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二章 麟美の偽者

4、自称十五歳【2】

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陳燕チェンイェンって言ったわよね。翠鈴はあんたなんかより、よっぽど主に頼りにされているのよ」

 まくしたてる由由を見て、翠鈴は勘違いに気づいた。

 由由は陳燕が怖いから、翠鈴の側に来たのではない。かばうためだったのだ。
 なのに。由由の握りしめた拳は震えていた。

 マー貴妃の甘露宮かんろきゅうには、陳家の娘が侍女として勤めていると耳にしたことがある。

(陳家は、確か三大商家だったはず。なるほど。お嬢さま育ちの陳燕からすれば、わたしなんてただの田舎娘よね)

 実家の羽振りがいいから、下働きの宮女ではなく侍女にもなれるし。高価な花盆沓かぼんくつも履けるのだろう。

(自分の方が、わたしよりも上だって見せつけに来たってわけか。面倒くさいなぁ)

 陳燕は十七歳とのことだけど。内面はもっと幼く思えた。

 この手の幼稚で厄介で、すぐに感情的になる人間とは距離を置いたほうがいい。

 分かってはいるんだけど。
 相手が翠鈴に近づいてくるのだから、どうしようもない。

「大丈夫? 翠鈴。あんな奴の言うことを気にしちゃダメよ」
「ありがとう、由由。あなた、いい子ね」
「いいの。翠鈴はいつも、あたしに優しくしてくれるもの」

 立ったままの由由が、隣に座っている翠鈴の両手を握った。

「ちょっと! わたくしを無視するんじゃないわよ」

 ケンカを吹っかけているのに、まともに相手にされない陳燕は声を荒げた。
 
 食堂にいる宮女たちが、何事かと注目してくる。
 陳燕の手が、卓に伸びる。そして蓋碗がいわんを鷲掴みにする。

(あ、嫌な予感がする)

 ちょうどお茶を飲んでいたところなので、蓋はずらした状態だ。

「馬鹿なことをするんじゃないわ」

 パシン、と翠鈴が箸で陳燕の手首を叩いた。その拍子に碗に入った湯と茶葉が溢れた。

「あつっ。何よ。ひどいわ」
「わたしの顔にお茶をかけようとする方がひどいと思うけど? 違うの?」

 翠鈴は立ち上がった。

 背筋を伸ばし、腰に手をあてて目をすがめる。
 人を射殺しそうな目だ、と光柳に酷評された目つきだ。

 踵の高いくつを履いているということは、陳燕の背は低い。すらりと背の高い翠鈴が姿勢を正せば、まさに見おろす形になる。

「で? どっちなの? わたしは麟美さまの詩を盗んだの? それとも淑妃さまへの贈答品を盗んで、詩を買ったの? 確証もないのに、迂闊なことを口にすべきではないわ」
「それは……」

 陳燕は口ごもる。
 自分の主張がころころと変わっていることにすら、気づいていなかったのだろう。

 結局、陳燕は背を向けて去っていった。

(十五歳かどうかの件は、なんとかなったかな)

 翠鈴はほっと小さく息をつく。
 陳燕が食堂を出た時。室内で「わぁぁ」と歓声が起こった。

「すごいわ。あの意地悪な陳燕を遣りこめるなんて」
「気に食わない相手をすぐに虐めるのよ。すっとしたわ」
「実家から持ってきた高価な衣裳が盗まれたって、イライラして当たり散らすのよ。ほんと、嫌な感じ」

 宮女たちが、翠鈴を取り囲んだ。
 なるほど。自分の服が盗まれたから、八つ当たりされたってわけか。
 翠鈴は納得した。

 後宮には貴族の出である妃嬪や、家柄のいい侍女や女官がいる。そして貧しい家の生まれである下女も。

 城市まちならば、身分の差で住み分けられているが。後宮となると、宮女や下女のほうが圧倒的に数が多い。

 後宮の治安は決してよくない。
 ひとりで歩いていて、男性に襲われるということはないが。女性や宦官の嫉妬は、暴力に近いものがある。

(盗むのならかさばる服よりも、簪や耳飾りの方が目立たないのに)
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