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七章 毒の豆
9、香豌豆の菓子【1】
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怒りを爆発させた辺妮が、豌豆黄が置いてある卓に跳びかかった。
胡玲の悲鳴が響く。翠鈴は、胡玲を抱きしめた。
「翠鈴姐」
「動かないで、胡玲。狙いはあなたよ」
脅えていた胡玲だが。翠鈴の言葉に、素直に従った。
ガシャン! けたたましい音がして、皿や豌豆黄が床に散乱した。
皿が割れる。濁った黄色の塊が砕ける。
雲嵐が光柳の前に立った。まるで盾になるかのように。雲嵐の背後で、光柳は翠鈴と胡玲をかばう。
「どうしたの!」
騒ぎに気づいた医官が、奥から顔を出した。
医局の床に物が散るときは、ろくなことがない。翠鈴は目をすがめた。
「離せ。離せぇ」
辺妮は、雲嵐に拘束された。あまりにも呆気なく。
鍛え抜かれた雲嵐に、貧相な体つきの宮女が敵うはずがない。
「包帯に使う晒をください」
「は、はい」
声を裏返しながら、医官のひとりが棚から包帯を取りだす。雲嵐は、生薬のにおいのする包帯を受けとった。辺妮を後ろ手に縛りあげて、床に転がす。
今のところは安全だ。
翠鈴は、辺妮の前にしゃがみこんだ。
「話を聞かせて。あなた、胡玲に毒を盛ったのね」
盛ったのか? という疑問ではなく、確認だ。
「ちが……」
「わたしもあの豌豆黄は食べたんだけど」
翠鈴の言葉に、辺妮は目を剥いた。
唇をわなわなと震えさせ「ぎゃあああああっ!」と耳をつんざく悲鳴を上げた。
「なんで。なんで食べたんですか!」
「お裾分けをもらったから」
取り乱し、床の上でのたうち回る辺妮に対し、翠鈴は落ち着いている。
だが、冷ややかな視線ではあるが。瞳の奥では憤怒の炎が揺らめいている。
「うちは、女炎帝さまにつきまとっているあの医官に。あの思い上がった女にだけ、食べさせようと。わざわざ取り寄せて……取り寄せたのに」
「何を取り寄せたの?」
翠鈴は感情を押し殺して、あえて優しい声を出した。その方が、真実を吐くだろうと思ったからだ。
激昂して、怒りを爆発させるのは簡単だ。
だが、それでは対話にならない。辺妮は怯えて、きっと「ごめんなさい」をくり返すばかりだろう。
聞きたいのは謝罪ではない。何を使い、どうしようとしたのかだ。
「翠鈴姐」と、背後から胡玲が声をかけてくる。
「女炎帝さまに、気軽に呼びかけないで! うちに、仲がいいとこを見せつけて調子に乗らないで」
辺妮は大声で叫んだ。そのせいで、咳きこんでいる。
虚しい咳が続く。
誰も、辺妮に大丈夫かと声をかけない。床に転がった彼女の背をさすらない。咳止めの生薬の用意もしない。
「胡玲。奥に行っていなさい」
「ですが。これは私のことです」
胡玲は責任感が強い。子供の頃からそうだった。
「いいえ。あなたは、とばっちりを受けただけ。元々はわたしの問題よ」
肩ごしにふり返り、翠鈴は胡玲に笑顔を向けた。
「今は、わたしに守られていなさい」
危険だから、胡玲を辺妮の側には来させない。本当なら、翠鈴と辺妮ふたりきりの方が話しやすいのだろうけれど。
光柳や雲嵐に、これ以上の心配はかけられない。
「教えてちょうだい。あなたは豌豆黄に何を入れようとしたの?」
辺妮は答えない。翠鈴から目を逸らして、顔の側にある床を見据えている。
「じゃあ、訊き方を変えるわね。どんな材料で豌豆黄を作ろうとしたの?」
床に転がされた辺妮の体が、びくりと竦んだ。
もう少しだ。
辺妮が、胡玲に嫉妬心を抱いているのは明白だ。そして認めなくはないけれど、翠鈴を神聖視していることも。
病気ではないからと、これまで女官や宮女たちが我慢するしかなかった数々の症状を、翠鈴の薬は救ってきた。金銭的に余裕のない宮女にとっては、天からの助けのように思えたのだろう。
「わたしには教えてくれるわね?」
卑怯な尋ね方だ。自分で話していても反吐が出そうだ。
