54 / 176
三章 湯泉宮と雲嵐の過去
5、南天の葉
しおりを挟む
馬車は南の城門を出た。
高い城壁に囲まれた城市は賑わっていたが。門の外は荒涼としていた。
堀にかかる橋から、まっすぐに伸びた道を馬車は進む。翠鈴が乗ったことのある荷馬車と違い、快適だ。
「すごいっ。酔いませんね」
「酔う? 荷馬車は気分が悪くなるのか?」
「お尻も痛くありません」
「尻が痛むのか?」
荷車になど、人生で一度も乗ったことのない光柳は首を傾げた。
「わたしは何度か荷馬車や、川を下る舟で酔ったことがありますので。南天の葉を用意しておいたのですが。必要ありませんでしたね」
翠鈴は、緑の葉を懐から出した。
南天の葉は魚の中毒にも効くし、舟で酔った時にも噛めば効く。
「噛むのか?」
「どうぞ」
翠鈴は南天葉を一枚、光柳に手渡した。
ほんのひと齧り。そして光柳は顔をしかめた。
「なんか……なんだか苦い」
「毒がありますから」
「えっ!」
手帕を取りだした光柳は、齧った葉をぺっと出した。
「毒も少量であれば、薬になります。南天はその毒が逆に防腐作用になりますから」
ただし、と翠鈴は目を細める。
射殺しそうでもあり、射貫くようでもある瞳だ。
「素人判断で口にするのは、やめた方がいいですね」
「今の量は大丈夫か?」
「問題ありません」
しれっと翠鈴は答えた。
そもそも毒になる量など、人に与えるはずがない。
雲嵐があわてて、竹筒に入った水を差しだしている。
この旅の行先は南方だそうだ。
「私が子供の頃に過ごしていた離宮は、新杷国の南の端にある。その近くに温泉がある」
光柳の説明によると。寒い時期なので、気候のよい南方と温泉というのは最高の組み合わせとのことだ。
「温泉は入ったことはありませんね。蒸し風呂は入りますが。湯船は、このあいだ未央宮で初めてつかりました」
新杷国は広い。杷京を出てからの景色はほとんど変わらない。
冬でなければ、大地はやわらかな緑に覆われているのだろう。
翠鈴が前を見ると、雲嵐が開いた窗の外を眺めていた。
もともと穏やかな印象なのだが。今日の彼はさらに落ち着いて見える。
雲嵐は何かを懐かしむように、目を細めた。
「南方に滞在なさったことがおありなんですか」
翠鈴は問いかけた。
窗の外は、冬枯れの野だ。けれど、雲嵐の瞳にはその先の、さらに果ての景色が見えていたのだろう。
「そう思いますか?」
声をかけられたのが意外だったのだろう。雲嵐は、驚いたように向きなおった。
「雲嵐さまは、南方のかたのようにはお見受けしません。もしかすると、光柳さまとご一緒に南の離宮にいらっしゃったのではないかと」
「ご明察です」
雲嵐が柔らかな笑みを浮かべる。
けれど、翠鈴の隣に座る光柳は眉を寄せている。
あ、これは話題にされたくないんだな、と翠鈴は感じた。
だから、あえて突っこんで訊くことにした。
「離宮でのお話を伺ってもよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
雲嵐は、ちらっと光柳に視線を向けた。主の意見に従うためだろうか。
「言わなくていい。雲嵐」
「もうすぐ次の町ですから。お茶でも飲みながらにしましょう」
ちがった。
主の反応を楽しんでいるだけだった。穏やかそうに見えて、意外と雲嵐は一筋縄ではいかない。
(まぁ、クセの強い光柳に仕えているんだし。素直な人じゃ無理だよね)
雲嵐には、慣れた道らしい。
彼の言葉通り、町が見えてきた。
杷京から、あるいは杷京へ行く人がここで休憩をとるのだろう。
町の通りには店が並んでいる。
御者が馬を停めた。
高い城壁に囲まれた城市は賑わっていたが。門の外は荒涼としていた。
堀にかかる橋から、まっすぐに伸びた道を馬車は進む。翠鈴が乗ったことのある荷馬車と違い、快適だ。
「すごいっ。酔いませんね」
「酔う? 荷馬車は気分が悪くなるのか?」
「お尻も痛くありません」
「尻が痛むのか?」
荷車になど、人生で一度も乗ったことのない光柳は首を傾げた。
「わたしは何度か荷馬車や、川を下る舟で酔ったことがありますので。南天の葉を用意しておいたのですが。必要ありませんでしたね」
翠鈴は、緑の葉を懐から出した。
南天の葉は魚の中毒にも効くし、舟で酔った時にも噛めば効く。
「噛むのか?」
「どうぞ」
翠鈴は南天葉を一枚、光柳に手渡した。
ほんのひと齧り。そして光柳は顔をしかめた。
「なんか……なんだか苦い」
「毒がありますから」
「えっ!」
手帕を取りだした光柳は、齧った葉をぺっと出した。
「毒も少量であれば、薬になります。南天はその毒が逆に防腐作用になりますから」
ただし、と翠鈴は目を細める。
射殺しそうでもあり、射貫くようでもある瞳だ。
「素人判断で口にするのは、やめた方がいいですね」
「今の量は大丈夫か?」
「問題ありません」
しれっと翠鈴は答えた。
そもそも毒になる量など、人に与えるはずがない。
雲嵐があわてて、竹筒に入った水を差しだしている。
この旅の行先は南方だそうだ。
「私が子供の頃に過ごしていた離宮は、新杷国の南の端にある。その近くに温泉がある」
光柳の説明によると。寒い時期なので、気候のよい南方と温泉というのは最高の組み合わせとのことだ。
「温泉は入ったことはありませんね。蒸し風呂は入りますが。湯船は、このあいだ未央宮で初めてつかりました」
新杷国は広い。杷京を出てからの景色はほとんど変わらない。
冬でなければ、大地はやわらかな緑に覆われているのだろう。
翠鈴が前を見ると、雲嵐が開いた窗の外を眺めていた。
もともと穏やかな印象なのだが。今日の彼はさらに落ち着いて見える。
雲嵐は何かを懐かしむように、目を細めた。
「南方に滞在なさったことがおありなんですか」
翠鈴は問いかけた。
窗の外は、冬枯れの野だ。けれど、雲嵐の瞳にはその先の、さらに果ての景色が見えていたのだろう。
「そう思いますか?」
声をかけられたのが意外だったのだろう。雲嵐は、驚いたように向きなおった。
「雲嵐さまは、南方のかたのようにはお見受けしません。もしかすると、光柳さまとご一緒に南の離宮にいらっしゃったのではないかと」
「ご明察です」
雲嵐が柔らかな笑みを浮かべる。
けれど、翠鈴の隣に座る光柳は眉を寄せている。
あ、これは話題にされたくないんだな、と翠鈴は感じた。
だから、あえて突っこんで訊くことにした。
「離宮でのお話を伺ってもよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
雲嵐は、ちらっと光柳に視線を向けた。主の意見に従うためだろうか。
「言わなくていい。雲嵐」
「もうすぐ次の町ですから。お茶でも飲みながらにしましょう」
ちがった。
主の反応を楽しんでいるだけだった。穏やかそうに見えて、意外と雲嵐は一筋縄ではいかない。
(まぁ、クセの強い光柳に仕えているんだし。素直な人じゃ無理だよね)
雲嵐には、慣れた道らしい。
彼の言葉通り、町が見えてきた。
杷京から、あるいは杷京へ行く人がここで休憩をとるのだろう。
町の通りには店が並んでいる。
御者が馬を停めた。
39
お気に入りに追加
720
あなたにおすすめの小説
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
継母の品格 〜 行き遅れ令嬢は、辺境伯と愛娘に溺愛される 〜
出口もぐら
恋愛
【短編】巷で流行りの婚約破棄。
令嬢リリーも例外ではなかった。家柄、剣と共に生きる彼女は「女性らしさ」に欠けるという理由から、婚約破棄を突き付けられる。
彼女の手は研鑽の証でもある、肉刺や擦り傷がある。それを隠すため、いつもレースの手袋をしている。別にそれを恥じたこともなければ、婚約破棄を悲しむほど脆弱ではない。
「行き遅れた令嬢」こればかりはどうしようもない、と諦めていた。
しかし、そこへ辺境伯から婚約の申し出が――。その辺境伯には娘がいた。
「分かりましたわ!これは契約結婚!この小さなお姫様を私にお守りするようにと仰せですのね」
少しばかり天然、快活令嬢の継母ライフ。
■この作品は「小説家になろう」にも投稿しています。
【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる