真実の愛なんてクソ喰らえ

月宮雫

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第二章

夢と現実の狭間①

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じっくりと考えたら一人だけそういう立場の人が居た。

だが、私は彼が経営しているお店を全て把握していない為、それは確かではない。

店の名前はムーンライト…。

月という英語が入っていたとしても、そうと決めつけられるものは何も無い。




「…」

「…はっ!そうだわっ、」




少しの沈黙が美容院を包み込んだ後、突然何かを思い出したように美容師さんがスキニーパンツのポケットから紙を取り出した。

小さなメモ用紙にも見えるそれにドクン、ドクンと心臓が脈打ち、緊張感を抱く。

何、あれ…。

凄く嫌な予感がする。





「忘れるところだったわ~っ、実はその彼からとある言伝を預かってるの!」

「…、」





美容師さんが紡いだ言葉にビクリと身体が反応し、その先を聞きたくないというように、すぐさま逃げる体勢に入ろうとする。

もしも、“彼”が私の頭に思い浮かんだ人ならーー。

間違いなくそれは私を拘束する内容だ。

私は彼の籠から逃げ出した。

まだ逃げ出してから日も浅いのに、もうここまで手が伸びてきているとは…。






「あら?どうしたの?」

「い、いえ…少し気分が悪くて…」

「そうなの?少し休んでいく?」

「い、いえ大丈夫です…、あの、本当にありがとうございました」





まだ誰なのかを知ったわけではないのに、その先は聞くなと、本能が叫んでいた。

額にじっとりと変な汗が滲み、膝はケタケタと笑い始め、私の心の焦りを映し出す。

焦りを抱いている事に気づかれないよう、美容師さんの好意を受け取らずに背を向けた。




「んもうっ、伝言あるのにっ、」

「いや、いいんです…、」



プリプリと怒っている彼を余所に、私は心の中でかなり焦っていた。

早く、逃げないと…。

捕まってしまったらまた私は復讐を止められる。

このチャンスを逃したら、もう二度と私は外にも出られなくなる。





「すいませんっ、ありがとうございました…」




そういう思いで美容院から出ようと入口のドアノブを掴んだ時だった。


ガチャ、ガチャガチャ…。




「……え?」




ガチャガチャ…。

入ってきた時はすんなりと開いた鍵が何故か閉まっている。

鍵が掛かってるの…?

何度押しても扉は開かず、私はドアノブを掴みながら立ち尽くした。

どうして開かないの…?

さっきまでは開いてたはずなのに…、




「どうしたの?」

「あ、あの…すいません、扉が開かなくて…っ、」

「…あら、開かない?」




不思議に思ったのか、美容師さんに話し掛けられ、私は咄嗟に助けを求めた。

すると優しい声が返ってきて、扉のガラスにこちらに向かってくる美容師さんが映り込む。

この時私は、扉が開かないのは建付けの悪さや、歪みが原因なのかと思っていたんだ。

だから、ゆっくりと近づいてきていた足音に何も疑いを持たなかった。





「そうねぇ、誰かが悪戯しちゃったのかしら…?」

「……ッ、」






けれど、ドアのガラスに映りこんだ彼の笑みが少し不気味に思えて。ガラス越しに目が合った瞬間、ゾワリと悪寒が走ったのだ。





「なんってね…っ、」

「んぅーーっ!」




すぐ傍まで迫ってきていたものを感じ、反射的に振り返ると口元に素早くハンカチが当てられた。

最悪だ、最悪だ…!

早く逃げなきゃ…!

そう考えていた時にはもう遅く、私は鼻の奥に広がった薬品の匂いに気が遠くなっていた。






「ごめんなさいね、貴方を見かけたら逃がさないようにってギンから言われてるのよ…っ。」

「うぐっ、」

「ギンが迎えに来るまで上の部屋で大人しく寝ていてちょうだい…。」

「ゃ、ぁ…」






口紅が塗られた唇から全てを語られた後に、首の後ろをトンと叩かれて…。私はそのまま意識を失ってしまったのだった。

最後に聞いた名前に、自分の中で妙に納得する。

やっぱり私の勘は当たっていたんだ、と…。












「ごめんなさいね…、」



少女が眠った美容院の中、少し悲しげな表情をした男は携帯を片手にある者に連絡をする。




「…ルビーちゃん、捕まえたわよ。」

「よくやった、時雨しぐれ。ルビーに怪我は?」

「ないわよ…。けど、寝不足みたい。夢見も悪いのか、シャンプー中に寝ている時も凄く魘されてたわ…。」

「……そう、か。わかった…。
数日すれば俺も退院出来る。そしたらすぐに迎えに行くから、数日だけルビーを頼む…」

「はいはい、分かったわよ社長。
もう、こんなに可愛い子泣かせて…最低よ。」




報告を一通り終わると、酷く安心したような声が電話越しに聞こえて、美容師の時雨も呆れたように笑う。

電話相手は彼の上司であり、親友である獣人だった。

数日前に居なくなった少女がこの辺りに来ていると連絡を受けていた彼は、初めから嘘をついていたのだ。

本当は伝言なんて預かっていない。

獣人の話を出した時の彼女の反応を見たかっただけだった。

何故なら、その子が本物なのか確かめる必要があったから。

キョトンとすれば偽物で、逃げ出せば本物。そういう風に狼からも聞いている。



「ルビーちゃん、ギンが来るまで私がお世話してあげるからね……」



静まり返った美容院の中、気を失った少女の頬に手を滑らせ、彼は悲しげに笑いながら呟いた。

狼の獣人と再会するまで、残り一週間。


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