3歳で捨てられた件

玲羅

文字の大きさ
上 下
31 / 290
学院初等部 1学年生

お義兄様の悩み事

しおりを挟む
 ランベルトお義兄様は優勝出来なかった。5位だったらしいけど、6学年生で5位というのは快挙らしい。

 それでもランベルトお義兄様にとっては反省点がたくさんあったようで、剣術倶楽部で毎日特訓を受けているらしい。

「ずっとあんな調子じゃ身体を壊してしまう。フェルナーの姫君、彼を止められないでしょうか?」

 バージェフ先輩のご友人の先輩が薬草研究会に来て、そう懇願していった。疲労回復ポーション水剤を飲みながらだけど。

わたくしが言って聞きますかどうか」

「エスクーア嬢は姫に頼んだ方がいいと」

「姫って言われるたびにムズムズするんですけど。ランベルトお義兄様と1度話してみます」

 先輩と一緒に剣術倶楽部に行ってみた。剣術倶楽部ではエスクーア様も鍛練しておられた。長い髪をポニーテールに結い上げて木剣を一心不乱に振っている。

「エスクーア様、カッコいい」

 ポツリと呟くと、先輩が私を見た。

「姫様は彼女のああいった姿を否定されないのですね」

「否定する方もいらっしゃるんですか?」

「いますよ。女なのにはしたないとか。今や軍部にも女性がいる時代です。それなのに女だからと彼女を傷付ける事を言っていくんですよ」

「いますよね、そんな方」

 学院にまで居るっていうのが驚きだけど。

「キャシー?どうしたんだ?」

 こっそり眺めていたら、ランベルトお義兄様に見付かった。休憩しろと言われたらしく、汗を拭って私のいる方に歩いてきた。

「お義兄様、焦りは禁物ですわよ」

「キャシー?何を吹き込まれた?」

「吹き込まれてはおりません。とりあえずこちらをお飲みくださいませ」

 経口補水液にリラックス緊張緩和をかけた物を渡す。

「旨い」

「改良しましたのよ。お砂糖を減らしてハチミツを増やして。甘すぎないギリギリを狙いましたけど、いかがですか?」

「いいと思う。オレには良いけど、他はどう言うだろう?」

「ですから試飲していただきたくて。男性だけでなく女性の意見も伺いたいのですけど」

「そんなの、キャシーが一言声をかければ、みんな集まると思うけどな」

 同じ様に休憩に来た剣術倶楽部の先輩方に、普通の経口補水液を渡して飲んでもらう。おおむね高評価をもらえた。

「美味しいですわぁ」

 エスクーア様が一緒に渡した薬草入りのハーブクッキーを嬉しそうに食べている。

「キャスリーン様、剣術倶楽部だけですの?」

「体術倶楽部の方にも試飲と試食を頼みに行ってます。わたくしは剣術倶楽部担当なんです」

 今回の試飲と試食はサミュエル先生が急遽思い付いたものだ。薬草ハーブクッキーは以前ララ様の「成分抽出後のハーブって、有効利用出来ないのかな?」の言葉で作ってみた物。成分解析装置では薬効が検出されたから、薬草研究会の趣旨には合っているとしておいた。

 出がらしのハーブを風魔法で乾燥させて磨り潰して、クッキーを作るのは案外楽しかった。

「うふふふふ。キャスリーン様、お兄様の説得は出来ましたかしら?」

「しておりません。焦りは禁物だとは言っておきましたが」

「それでも十分だと思いますわよ。わたくしの言葉は、聞いてもいただけませんでしたもの」

「エスクーア様……」

 こそこそと話をしていると、体術倶楽部に行っていた薬草研究会のみんなが戻ってきた。

「それでは失礼いたしますわ」

「送ろう」

 ランベルトお義兄様がそう言って許可をもらって薬草研究会の部室まで送ってくれた。

「お義兄様、何か焦っておられます?」

「焦ってはないけどな。焦っているように見えたか?」

「焦っているというよりは、もどかしいという感じでしょうか。理想があって道筋も分かっているのに、行動に反映されなくて。それが結果的に焦っていると見えたのだと思います」

「相変わらず鋭いな」

「目標が何かはお尋ねいたしませんが、どのような目標も一歩ずつですわよ?一足飛びだと見逃してしまう物があるやもしれません」

「見逃してしまう物か」

「道端に咲く名も無き花、頬を撫でる風の柔らかさ、木々の香り。そういった何でもない物も、後に大きな意味を持つかもしれないんです。お義兄様、努力は裏切りません。ですが無理をなさると、全てがゼロになってしまう事もございます」

「あぁ、分かってる」

「時には休む事も大切でしてよ」

「ありがとう」

 くしゃくしゃっと私の髪を乱暴に撫でて、部室まで送り届けてくれたランベルトお義兄様は、サミュエル先生に挨拶をして帰っていった。

「お悩み相談、終了?」

 サミュエル先生が興味津々で聞く。先生だけでなく部室内のみんなが、さりげなく聞き耳を立てているのが分かった。

「解決したとは申せませんが、わたくしの考えは伝えました」

「何を言ったの?」

「簡単に申しますと、少しずつでも前に進めば良いといった意味合いですね。特に運動関係は無理をしたあげく全てが壊れてしまう事が多いので」

「確かにね。特に剣術や体術は、壊れるのが自分の身体だったりするからね」

「そういった方ほど無理をなさるのですわ」

「なんだか実感がこもっているねぇ」

「そういった方はたくさん見てきましたから」

 ストレスで身体を壊した方や、仕事や家族を優先して自分の不調を後回しにした方、無理をしたという自覚無しの大量の仕事を抱え込んだ方々ブラック企業の従業員救急救命室ER室で何人も見てきた。気付いてあげられなかったと悔やむ家族や患者の友人の姿も。助けられた命もあったし助けられなかった命もあった。八つ当たりもされた。どうして助けてくれなかったのかと。

 前世を思い出して少し落ち込む。ララ様が私の肩に手を置いた。

「大丈夫?」

「大丈夫です。ご心配をお掛けしました」

「クッキー、食べる?」

「これはララ様のでは?お友達に渡すと言っておられた物ですよね?」

「彼女達には別のでも良いもの。それより今はキャシーちゃんよ」

「キャスリーン様、ハーブティーをお淹れしましたわ」

「よく分かんないけど、元気出して」

「皆様、ありがとうございます」

 倶楽部が終わってから、サミュエル先生に呼び出された。

「キャシーちゃん、前世って辛い事ばかりだったの?」

「いいえ。楽しい事もありましたよ。少し辛かった事を思い出しただけです」

「それなら良いけどね」

「細かい事は忘れてきているのに、前世の仕事に関する事は忘れられないんです」

「仕事って?」

「看護師でした。救急救命室ER室勤務で、最期の時は災害救助派遣されていたはずです」

「カンゴシって医師のような?」

「医師の介助や患者の手助けや、傷病者の簡単な手当てを行う役職です」

「それで分かったよ。救民院に行った時、やけに手際が良いと思ったんだよね。キャシーちゃん、中等部に入ったら医師資格を取りなさい」

「医師資格って6学年生から取れますの?」

「受験資格はあるよ。たいていは何年も落ち続けて、学院卒業時に合格ってパターンが多いかな」

「最年少合格者は?」

「……9学年生」

「それ以降に合格するようにがんばります」

「一発合格でも良いんだよ?」

「目立つじゃないですか」

「今もよく似たものでしょ?学年成績は常にトップ10に入ってるんだから」

「調整はしてませんからね?」

「手は抜いてないんだ?」

「抜いてません。それは真剣に試験に取り組む他の方々に失礼です」

「とにかく4学年生になったら特別授業を受けるように」

「決定ですか?」

「決定だよ。ハイレント侯爵令嬢の為にもなるしね」

「私の教会所属も決定ですか?」

「あれ?了承してくれたと聞いたけど?」

「ミリアディス様に頼んだわよ?ね?ね?って念を押されただけです」

「ハイレント侯爵令嬢とエドワードが、引き受けてくれたって喜んでいたけど?」

「ミリアディス様ったら」

 こうなったら今からの辞退は無理なんだろうな。



しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

私が出て行った後、旦那様から後悔の手紙がもたらされました

新野乃花(大舟)
恋愛
ルナとルーク伯爵は婚約関係にあったが、その関係は伯爵の妹であるリリアによって壊される。伯爵はルナの事よりもリリアの事ばかりを優先するためだ。そんな日々が繰り返される中で、ルナは伯爵の元から姿を消す。最初こそ何とも思っていなかった伯爵であったが、その後あるきっかけをもとに、ルナの元に後悔の手紙を送ることとなるのだった…。

傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~

キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。 両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。 ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。 全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。 エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。 ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。 こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。

いらない婚約者と言われたので、そのまま家出してあげます

新野乃花(大舟)
恋愛
カレンの事を婚約者として迎え入れていた、第一王子ノルド。しかし彼は隣国の王族令嬢であるセレーナに目移りしてしまい、その結果カレンの事を婚約破棄してしまう。これでセレーナとの関係を築けると息巻いていたノルドだったものの、セレーナの兄であるデスペラード王はかねてからカレンの事を気に入っており、婚約破棄をきっかけにしてその感情を怒りで満たしてしまう。その結果、ノルドの周りの空気は一変していくこととなり…。

暗闇に輝く星は自分で幸せをつかむ

Rj
恋愛
許婚のせいで見知らぬ女の子からいきなり頬をたたかれたステラ・デュボワは、誰にでもやさしい許婚と高等学校卒業後にこのまま結婚してよいのかと考えはじめる。特待生として通うスペンサー学園で最終学年となり最後の学園生活を送る中、許婚との関係がこじれたり、思わぬ申し出をうけたりとこれまで考えていた将来とはまったく違う方向へとすすんでいく。幸せは自分でつかみます! ステラの恋と成長の物語です。 *女性蔑視の台詞や場面があります。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...