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八章 陽だまりの花園
5、眠ってしまった
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休みの日は、時間の経つのが早い。
光柳と雲嵐は、ゆっくりとお酒を飲んでいる。くつろいだ雰囲気で(たぶんとんでもなく、つまらないことを言って)笑いあうふたりを見ているのは、楽しい。
時折、光柳が笑いながら雲嵐の肩を叩いている。
(懐かしいなぁ)
翠鈴は、青団を手でちぎった。
中に入っている繊維状の甘からい肉松と、ほろほろとした茹でた蛋黄が、もちっとした餅に絡んでおいしい。
「湯泉宮に行ったときみたいですね」
「ん? そうか?」
「普段通りですよ」
光柳と雲嵐は顔を見合わせた。
どうやら仕事と休日で、主従関係と友人関係を使い分けていることを本人たちは気づいていないらしい。
どうやって薫衣草を渡そうか。
青団を噛みしめながら、翠鈴は思案した。
「光柳さまのために、調合したんですよ」だと、押しつけがましい。
「これ、別に光柳さまを心配したわけじゃないですから」だと、ぶっきらぼうで失礼だ。
(いや、めちゃくちゃ心配してるから、用意したんだし)
懐を手で押さえると、清々しい匂いがほわっと立った。
その時だった。
光柳が翠鈴の肩に頭を預けたのは。
「え?」
すべらかな黒髪が、翠鈴の頬に触れる。左肩に光柳の重みを感じた。
「光柳さま?」
返事はない。柳の葉が風にそよぐ、さらさらとした音が聞こえるばかり。
光柳の頭がずり落ちた。
(え? 大丈夫なの、これ)
もきゅっと青団を食べている場合ではない。手にしていた最後のひとくちが、地面に落ちていく。
「うーん」
光柳は、翠鈴の膝に顔を埋めた。
「雲嵐さま。ど、どうしたらいいですか」
「あー。これは眠っておいでですね」
「でも不眠と聞きました」
薫衣草の香りは、確かに安眠に効くけれど。ここまでの即効性はない。お酒だって、茉莉花茶で割っているからきつくはないはずだ。
「安心なさったようですね」
「え? 安心ですか?」
大きな声を出して起こしてはいけないからだろう。雲嵐は、口の前で人さし指を立てた。
「なぜ光柳さまが詩作で悩んでいらしたか、お分かりになりますか?」
翠鈴は首をふる。
考えつくのは、恋や切ない思いを詠った詩など、都合よく次々と生まれてくるものではないというくらいだ。
「光柳さまは、自立したいとお考えなんですよ」
雲嵐は、翠鈴の膝で眠る光柳を見つめた。
四阿の中に、うすくれないの花びらが舞いこんできた。
「外に出れば、自分の力で稼がねばなりません。まぁ、陛下がお許しくださればのことですが。私は馬を扱えるのと宦官というのを逆手にとって活用できます。後宮内に荷を運んだり、離宮や郡王に書状を届ける仕事が可能ですね」
これは真面目な話だ。翠鈴は姿勢をただした。
「光柳さまは、不安でいらっしゃるんですよ。詩を詠むことしか能がないと考えておいでですのに。多作ではない、と。数が多ければ値も下がるので、気にしなくてもよいと常々申しあげているのですが」
雲嵐は顔を上げて翠鈴を見据えた。
翠鈴を映した淡い色の瞳。その目には未来の光景も二重写しになっているのだろう。
主従関係にあるのに。ふたりは、ほぼ家族のようなものだ。半分は血のつながりのある陛下の方が、光柳にとっては遠い。
いずれ後宮を出るであろう光柳に、雲嵐は従うだろう。護衛ではなくなっても、主従関係が解消されても。ともに生きていくのだろう。当たり前のように。
「翠鈴なら分かるでしょう? 生きていくためには金が要る。稼ぐ力がいる。麟美として詠んだ詩は高値で売れます。光柳さまの蓄えは多いのですが。ご自分の名で売れているわけではないので、思うところがおありなのでしょうね」
「確かに。雲嵐さまにしか打ち明けられない悩みですね」
おや? という風に雲嵐は片方の眉を上げた。
