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二章 麟美の偽者
3、自称十五歳【1】
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翠鈴と由由は、食堂で朝食をとっていた。
翠鈴たちは一仕事を終えた後だが。これから勤めの始まる宮女も多い。食堂は人の声が混じって聞こえた。
碗に入った柔らかな豆腐に、醤油とごま油、香菜を散らした豆腐脳だ。細長く揚げた油条を浸して食べる。
「寒いから、温かいのがほっとするよね」
「ほんとだよねー」
由由は油条を手で折った。
豆腐脳は、柔らかくて脳に似ているからという身も蓋もない名前だ。
地方によっては、豆花や豆腐花と呼ぶこともある。こっちのほうが、よほど情緒がある。
厨房で湯を沸かす音が聞こえ、炭の匂いもする。
翠鈴は辛いのが平気なので、瓶に入った赤い辣椒醤をたっぷりのせる。
香菜の緑と豆腐の白、唐辛子の赤が鮮やかだ。
防寒対策をしっかりしているのだが。広い未央宮の灯籠を消して回ると、体が冷えきってしまう。
匙ですくうとはかなく崩れる豆腐脳の温かさが、しみわたる。
翠鈴は目を閉じて、辛さとぬくもりを感じていた。
「ねぇ、あの子でしょ。麟美さまの新作を手に入れたっていうのは」
ん? わたしのことかな?
食堂から聞こえてくる声が、ざわめきの中を矢のように飛んできた。
(周りに聞こえるように、わざと大きな声で言ってるよね)
翠鈴に周囲の視線が集中する。
「盗んだんじゃないの? だって、宮女の給金で買えるような額じゃないわよ」
声のする方を見れば、ちらっと翠鈴に視線を向ける女性がいた。くりっとした大きな目に、前髪を下ろしている。おそらくは十七、八歳くらいだろうか。
(あれはたしか、馬貴妃のところの侍女だったはず)
数ある薬草とその効能、毒についても覚えてきた翠鈴は、記憶力がいい。
ふだん見かける侍女の顔は分かるが。名乗られることもないので、名前までは知らない。
「陳燕。言い過ぎよ」
「あら、いいじゃない。あの子、変だもの。十五歳って聞いたけど、どう見たって年増じゃない」
年増とは失礼な。
翠鈴は匙を置いた。
確かに七歳も年をごまかしているから、無理があるのは承知している。
けれど、それならば。陳燕とやらが仕える馬貴妃は翠鈴よりも年上だ。
(主のことも、年増と思ってるのかな? こいつは)
向かいの席に座っていた由由が、椅子ごと翠鈴の隣に移って来た。
ちょうどその時、カツカツという音が響いた。
陳燕が翠鈴の席に近づいてくる。
布でできた沓は足音が消えるはず。
どうやら花盆沓と呼ばれる底を高くした沓を履いているようだ。木で高さを出しているので、音が大きくなる。
(花盆沓は上流貴族が履くものだけど)
仕事をする女官や宮女は、底が高くなった沓を履いていては動けない。侍女も妃嬪のお世話をするのだから、普通は歩きやすい沓を履く。
「あなた、本当に十五歳なの?」
「大人びて見えるとよく言われるわね」
不躾に問われて、翠鈴は渋々答えた。
「へーぇ? わたくしよりも二歳も下なんて思えないわ。何の目的があって、年をごまかしているの?」
うるさいなぁ。わたしが何歳でも、あんたには関係ないでしょ。
頭に浮かんだ言葉を、ぐっと飲みこむ。
姉の仇はもういないのだから。控えめに生きる必要もないのだけれど。女の園で目立つのは厄介だ。
「確か蘭淑妃のところの宮女よね。もしかして、淑妃に贈られた品を盗んで、外に横流ししているんじゃないでしょうね。そのお金で麟美さまの詩を買ったんじゃないの?」
