上 下
2 / 2

2、本当は可愛い人

しおりを挟む
 石畳に座り込むと、制服のワンピースの布地越しでも、足がひんやりとしてきました。目の前には、逞しい彼の太腿が見えるばかりで。
 きっと逃げようとしても、わたしは捕まって犯されるんだわ。

 最初に会った時は、見た目と違って優しそうな人だと思ったのに。左右に振られる尻尾を、とても可愛いと思ったのに。

 わたしは彼の太腿越しに、尻尾が見えるのに気づきました。それは、寂しげに垂れていて。
 見上げると、彼は不愛想な顔のままなのに、耳がしゅんと垂れているんです。

「なぁ、どういえば君にちゃんと伝わるんだ? 俺は言葉が足りないのか? あと何回『好き』と言えば、信じてくれるんだ?」

 もしかして、彼は耳と尻尾で感情を表現するの? 顔の表情じゃないの?
 声も顔も怖くて、なのに……こんなにもわたしに愛情を伝えようとしてくれている。

「ごめんなさい、わたし……」

 立ち上がろうとした時、わたしの鞄からレースのハンカチが石畳に落ちてしまいました。
 それを彼が拾ってくれます。
 でも、それって……。 

「だ、だめです。それは触らないで」
「いや、だが。せっかくの綺麗なハンカチが汚れてしまうだろ」
「本当にだめなんです」

 わたしの言うことを無視して、彼はハンカチを拾いました。そこからぽろりと零れ落ちる、紙の巻かれた細い棒。

「これ、煙草じゃないか。へぇ、学生なのにこんなものを喫うんだな。見かけによらず悪い子なんだな」

 意地悪そうに片方の眉を上げた彼は、はっとした表情を浮かべました。

 いや、見ないで。もう捨てて。
 わたしは立ち上がって逃げたいのに。恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆うしかできませんでした。
 
「なぁ、この煙草」
「違うの、違うんです」

 彼は自分の上着の内ポケットから、煙草の箱を取りだします。そして一本抜き出すと、わたしが落とした煙草と照合を始めました。
 本当にもうやめて。土下座をしろというのなら、しますから。

 初めて出会った時の、あなたの笑顔が忘れられなくて。つい、地面に落ちていた一本を拝借してしまったんです。でも、これって窃盗になりますか? それとも、わたしの気持ちに気づいてしまったの?

 どっちにしても、死ぬほど恥ずかしいんです。

 彼は顔の下半分を大きな手で覆って、黙り込んでしまいました。
 頬が赤くなっているという事はありません。ただ、さっきまで垂れていた尻尾が、ぱたぱたと左右に振られたんです。

「困ったな……なんでそんな可愛いことをするんだ」
「あ、あの、何が」
「さすがに俺でも、野外はどうかと思う」

 野外? 何のことでしょうか。でもあまりにも不穏で、わたしはその先を尋ねることはできませんでした。

「まぁ、仕方ないな。君はまだ大人ではないし、俺も本能だけで生きる獣ではないからな。合意が得られるまでは我慢しておくか」

 そう言うと、彼はしゃがみこんでわたしを抱き上げたんです。

「この煙草は、君の宝物?」

 耳元で低い声で囁かれ、わたしは顔がかぁっと熱くなりました。
 怖いけれど、逃げていたけれど。初めて出会ったあの日は、確かに胸がときめいて。
 誤魔化すこともできないと悟ったわたしは、小さく頷きました。

 すると、彼はとびきりの笑顔を見せてくれたんです。
 背後に広がる青空のような、素敵な笑顔でした。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

婚約者に好きな人ができたらしい(※ただし事実とは異なります)

彗星
恋愛
主人公ミアと、婚約者リアムとのすれ違いもの。学園の人気者であるリアムを、婚約者を持つミアは、公爵家のご令嬢であるマリーナに「彼は私のことが好きだ」と言われる。その言葉が引っかかったことで、リアムと婚約解消した方がいいのではないかと考え始める。しかし、リアムの気持ちは、ミアが考えることとは違うらしく…。

俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?

イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」 私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。 最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。 全6話、完結済。 リクエストにお応えした作品です。 単体でも読めると思いますが、 ①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】 母主人公 ※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。 ②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】 娘主人公 を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【完結】私を嫌ってたハズの義弟が、突然シスコンになったんですが!?

miniko
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢のキャサリンは、ある日突然、原因不明の意識障害で倒れてしまう。 一週間後に目覚めた彼女は、自分を嫌っていた筈の義弟の態度がすっかり変わってしまい、極度のシスコンになった事に戸惑いを隠せない。 彼にどんな心境の変化があったのか? そして、キャサリンの意識障害の原因とは? ※設定の甘さや、ご都合主義の展開が有るかと思いますが、ご容赦ください。 ※サスペンス要素は有りますが、難しいお話は書けない作者です。 ※作中に登場する薬や植物は架空の物です。

冷酷王子が記憶喪失になったら溺愛してきたので記憶を戻すことにしました。

八坂
恋愛
ある国の王子であり、王国騎士団長であり、婚約者でもあるガロン・モンタギューといつものように業務的な会食をしていた。 普段は絶対口を開かないがある日意を決して話してみると 「話しかけてくるな、お前がどこで何をしてようが俺には関係無いし興味も湧かない。」 と告げられた。 もういい!婚約破棄でも何でも好きにして!と思っていると急に記憶喪失した婚約者が溺愛してきて…? 「俺が君を一生をかけて愛し、守り抜く。」 「いやいや、大丈夫ですので。」 「エリーゼの話はとても面白いな。」 「興味無いって仰ってたじゃないですか。もう私話したくないですよ。」 「エリーゼ、どうして君はそんなに美しいんだ?」 「多分ガロン様の目が悪くなったのではないですか?あそこにいるメイドの方が美しいと思いますよ?」 この物語は記憶喪失になり公爵令嬢を溺愛し始めた冷酷王子と齢18にして異世界転生した女の子のドタバタラブコメディである。 ※直接的な性描写はありませんが、匂わす描写が出てくる可能性があります。 ※誤字脱字等あります。 ※虐めや流血描写があります。 ※ご都合主義です。 ハッピーエンド予定。

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

無能だと捨てられた王子を押し付けられた結果、溺愛されてます

佐崎咲
恋愛
「殿下にはもっとふさわしい人がいると思うんです。私は殿下の婚約者を辞退させていただきますわ」 いきなりそんなことを言い出したのは、私の姉ジュリエンヌ。 第二王子ウォルス殿下と私の婚約話が持ち上がったとき、お姉様は王家に嫁ぐのに相応しいのは自分だと父にねだりその座を勝ち取ったのに。 ウォルス殿下は穏やかで王位継承権を争うことを望んでいないと知り、他国の王太子に鞍替えしたのだ。 だが当人であるウォルス殿下は、淡々と受け入れてしまう。 それどころか、お姉様の代わりに婚約者となった私には、これまでとは打って変わって毎日花束を届けてくれ、ドレスをプレゼントしてくれる。   私は姉のやらかしにひたすら申し訳ないと思うばかりなのに、何やら殿下は生き生きとして見えて―― ========= お姉様のスピンオフ始めました。 「体よく国を追い出された悪女はなぜか隣国を立て直すことになった」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/465693299/193448482   ※無断転載・複写はお断りいたします。

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

処理中です...