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三章 湯泉宮と雲嵐の過去

3、女官になっても美しすぎる

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 光柳の言った通り。翠鈴が後宮の外に出る申請は、すぐに通った。

 ふだんは十日働いて、一日の休みだ。そのほかにも帰省の為に、二年に三十日。これは実家が王都である杷京から遠ければ、往復に時間がかかるので長めだ。

 女性はさらに月に三日の休暇が認められている。
 具合が悪い時などは、申請すれば休みをもらえるが。そのぶんの給金はとうぜん減ってしまう。

「ねぇねぇ、出差しゅっさってなに?」

 仕事が終わった後の夜。旅の荷物を詰めている翠鈴の手元を、由由が覗きこんでいる。
 外は雨が降っているようで、瓦を叩く雨音が聞こえる。

「出差ねぇ。仕事をするために出かけることかな」
「翠鈴だけ、ずるーい」
「はは。まぁ、身長があるから。出先でも高いところの灯がつけられるでしょ」

 乾いた笑いを、翠鈴は洩らす。
 無理がある。

 それに今回は仕事をするためではなく、出かけるのが目的だから。司燈の仕事はおまけ程度だ。

 光柳の考えでは、翠鈴は休暇をとって温泉に行く予定だった。
 だが、雲嵐が妙案を出してくれたのだ。

「光柳さま。褒美とはいえ無理に翠鈴を連れ出すのですから。仕事という名目になさった方がよろしいかと」と、進言してくれた。

 確かに。お風呂につかるためにわざわざ遠出して、さらに給金まで減らされてはたまったものではない。
 褒美とはなんぞや、と光柳を詰問するところだった。

(ありがとう、雲嵐さま)

 そこに雲嵐がいるわけでもないのに。翠鈴は天井を見上げて、手を合わせた。
 雲嵐にしてみれば、拝まれたところで迷惑かもしれないが。

 牛車を使うならともかく。城市まちから出るなら、歩みの遅い牛ではなく、馬車に乗ることだろう。
 夕暮れ前に宿に着くなら、そもそも馬車の明かりも必要ない。

(いくら褒美とはいえ、光柳さまに誘われたことは言えないし。どうするつもりなんだろ、あの人)

 光柳には、曇華どんげとも呼ばれる月下美人に似た風情がある。
 香り高く咲きほこりながらも、日光の下ではなく月夜に住まう。気高く、凛とした気品をそなえている。
口は悪いが、女官や宮女たちの人気は高い。

 そんな光柳が、宮女と共に後宮から出ることがばれたら、大騒ぎだろう。

(まぁ、いいか。考えたところで、何かが変わるわけでもないし)

 もともと荷物は少ないので、荷造りはすぐに終わった。

 雨のせいで、室内は湿気っぽい。
 せめて朝までに雨が止んでいればいいな、と考えながら翠鈴は眠りについた。

◇◇◇

 翌朝。
 出発前に回廊の灯を消しに、翠鈴は外に出た。

 雨はすでにやんでいる。湿気が残っているせいか、辺りは乳白色の霧が降りていた。
 常緑の冬草の葉に、朝露が宿っている。霧があるせいで、太陽の光が滲んで見える。とても幻想的な朝だ。

「やぁ、おはよう」

 にこやかな笑みを浮かべて、女性が未央宮びおうきゅうに入って来た。

 美人だ。目を見張るほどの。
 背丈のある翠鈴よりも身長が高く、すらりとしている。

 飾り立てているわけではない。控えめな化粧と、女官が着るような簡素だが品のよい衣裳をまとっている。寒いので、その上から革の上着を羽織っていた。

「よく眠れたか?」

 言葉遣いが荒っぽい。歩き方が大股だ。
 美しさの無駄遣いだ。美の浪費だ。翠鈴は唖然と客人を眺めた。

「どうした? 朝食をとったら出かけるぞ」

 この声、知っている。
 女性の側に立つ雲嵐の姿を認めて、翠鈴は確信した。

「あの、光柳さまですよね。そのお姿は?」

「ああ」と、納得したように女装の光柳が胸を張る。

「雲嵐に勧められた。私が出差に翠鈴を連れていくのは、不自然なのだそうだ」

 こくりと、雲嵐がうなずく。

「だから、私は後宮を出るまでは女官だ。そうだな宵柳シャオリュウとでも名乗ろうか」
「はぁ」

 どこの所属か、どこの部署の女官かまでは、光柳は考えていないようだ。
 そもそもこんな目立つ女官がいたら、誰もが覚えているはずだ。美しすぎる。

 蒼天のすべての青を集めたかのような清々しさ。宵に光る星々のきらめきを宿した神々しさ。
 妃嬪にまぎれても、決して見劣りしないだろう。

「あの、それほどお美しいのなら。観月楼での麟美の代理は、わたしでなくともよかったのでは?」
「そうだなぁ。自分でも惚れ惚れするほどだ。こんなにきれいだとは思わなかった」

 あ、そうですか。

「だが、声の低さで男だとばれてしまうな。なぁ、雲嵐」

 光柳は雲嵐に同意を求めた。
 まったく面倒な主だ。
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