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2、メイド長の後悔【2】
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「私はなんで、奥さまに嫌がらせをしてしまったんだろう。別に奥さまに意地悪をされたわけでもないのに。初対面の時も私に丁寧にしてくれたのに」
奥さまはメイドにも優しかったから、思い上がってしまったんだ。メイド長は苦いものを噛んだように、顔をしかめた。
フロレンシアは男爵家の令嬢で、でも伯爵からすれば地位も低く、夫の愛情すらももえらない。そんな女性が使用人には控えめだった。
きつく命令されることもなく、お茶を運べば「ありがとう」と言ってもらえる。
女主人を見下すなんて、あってはならないことなのに。誰もが間違いを犯してしまった。
今更時間を巻き戻すことはできやしない。
けれど二度目があるのなら、絶対に優しい奥さまには丁寧にする。
えらそうで、高圧的な人間が偉いんじゃない。
(四十歳も過ぎて、こんな簡単な事実に気がつくなんて。もう遅いんだけどね)
フロレンシアはおとなしいけれど、気の弱い人間ではない。実家の両親に心配をかけないように、伯爵と使用人の仕打ちに耐え抜いたのだから。
きっと謝罪は受け入れてもらえない。
どうすればいいのだろう。これから酒浸りの夫と共に、どうやって生きていけばいいんだろう。
きっと夫は「また別の屋敷でメイド長になればいいじゃないか。お前は立派なんだから」と嫌味を言うだろう。
せっかくメイド長まで上り詰めたのに。この経歴を生かすこともできない。
アルコールの饐えた臭いのする家には、帰りたくない。
メイド長は、ただひとり次の伯爵に仕えることを許された家令に言われたことを、思いだした。
ディマスには、苦言を呈すると嫌われていた家令の言葉が、今になって心に刺さる。
――主が間違っているのなら、勇気をもって諫めることも大事ですが。奥さまは、何も間違ってはいらっしゃらなかった。メイド長であるあなたが、率先して虐めにまわっていたのですね。だから使用人たちが狂ってしまった。その罪はとてもとても重いものです。
その後。新たな伯爵に屋敷は引き継がれ、メイド長やメイド達は仕事を失った。
そして、川の土手で洗濯をするメイド長の姿が見られるようになった。
凍える寒風の吹きすさぶ中。洗濯女となったメイド長は、富裕層の汚れ物を洗う仕事をするしかなかった。
これまで奥さまに押しつけていた洗濯を、自分でする羽目になったのだ。
田舎には戻らないことを選んだメイドも同じだ。
手を抜いてさぼって、しゃべっていればお金が入るような仕事はどこにもない。あの伯爵家以外には。
指はあかぎれが切れ、じんじんと痛む。血が出ても洗濯は終わらない。
一カゴ分を洗い終えれば、次が来る。干しても干しても、次の汚れ物はやってくる。
彼女たちをまっとうなメイドとして雇う屋敷など、あるはずがなかった。
奥さまはメイドにも優しかったから、思い上がってしまったんだ。メイド長は苦いものを噛んだように、顔をしかめた。
フロレンシアは男爵家の令嬢で、でも伯爵からすれば地位も低く、夫の愛情すらももえらない。そんな女性が使用人には控えめだった。
きつく命令されることもなく、お茶を運べば「ありがとう」と言ってもらえる。
女主人を見下すなんて、あってはならないことなのに。誰もが間違いを犯してしまった。
今更時間を巻き戻すことはできやしない。
けれど二度目があるのなら、絶対に優しい奥さまには丁寧にする。
えらそうで、高圧的な人間が偉いんじゃない。
(四十歳も過ぎて、こんな簡単な事実に気がつくなんて。もう遅いんだけどね)
フロレンシアはおとなしいけれど、気の弱い人間ではない。実家の両親に心配をかけないように、伯爵と使用人の仕打ちに耐え抜いたのだから。
きっと謝罪は受け入れてもらえない。
どうすればいいのだろう。これから酒浸りの夫と共に、どうやって生きていけばいいんだろう。
きっと夫は「また別の屋敷でメイド長になればいいじゃないか。お前は立派なんだから」と嫌味を言うだろう。
せっかくメイド長まで上り詰めたのに。この経歴を生かすこともできない。
アルコールの饐えた臭いのする家には、帰りたくない。
メイド長は、ただひとり次の伯爵に仕えることを許された家令に言われたことを、思いだした。
ディマスには、苦言を呈すると嫌われていた家令の言葉が、今になって心に刺さる。
――主が間違っているのなら、勇気をもって諫めることも大事ですが。奥さまは、何も間違ってはいらっしゃらなかった。メイド長であるあなたが、率先して虐めにまわっていたのですね。だから使用人たちが狂ってしまった。その罪はとてもとても重いものです。
その後。新たな伯爵に屋敷は引き継がれ、メイド長やメイド達は仕事を失った。
そして、川の土手で洗濯をするメイド長の姿が見られるようになった。
凍える寒風の吹きすさぶ中。洗濯女となったメイド長は、富裕層の汚れ物を洗う仕事をするしかなかった。
これまで奥さまに押しつけていた洗濯を、自分でする羽目になったのだ。
田舎には戻らないことを選んだメイドも同じだ。
手を抜いてさぼって、しゃべっていればお金が入るような仕事はどこにもない。あの伯爵家以外には。
指はあかぎれが切れ、じんじんと痛む。血が出ても洗濯は終わらない。
一カゴ分を洗い終えれば、次が来る。干しても干しても、次の汚れ物はやってくる。
彼女たちをまっとうなメイドとして雇う屋敷など、あるはずがなかった。
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