上 下
66 / 92

66.桃花とユキ

しおりを挟む
 外が徐々に寂しい色に染まって来た頃、今崎さんが帰って行った。
 桃花は現在小学三年生、この四月で四年生になるそうだ。流石にこの年になると、親が付き添いでは泊まれないらしい。
 九歳っていう年齢で一人、ずっと長い時間をここで過ごさなきゃいけない。
 今崎さんは中学生の俺に「よろしくお願いします」と深く頭を下げてから、病棟を出て行った。

「桃花」
「……」

 名前を呼んでも、小児病棟のガラス扉の向こうを見続ける桃花。この年齢だったら自分の病気の事もある程度理解できてるだろうし、辛いよな……。

「桃花、戻ろう。俺の友達を紹介してやる」
「……はい」

 桃花を連れて清潔室に戻ると、まずはユキの部屋の扉を叩く。「はい?」と声がして、田内さんが顔を出してくれた。その後ろで、ユキが靴を履いている。

「田内さん、新しく入院した子を連れてきた」

 そう言うと、ユキがトテテッと田内さんの隣にやってくる。田内さんはユキの頭に手を乗せて、ポンポンと軽く叩きながら紹介を始めた。

「初めまして、田内です。この子はユキ。よろしくね」
「今崎桃花です。よろしくお願いします」

 深々と頭を下げる桃花。二人仲良くなれればいいんだけど、どうかなぁ。そう思っていると、桃花はユキに笑顔を見せてくれた。

「ユキちゃん、可愛いですね。何年生ですか?」
「ユキはまだ幼稚園児なの。この四月から一年生のはずだったんだけどね……桃花ちゃんはいくつ?」
「九歳です。小学校三年で、次に四年生になります」
「そう、ユキより三つもお姉さんね。これからよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします。よろしくね、ユキちゃん」

 ユキは少し、田内さんの陰に隠れるように様子を見ている。そんな不審者を見るような目で見ちゃ、失礼だぞユキ……。

「ユキちゃん、お夕飯食べた後、プレイルームに行って遊ばない?」
「……」

 桃花の誘いに何も答えないユキ。
 うん、ユキの声を引き出すのは結構大変だぞ。俺もまだ、面と向かっては声を聞いてないからな。

「絵本好き? 私が絵本を読んであげる」
「ほら、ユキ、絵本読んでくれるって! ご飯食べたら一緒に行こうか!」

 田内さんのフォローの言葉に、ようやくユキはこくんと頷いていた。

「じゃあ、ご飯を食べたら迎えに来ますね。今はこれで失礼します」
「あ、はい、ありがとうね!」

 桃花の完璧な応対に田内さんの方がたじろいでいて、ちょっと笑った。コミュ力高いなー、桃花。
 俺は次に、その奥の方の病室へと足を向ける。

「もう一人いるから紹介するよ。この子は今清潔室から出られないから、プレイルームには誘わないでくれな」
「はい」
「おーい、裕介ー! 起きてるか?」

 コンコンと扉を叩きながら声を掛けると、中から嬉しそうな顔の裕介が出てきた。ついでに木下さんも。

「ハヤトおにちゃ、そいつだれー」

 人をそいつ呼ばわりするな、裕介!
 でも桃花は全く動じていない。流石だ。

「私は今崎桃花、九歳です」
「ゆうくんねー、よんさーい」
「五歳になっただろ、裕介!」
「あー」

 裕介は照れ臭そうに笑っている。せっかく心に残る誕生日をしたんだから、忘れるなよまったく。

「桃花ちゃん、よろしくね。お母さんは?」
「お母さんはまた明日来ます。その時にまた挨拶に来ます」
「そ、それはご丁寧にありがとう……」

 木下さんも、桃花の子供らしからぬ態度にたじたじしていた。

「ももかちゃ、かーいいねー」
「本当、可愛いねー」

 裕介はホワホワとハートマークを撒き散らしながら、そんな事を木下さんと話している。
 裕介、意外に軟派な奴だな……将来が心配だぞ、にいちゃんは!
 桃花は「ありがとうございます」と少し照れながら恥ずかしそうに笑っていた。お、確かにキツイ顔じゃなくなると、かなり可愛い。

「桃花ちゃん、何か困った事があったら言ってね。お母さんが傍にいないと大変でしょ。私じゃなくても、誰でも頼って良いんだからね」
「はい、恩に着ます」

 いやいや、恩に着るのは早くないか? 俺、今まで生きてきて、そんな言葉を使った事無いぞ。
 木下さんは「しっかりしてるねぇー」と少し苦笑いを漏らしていた。

 夕食を食べた後、桃花は約束通りユキを誘ってプレイルームに行ったみたいだった。
 少し様子を見に行ってみると、二人はキャッキャ言いながら遊んでいる。桃花は面倒見が良いみたいで、ユキのお世話して楽しんでいるようだ。

「ユキちゃん、それをここに置くと音が鳴るよ」
「モモカちゃんがやってー」
「いいよ、貸して」

 そんな声が聞こえてきて、思わずちょっと嫉妬してしまう。
 ユキ……俺の前じゃ、ちっとも喋ってくれないのに、桃花とはもう打ち解けてんのか……
 くっそう、俺もユキにハヤトお兄ちゃんって呼ばれたいなぁ。まぁ女の子同士、そしてこれから長く入院する者同士で仲良く出来たなら、それが一番良いんだけど。
 ちょっと……ほんのちょっとだけ、悔しかったりした。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

君が大地(フィールド)に立てるなら〜白血病患者の為に、ドナーの思いを〜

長岡更紗
ライト文芸
独身の頃、なんとなくやってみた骨髄のドナー登録。 それから六年。結婚して所帯を持った今、適合通知がやってくる。 骨髄を提供する気満々の主人公晃と、晃の体を心配して反対する妻の美乃梨。 ドナー登録ってどんなのだろう? ドナーってどんなことをするんだろう? どんなリスクがあるんだろう? 少しでも興味がある方は、是非、覗いてみてください。 小説家になろうにも投稿予定です。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

処理中です...