上 下
16 / 171
一章 姉の仇

16、対面

しおりを挟む
「すみま、せん。すぐに、泣きやみます、ので」

 翠鈴は、しゃくりあげてしまって、うまくしゃべれなかった。

「子供みたいで、みっともない、です」
「気にしなくていい。君は大人だ。実際は六、七歳ほど若くふるまっているだろうが。素性を隠し、周囲に合わせて生活するのはしんどいだろう」

 光柳の声は穏やかだ。

「昨夜の医官が、君を年上として接していた。翠鈴姐ツイリンジェと呼んでいたな。君は、後宮の医官が信頼するに値する知識と判断力があるのだな」
「わたしは、そんな大層な人間ではありません」

「謙遜せずともよい。それに大丈夫だ。誰にも年のことは話さない」と、光柳は付け加えてくれた。

 年をごまかしたことを、責められてもしょうがないのに。規律よりも翠鈴の気持ちを優先させてくれる。
 翠鈴は椅子に腰を下ろした状態で、両手で顔を覆った。

 姉が亡くなってからの両親は、翠鈴がまるで元から長女であったかのように接することが多かった。宮女となっても、当然だが由由や他の新人の宮女も翠鈴を頼りにしている。

 身分は高くともまだ幼い桃莉も、翠鈴に甘えてくる。

(わたしは、誰かに甘えたかったのか)

 初めて気づいた感情だった。自分が寂しかったなど、我慢していたなど考えもしなかった。

「これを使いなさい」
「あ、りがとう、ござい、ます」

 光柳が貸してくれた手帕ハンカチは、手触りのよい絹のものだった。

 流外三等の書令史ではあるが、本来は下官になるような身分ではないのだろう。
 翠鈴のことを責めずに慰めてくれるのは、きっと光柳自身も事情を抱えているからだろう。

 ようやく嗚咽が止まった翠鈴は、再び話を始めた。

「石真は、先日の蛇除けの作業を任されていたのではないですか? 草刈りと樟脳しょうのうの配置です」

 恥ずかしくて、まともに光柳の顔を見ることができない。そんな翠鈴の態度を気にせずに、光柳は会話を続けてくれた。

「宦官の雑事までは、私は把握していないが」
「そうですね。これはわたしの憶測にすぎませんが。石真は、遅れてやってきたもう一人だったのではないでしょうか」

 仕事の時間も守らない。遅刻して、自分の作業を減らそうとする。
 そんな人間だから、どんなに望もうとも出世はできない。

「もし、石真から樟脳の匂いがすれば、彼が公主に毒を食べさせた犯人だと思います」
「どうしてそう判断できる?」

「草刈りの作業の日。わたしが見た時には、蝮草まむしぐさの実は茎についていました。ですが、公主さまが毒に苦しまれた折、すでに実はむしられていました」

「鳥がついばんだ、ではなく? いや、毒だから鳥は食べないのか?」

 光柳は顎に手をあてて考え込んでいる。

「ジョウビタキなどの鳥は、蝮草の毒は平気です。ただ、あまり好んでは食べません。ほんの数日の間に、すべて無くなるとは考えにくいのです」

 翠鈴が話し終えた時。「石真だ。何の用だ」と、扉の向こうで声が聞こえた。
「入りなさい」と光柳が応じると、体の大きな、かつて姉の婚約者だった男が入って来た。

 ようやく……ようやくだ。
 翠鈴はこぶしを握りしめた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ…… リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。 ⭐︎2023.4.24完結⭐︎ ※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。  →2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。

ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。 実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...