後宮の隠れ薬師は、ため息をつく~花果根茎に毒は有り~

絹乃

文字の大きさ
上 下
19 / 184
一章 姉の仇

19、ねぇ、教えてよ

しおりを挟む
桃莉タオリィ公主の件で話がある」
「俺はねぇよ」
「そうか。ないのか」

 光柳は目を細めて、柔らかく微笑んだ。けれど目の光が鋭い。ふだんは光柳の琥珀の瞳は、穏やかなのに。

「お前は、毒の実を公主の菓子として紛れ込ませたな」

「知らん」と、石真はそっぽを向いた。

山査子さんざしの中に偽物を紛れ込ませておいて、厨房の者に飴がけにさせた。たとえ毒見が確認したとしても、口にしたのが山査子ならばすり抜けてしまう。今回は小さな実が多かったと宮女は話していたが。お前は、不揃いの山査子がザルに入っているのを確認していたのだな?」

「知るか。そんなもの。俺がやったっていう証拠なんかないだろうが」

 光柳の問いかけを、石真は鼻で笑った。
 反論の大声が、高い天井に反響する。

「証拠なら、あるよ。今も、お前は証拠と共に歩いている」

 翠鈴は石真の前に立った。
「ほら」と、石真のうす汚れた布のくつを指さしながら。

 後宮の道は石が敷いてある。たとえ土のままの場所であれ、足の甲を覆う部分までは汚れない。
 これは草の中に入った証だ。

「あんたの沓には、樟脳しょうのうの匂いが残っている。未央宮の蛇除けの樟脳を踏みつけたのね。あんたが未央宮の草刈りを担当したことは知っている。ついでに蝮草まむしぐさの実を摘んだ。そうよね?」
「ちが……」

 石真は声を上ずらせた。

「違わないよ。氷糖葫蘆ピンタンフーローを菓子に出した日の記録は残っている。山査子の飴をかけたのが、どの宮女かも。厨房に潜り込むのに、宮女に不審がられないように世間話や挨拶はしたんでしょ。普段は、宮女ごときに挨拶なんてしないだろうに」

 翠鈴の指摘が図星だったのだろう。
 言い返してくる言葉はなかった。

「ねぇ。教えてよ」

 しゃがんだ翠鈴は、真正面から石真を見据えた。玻璃ガラスのように澄んだ瞳には、脅えた石真しか映っていない。

「蝮草の毒も、陸明玉に習ったの?」

 宦官に落ちる前だったのに、どこで使おうとしたの? 誰に使おうとしたの? 毒を盛られたこともないから、平気で人に使えるの?

「あんな小さい公主に平気で毒を使えるんだもの。覚悟があってのことよね。それとも、ただ蘭淑妃への脅しだから。公主なんてどうなってもいいと舐めていたの?」

 冷ややかな声で、翠鈴は尋ねた。

 姉のことは大好きだ。今だって慕っている。

 でも、どうしようもなく姉は馬鹿だった。こんなクズみたいな男に利用されて。信じたくて、それでも信じきれなくて。とうとう鬱金香の毒を使った。

 愛情が勝ったのか。自分が殺される間際になって、ようやく毒を使ったのだ。
 首を絞められてようやく、自分の知識を生かした。

 それでも鬱金香は石真を殺すための毒ではない。こいつが犯人だと印を刻むための毒だ。

(最期の最期まで甘いよ、姉さんは)

 婚約者を殺した後も、石真は罪を重ねているのに。
 今だって、平気で罪を犯すのに。

「わたしはね、怒っているのよ。心底、あんたが憎くてしょうがない」

 今にも爆発しそうな怒りを、ぎりぎりまで抑制した声だ。すべてが凍てつき、氷の中に閉ざされたような。

 この十五年間。翠鈴はずっと冷々たる憤怒を友として、暮らしてきた。

 翠鈴の気迫に押されたのだろう。石真はよろけながら後退した。壁に背がついたところで、もう逃げられないと悟ったのか。扉に向かって走り出そうとした。

 雲嵐が動いた。
 石真の腕を掴んで、背中で捻りあげる。痛みに、石真は呻いた。

「石真。公主に毒を盛った、その罪は極刑に値する。刑部の裁定を待つんだな」

 光柳は短く告げた。
 石真は、がくがくと震えながら膝から崩れ落ちた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

処理中です...