「なっ! 翠鈴がそんなことをするはずないわ」
勢いよく立ち上がって反論したのは、由由だった。
翠鈴たちは一仕事を終えた後だが。これから勤めの始まる宮女も多い。食堂は人の声が混じって聞こえた。
碗に入った柔らかな豆腐に、醤油とごま油、香菜を散らした豆腐脳だ。細長く揚げた油条を浸して食べる。
「寒いから、温かいのがほっとするよね」
「ほんとだよねー」
由由は油条を手で折った。
豆腐脳は、柔らかくて脳に似ているからという身も蓋もない名前だ。
地方によっては、豆花や豆腐花と呼ぶこともある。こっちのほうが、よほど情緒がある。
厨房で湯を沸かす音が聞こえ、炭の匂いもする。
翠鈴は辛いのが平気なので、瓶に入った赤い辣椒醤をたっぷりのせる。
香菜の緑と豆腐の白、唐辛子の赤が鮮やかだ。
防寒対策をしっかりしているのだが。広い未央宮の灯籠を消して回ると、体が冷えきってしまう。
匙ですくうとはかなく崩れる豆腐脳の温かさが、しみわたる。
翠鈴は目を閉じて、辛さとぬくもりを感じていた。
「ねぇ、あの子でしょ。麟美さまの新作を手に入れたっていうのは」
ん? わたしのことかな?
食堂から聞こえてくる声が、ざわめきの中を矢のように飛んできた。
(周りに聞こえるように、わざと大きな声で言ってるよね)
翠鈴に周囲の視線が集中する。
「盗んだんじゃないの? だって、宮女の給金で買えるような額じゃないわよ」
声のする方を見れば、ちらっと翠鈴に視線を向ける女性がいた。くりっとした大きな目に、前髪を下ろしている。おそらくは十七、八歳くらいだろうか。
(あれはたしか、馬貴妃のところの侍女だったはず)
数ある薬草とその効能、毒についても覚えてきた翠鈴は、記憶力がいい。
ふだん見かける侍女の顔は分かるが。名乗られることもないので、名前までは知らない。
「陳燕。言い過ぎよ」
「あら、いいじゃない。あの子、変だもの。十五歳って聞いたけど、どう見たって年増じゃない」
年増とは失礼な。
翠鈴は匙を置いた。
確かに七歳も年をごまかしているから、無理があるのは承知している。
けれど、それならば。陳燕とやらが仕える馬貴妃は翠鈴よりも年上だ。
(主のことも、年増と思ってるのかな? こいつは)
向かいの席に座っていた由由が、椅子ごと翠鈴の隣に移って来た。
ちょうどその時、カツカツという音が響いた。
陳燕が翠鈴の席に近づいてくる。
布でできた沓は足音が消えるはず。
どうやら花盆沓と呼ばれる底を高くした沓を履いているようだ。木で高さを出しているので、音が大きくなる。
(花盆沓は上流貴族が履くものだけど)
仕事をする女官や宮女は、底が高くなった沓を履いていては動けない。侍女も妃嬪のお世話をするのだから、普通は歩きやすい沓を履く。
「あなた、本当に十五歳なの?」
「大人びて見えるとよく言われるわね」
不躾に問われて、翠鈴は渋々答えた。
「へーぇ? わたくしよりも二歳も下なんて思えないわ。何の目的があって、年をごまかしているの?」
うるさいなぁ。わたしが何歳でも、あんたには関係ないでしょ。
頭に浮かんだ言葉を、ぐっと飲みこむ。
姉の仇はもういないのだから。控えめに生きる必要もないのだけれど。女の園で目立つのは厄介だ。
「確か蘭淑妃のところの宮女よね。もしかして、淑妃に贈られた品を盗んで、外に横流ししているんじゃないでしょうね。そのお金で麟美さまの詩を買ったんじゃないの?」
「なっ! 翠鈴がそんなことをするはずないわ」
勢いよく立ち上がって反論したのは、由由だった。
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