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一章 姉の仇

16、対面

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「すみま、せん。すぐに、泣きやみます、ので」

 翠鈴は、しゃくりあげてしまって、うまくしゃべれなかった。

「子供みたいで、みっともない、です」
「気にしなくていい。君は大人だ。実際は六、七歳ほど若くふるまっているだろうが。素性を隠し、周囲に合わせて生活するのはしんどいだろう」

 光柳の声は穏やかだ。

「昨夜の医官が、君を年上として接していた。翠鈴姐ツイリンジェと呼んでいたな。君は、後宮の医官が信頼するに値する知識と判断力があるのだな」
「わたしは、そんな大層な人間ではありません」

「謙遜せずともよい。それに大丈夫だ。誰にも年のことは話さない」と、光柳は付け加えてくれた。

 年をごまかしたことを、責められてもしょうがないのに。規律よりも翠鈴の気持ちを優先させてくれる。
 翠鈴は椅子に腰を下ろした状態で、両手で顔を覆った。

 姉が亡くなってからの両親は、翠鈴がまるで元から長女であったかのように接することが多かった。宮女となっても、当然だが由由や他の新人の宮女も翠鈴を頼りにしている。

 身分は高くともまだ幼い桃莉も、翠鈴に甘えてくる。

(わたしは、誰かに甘えたかったのか)

 初めて気づいた感情だった。自分が寂しかったなど、我慢していたなど考えもしなかった。

「これを使いなさい」
「あ、りがとう、ござい、ます」

 光柳が貸してくれた手帕ハンカチは、手触りのよい絹のものだった。

 流外三等の書令史ではあるが、本来は下官になるような身分ではないのだろう。
 翠鈴のことを責めずに慰めてくれるのは、きっと光柳自身も事情を抱えているからだろう。

 ようやく嗚咽が止まった翠鈴は、再び話を始めた。

「石真は、先日の蛇除けの作業を任されていたのではないですか? 草刈りと樟脳しょうのうの配置です」

 恥ずかしくて、まともに光柳の顔を見ることができない。そんな翠鈴の態度を気にせずに、光柳は会話を続けてくれた。

「宦官の雑事までは、私は把握していないが」
「そうですね。これはわたしの憶測にすぎませんが。石真は、遅れてやってきたもう一人だったのではないでしょうか」

 仕事の時間も守らない。遅刻して、自分の作業を減らそうとする。
 そんな人間だから、どんなに望もうとも出世はできない。

「もし、石真から樟脳の匂いがすれば、彼が公主に毒を食べさせた犯人だと思います」
「どうしてそう判断できる?」

「草刈りの作業の日。わたしが見た時には、蝮草まむしぐさの実は茎についていました。ですが、公主さまが毒に苦しまれた折、すでに実はむしられていました」

「鳥がついばんだ、ではなく? いや、毒だから鳥は食べないのか?」

 光柳は顎に手をあてて考え込んでいる。

「ジョウビタキなどの鳥は、蝮草の毒は平気です。ただ、あまり好んでは食べません。ほんの数日の間に、すべて無くなるとは考えにくいのです」

 翠鈴が話し終えた時。「石真だ。何の用だ」と、扉の向こうで声が聞こえた。
「入りなさい」と光柳が応じると、体の大きな、かつて姉の婚約者だった男が入って来た。

 ようやく……ようやくだ。
 翠鈴はこぶしを握りしめた。

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