16 / 176
一章 姉の仇
16、対面
しおりを挟む
「すみま、せん。すぐに、泣きやみます、ので」
翠鈴は、しゃくりあげてしまって、うまくしゃべれなかった。
「子供みたいで、みっともない、です」
「気にしなくていい。君は大人だ。実際は六、七歳ほど若くふるまっているだろうが。素性を隠し、周囲に合わせて生活するのはしんどいだろう」
光柳の声は穏やかだ。
「昨夜の医官が、君を年上として接していた。翠鈴姐と呼んでいたな。君は、後宮の医官が信頼するに値する知識と判断力があるのだな」
「わたしは、そんな大層な人間ではありません」
「謙遜せずともよい。それに大丈夫だ。誰にも年のことは話さない」と、光柳は付け加えてくれた。
年をごまかしたことを、責められてもしょうがないのに。規律よりも翠鈴の気持ちを優先させてくれる。
翠鈴は椅子に腰を下ろした状態で、両手で顔を覆った。
姉が亡くなってからの両親は、翠鈴がまるで元から長女であったかのように接することが多かった。宮女となっても、当然だが由由や他の新人の宮女も翠鈴を頼りにしている。
身分は高くともまだ幼い桃莉も、翠鈴に甘えてくる。
(わたしは、誰かに甘えたかったのか)
初めて気づいた感情だった。自分が寂しかったなど、我慢していたなど考えもしなかった。
「これを使いなさい」
「あ、りがとう、ござい、ます」
光柳が貸してくれた手帕は、手触りのよい絹のものだった。
流外三等の書令史ではあるが、本来は下官になるような身分ではないのだろう。
翠鈴のことを責めずに慰めてくれるのは、きっと光柳自身も事情を抱えているからだろう。
ようやく嗚咽が止まった翠鈴は、再び話を始めた。
「石真は、先日の蛇除けの作業を任されていたのではないですか? 草刈りと樟脳の配置です」
恥ずかしくて、まともに光柳の顔を見ることができない。そんな翠鈴の態度を気にせずに、光柳は会話を続けてくれた。
「宦官の雑事までは、私は把握していないが」
「そうですね。これはわたしの憶測にすぎませんが。石真は、遅れてやってきたもう一人だったのではないでしょうか」
仕事の時間も守らない。遅刻して、自分の作業を減らそうとする。
そんな人間だから、どんなに望もうとも出世はできない。
「もし、石真から樟脳の匂いがすれば、彼が公主に毒を食べさせた犯人だと思います」
「どうしてそう判断できる?」
「草刈りの作業の日。わたしが見た時には、蝮草の実は茎についていました。ですが、公主さまが毒に苦しまれた折、すでに実はむしられていました」
「鳥がついばんだ、ではなく? いや、毒だから鳥は食べないのか?」
光柳は顎に手をあてて考え込んでいる。
「ジョウビタキなどの鳥は、蝮草の毒は平気です。ただ、あまり好んでは食べません。ほんの数日の間に、すべて無くなるとは考えにくいのです」
翠鈴が話し終えた時。「石真だ。何の用だ」と、扉の向こうで声が聞こえた。
「入りなさい」と光柳が応じると、体の大きな、かつて姉の婚約者だった男が入って来た。
ようやく……ようやくだ。
翠鈴はこぶしを握りしめた。
翠鈴は、しゃくりあげてしまって、うまくしゃべれなかった。
「子供みたいで、みっともない、です」
「気にしなくていい。君は大人だ。実際は六、七歳ほど若くふるまっているだろうが。素性を隠し、周囲に合わせて生活するのはしんどいだろう」
光柳の声は穏やかだ。
「昨夜の医官が、君を年上として接していた。翠鈴姐と呼んでいたな。君は、後宮の医官が信頼するに値する知識と判断力があるのだな」
「わたしは、そんな大層な人間ではありません」
「謙遜せずともよい。それに大丈夫だ。誰にも年のことは話さない」と、光柳は付け加えてくれた。
年をごまかしたことを、責められてもしょうがないのに。規律よりも翠鈴の気持ちを優先させてくれる。
翠鈴は椅子に腰を下ろした状態で、両手で顔を覆った。
姉が亡くなってからの両親は、翠鈴がまるで元から長女であったかのように接することが多かった。宮女となっても、当然だが由由や他の新人の宮女も翠鈴を頼りにしている。
身分は高くともまだ幼い桃莉も、翠鈴に甘えてくる。
(わたしは、誰かに甘えたかったのか)
初めて気づいた感情だった。自分が寂しかったなど、我慢していたなど考えもしなかった。
「これを使いなさい」
「あ、りがとう、ござい、ます」
光柳が貸してくれた手帕は、手触りのよい絹のものだった。
流外三等の書令史ではあるが、本来は下官になるような身分ではないのだろう。
翠鈴のことを責めずに慰めてくれるのは、きっと光柳自身も事情を抱えているからだろう。
ようやく嗚咽が止まった翠鈴は、再び話を始めた。
「石真は、先日の蛇除けの作業を任されていたのではないですか? 草刈りと樟脳の配置です」
恥ずかしくて、まともに光柳の顔を見ることができない。そんな翠鈴の態度を気にせずに、光柳は会話を続けてくれた。
「宦官の雑事までは、私は把握していないが」
「そうですね。これはわたしの憶測にすぎませんが。石真は、遅れてやってきたもう一人だったのではないでしょうか」
仕事の時間も守らない。遅刻して、自分の作業を減らそうとする。
そんな人間だから、どんなに望もうとも出世はできない。
「もし、石真から樟脳の匂いがすれば、彼が公主に毒を食べさせた犯人だと思います」
「どうしてそう判断できる?」
「草刈りの作業の日。わたしが見た時には、蝮草の実は茎についていました。ですが、公主さまが毒に苦しまれた折、すでに実はむしられていました」
「鳥がついばんだ、ではなく? いや、毒だから鳥は食べないのか?」
光柳は顎に手をあてて考え込んでいる。
「ジョウビタキなどの鳥は、蝮草の毒は平気です。ただ、あまり好んでは食べません。ほんの数日の間に、すべて無くなるとは考えにくいのです」
翠鈴が話し終えた時。「石真だ。何の用だ」と、扉の向こうで声が聞こえた。
「入りなさい」と光柳が応じると、体の大きな、かつて姉の婚約者だった男が入って来た。
ようやく……ようやくだ。
翠鈴はこぶしを握りしめた。
58
お気に入りに追加
720
あなたにおすすめの小説
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
継母の品格 〜 行き遅れ令嬢は、辺境伯と愛娘に溺愛される 〜
出口もぐら
恋愛
【短編】巷で流行りの婚約破棄。
令嬢リリーも例外ではなかった。家柄、剣と共に生きる彼女は「女性らしさ」に欠けるという理由から、婚約破棄を突き付けられる。
彼女の手は研鑽の証でもある、肉刺や擦り傷がある。それを隠すため、いつもレースの手袋をしている。別にそれを恥じたこともなければ、婚約破棄を悲しむほど脆弱ではない。
「行き遅れた令嬢」こればかりはどうしようもない、と諦めていた。
しかし、そこへ辺境伯から婚約の申し出が――。その辺境伯には娘がいた。
「分かりましたわ!これは契約結婚!この小さなお姫様を私にお守りするようにと仰せですのね」
少しばかり天然、快活令嬢の継母ライフ。
■この作品は「小説家になろう」にも投稿しています。
【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる