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九章 呂充儀

14、光柳お兄さま

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「つっかれた……」
「疲れましたね」

 翠鈴ツイリン雲嵐ユィンランはぐったりとしゃがみこんだ。未央宮の回廊だ。しかも側には南蕾ナンレイまで、へたりこんでいる。

(仕方あるまい。雲嵐は言いたくもない過去を明かし、翠鈴は陛下と対面したのだからな)

 南蕾に至っては、主との決別だ。光柳は小さく息をついた。

 わめく声が、微かに聞こえる。どうやら寝台に突っ伏して、呂充儀ルーじゅうぎが泣いているらしい。
 外は明るく陽射しに溢れている。庭では、たんぽぽの花が風に揺れて。綿毛を空へと飛ばした。
 それゆえ余計に、回廊でうずくまる三人の疲労の影が濃い。

「皆さん、こちらで休んでください」

 梅娜メイナーが三人に声をかけてくれる。だが、誰も立ち上がることができない。

「ほら、行くぞ」

 光柳は翠鈴に手を差しのべた。

「立つのもしんどいです」
「右に同じです」

 回廊の床にしゃがんだままで、翠鈴と雲嵐が光柳を見上げる。

「背負ってもらえれば、動けるかもしれません」

 雲嵐が無茶を言った。

「わたし、ここに敷布をしいて寝ころびたいです」

 翠鈴が駄々をこねた。
 おかしい。どちらもこんな風に光柳を困らせる性格ではないのに。
 光柳は、はっとした。

(もしかしてふたりとも、私に甘えているのか?)

 頭に浮かんだ考えに、心が跳ねる。
 つまり、光柳を特別と思っているからこそ、無理を強いるのだ。これは絶対に正解だ、間違いない。

「まったく、しょうがないなぁ」

 光柳は頭を掻きながら、ぼやいた。だが、口角が上がってしまっているのが、自分でも分かる。

「なんで、うれしそうなんですか?」
「雲嵐さまのおっしゃるとおりです。照れる理由が分かりませんよ」

 ああ、何とでも言うがいい。
 君たちは、光柳お兄さまに甘えたくてしょうがないのだよ。自覚はないだろうがね。

 背中がもぞもぞしてくすぐったい。
 翠鈴も雲嵐もしっかり者であり、自立している。それは素晴らしいことだが。時に寂しくもある。

 光柳はあまり考えないようにしているが。(考えると落ちこむので)翠鈴と雲嵐、彼らと比べると自分は頼りないのではないかと、たまに思うことがある。

「そうだ。梅娜に伝えて軟墊クッションと敷物を借りてこようか。気候もいいからな。夕暮れの仕事まで休むのもいいだろう」

 光柳の提案に、翠鈴と雲嵐は顔を見合わせた。

「翠鈴。明日は雨かもしれません」
「暴風雨でしょうか。困りますね、早朝に雨が降ると明かりを消す時に濡れてしまうんですよ。あれ、気持ち悪いんですよね」

 なんだか失礼なことを言われている。だが、気にしない。
 今日は、光柳お兄さまなのだから。

「あなた達。もしお客さまがいらしたら恥ずかしいから、中にお入りなさい」
「おちゃとおかし、あるよぉ」

 声をかけてきたのは蘭淑妃だった。背後から桃莉公主が、顔を覗かせる。

「南蕾さん。あなたもいらっしゃい」
「いら、しゃい、ましてください」

 蘭淑妃の腰にまとわりついた桃莉が、翠鈴の元へ駆けてくる。ぱたぱたと軽い足音、髪に結んだうすむらさきの緞帯リボンが、ひらりと揺れた。

「いえ、わたくしはこれ以上は。ご迷惑をおかけできません」

 どうやって呂充儀を、文彗宮ぶんけいきゅうに連れて帰ろうかと算段しようとしたのだろう。
 だが、すぐに「あっ」と声を洩らした。
 主からクビを言い渡されたことを思い出したようだ。

 故郷に戻ろうにも、実家にどうやって伝えればいいのだろうか。今すぐに、呂充儀に謝れと叱られるのではないか。せっかくの侍女の座を失うなんて。今後どうするんだ。
 そんな考えが、南蕾の頭の中で渦巻いているに違いない。

 南蕾の両肩に、見えぬ重圧がかかっているようだ。彼女はひざを抱えてうなだれた。

「あなたがいちばん疲れているはずよ。これからのことも考えないといけないしね」

 含みのある笑みを、蘭淑妃は浮かべた。
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