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一章 姉の仇
19、ねぇ、教えてよ
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「桃莉公主の件で話がある」
「俺はねぇよ」
「そうか。ないのか」
光柳は目を細めて、柔らかく微笑んだ。けれど目の光が鋭い。ふだんは光柳の琥珀の瞳は、穏やかなのに。
「お前は、毒の実を公主の菓子として紛れ込ませたな」
「知らん」と、石真はそっぽを向いた。
「山査子の中に偽物を紛れ込ませておいて、厨房の者に飴がけにさせた。たとえ毒見が確認したとしても、口にしたのが山査子ならばすり抜けてしまう。今回は小さな実が多かったと宮女は話していたが。お前は、不揃いの山査子がザルに入っているのを確認していたのだな?」
「知るか。そんなもの。俺がやったっていう証拠なんかないだろうが」
光柳の問いかけを、石真は鼻で笑った。
反論の大声が、高い天井に反響する。
「証拠なら、あるよ。今も、お前は証拠と共に歩いている」
翠鈴は石真の前に立った。
「ほら」と、石真のうす汚れた布の沓を指さしながら。
後宮の道は石が敷いてある。たとえ土のままの場所であれ、足の甲を覆う部分までは汚れない。
これは草の中に入った証だ。
「あんたの沓には、樟脳の匂いが残っている。未央宮の蛇除けの樟脳を踏みつけたのね。あんたが未央宮の草刈りを担当したことは知っている。ついでに蝮草の実を摘んだ。そうよね?」
「ちが……」
石真は声を上ずらせた。
「違わないよ。氷糖葫蘆を菓子に出した日の記録は残っている。山査子の飴をかけたのが、どの宮女かも。厨房に潜り込むのに、宮女に不審がられないように世間話や挨拶はしたんでしょ。普段は、宮女ごときに挨拶なんてしないだろうに」
翠鈴の指摘が図星だったのだろう。
言い返してくる言葉はなかった。
「ねぇ。教えてよ」
しゃがんだ翠鈴は、真正面から石真を見据えた。玻璃のように澄んだ瞳には、脅えた石真しか映っていない。
「蝮草の毒も、陸明玉に習ったの?」
宦官に落ちる前だったのに、どこで使おうとしたの? 誰に使おうとしたの? 毒を盛られたこともないから、平気で人に使えるの?
「あんな小さい公主に平気で毒を使えるんだもの。覚悟があってのことよね。それとも、ただ蘭淑妃への脅しだから。公主なんてどうなってもいいと舐めていたの?」
冷ややかな声で、翠鈴は尋ねた。
姉のことは大好きだ。今だって慕っている。
でも、どうしようもなく姉は馬鹿だった。こんなクズみたいな男に利用されて。信じたくて、それでも信じきれなくて。とうとう鬱金香の毒を使った。
愛情が勝ったのか。自分が殺される間際になって、ようやく毒を使ったのだ。
首を絞められてようやく、自分の知識を生かした。
それでも鬱金香は石真を殺すための毒ではない。こいつが犯人だと印を刻むための毒だ。
(最期の最期まで甘いよ、姉さんは)
婚約者を殺した後も、石真は罪を重ねているのに。
今だって、平気で罪を犯すのに。
「わたしはね、怒っているのよ。心底、あんたが憎くてしょうがない」
今にも爆発しそうな怒りを、ぎりぎりまで抑制した声だ。すべてが凍てつき、氷の中に閉ざされたような。
この十五年間。翠鈴はずっと冷々たる憤怒を友として、暮らしてきた。
翠鈴の気迫に押されたのだろう。石真はよろけながら後退した。壁に背がついたところで、もう逃げられないと悟ったのか。扉に向かって走り出そうとした。
雲嵐が動いた。
石真の腕を掴んで、背中で捻りあげる。痛みに、石真は呻いた。
「石真。公主に毒を盛った、その罪は極刑に値する。刑部の裁定を待つんだな」
光柳は短く告げた。
石真は、がくがくと震えながら膝から崩れ落ちた。
「俺はねぇよ」
「そうか。ないのか」
光柳は目を細めて、柔らかく微笑んだ。けれど目の光が鋭い。ふだんは光柳の琥珀の瞳は、穏やかなのに。
「お前は、毒の実を公主の菓子として紛れ込ませたな」
「知らん」と、石真はそっぽを向いた。
「山査子の中に偽物を紛れ込ませておいて、厨房の者に飴がけにさせた。たとえ毒見が確認したとしても、口にしたのが山査子ならばすり抜けてしまう。今回は小さな実が多かったと宮女は話していたが。お前は、不揃いの山査子がザルに入っているのを確認していたのだな?」
「知るか。そんなもの。俺がやったっていう証拠なんかないだろうが」
光柳の問いかけを、石真は鼻で笑った。
反論の大声が、高い天井に反響する。
「証拠なら、あるよ。今も、お前は証拠と共に歩いている」
翠鈴は石真の前に立った。
「ほら」と、石真のうす汚れた布の沓を指さしながら。
後宮の道は石が敷いてある。たとえ土のままの場所であれ、足の甲を覆う部分までは汚れない。
これは草の中に入った証だ。
「あんたの沓には、樟脳の匂いが残っている。未央宮の蛇除けの樟脳を踏みつけたのね。あんたが未央宮の草刈りを担当したことは知っている。ついでに蝮草の実を摘んだ。そうよね?」
「ちが……」
石真は声を上ずらせた。
「違わないよ。氷糖葫蘆を菓子に出した日の記録は残っている。山査子の飴をかけたのが、どの宮女かも。厨房に潜り込むのに、宮女に不審がられないように世間話や挨拶はしたんでしょ。普段は、宮女ごときに挨拶なんてしないだろうに」
翠鈴の指摘が図星だったのだろう。
言い返してくる言葉はなかった。
「ねぇ。教えてよ」
しゃがんだ翠鈴は、真正面から石真を見据えた。玻璃のように澄んだ瞳には、脅えた石真しか映っていない。
「蝮草の毒も、陸明玉に習ったの?」
宦官に落ちる前だったのに、どこで使おうとしたの? 誰に使おうとしたの? 毒を盛られたこともないから、平気で人に使えるの?
「あんな小さい公主に平気で毒を使えるんだもの。覚悟があってのことよね。それとも、ただ蘭淑妃への脅しだから。公主なんてどうなってもいいと舐めていたの?」
冷ややかな声で、翠鈴は尋ねた。
姉のことは大好きだ。今だって慕っている。
でも、どうしようもなく姉は馬鹿だった。こんなクズみたいな男に利用されて。信じたくて、それでも信じきれなくて。とうとう鬱金香の毒を使った。
愛情が勝ったのか。自分が殺される間際になって、ようやく毒を使ったのだ。
首を絞められてようやく、自分の知識を生かした。
それでも鬱金香は石真を殺すための毒ではない。こいつが犯人だと印を刻むための毒だ。
(最期の最期まで甘いよ、姉さんは)
婚約者を殺した後も、石真は罪を重ねているのに。
今だって、平気で罪を犯すのに。
「わたしはね、怒っているのよ。心底、あんたが憎くてしょうがない」
今にも爆発しそうな怒りを、ぎりぎりまで抑制した声だ。すべてが凍てつき、氷の中に閉ざされたような。
この十五年間。翠鈴はずっと冷々たる憤怒を友として、暮らしてきた。
翠鈴の気迫に押されたのだろう。石真はよろけながら後退した。壁に背がついたところで、もう逃げられないと悟ったのか。扉に向かって走り出そうとした。
雲嵐が動いた。
石真の腕を掴んで、背中で捻りあげる。痛みに、石真は呻いた。
「石真。公主に毒を盛った、その罪は極刑に値する。刑部の裁定を待つんだな」
光柳は短く告げた。
石真は、がくがくと震えながら膝から崩れ落ちた。
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