【完結】運命が変わった日

玲羅

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運命が変わった日 前編

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その方と出会ったのは、貴族学園でした。私は男爵とは名ばかりの貧乏領地を治める末端貴族の娘。父が病気で亡くなったため、貴族学園も退学しなければならないと覚悟を決めていた時でした。

学園のカフェテリアなどに行く余裕も無く、学園の裏庭にあるガゼボで、バイト先のパン屋でいただいたパンに野菜を挟んだだけのサンドイッチを食べている時に、レミントン侯爵家のダグラス様にお声をかけられました。

「ここで何をしているんだ?」

不意にかけられたお声に、顔を上げると、整ったお顔が目の前でした。叫びだしそうになったのを覚えています。

「あの、ランチを」

「こんな場所で?カフェテリアに行けば良いのに」

この方は知っています。クラスは違いますので直接お話しした事はありませんでしたが、高位貴族ばかりのAクラスに在籍している、レミントン侯爵家のダグラス様です。

「カフェテリアには、その……」

「何か訳が?」

侯爵様のご令息になると、貧乏だからカフェテリアに行けないなんて、想像出来ないのかしら?

「カフェテリアに行っても注文が出来ませんから」

小さな声で言ったのですが、どうやら理解していただけなかったようです。

「それでもこんな所では誰も居なくて寂しいだろう?明日からはカフェテリアで取ると良い」

「それは出来ません」

「何故だ?」

「ですから、注文が出来ませんから」

「注文が出来ない?給仕に言い付ければ済むことだろう?」

「ですからっ、お金が無いんですっ」

つい大きな声で言ってしまいました。

「金が無い?」

「侯爵令息様は、没落寸前の貧乏男爵の娘など見た事もないのでしょうね。もう放っておいてくださいませ」

覚悟を決めたはずでしたのに、自分で「没落寸前の貧乏男爵の娘」なんて言ってしまうなんて、気が昂っていたのでしょう。覚悟が決めきれてなかったのかもしれません。

「没落寸前……。そうか」

なんとも言えない沈黙が広がりました。


翌日から私が寂れた裏庭のガゼボで昼食を摂っていると、どこからともなくダグラス様が現れるようになりました。そしてご自分の大きなバスケットに入った豪華な昼食を一緒に食べられ、余ったからと言いながら私にサンドイッチや使い捨て容器に入ったサラダやオードブル、シチューなどを私に渡すようになりました。ご本人は「余り物など食べられないから」と仰いましたが、昼食のパンのみでカツカツだった私の食生活は、ずいぶん助けられました。

昼食時の話題はもっぱらダグラス様の婚約者様について。それはもう悪し様に罵っておられました。やれ「可愛げがない」だの「優秀さを鼻にかけている高慢ちき」だの「強欲でがめつい」だのと。聞けば婚約者様は5歳下で弟の同級生だと言うではありませんか。弟によると、婚約者様は優秀さを買われ、早期入学が許されたそうです。

お名前はリリーベル・ウィード様。ウィード伯爵家の次女様であらせられる才媛だと弟から聞いておりました。優しく分け隔てない性格で、男女問わず人気者だそうです。

そんな所もダグラス様にとっては勘に障るようで、「優しく分け隔てない性格」は「人を見下しているから」に、「男女問わず人気者」は「常に人を侍らせ良い気になっている」に変換されていました。

弟は父が亡くなった事で爵位を継ぐ事になり、学園には休学届けを出しました。私も在学出来なくなると退学しようとしましたが、学園長様のお計らいにより、卒業試験を受けさせていただき、卒業資格を得る事が出来ました。

学園最後の日にダグラス様にもうお会いする事はないと伝えると、学園の外で会いたいと申し込まれました。

私が卒業資格を得た最初の休みの日に、レミントン侯爵家の馬車に乗せられ、侯爵家所有だという郊外のお屋敷に連れてこられました。そこで私はダグラス様に応接室で押し倒されました。

「ずっと良いと思っていた」「初めて会った時からこうなりたいと思っていた」と逃げようとする私を押さえ付け、「こんな所を使用人に見られたらお前は終わりだな」と笑いながら脅され、その日からお屋敷に監禁されました。

ダグラス様が卒業されるまで、毎週末にお屋敷で身体を暴かれました。「イヤだ」と言っても頬を張られ、「帰りたい」と言うと「領地がどうなっても良いのか」と脅され、その生活は半年続きました。

逃げる事を諦めた私は、領地への資金援助と引き換えにダグラス様を受け入れました。

ダグラス様は卒業されるとほぼ毎日お屋敷で過ごされるようになりました。つまり、私はほぼ毎日身体を暴かれ、ほぼ毎日脅され、庭に出る事すら出来なくなりました。
使用人の方も同情してくださり、なんとか私を逃がそうと言ってくださいましたが、危害が使用人の方に及ぶかもという懸念を消しきれずにお断りいたしました。

そんな生活が続いた6ヶ月後、ダグラス様は侯爵様のお供で領地に行かれる事になりました。旅立たれる前日は私を玩具のように扱い、満足されて出立されました。

翌日、リリーベル・ウィード様がお屋敷を訪れられました。

「ミランダ・サールズベリ様ですわね?」

応接室で対面したリリーベル様は、すべてご存じのようでした。

「ミランダ様はこのままで良いと思われますの?」

「思いません。思いませんけれど……」

「ご事情をお伺いしても?」

「事情と仰られましても……」

ダグラス様の婚約者様であられるリリーベル・ウィード伯爵令嬢様はお綺麗な方でした。年下という事を感じさせない凛とした振る舞い。私のような者にも寄り添おうとしてくださる優しさ。ですがこれまでのダグラス様との6ヶ月で、人に頼るという事が出来なくなってしまいました。

話が続かなくなり、しばらくしてリリーベル様は帰っていかれました。頑なな私に呆れてしまわれたのでしょう。

私の浅はかな考えを吹き飛ばすように、リリーベル様はダグラス様がお帰りになるまで3日と開けずお屋敷に通ってこられました。ダグラス様はお帰りになって2ヶ月後に再び領地に行かれましたが、その時もリリーベル様は私を訪ねていらっしゃいました。

何度も通ってくださる内に、リリーベル様のお人柄に私はすべてを打ち明けました。

「お辛かったでしょう?」

「はい。でもどうしようもなくて。使用人の方も同情してくださり逃がそうとしてくださいましたが、ダグラス様が1度些細な失敗をしたメイドをお仕置きしているのを見てしまって、それで……」

「使用人を気遣ってくださり、ありがとうございます」

ダグラス様とリリーベル様のご成婚の日、侯爵家の方にあのお屋敷から侯爵家本邸に連れてこられました。そこで侯爵様ご夫妻と対面し、これまでのダグラス様の言動を謝罪していただきました。

金銭援助と引き換えだったはずのあの生活でしたが、サールズベリに金銭援助は為されていなかったと知ったのもその時です。侯爵様が半年前から金銭援助と領地経営の援助をしてくださっていた事も、その時に初めて知りました。

その日は侯爵家に泊めていただく事になりました。この先の事を考えるととても落ち着けず、通された部屋で落ち着かない時間を過ごしました。私の境遇を聞いているのかメイドが側に付いていてくれました。

その日の夜、メイドに部屋から連れ出され、侯爵様ご夫妻と共に夫婦の寝室前で待機させられました。しばらくすると部屋の中からとんでもない言葉が聞こえました。

「君を愛する事はない」

その瞬間、侯爵様ご夫妻は憤怒の表情を浮かべられました。思わず後ずさりした私をメイドが支えてくれました。

「嬉しいわ。皆様、お聞きの通りですわ」

楽しそうなリリーベル様のお声と共に、侯爵様が勢いよくドアを開けられます。ドアが壊れてしまいそうな勢いでした。

リリーベル様に手招かれ、部屋に入ります。リリーベル様と侯爵様ご夫妻よりダグラス様に正直な気持ちを伝えるようにと言われておりました。決して不利益とならないようにするからと。

「あ、あの……」

「どうなさったの?」

「わっ、私はダグラス様を好いてはおりません!!」

優しいリリーベル様のお言葉に勇気をもらい、ダグラス様に大声で本心を告げました。

「なっ!!ミランダ、何を言うんだ。さてはリリーベルに何か言われたな?私の愛する人はミランダだけだ」

ダグラス様が掴みかかろうとされます。

「やめてください。触らないで」

「よろしいの?ミランダ様。ご実家の事は」

再びリリーベル様が優しくお尋ねになりました。

「いいんです。リリーベル様は私の気持ちを辛抱強く聞いてくださった。無理やり強引にあの男に抱かれた私を慰めてくださった。そんなリリーベル様を粗略に扱おうとするあんな男、こちらから願い下げです」








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