「翠鈴も共犯ですよ? 三十年変わらない麟美さまの秘密をご存じなのですから」
光柳と雲嵐は、ゆっくりとお酒を飲んでいる。くつろいだ雰囲気で(たぶんとんでもなく、つまらないことを言って)笑いあうふたりを見ているのは、楽しい。
時折、光柳が笑いながら雲嵐の肩を叩いている。
(懐かしいなぁ)
翠鈴は、青団を手でちぎった。
中に入っている繊維状の甘からい肉松と、ほろほろとした茹でた蛋黄が、もちっとした餅に絡んでおいしい。
「湯泉宮に行ったときみたいですね」
「ん? そうか?」
「普段通りですよ」
光柳と雲嵐は顔を見合わせた。
どうやら仕事と休日で、主従関係と友人関係を使い分けていることを本人たちは気づいていないらしい。
どうやって薫衣草を渡そうか。
青団を噛みしめながら、翠鈴は思案した。
「光柳さまのために、調合したんですよ」だと、押しつけがましい。
「これ、別に光柳さまを心配したわけじゃないですから」だと、ぶっきらぼうで失礼だ。
(いや、めちゃくちゃ心配してるから、用意したんだし)
懐を手で押さえると、清々しい匂いがほわっと立った。
その時だった。
光柳が翠鈴の肩に頭を預けたのは。
「え?」
すべらかな黒髪が、翠鈴の頬に触れる。左肩に光柳の重みを感じた。
「光柳さま?」
返事はない。柳の葉が風にそよぐ、さらさらとした音が聞こえるばかり。
光柳の頭がずり落ちた。
(え? 大丈夫なの、これ)
もきゅっと青団を食べている場合ではない。手にしていた最後のひとくちが、地面に落ちていく。
「うーん」
光柳は、翠鈴の膝に顔を埋めた。
「雲嵐さま。ど、どうしたらいいですか」
「あー。これは眠っておいでですね」
「でも不眠と聞きました」
薫衣草の香りは、確かに安眠に効くけれど。ここまでの即効性はない。お酒だって、茉莉花茶で割っているからきつくはないはずだ。
「安心なさったようですね」
「え? 安心ですか?」
大きな声を出して起こしてはいけないからだろう。雲嵐は、口の前で人さし指を立てた。
「なぜ光柳さまが詩作で悩んでいらしたか、お分かりになりますか?」
翠鈴は首をふる。
考えつくのは、恋や切ない思いを詠った詩など、都合よく次々と生まれてくるものではないというくらいだ。
「光柳さまは、自立したいとお考えなんですよ」
雲嵐は、翠鈴の膝で眠る光柳を見つめた。
四阿の中に、うすくれないの花びらが舞いこんできた。
「外に出れば、自分の力で稼がねばなりません。まぁ、陛下がお許しくださればのことですが。私は馬を扱えるのと宦官というのを逆手にとって活用できます。後宮内に荷を運んだり、離宮や郡王に書状を届ける仕事が可能ですね」
これは真面目な話だ。翠鈴は姿勢をただした。
「光柳さまは、不安でいらっしゃるんですよ。詩を詠むことしか能がないと考えておいでですのに。多作ではない、と。数が多ければ値も下がるので、気にしなくてもよいと常々申しあげているのですが」
雲嵐は顔を上げて翠鈴を見据えた。
翠鈴を映した淡い色の瞳。その目には未来の光景も二重写しになっているのだろう。
主従関係にあるのに。ふたりは、ほぼ家族のようなものだ。半分は血のつながりのある陛下の方が、光柳にとっては遠い。
いずれ後宮を出るであろう光柳に、雲嵐は従うだろう。護衛ではなくなっても、主従関係が解消されても。ともに生きていくのだろう。当たり前のように。
「翠鈴なら分かるでしょう? 生きていくためには金が要る。稼ぐ力がいる。麟美として詠んだ詩は高値で売れます。光柳さまの蓄えは多いのですが。ご自分の名で売れているわけではないので、思うところがおありなのでしょうね」
「確かに。雲嵐さまにしか打ち明けられない悩みですね」
おや? という風に雲嵐は片方の眉を上げた。
「翠鈴も共犯ですよ? 三十年変わらない麟美さまの秘密をご存じなのですから」
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