉を婚約破棄してきた王子を押し付けられてもお断りします~
佐崎咲
恋愛
「ルイーゼ=リスターク! お前との婚約は解消し、私はシェイラと婚約する」
広間の真ん中で、堂々と宣言したのはラルカス第二王子。
私は愕然とした。
すぐに姉に嵌められたのだと気が付いた。
婚約破棄されたのは姉。
押し付けられたのは妹である、私。
お姉様が婚約破棄されたら困る!
私だってこんなアホ王子と婚約なんてしたくない!
という、姉妹によるアホ王子の押し付け合いと、姉妹それぞれの恋愛事情。
頭を空っぽにしてお読みください。
数日以内に完結予定です。
※無断転載・複写はお断りいたします。
友達にいいように使われていた私ですが、王太子に愛され幸せを掴みました
麻宮デコ@ざまぁSS短編
恋愛
トリシャはこだわらない性格のおっとりした貴族令嬢。
友人マリエールは「友達だよね」とトリシャをいいように使い、トリシャが自分以外の友人を作らないよう孤立すらさせるワガママな令嬢だった。
マリエールは自分の恋を実らせるためにトリシャに無茶なお願いをするのだが――…。
婚約者を取り替えて欲しいと妹に言われました
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ポーレット伯爵家の一人娘レティシア。レティシアの母が亡くなってすぐに父は後妻と娘ヘザーを屋敷に迎え入れた。
将来伯爵家を継ぐことになっているレティシアに、縁談が持ち上がる。相手は伯爵家の次男ジョナス。美しい青年ジョナスは顔合わせの日にヘザーを見て顔を赤くする。
レティシアとジョナスの縁談は一旦まとまったが、男爵との縁談を嫌がったヘザーのため義母が婚約者の交換を提案する……。
“代わりに結婚しておいて”…と姉が手紙を残して家出しました。初夜もですか?!
みみぢあん
恋愛
ビオレータの姉は、子供の頃からソールズ伯爵クロードと婚約していた。
結婚直前に姉は、妹のビオレータに“結婚しておいて”と手紙を残して逃げ出した。
妹のビオレータは、家族と姉の婚約者クロードのために、姉が帰ってくるまでの身代わりとなることにした。
…初夜になっても姉は戻らず… ビオレータは姉の夫となったクロードを寝室で待つうちに……?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる