3歳で捨てられた件

玲羅

文字の大きさ
上 下
97 / 290
学院初等部 4学年生

夏期休暇前

しおりを挟む
 シェーン様が私の護衛に復帰したのは、ダニエル様に護衛を交代して3日目だった。何をしていたかは聞いていない。聞いても教えてくれなさそうだし。ただ、帰ってきた時に左腕に怪我をしていた。上腕の単純骨折と左手の小指の骨折。他にも小さな怪我がたくさん。授業後にサミュエル先生に呼ばれて付いていったら、サミュエル先生の部屋にその状態のシェーン様がいて、ダニエル様にニヤニヤと笑われていた。

「先生、治してもいいですか?」

「そうだね。治してあげなさい。シェーン、良いね?」

「キャスリーン様のお手を煩わせるなど……」

「ははっ、護衛失格だな」

「五月蝿い!!」

 煽るダニエル様に怒りをあらわにして、シェーン様が怒鳴る。こんなに感情をむき出しにするシェーン様も珍しい。

「シェーン様、お手を失礼いたします」

 シェーン様の手を取って治癒を発動する。

「キャスリーン様、申し訳ございません」

「お謝りにならないでくださいませ」

 治癒魔法の淡い光が、シェーン様の全身を包む。でも、ダニエル様ってば、ご自身も以前、フェルナー家ウチの護衛達と訓練して傷だらけになった時に、私が治癒して「フェルナー侯爵家のお嬢様の手を煩わせるなんて」って言っていたのに、忘れちゃったんだろうか。

「そういえばお話をうかがっておりませんでしたが、ダニエル様はお怪我はございませんの?」

「あーっと……。うん。無いんだよ」

「里にも光魔法使いは居るからね」

「あぁ、そういう……。ん?ということは、お怪我をなさったんですか?」

「当然です。そもそも慢心したこやつダニエルが悪いのです」

 意趣返しだろうか。シェーン様が辛辣に言い放つ。

「ハンッ。おおかたあのジジィ辺りにやられたんだろ?その怪我。オレならそこまでやられる事はないね」

 ジジィって誰だろう?

「それが慢心というのだ。正面切って挑んだ事すらない腰抜けが」

「無策で突っ込んでいく頭の足りないバカより、策を弄せる頭がある方がいいと思うけどな」

 メンチの切りあいというんだろうか。前世のヤンキー君達がキスするんじゃないかって距離まで顔を近付けあっていたのを彷彿とさせる。それにどっちもどっちな気がする。この言葉だと小細工なしで突っ込むシェーン様と小細工ありきで突っ込むダニエル様って事よね?

「その辺にしておきなさい。キャシーちゃんが居るんだよ?」

 サミュエル先生が笑いながら止めてくれたから口論は収まったけど、もう少し早く止めてほしかったです。その日はサミュエル先生に薬草研究会に送ってもらった。

 次の日からの護衛はシェーン様とダニエル様の交代制となった。もうすぐ夏期休暇なんだけど、夏期休暇が終わったらどちらが護衛となるんだろう?

「キャスリーン様、夏期休暇には救民院に行かれますの?」

 特別講座でリリス様に聞かれた。

「はい。課題が終わってからになりますが。いつも長期休暇には伺っておりますわ」

「救民院の奉仕には、何か条件がございますのでしょうか?」

「条件ですか?特にはございません。平民を見下さず、貴族である事をひけらかさず、真摯に対応していただければ、それがいちばんですわね。あぁ、おいでになるのでしたら多少なりとも動きやすいお洋服をお召しになってきてくださいませ」

「それは当然では?」

「当然でない方もいらっしゃるようなのですよ。奉仕実績が欲しい方にとって、救民院は都合が良いようで」

「都合が良い?」

わたくしにはよく分かりませんけれど。第4王子殿下が仰っておられました」

 きっと夏期休暇にはローレンス様も帰ってきているだろう。1ヶ月の予定だったキプァ国訪問の一行はまだ帰ってきていない。フェルナー侯爵家からも何も言ってこないし、リジーちゃんも同様のようだ。状況が分からなくてひどくもどかしい。こういう時に情報ネットワークの重要性を感じる。アレはアレで取捨選択が大変なんだけど。

 結局なんの情報も無いまま、夏期休暇を迎えた。通常の課題に加え、特別講座の課題もあるから大変だけど、それでもなるべく休暇前に課題を終わらせた。まだ数個残っているけど、それはタウンハウスフェルナー侯爵家に帰ってからするつもりだ。第2言語選択も迷ってるんだよね。海を挟んだケーソンボガン公国のソンガンボ語にしようか、ゴーウィリス国のさらに隣国、ヨハケーネ国以北で広く使われているヨケハ語にしようか。私としてはソンガンボ語に興味があるんだよね。ローレンス様はソンガンボ語を、ランベルトお義兄様はヨケハ語を第2言語として選んでいる。

「キャスリーン様、フェルナー様からはまだ連絡がございませんの?」

「えぇ。イザベラ様もお兄様からご連絡が無いそうで心配してらっしゃいますわ」

 サミュエル先生に聞いたら何か分かるんだろうか?公爵家の人なんだし。でもこんな個人的な事を聞いて良いのかな?

 悩んでいたら今日の当番のシェーン様に心配されてしまった。

「何かお困りですか?」

「え?」

「申し訳ございません。何かを思い悩んでいらっしゃるようでしたので」

「第3王子殿下のキプァ国訪問の、情報があまりにも入ってきませんので」

「サミュエル様にお聞きになっては?」

「でも、個人的な事ですし」

「良いのではないのでしょうか。婚約者のローレンス殿の情報もお知りになりたいのでしょう?」

「……その通りです」

 シェーン様やダニエル様は、当然私の婚約の事は知っている。サミュエル先生に言われて長期休暇にはタウンハウスフェルナー家に起居しているし、その時にはローレンス様とのアレコレを見られている。お膝に乗っけられたり、つむじや頬にキスされたり、甘い言葉を囁かれたり。私は恥ずかしいんだけど、ローレンス様は平気なのよね。

「良いのではないですか?婚約者の安否を知りたいというのはごく自然な感情だと思いますよ」

「こんな個人的な事でも良いのでしょうか?」

「サミュエル様はお気になさらないと思いますよ」

 シェーン様が優しく笑って言ってくれる。この頃シェーン様はこういった表情をする事が多い。最初の頃はほとんど表情が動かなくて、少し怖いと思った事もあったんだけど。

「お付き合い願えますか?」

「喜んで」

 気取って腕を差し出された。クスッと笑ってその腕に手をかける。それを見ていたらしいランベルトお義兄様には笑われてしまったけど。

「キャシー、浮気か?」

「違います。分かってらっしゃるくせに」

「シェーンのそんな表情、はじめてだからさ。で?どこに行くんだ?」

「サミュエル先生の所へ」

「兄貴の情報か」

「はい。情報が入ってこなくて不安で」

「確かにな。予定通りにいかない事が多いけど、さすがにこうも予定が延びる事は珍しい」

 お義兄様も一緒にサミュエル先生の所へ行くと、先生と一緒に居たダニエル様に笑われてしまった。

「これはフェルナー兄妹お揃いで」

「オレ……。私は付き添いですよ」

「そうなんだね。知りたいのはキプァ国訪問一行の情報かな?」

「はい。個人的な事で申し訳ございません」

「聞きにこないなと思っていたら、遠慮してたの?」

「……」

「ブランジット公爵家でも情報を集めているよ。今のところ分かっているのは、キプァ国の王女が訪問団の誰かを気に入ったからと、出国を引き留めているという情報だね」

「王女殿下が……」

「やっかいな事にならなきゃ良いけどね」

「嫌な事を仰らないでくださいませ」

「まぁ、今後も情報は集めるけどね。何か分かったら知らせるよ」

「お願いいたします」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。

私が出て行った後、旦那様から後悔の手紙がもたらされました

新野乃花(大舟)
恋愛
ルナとルーク伯爵は婚約関係にあったが、その関係は伯爵の妹であるリリアによって壊される。伯爵はルナの事よりもリリアの事ばかりを優先するためだ。そんな日々が繰り返される中で、ルナは伯爵の元から姿を消す。最初こそ何とも思っていなかった伯爵であったが、その後あるきっかけをもとに、ルナの元に後悔の手紙を送ることとなるのだった…。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~

キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。 両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。 ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。 全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。 エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。 ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。 こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。

暗闇に輝く星は自分で幸せをつかむ

Rj
恋愛
許婚のせいで見知らぬ女の子からいきなり頬をたたかれたステラ・デュボワは、誰にでもやさしい許婚と高等学校卒業後にこのまま結婚してよいのかと考えはじめる。特待生として通うスペンサー学園で最終学年となり最後の学園生活を送る中、許婚との関係がこじれたり、思わぬ申し出をうけたりとこれまで考えていた将来とはまったく違う方向へとすすんでいく。幸せは自分でつかみます! ステラの恋と成長の物語です。 *女性蔑視の台詞や場面があります。

(完結)嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...