34 / 92
34.流れる血
しおりを挟む
説明が終わり、先生たちに礼を言って病室に帰ってくると、案の定母さんは少し泣きそうになってた。この間、強いと思ったばかりだったんだけどな。あれ、虚勢だったのかな。
「説明、結構時間かかったなぁー。母さんがいっぱい質問するから」
「先生に直接聞ける機会なんてないんだから、当然でしょ!」
まぁ確かに斎藤さんや木下さんと違って、母さんは常時ここにいるわけじゃないしね。
「なぁ、颯斗」
これまでずっとだんまりだった父さんが、唐突に口を開いた。重苦しいその雰囲気に、俺は心の中で首を傾げる。
「何、父さん」
「血液型が変わってしまっても、大丈夫か?」
「ちょっとお父さんっ」
何故か母さんが父さんを止めるように口を挟んだ。何がなんだかよく分からなくて、俺は眉間に力を入れた。
「どういう事? AからOに変わるだけだろ? 母さんと同じO型になるだけなのに、なんか問題あるのか?」
「まだ学校で勉強してなかったか?」
「ね、ねぇ……っ」
母さんに肘を掴まれた父さんは、「後で知るより今教えておこう」とそっと母さんの手を下ろしている。
なんだ、何があるんだ……正直、怖い。
父さんはメモ用紙を一枚取ると、そこにABという文字とOOという文字を書いて俺に見せてくれた。
「これ、なんだか分かるか?」
「え? ABは父さんの血液型だろ? OOって……O型の事?」
「そうだ。O型は詳しく言うと、OOっていう型なんだ」
「へぇ」
だから何なんだろう。言いたい事がさっぱり分からない。
そんな俺をよそに、Aの下とOの下から線を引っ張りつなぎ合わせ、新たにAOと書いた。
「父さんのAと、母さんのOをもらって生まれたのがAO。つまりA型だ」
うん? Oが入ってるのにAなのか? よく分かんないな。
「うーん……じゃあ香苗は父さんのBと母さんのOで、BOのB型?」
「そうだ、分かったか?」
「うん、まぁ一応……何となくは」
首をひねりながら答えると、「つまり」と父さんは難しい顔をする。
「AB型とO型からは、どこをどう取っても、通常O型は生まれないって事なんだ」
「……」
父さんと母さんの血液型から、O型は普通生まれない。
そんなに気にする事じゃないはずなのに、何故か衝撃を受けてしまった。
だって、血の遺伝子情報ですらドナーの物に変わっちゃうんだ……今更、そんな……
そんな事、と思おうとした。実際、さっきまではそう思えてたはずだ。
それなのに、あり得るはずのない血液型が家族の中に存在してしまう事を知って。
俺の心は地震が起こったかのように揺さぶられた。
『血の繋がり』とはよく言ったもんだと思う。移植後……俺に流れる血は他人のもので、父さん達とは無縁のものなんだって……血液型の話を聞いて、ようやく理解が出来た。
そしたら……父さんと母さんと香苗が、とても遠くに感じられた。
他人、なんだ。
胸に杭を打ち込まれたかのような衝撃。
流れる血が変わるのは、分かってたはずなのに。
AB型とO型からは、O型は生まれない。
それは、血の繋がりがない事の証明なんだ。
「颯斗……」
低く響く父さんの声。
生まれてからずっと、父さんは俺の父さんで。
それは一生、死ぬまで……たとえ死んでも変わらない事実だと思っていたのに。
「血の繋がりが無かったら、俺たち、親子じゃ、ない……?」
俺の言葉尻は、勝手に震えていた。本当の親子なのに。
絶対に間違い無いのに。
でも、流れる血は、他人。
その事実が急に重苦しく俺の背中に背負わされる。
気付けば、辛くて悲しくて……目から涙がポロポロと溢れ出てきた。
たかがこんな事……のはずなのに、めちゃくちゃ、苦しい。
十三年間、ずっと俺の父親だった父さんと、いきなり縁が切れる気がした。
俺の父さんじゃなくなっちゃう気がして……
心が氷に触れたみたいに冷たくなって、苦しく痛い。
「颯斗っ!!」
そんな俺に父さんは大きな声で俺の名前を叫んだ。
グンっと肩を引っ掴まれて、父さんの真剣な顔が目に飛び込んでくる。
「そんなわけないだろっ!」
「とう、さ……っ」
肩を少し乱暴に揺さぶられ、視界がガクガクと揺れた。
俺の痛い胸と同じように、父さんの痛みもその表情から伝わってくる。
「父さんと颯斗は、誰が何と言っても親子で家族だ!」
親子で、家族。
その言葉を聞いた瞬間、更に俺の目からブワッと涙が溢れた。
父さんはきっとまた言ってくれる。
『さすが俺の息子だ』って。
恥ずかしいくらい、周りに言って回るんだ。
『颯斗がスポーツ万能なのは、俺の血を引いてるからだ』って。
これからも、そうやって言うつもりなんだ。
「颯斗……っ」
今度は母さんが俺の涙を指で拭いながら視線を合わせてくれた。
その母さんの目は、今にも流れそうな涙でいっぱいになっている。
「私がお腹を痛めて産んだのは、間違いなく颯斗なんだからっ! それは絶対に覆せない、事実なんだから……っ」
そう言い終えると、母さんは大粒の涙を流し始めた。父さんも何かを堪えるように唇を結んでいる。
「ごめ……父さん、母さん……」
「何にも……今までと何にも変わらないんだからな。心配するな!」
俺は父さんに少し乱暴に抱き締められた。その後、ゆっくりと母さんにも。
父さんと母さんも、多分ショックを受けたんだろう。でもそれをおくびにも出さずに抱き締めてくれて。
今言ってくれた言葉は本心なんだろうなって、そう感じた。
だって、こんなにあったかい。
父さんの手も、母さんの涙も。
香苗がここに居たら、きっと『お兄ちゃんお兄ちゃん』って言って抱きついて来たに違いない。
父さんと母さんと香苗と俺。
流れる血が変わったとしても、俺が変わるわけじゃない。
香苗が俺の大事な妹だって事も変わらない。
だから俺達は。
ずっと、一生、変わらず。
家族で間違いないんだ。
「説明、結構時間かかったなぁー。母さんがいっぱい質問するから」
「先生に直接聞ける機会なんてないんだから、当然でしょ!」
まぁ確かに斎藤さんや木下さんと違って、母さんは常時ここにいるわけじゃないしね。
「なぁ、颯斗」
これまでずっとだんまりだった父さんが、唐突に口を開いた。重苦しいその雰囲気に、俺は心の中で首を傾げる。
「何、父さん」
「血液型が変わってしまっても、大丈夫か?」
「ちょっとお父さんっ」
何故か母さんが父さんを止めるように口を挟んだ。何がなんだかよく分からなくて、俺は眉間に力を入れた。
「どういう事? AからOに変わるだけだろ? 母さんと同じO型になるだけなのに、なんか問題あるのか?」
「まだ学校で勉強してなかったか?」
「ね、ねぇ……っ」
母さんに肘を掴まれた父さんは、「後で知るより今教えておこう」とそっと母さんの手を下ろしている。
なんだ、何があるんだ……正直、怖い。
父さんはメモ用紙を一枚取ると、そこにABという文字とOOという文字を書いて俺に見せてくれた。
「これ、なんだか分かるか?」
「え? ABは父さんの血液型だろ? OOって……O型の事?」
「そうだ。O型は詳しく言うと、OOっていう型なんだ」
「へぇ」
だから何なんだろう。言いたい事がさっぱり分からない。
そんな俺をよそに、Aの下とOの下から線を引っ張りつなぎ合わせ、新たにAOと書いた。
「父さんのAと、母さんのOをもらって生まれたのがAO。つまりA型だ」
うん? Oが入ってるのにAなのか? よく分かんないな。
「うーん……じゃあ香苗は父さんのBと母さんのOで、BOのB型?」
「そうだ、分かったか?」
「うん、まぁ一応……何となくは」
首をひねりながら答えると、「つまり」と父さんは難しい顔をする。
「AB型とO型からは、どこをどう取っても、通常O型は生まれないって事なんだ」
「……」
父さんと母さんの血液型から、O型は普通生まれない。
そんなに気にする事じゃないはずなのに、何故か衝撃を受けてしまった。
だって、血の遺伝子情報ですらドナーの物に変わっちゃうんだ……今更、そんな……
そんな事、と思おうとした。実際、さっきまではそう思えてたはずだ。
それなのに、あり得るはずのない血液型が家族の中に存在してしまう事を知って。
俺の心は地震が起こったかのように揺さぶられた。
『血の繋がり』とはよく言ったもんだと思う。移植後……俺に流れる血は他人のもので、父さん達とは無縁のものなんだって……血液型の話を聞いて、ようやく理解が出来た。
そしたら……父さんと母さんと香苗が、とても遠くに感じられた。
他人、なんだ。
胸に杭を打ち込まれたかのような衝撃。
流れる血が変わるのは、分かってたはずなのに。
AB型とO型からは、O型は生まれない。
それは、血の繋がりがない事の証明なんだ。
「颯斗……」
低く響く父さんの声。
生まれてからずっと、父さんは俺の父さんで。
それは一生、死ぬまで……たとえ死んでも変わらない事実だと思っていたのに。
「血の繋がりが無かったら、俺たち、親子じゃ、ない……?」
俺の言葉尻は、勝手に震えていた。本当の親子なのに。
絶対に間違い無いのに。
でも、流れる血は、他人。
その事実が急に重苦しく俺の背中に背負わされる。
気付けば、辛くて悲しくて……目から涙がポロポロと溢れ出てきた。
たかがこんな事……のはずなのに、めちゃくちゃ、苦しい。
十三年間、ずっと俺の父親だった父さんと、いきなり縁が切れる気がした。
俺の父さんじゃなくなっちゃう気がして……
心が氷に触れたみたいに冷たくなって、苦しく痛い。
「颯斗っ!!」
そんな俺に父さんは大きな声で俺の名前を叫んだ。
グンっと肩を引っ掴まれて、父さんの真剣な顔が目に飛び込んでくる。
「そんなわけないだろっ!」
「とう、さ……っ」
肩を少し乱暴に揺さぶられ、視界がガクガクと揺れた。
俺の痛い胸と同じように、父さんの痛みもその表情から伝わってくる。
「父さんと颯斗は、誰が何と言っても親子で家族だ!」
親子で、家族。
その言葉を聞いた瞬間、更に俺の目からブワッと涙が溢れた。
父さんはきっとまた言ってくれる。
『さすが俺の息子だ』って。
恥ずかしいくらい、周りに言って回るんだ。
『颯斗がスポーツ万能なのは、俺の血を引いてるからだ』って。
これからも、そうやって言うつもりなんだ。
「颯斗……っ」
今度は母さんが俺の涙を指で拭いながら視線を合わせてくれた。
その母さんの目は、今にも流れそうな涙でいっぱいになっている。
「私がお腹を痛めて産んだのは、間違いなく颯斗なんだからっ! それは絶対に覆せない、事実なんだから……っ」
そう言い終えると、母さんは大粒の涙を流し始めた。父さんも何かを堪えるように唇を結んでいる。
「ごめ……父さん、母さん……」
「何にも……今までと何にも変わらないんだからな。心配するな!」
俺は父さんに少し乱暴に抱き締められた。その後、ゆっくりと母さんにも。
父さんと母さんも、多分ショックを受けたんだろう。でもそれをおくびにも出さずに抱き締めてくれて。
今言ってくれた言葉は本心なんだろうなって、そう感じた。
だって、こんなにあったかい。
父さんの手も、母さんの涙も。
香苗がここに居たら、きっと『お兄ちゃんお兄ちゃん』って言って抱きついて来たに違いない。
父さんと母さんと香苗と俺。
流れる血が変わったとしても、俺が変わるわけじゃない。
香苗が俺の大事な妹だって事も変わらない。
だから俺達は。
ずっと、一生、変わらず。
家族で間違いないんだ。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
君が大地(フィールド)に立てるなら〜白血病患者の為に、ドナーの思いを〜
長岡更紗
ライト文芸
独身の頃、なんとなくやってみた骨髄のドナー登録。
それから六年。結婚して所帯を持った今、適合通知がやってくる。
骨髄を提供する気満々の主人公晃と、晃の体を心配して反対する妻の美乃梨。
ドナー登録ってどんなのだろう?
ドナーってどんなことをするんだろう?
どんなリスクがあるんだろう?
少しでも興味がある方は、是非、覗いてみてください。
小説家になろうにも投稿予定です。
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる