163 / 184
九章 呂充儀
14、光柳お兄さま
しおりを挟む
「つっかれた……」
「疲れましたね」
翠鈴と雲嵐はぐったりとしゃがみこんだ。未央宮の回廊だ。しかも側には南蕾まで、へたりこんでいる。
(仕方あるまい。雲嵐は言いたくもない過去を明かし、翠鈴は陛下と対面したのだからな)
南蕾に至っては、主との決別だ。光柳は小さく息をついた。
わめく声が、微かに聞こえる。どうやら寝台に突っ伏して、呂充儀が泣いているらしい。
外は明るく陽射しに溢れている。庭では、たんぽぽの花が風に揺れて。綿毛を空へと飛ばした。
それゆえ余計に、回廊でうずくまる三人の疲労の影が濃い。
「皆さん、こちらで休んでください」
梅娜が三人に声をかけてくれる。だが、誰も立ち上がることができない。
「ほら、行くぞ」
光柳は翠鈴に手を差しのべた。
「立つのもしんどいです」
「右に同じです」
回廊の床にしゃがんだままで、翠鈴と雲嵐が光柳を見上げる。
「背負ってもらえれば、動けるかもしれません」
雲嵐が無茶を言った。
「わたし、ここに敷布をしいて寝ころびたいです」
翠鈴が駄々をこねた。
おかしい。どちらもこんな風に光柳を困らせる性格ではないのに。
光柳は、はっとした。
(もしかしてふたりとも、私に甘えているのか?)
頭に浮かんだ考えに、心が跳ねる。
つまり、光柳を特別と思っているからこそ、無理を強いるのだ。これは絶対に正解だ、間違いない。
「まったく、しょうがないなぁ」
光柳は頭を掻きながら、ぼやいた。だが、口角が上がってしまっているのが、自分でも分かる。
「なんで、うれしそうなんですか?」
「雲嵐さまのおっしゃるとおりです。照れる理由が分かりませんよ」
ああ、何とでも言うがいい。
君たちは、光柳お兄さまに甘えたくてしょうがないのだよ。自覚はないだろうがね。
背中がもぞもぞしてくすぐったい。
翠鈴も雲嵐もしっかり者であり、自立している。それは素晴らしいことだが。時に寂しくもある。
光柳はあまり考えないようにしているが。(考えると落ちこむので)翠鈴と雲嵐、彼らと比べると自分は頼りないのではないかと、たまに思うことがある。
「そうだ。梅娜に伝えて軟墊と敷物を借りてこようか。気候もいいからな。夕暮れの仕事まで休むのもいいだろう」
光柳の提案に、翠鈴と雲嵐は顔を見合わせた。
「翠鈴。明日は雨かもしれません」
「暴風雨でしょうか。困りますね、早朝に雨が降ると明かりを消す時に濡れてしまうんですよ。あれ、気持ち悪いんですよね」
なんだか失礼なことを言われている。だが、気にしない。
今日は、光柳お兄さまなのだから。
「あなた達。もしお客さまがいらしたら恥ずかしいから、中にお入りなさい」
「おちゃとおかし、あるよぉ」
声をかけてきたのは蘭淑妃だった。背後から桃莉公主が、顔を覗かせる。
「南蕾さん。あなたもいらっしゃい」
「いら、しゃい、ましてください」
蘭淑妃の腰にまとわりついた桃莉が、翠鈴の元へ駆けてくる。ぱたぱたと軽い足音、髪に結んだうすむらさきの緞帯が、ひらりと揺れた。
「いえ、わたくしはこれ以上は。ご迷惑をおかけできません」
どうやって呂充儀を、文彗宮に連れて帰ろうかと算段しようとしたのだろう。
だが、すぐに「あっ」と声を洩らした。
主からクビを言い渡されたことを思い出したようだ。
故郷に戻ろうにも、実家にどうやって伝えればいいのだろうか。今すぐに、呂充儀に謝れと叱られるのではないか。せっかくの侍女の座を失うなんて。今後どうするんだ。
そんな考えが、南蕾の頭の中で渦巻いているに違いない。
南蕾の両肩に、見えぬ重圧がかかっているようだ。彼女はひざを抱えてうなだれた。
「あなたがいちばん疲れているはずよ。これからのことも考えないといけないしね」
含みのある笑みを、蘭淑妃は浮かべた。
「疲れましたね」
翠鈴と雲嵐はぐったりとしゃがみこんだ。未央宮の回廊だ。しかも側には南蕾まで、へたりこんでいる。
(仕方あるまい。雲嵐は言いたくもない過去を明かし、翠鈴は陛下と対面したのだからな)
南蕾に至っては、主との決別だ。光柳は小さく息をついた。
わめく声が、微かに聞こえる。どうやら寝台に突っ伏して、呂充儀が泣いているらしい。
外は明るく陽射しに溢れている。庭では、たんぽぽの花が風に揺れて。綿毛を空へと飛ばした。
それゆえ余計に、回廊でうずくまる三人の疲労の影が濃い。
「皆さん、こちらで休んでください」
梅娜が三人に声をかけてくれる。だが、誰も立ち上がることができない。
「ほら、行くぞ」
光柳は翠鈴に手を差しのべた。
「立つのもしんどいです」
「右に同じです」
回廊の床にしゃがんだままで、翠鈴と雲嵐が光柳を見上げる。
「背負ってもらえれば、動けるかもしれません」
雲嵐が無茶を言った。
「わたし、ここに敷布をしいて寝ころびたいです」
翠鈴が駄々をこねた。
おかしい。どちらもこんな風に光柳を困らせる性格ではないのに。
光柳は、はっとした。
(もしかしてふたりとも、私に甘えているのか?)
頭に浮かんだ考えに、心が跳ねる。
つまり、光柳を特別と思っているからこそ、無理を強いるのだ。これは絶対に正解だ、間違いない。
「まったく、しょうがないなぁ」
光柳は頭を掻きながら、ぼやいた。だが、口角が上がってしまっているのが、自分でも分かる。
「なんで、うれしそうなんですか?」
「雲嵐さまのおっしゃるとおりです。照れる理由が分かりませんよ」
ああ、何とでも言うがいい。
君たちは、光柳お兄さまに甘えたくてしょうがないのだよ。自覚はないだろうがね。
背中がもぞもぞしてくすぐったい。
翠鈴も雲嵐もしっかり者であり、自立している。それは素晴らしいことだが。時に寂しくもある。
光柳はあまり考えないようにしているが。(考えると落ちこむので)翠鈴と雲嵐、彼らと比べると自分は頼りないのではないかと、たまに思うことがある。
「そうだ。梅娜に伝えて軟墊と敷物を借りてこようか。気候もいいからな。夕暮れの仕事まで休むのもいいだろう」
光柳の提案に、翠鈴と雲嵐は顔を見合わせた。
「翠鈴。明日は雨かもしれません」
「暴風雨でしょうか。困りますね、早朝に雨が降ると明かりを消す時に濡れてしまうんですよ。あれ、気持ち悪いんですよね」
なんだか失礼なことを言われている。だが、気にしない。
今日は、光柳お兄さまなのだから。
「あなた達。もしお客さまがいらしたら恥ずかしいから、中にお入りなさい」
「おちゃとおかし、あるよぉ」
声をかけてきたのは蘭淑妃だった。背後から桃莉公主が、顔を覗かせる。
「南蕾さん。あなたもいらっしゃい」
「いら、しゃい、ましてください」
蘭淑妃の腰にまとわりついた桃莉が、翠鈴の元へ駆けてくる。ぱたぱたと軽い足音、髪に結んだうすむらさきの緞帯が、ひらりと揺れた。
「いえ、わたくしはこれ以上は。ご迷惑をおかけできません」
どうやって呂充儀を、文彗宮に連れて帰ろうかと算段しようとしたのだろう。
だが、すぐに「あっ」と声を洩らした。
主からクビを言い渡されたことを思い出したようだ。
故郷に戻ろうにも、実家にどうやって伝えればいいのだろうか。今すぐに、呂充儀に謝れと叱られるのではないか。せっかくの侍女の座を失うなんて。今後どうするんだ。
そんな考えが、南蕾の頭の中で渦巻いているに違いない。
南蕾の両肩に、見えぬ重圧がかかっているようだ。彼女はひざを抱えてうなだれた。
「あなたがいちばん疲れているはずよ。これからのことも考えないといけないしね」
含みのある笑みを、蘭淑妃は浮かべた。
104
お気に入りに追加
733
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた
今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。
レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。
不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。
レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。
それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し……
※短め

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる