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二章 麟美の偽者

12、交渉と採寸

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 光柳クアンリュウに命じられたのは、麟美リンメイに成りすまして表に出ることだった。

 翠鈴は、やりたくもなかったが。余分な仕事と考えれば、時間外の給金がもらえるはずだ。

 翌日。翠鈴はさっそく光柳の元へ向かった。
 書令史の机の上は、紙の巻物ではなく布の反物たんものが散乱していた。

 机の前で、光柳は腕を組んで考え事をしている。

「これは何ですか? あ、宦官の服をもっと派手にしたいのですね」

 男物とは明らかに違う、柔らかな風合いの布地だ。
 光柳は、その布を比べているようだ。

「違う。だが、ちょうどいいところに来た。雲嵐ユィンランに君を呼びに行かせようと思っていたところだ」

 嫌な予感がする。
 翠鈴は一歩退いた。

 ちらっと雲嵐に視線を向けたが。彼は「すまない」とでもいう風に両手を合わせた。
 嫌な予感が二倍になった。

「月見の宴が開かれる」
「はい?」
「帝の前で、麟美が詩を詠みあげるのだ」

 三倍だ。

「顔を出す必要はない。帝も麟美がすでにいないことなど、当然だが承知なさっている。先帝のみならず、今の陛下にとっても麟美は詩の女神だ。ご自身もだが、蘭淑妃を喜ばせてあげたいのだろう」

 光柳の説明に、翠鈴はほっと息をついた。

「では、陰にかくれて、書かれた詩を読み上げればいいのですね」

 声くらいなら問題はない。
 都育ちのお嬢さまは、声もか細くて小さいが。山や野原で育った翠鈴は声が通る。
 でないと、相手に声が届かないからだ。

「顔は隠してよいが、姿は見せてもらおう。偽者をおびき出すためだ」

 にっこりと光柳が笑う。彼が微笑むと、ろくでもないことを言いだすのだ。

(いや、ここで逃げ帰っても、もうわたしが麟美に成りすますことは決定している)

 ならばすることは、ひとつだけ。
 時間外手当の交渉だ。

 ◇◇◇

 交渉はうまくいった。光柳が、翠鈴の言い値を飲んでくれたからだ。
 だが。

「なんで脱がないといけないんですか。下着だけとか、ひどい嫌がらせです」

 翠鈴は悲鳴に近い声を上げた。
  
 宮女の上衣と、ひだのついた裙子スカートを女官に脱がされる。
 高い天井に、翠鈴の叫びが反響した。

「服の上からでは、正確な採寸ができないだろうが」

 衝立ついたての向こうから、光柳の声が聞こえた。

 尚服局しょうふくきょくの女官が、尺や寸の数字が刻まれた布製の紐を翠鈴の体にあてがう。

 首まわり、腰回り。胸の大きさ。お尻の大きさに足の長さまで。その数字を読み上げて、紙に記していくのだ。

(うわー、やめてよ)

 恥ずかしいことこの上ない。
 ふだんの服も、宮女の服も。体にぴったりと添う形ではないので、事細かに体形を数値で表すことはない。

「動いてはなりませんよ。正しく測れないと、服が合いませんからね」

「そうだぞ。翠鈴。司衣しいの者の指示をちゃんと聞くんだ」

 光柳の言葉に、翠鈴は肩を落とした。麟美の代理なら、自分のことだろうに。
 しかも尚服局の司衣となると、皇后や妃、嬪の衣を担当する部署だ。

 一介の宮女が、大勢で採寸されることなど、きっと前代未聞だ。

 おそらく衣司たちは、事情を知らされていない。
 それでも任務に忠実だ。

(これはかなり大事おおごとなのかも)

 光柳は、司衣しいの女官と生地の相談をしている。翠鈴の悩みなど気にした様子もなく。

「さぁ。くつも作りますから。足を測らせてください」
「足にぴったりした沓でないと、美しさが半減します」
「ひーっ」

 司衣たちは徹底的に、翠鈴の体を測った。
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