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29.拓真兄ちゃんの夢
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「そっか、ドナーの件、駄目だったのか……」
目の前で眉間に皺を寄せているのは、拓真兄ちゃんだ。リナへの見舞いに来ていたのを見つけて、廊下に出て話している。
「うん。でも一度は引き受けてくれてたはずなのに、理由があったとしてもなんか釈然としなくってさ」
「そうだな。けど、見も知らない人のためにあそこまで出来るかって言われたら、俺も正直わからねぇからなぁ」
「え? 拓真兄ちゃんでも?」
「俺がドナーになったのは、妹のためにだったからに決まってるだろ? だからすぐ決意も固まったけどな。それが他人だって言われると、まぁちょっと考えちまうよなぁ……」
少し遠い目をして言う拓真兄ちゃんが印象的だった。
俺にとって拓真兄ちゃんはスーパーマンみたいな正義の人のように映ってた。けど、そんな人でさえも他人に対しての提供は戸惑ってしまうものなんだろう。
俺はどうかな。もう病気しちゃって、人に骨髄をあげられる体じゃなくなっちゃったんだけど。もし健康だったら、俺は骨髄を誰かに提供するって思えたのかな。……正直、分からない。
「リナの時は即決だったのか?」
「即決っていうかまぁ、HLAの型が同じって分かった時点で、当然のように俺がドナーになる話で進んで行ったからな」
ああ、でもそれはそうなんだろう。親だって必死だから、型が合うなら兄妹なんだし分け与えるのが当然だと思うに違いない。
「嫌じゃなかった?」
「嫌っていうのはなかったよ。俺はさ、十八才を迎えてたし、自分で同意書にサインした。結局自分の意思で決めたって事だ。リナも順調に回復してるし、逆にいい経験させて貰えたと思ってる」
「へぇ……」
いい経験、という言葉に少なからず俺は驚いた。
拓真兄ちゃんだって不安がなかったわけじゃないと思う。けど全てが終わってしまえば、それは『良い経験』として拓真兄ちゃんの心に残り続けるんだろう。
でも、リナの移植が上手くいって本当に良かった。もしも上手くいかなったら、拓真兄ちゃんは落ち込んでいたはずだ。リナの様子をすぐ知れる状況にあるんだからな。
ああ、もしかしたらそういう事なのかもしれない。提供者と患者が互いに誰かを知らされないのは。
きっとそれだけじゃないんだろうけど、俺はそんな気がした。
「まぁ俺くらいの年齢になると自分で決断出来るけど、十歳かそこらの子供だったら自分の気持ちもちゃんと言えずに勝手に決められる事もあるかもしれないよな。まず断れる状況じゃねぇし……でもあんまり年齢制限を設けると助けられる命も助けられないから、難しいところだな」
身内の提供者は十歳以上ってなってるけど、その年齢って確かに微妙だ。親に言われるがままやるしかない状況にならないように、周りがフォローしてあげないといけないと思う。
「まぁなんかあったらいつでも電話掛けて来いよ。親や友達に言いにくいこともあるだろうし、なんでも聞いてやるから」
「でも拓真兄ちゃん、受験じゃないの?」
「いや、もう俺は専門学校行く事に決まってるから」
「専門? 何の?」
「製菓専門学校」
「セイカ……お菓子!?」
「そうそ、調理師と製菓衛生師の免許欲しくてなー」
そういえば、拓真兄ちゃんは『うさぎ』っていうパン屋の息子だった。それで必要なのかな?
「へぇー、家継ぐの?」
「まぁな、リナも継ぐって言ってるけど。でも俺、実はケーキを作りたいんだよ」
「ケーキ? パティシエ!?」
「おう、俺の作るケーキは結構美味いぞ」
「っぶ! 拓真兄ちゃんがケーキとか、意外過ぎ!!」
バレーで鍛えた筋肉ムキムキの体でケーキ作ってる拓真兄ちゃん……想像するとちょっと笑える。いや、それはそれでカッコいいんだけど。
「その辺の女より女子力高いんだぜ、俺は」
「マジで? 拓真兄ちゃんすげーー」
「ハヤトも料理くらい出来るようになっとけ。その方が女にもモテるぞ」
「彼女もいないくせに何言ってんだよ」
「っぐ! そういやお前は彼女持ちだったな……」
拓真兄ちゃんってモテる要素いっぱいあると思うんだけどな。不思議な事に今まで彼女がいた事はないらしい。部活に没頭してたからって言い訳してたけど。
「よし、ハヤトの結婚の時には、俺がウエディングケーキを作ってやる!」
「気が早過ぎるよ、拓真兄ちゃん」
「今十四歳だろ? すぐだ、すぐ!」
「まだ十三だよ」
まぁもうすぐ十四歳になるんだけど。
拓真兄ちゃんに笑いながら頭をガシガシ撫でられて、俺もつられ笑いする。
結婚かぁ。
俺の頭の中にウエディングドレス姿の真奈美がポンと浮かんで来た。将来はサッカー選手になる事ばかりで、あんまり考えた事なかったな。
それよりも、拓真兄ちゃんの頭の中には当然のように大人になった俺がいて、それがなんか嬉しかった。
大人になって、サッカー選手になって、結婚もして。
その時には絶対に拓真兄ちゃんにウエディングケーキを作って貰おう。
リナが『うさぎ』を継いだ時には、絶対に買いに行かなくちゃな。
守や祐介には、スタジアムにサッカー観戦に来て貰いたいなぁ。
マツバにも会いたいし。マツバの住んでるところは有名な観光地らしいから、真奈美と一緒に旅行がてら遊びに行きたい。
そういえば、マツバの夢って何だろう。聞いた事なかったな。今度聞いてみよう。守や祐介にも。
俺の中にも当然のように成長した皆がいた。そして大人になってもずっと連絡を取り合いたいって……心からそう思った。
目の前で眉間に皺を寄せているのは、拓真兄ちゃんだ。リナへの見舞いに来ていたのを見つけて、廊下に出て話している。
「うん。でも一度は引き受けてくれてたはずなのに、理由があったとしてもなんか釈然としなくってさ」
「そうだな。けど、見も知らない人のためにあそこまで出来るかって言われたら、俺も正直わからねぇからなぁ」
「え? 拓真兄ちゃんでも?」
「俺がドナーになったのは、妹のためにだったからに決まってるだろ? だからすぐ決意も固まったけどな。それが他人だって言われると、まぁちょっと考えちまうよなぁ……」
少し遠い目をして言う拓真兄ちゃんが印象的だった。
俺にとって拓真兄ちゃんはスーパーマンみたいな正義の人のように映ってた。けど、そんな人でさえも他人に対しての提供は戸惑ってしまうものなんだろう。
俺はどうかな。もう病気しちゃって、人に骨髄をあげられる体じゃなくなっちゃったんだけど。もし健康だったら、俺は骨髄を誰かに提供するって思えたのかな。……正直、分からない。
「リナの時は即決だったのか?」
「即決っていうかまぁ、HLAの型が同じって分かった時点で、当然のように俺がドナーになる話で進んで行ったからな」
ああ、でもそれはそうなんだろう。親だって必死だから、型が合うなら兄妹なんだし分け与えるのが当然だと思うに違いない。
「嫌じゃなかった?」
「嫌っていうのはなかったよ。俺はさ、十八才を迎えてたし、自分で同意書にサインした。結局自分の意思で決めたって事だ。リナも順調に回復してるし、逆にいい経験させて貰えたと思ってる」
「へぇ……」
いい経験、という言葉に少なからず俺は驚いた。
拓真兄ちゃんだって不安がなかったわけじゃないと思う。けど全てが終わってしまえば、それは『良い経験』として拓真兄ちゃんの心に残り続けるんだろう。
でも、リナの移植が上手くいって本当に良かった。もしも上手くいかなったら、拓真兄ちゃんは落ち込んでいたはずだ。リナの様子をすぐ知れる状況にあるんだからな。
ああ、もしかしたらそういう事なのかもしれない。提供者と患者が互いに誰かを知らされないのは。
きっとそれだけじゃないんだろうけど、俺はそんな気がした。
「まぁ俺くらいの年齢になると自分で決断出来るけど、十歳かそこらの子供だったら自分の気持ちもちゃんと言えずに勝手に決められる事もあるかもしれないよな。まず断れる状況じゃねぇし……でもあんまり年齢制限を設けると助けられる命も助けられないから、難しいところだな」
身内の提供者は十歳以上ってなってるけど、その年齢って確かに微妙だ。親に言われるがままやるしかない状況にならないように、周りがフォローしてあげないといけないと思う。
「まぁなんかあったらいつでも電話掛けて来いよ。親や友達に言いにくいこともあるだろうし、なんでも聞いてやるから」
「でも拓真兄ちゃん、受験じゃないの?」
「いや、もう俺は専門学校行く事に決まってるから」
「専門? 何の?」
「製菓専門学校」
「セイカ……お菓子!?」
「そうそ、調理師と製菓衛生師の免許欲しくてなー」
そういえば、拓真兄ちゃんは『うさぎ』っていうパン屋の息子だった。それで必要なのかな?
「へぇー、家継ぐの?」
「まぁな、リナも継ぐって言ってるけど。でも俺、実はケーキを作りたいんだよ」
「ケーキ? パティシエ!?」
「おう、俺の作るケーキは結構美味いぞ」
「っぶ! 拓真兄ちゃんがケーキとか、意外過ぎ!!」
バレーで鍛えた筋肉ムキムキの体でケーキ作ってる拓真兄ちゃん……想像するとちょっと笑える。いや、それはそれでカッコいいんだけど。
「その辺の女より女子力高いんだぜ、俺は」
「マジで? 拓真兄ちゃんすげーー」
「ハヤトも料理くらい出来るようになっとけ。その方が女にもモテるぞ」
「彼女もいないくせに何言ってんだよ」
「っぐ! そういやお前は彼女持ちだったな……」
拓真兄ちゃんってモテる要素いっぱいあると思うんだけどな。不思議な事に今まで彼女がいた事はないらしい。部活に没頭してたからって言い訳してたけど。
「よし、ハヤトの結婚の時には、俺がウエディングケーキを作ってやる!」
「気が早過ぎるよ、拓真兄ちゃん」
「今十四歳だろ? すぐだ、すぐ!」
「まだ十三だよ」
まぁもうすぐ十四歳になるんだけど。
拓真兄ちゃんに笑いながら頭をガシガシ撫でられて、俺もつられ笑いする。
結婚かぁ。
俺の頭の中にウエディングドレス姿の真奈美がポンと浮かんで来た。将来はサッカー選手になる事ばかりで、あんまり考えた事なかったな。
それよりも、拓真兄ちゃんの頭の中には当然のように大人になった俺がいて、それがなんか嬉しかった。
大人になって、サッカー選手になって、結婚もして。
その時には絶対に拓真兄ちゃんにウエディングケーキを作って貰おう。
リナが『うさぎ』を継いだ時には、絶対に買いに行かなくちゃな。
守や祐介には、スタジアムにサッカー観戦に来て貰いたいなぁ。
マツバにも会いたいし。マツバの住んでるところは有名な観光地らしいから、真奈美と一緒に旅行がてら遊びに行きたい。
そういえば、マツバの夢って何だろう。聞いた事なかったな。今度聞いてみよう。守や祐介にも。
俺の中にも当然のように成長した皆がいた。そして大人になってもずっと連絡を取り合いたいって……心からそう思った。
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