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五章 女炎帝

9、薔薇の花びらの湯圓

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 侵入者が捕まったことを、翠鈴と光柳は蘭淑妃に知らせに行った。
 殿の扉を開くと、淑妃と桃莉公主を中心にして四人の侍女が取り囲んでいる。

「ツイリンっ」

 侍女たちをかき分けて、桃莉公主が翠鈴に飛びついてきた。
 桃莉公主は、ぎゅううっと力いっぱいに、翠鈴の腰に抱きついている。

「もう大丈夫ですよ」
「こわいひと、もういない?」
「はい。犯人は連れていかれました。宮女でした」

 翠鈴はしゃがんで、桃莉に顔の高さを合わせた。

「お強くなりましたね。泣かずに頑張ったんですね」

 翠鈴に褒められて、桃莉は頬を赤く染めた。そして「うん」と、小さくうなずいた。

「ツイリンとクアンリュウが、お母さまとタオリィを守ってくれるって。みんなが言ってたの」
「そうなんですか?」

 翠鈴は驚いて、侍女たちを見上げた。

「あー、いえ。その、違うのよ。違わないんだけど」
「翠鈴には甘えすぎてるって自覚はあるし。不審者の正体も分からないのに、任せてしまって。本当に申し訳ないと思っているの」
「でも……私たちでは、どうしたらいいのか」

 おろおろと言い訳を始める侍女たちを見て、翠鈴は口もとを緩めた。

「皆さんには、蘭淑妃さまと桃莉公主さまをお守りするという使命があるじゃないですか。現に、自らが盾になる覚悟で、おふたりを囲んでいらっしゃったでしょう?」

 翠鈴に指摘されて、初めて侍女たちは自分たちの行動に気がついたようだ。
 他の宮のことは、よく知らないが。この未央宮の侍女は、基本的におっとりしている。
 なのに、自覚はせずとも主のために身を呈す覚悟を持っていた。

 蘭淑妃が、翠鈴の前に進み出た。
 さすがにしゃがんで、桃莉公主を抱きしめたままという訳にはいかない。翠鈴は立った。

 次にとった淑妃の行為に、誰もが息を呑んだ。
 立ち上がった翠鈴の前に、蘭淑妃がひざまずいたのだ。

「ありがとう、翠鈴。あなたのとっさの判断で、わたくしも桃莉も、侍女たちも守られました」

 翠鈴の手を、蘭淑妃がとった。

「先ほどの侵入者は宮女とのことですが。あなたは相手が男性であっても、きっと立ち向かうのでしょうね」

 淑妃の指は、小刻みに震えている。手も冷たい。

「とても感謝しているの。でもね、無理はしないで」
「淑妃さま」

「あなたに怪我があれば、わたくしも桃莉も悲しいわ。そこにいる誰かさんもね」

 ちらっと蘭淑妃が、扉の近くに立つ光柳に目を向けた。
 光柳の背後には雲嵐が立っている。扉から侵入する者がいれば、防げるように。

◇◇◇

 犯人が警備の宦官に連行された後。
 未央宮の一室で、光柳と翠鈴は卓についていた。雲嵐はやはり座ることなく、光柳の側に立っている。

「お疲れさま。よく頑張ったな」
「疲れましたね。さすがに」

 光柳にねぎらわれ、翠鈴は肩の力を抜いた。よほど緊張していたのだろう。肩が凝っている。
 室内なので、首に巻いた圍巾ウェイジンを外した。

 気をつかった侍女が、今日は玫瑰小湯圓メイグイシャオタンユェンを出してくれた。

「そういえば冬至でしたね」
「忘れていたな。湯圓タンユェンを食べる日だ」

 光柳は湯圓が好きなのだろうか。口もとが微笑んでいる。

 薔薇の香りのする甘いスープに、小さなお団子が浮いている。うす紅の薔薇の色の華やかさと、柑橘の爽やかな味。
 匙で口に運ぶと、つるりと滑らかな舌触りだ。

「おいしいですね」

 ほっとする、優しい甘さに翠鈴は目を細めた。

「これはもてなし用というより、感謝の意味合いが強いな」
「光柳さまは、湯圓タンユェンがお好きなんですね」

 翠鈴の問いかけに、光柳は首を傾げた。

「まぁ、好物ではあるが。どうしてそう思うんだ?」
「機嫌がよさそうだからです」

 宮女の立場では玫瑰小湯圓メイグイシャオタンユェンを口にすることなどない。
 翠鈴は久しぶりの高貴な味を、心ゆくまで楽しんだ。

「分かっていないな」

 ぽつりと光柳が呟いた。
 手にした匙を、ことりと碗にいれる。澄んだうすべに汁に浮かんだ薔薇の花びらの中に、匙は沈んだ。

「私の機嫌がいいのは、君が無事だったからだ」
「はい?」

 さすがに翠鈴も匙を持つ手を止める。
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