辺妮が夜更けの薬売りに心酔していることを、利用しているのだから。
けれど、それが一番手っ取り早くて、確実だ。
妄信している女炎帝になら、辺妮は嘘をつかないだろう。
胡玲の悲鳴が響く。翠鈴は、胡玲を抱きしめた。
「翠鈴姐」
「動かないで、胡玲。狙いはあなたよ」
脅えていた胡玲だが。翠鈴の言葉に、素直に従った。
ガシャン! けたたましい音がして、皿や豌豆黄が床に散乱した。
皿が割れる。濁った黄色の塊が砕ける。
雲嵐が光柳の前に立った。まるで盾になるかのように。雲嵐の背後で、光柳は翠鈴と胡玲をかばう。
「どうしたの!」
騒ぎに気づいた医官が、奥から顔を出した。
医局の床に物が散るときは、ろくなことがない。翠鈴は目をすがめた。
「離せ。離せぇ」
辺妮は、雲嵐に拘束された。あまりにも呆気なく。
鍛え抜かれた雲嵐に、貧相な体つきの宮女が敵うはずがない。
「包帯に使う晒をください」
「は、はい」
声を裏返しながら、医官のひとりが棚から包帯を取りだす。雲嵐は、生薬のにおいのする包帯を受けとった。辺妮を後ろ手に縛りあげて、床に転がす。
今のところは安全だ。
翠鈴は、辺妮の前にしゃがみこんだ。
「話を聞かせて。あなた、胡玲に毒を盛ったのね」
盛ったのか? という疑問ではなく、確認だ。
「ちが……」
「わたしもあの豌豆黄は食べたんだけど」
翠鈴の言葉に、辺妮は目を剥いた。
唇をわなわなと震えさせ「ぎゃあああああっ!」と耳をつんざく悲鳴を上げた。
「なんで。なんで食べたんですか!」
「お裾分けをもらったから」
取り乱し、床の上でのたうち回る辺妮に対し、翠鈴は落ち着いている。
だが、冷ややかな視線ではあるが。瞳の奥では憤怒の炎が揺らめいている。
「うちは、女炎帝さまにつきまとっているあの医官に。あの思い上がった女にだけ、食べさせようと。わざわざ取り寄せて……取り寄せたのに」
「何を取り寄せたの?」
翠鈴は感情を押し殺して、あえて優しい声を出した。その方が、真実を吐くだろうと思ったからだ。
激昂して、怒りを爆発させるのは簡単だ。
だが、それでは対話にならない。辺妮は怯えて、きっと「ごめんなさい」をくり返すばかりだろう。
聞きたいのは謝罪ではない。何を使い、どうしようとしたのかだ。
「翠鈴姐」と、背後から胡玲が声をかけてくる。
「女炎帝さまに、気軽に呼びかけないで! うちに、仲がいいとこを見せつけて調子に乗らないで」
辺妮は大声で叫んだ。そのせいで、咳きこんでいる。
虚しい咳が続く。
誰も、辺妮に大丈夫かと声をかけない。床に転がった彼女の背をさすらない。咳止めの生薬の用意もしない。
「胡玲。奥に行っていなさい」
「ですが。これは私のことです」
胡玲は責任感が強い。子供の頃からそうだった。
「いいえ。あなたは、とばっちりを受けただけ。元々はわたしの問題よ」
肩ごしにふり返り、翠鈴は胡玲に笑顔を向けた。
「今は、わたしに守られていなさい」
危険だから、胡玲を辺妮の側には来させない。本当なら、翠鈴と辺妮ふたりきりの方が話しやすいのだろうけれど。
光柳や雲嵐に、これ以上の心配はかけられない。
「教えてちょうだい。あなたは豌豆黄に何を入れようとしたの?」
辺妮は答えない。翠鈴から目を逸らして、顔の側にある床を見据えている。
「じゃあ、訊き方を変えるわね。どんな材料で豌豆黄を作ろうとしたの?」
床に転がされた辺妮の体が、びくりと竦んだ。
もう少しだ。
辺妮が、胡玲に嫉妬心を抱いているのは明白だ。そして認めなくはないけれど、翠鈴を神聖視していることも。
病気ではないからと、これまで女官や宮女たちが我慢するしかなかった数々の症状を、翠鈴の薬は救ってきた。金銭的に余裕のない宮女にとっては、天からの助けのように思えたのだろう。
「わたしには教えてくれるわね?」
卑怯な尋ね方だ。自分で話していても反吐が出そうだ。
辺妮が夜更けの薬売りに心酔していることを、利用しているのだから。
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