再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜

長岡更紗

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23.秘策!

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 三クール目も終盤になると俺の足はかなり良くなり、普通に歩けるようになっていた。
 元の体重、筋肉を取り戻すにはまだ時間がかかりそうだけど、足に違和感がなくなったのはホッとする。
 俺は食べ終えた昼食の食器を乗せたトレーを持って、自分の病室を出た。この間まで、こんな事すら出来なかっただなんて逆に信じられない。

「ハヤトお兄ちゃん!!」

 病室を出た途端、向かいの病室から声が聞こえた。俺は驚いて目を広げる。

「リナ!!」
「ハヤトお兄ちゃん、久しぶりーっ!」
「病室出て大丈夫なのか?!」
「うん、今日から病室出ても良いって! 清潔室からは出ちゃ駄目だけど」
「そっかー、良かったな!!」

 本当に、久しぶりにリナの顔を見た。病室が向かいなのに久しぶりっておかしな話だけど、リナは骨髄移植後はしばらく病室から出ちゃいけなかったしな。

「移植、どうだった? 大変だったか?」
「んーん、大丈夫! せいちゃくっていうのもちゃんと出来たし、その後も平気だったよ。病室から出られなくて暇だったー!」
「そっか、そりゃ暇だよなー」

 俺はリナの頭を撫でてやりたかったけど、まだ接触禁止かもしれないからやらなかった。
 移植が出来て、無事に生着せいちゃくも出来たようで何よりだ。確か生着っていうのは、提供者ドナーの骨髄が……リナにとっては拓真にいちゃんの骨髄が、リナの体に根付く事だ。

「リナはGVHDはなかったのか?」
「じーぶいえいちでぃーってなんだっけ」
「え? えーと……リナは拓真にいちゃんの骨髄を貰っただろ?」
「うん」
「つまり今リナの体の中で作られている血は、拓真にいちゃんのものって事だ。分かるか?」
「うん、分かるよ!」
「その拓真にいちゃんの血がな、リナの体を敵だと勘違いして攻撃して、体に不調が出る事がGVHDってやつなんだ」
「お兄ちゃんは、リナを攻撃なんかしてこないよ?!」
「いや、うん……そうだよな。何ともないなら良いんだ」

 反論してくるリナに苦笑いで答える。まぁこういう答えが返ってくる予想はしていたけど。
 実は俺がこんな事を聞いたのには理由があった。ネットで知り合ったマツバが、今まさにGVHD……移植片対宿主病で苦しんでいるからだ。ブログはきっちり毎日更新しているマツバだけど、最近は下痢ばかりで苦しいとかしか書かれていない。移植後の下痢は完全なGVHDの症状だ。ベッドを汚してしまった時には情けない、申し訳ないってかなり落ち込んでいた。
 俺も摘便して貰った時は恥ずかしくて情けなかったぞってコメントしといたけど、ちょっとは慰めになったかなぁ。
 何にせよ、さっさと辛い症状は終わって欲しいよな。マツバが苦しんでると思うと、俺も心が痛む。
 そんな風に少し落ち込んでいると、リナがキラキラした顔を向けて来た。

「ねぇねぇそれより知ってる? 今日はお祭りなんだって!! 秋祭り!!」
「え? ああ、何か小林先生が言ってたなぁ。昼からプレイルームでやるんだろ? どんな事するんだろうな」
「ハヤトお兄ちゃん、もう準備してるかどうか見て来てー!」
「よし、分かった。ちょっと見てくるな」

 リナに頼まれるまま清潔室を出る。トレーを片付けた後、プレイルームをちょっと覗いてみた。すると結構本格的な屋台みたいなのが出来上がっていて、俺の口から思わず「おお」と声が出る。

「あ、ちょっとちょっと、ハヤトくんまだ駄目よ~! 順番来たらお部屋に呼びに行くから!」

 保育士の志保美先生が慌てて制しに来た。いや、様子見に来ただけなんだけどね。

「すごいねこれ。全員参加させてくれるの? リナも?」
「ああ、リナちゃんは……今は清潔室から出られないから、ちょっと参加は無理かなぁ……でも後でおもちゃとか持って行くから」
「そっか……」

 ちょっとの時間なんだから清潔室から出してやって欲しいって思うけど、無理なんだろうなぁ……。
 祭りってこの臨場感が良いっていうのに、お土産だけだったらつまらないと思う。折角楽しみにしてたのにな、リナの奴。どうにかしてリナも楽しませてやる方法は……。
 その瞬間にハッと閃き、志保美先生目を真っ直ぐ見つめる。

「志保美先生、ここで携帯使ってもいい?」
「え?」
「俺の携帯で、リナに祭りの実況生中継してやる!」
「なるほどー! それいいね! 先生方に良いかどうか確認してみるね!」

 普段はプレイルームでの通話は禁止だ。でも今回は患者を一人ずつ呼んで順番にする祭りだって事もあって、許可を貰えた。俺は急いでリナ待つ清潔室に戻る。

「どうだった!? お祭りの準備してた!?」
「うん、すごかったぞ! いっぱい店作ってた!」
「わぁ、いいなぁ~。リナも行きたかったなぁ~」
「リナ、池畑さんは?」
「え、ママ? 買い物に行ったけど……あ、戻って来た」

 俺が後ろを向くと、ちょうど池畑さんが清潔室の扉を開けて戻って来る所だった。

「おかえり、ママ!」
「ただいま。ハヤトくんに遊んで貰ってたの? ありがとうハヤトくん」
「別に何もしてないよ。それより池畑さん、携帯教えて」
「え?」

 気持ちが急いてたからか、唐突に言い過ぎたみたいだ。池畑さんはキョトンとした後で笑っている。

「ヤダー、ハヤトくん軟派なんだからー」
「いや、その、違くてっ!」
「ふふ、冗談よ。携帯ね、いいわよ。そういえばハヤトくん、拓真としか交換してなかったものね」

 そう言って池畑さんは快く番号を教えてくれた。よし、これでリナに祭りを楽しませてやれるぞ!

「でもいきなりどうしたの?」
「へへっ、後で電話かけるよ。池畑さん、今日は一日リナと一緒にいてやってよ!」
「え? ええ」

 池畑さんは首を傾げながら頷いて、リナと一緒に病室に戻って行った。リナの驚く顔を見るのが楽しみだ。俺はその想像だけで、勝手に口角が上がってしまっていた。
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