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フロー編③
38.二人の問題
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ディートフリートの結婚式から戻ると、王妃教育を受けていたツェツィーリアが暇を見つけて会いにきてくれた。
「いかがでしたの、ディートフリート様の結婚式は」
「うん、すっごく素敵だったよ! ユリアーナも白髪の美人で優しそうでね。兄さまが想い続けるのも、納得だったよ」
「まぁ」
ツェツィーリアは上品に口元に手を当て、うふふと笑っている。
(ユリアーナも綺麗だけど、ツェツィーには敵わないよね)
自慢の親友を目の前に、フローリアンも笑顔になった。
「ところでフロー様」
扉前で見守るラルスに目をやったあと、ツェツィーリアはこそこそと話しかけてくる。
「ラルス様となにか進展はございましたの?」
「ちょ、あるわけないじゃないかっ」
「本当ですの?」
ツェツィーリアにじぃっと見つめられて、フローリアンは嘆息すると白状した。
「実は……す、すきって言われちゃって……」
「あらっ」
「違うんだ、そういう好きじゃないんだけど……でも……」
「ふふっ、嬉しいですわよね」
目を細めるツェツィーリアにこくりと頷いて見せる。顔が熱くて、にやけてしまいそうになるのをなんとか我慢した。
「それより最近、イグナーツはどう? 単独のホールコンサートを成功させたって話は聞いているけど」
話をイグナーツのことに変えると、ツェツィーリアの顔はわかりやすいくらいに明るくなる。
「もう、本当に素晴らしいんですの! 音楽の微妙なニュアンスや表現力を最大限に引き出したアーティキュレーションとフレージング! 指は魔法のように動いて、耳だけでなく目まで魅了されますのよ! ペダリングも見事で、楽曲の深みと繊細さを際立たせているのですわ! 著名な音楽家もイグナーツ様のことを大絶賛していらっしゃるのです!」
「あは、そうなんだ! すごいね!」
急に饒舌になったツェツィーリアに驚きながらも、うんうんと頷いて聞いてあげる。
好きな人のすごいところを話すのは楽しいとわかっているし、そんな親友の姿を見られることも嬉しい。
しかしツェツィーリアはハッとして煌めいていた顔を俯かせた。
「わ、私ったら……興奮しすぎましたわ……申し訳ありません、フロー様」
「謝る必要なんてない。ツェツィーの惚気が聞けるのは嬉しいよ」
「の、惚気だなんて……」
赤く染まった顔を隠すように、自分の両頬に手を当てるツェツィーリア。
きっともう、コンサートに行ってイグナーツの姿を見るだけでは、満足できないはずだ。
(イグナーツが有名になった時には僕から呼び出すという約束を、果たさなきゃいけないな)
世界に名を轟かす、とまではいかないが、国内ならかなり有名になってきているイグナーツである。
最近は、フローリアンとツェツィーリアとの結婚を望む声がかなり強まっていて、すぐにでも結婚をという状況だ。
ディートフリートの時のこともあり、周りは不安になっているのだろう。
現在はフローリアンだけで他に継承者がいないため、これ以上延ばし続けるのも難しい。
だからうるさく言われるのも仕方なかった。なにせ、婚約してもう七年にもなるのだから。
(ツェツィーはイグナーツのことを、今も変わらずこんなにも想ってる)
イグナーツのことを話すたびに幸せそうに顔をとろけさせるツェツィーリアだが、イグナーツの方はどうだろうか。
有名になったら会うという約束をしてから六年。結婚したという話は聞かないが、会えないツェツィーリアをずっと想い続けているとも限らない。
(二人のために、僕ができること……)
そう考えた結果、出せる答えはひとつしかなかった。
「ツェツィー。イグナーツを王城に呼び出すよ」
「え?」
驚きを見せるガラスのような瞳に、フローリアン微笑んでみせる。
「もちろん、音楽を聴くという名目でだ。そこでイグナーツと二人、ゆっくり話すといい」
「フロー様……なぜそのようなことを?」
眉を顰め、不安そうに声を上げるツェツィーリア。
だいすきな親友には、幸せになってほしい。けれど王たる自分が、駆け落ちを促すわけにもいかない。
フローリアンは真っ直ぐにツェツィーリアの瞳を見つめた。
「ツェツィーの人生は、ツェツィーのものだ。自分の願う通りに行動して構わない。僕にしてほしいことがあるなら、言ってくれればそうするよ」
「……フロー様」
フローリアンは、二人の心に任せるしかなかった。無責任なようだが、自分がどうしろこうしろと言える立場にはない。
駆け落ちするなら手伝うし、婚約を破棄しろと言われたならそうするつもりだ。昔と違い、今ならば自分の意思で婚約破棄も可能なのだから。簡単にとはいかないだろうが。
今ならば駆け落ちしても、イグナーツは他の国で成功することができるだろう。二人の望むままに、手助けをするくらいしかできない。
「二人で話し合って決めるんだ。いいね」
強く言うと、ツェツィーリアは首肯してくれた。
(ツェツィーは大事な親友だ。どんな答えを出しても受け入れる)
フローリアンはそう心に決めた。
声を顰めていたわけではないので、この会話はラルスも聞いているだろう。
しかし彼はなにも言わずに自分の職務を全うしてくれていた。
ツェツィーリアが部屋に戻ったあと、フローリアンは早速イグナーツを呼び出す手続きを行うのだった。
「いかがでしたの、ディートフリート様の結婚式は」
「うん、すっごく素敵だったよ! ユリアーナも白髪の美人で優しそうでね。兄さまが想い続けるのも、納得だったよ」
「まぁ」
ツェツィーリアは上品に口元に手を当て、うふふと笑っている。
(ユリアーナも綺麗だけど、ツェツィーには敵わないよね)
自慢の親友を目の前に、フローリアンも笑顔になった。
「ところでフロー様」
扉前で見守るラルスに目をやったあと、ツェツィーリアはこそこそと話しかけてくる。
「ラルス様となにか進展はございましたの?」
「ちょ、あるわけないじゃないかっ」
「本当ですの?」
ツェツィーリアにじぃっと見つめられて、フローリアンは嘆息すると白状した。
「実は……す、すきって言われちゃって……」
「あらっ」
「違うんだ、そういう好きじゃないんだけど……でも……」
「ふふっ、嬉しいですわよね」
目を細めるツェツィーリアにこくりと頷いて見せる。顔が熱くて、にやけてしまいそうになるのをなんとか我慢した。
「それより最近、イグナーツはどう? 単独のホールコンサートを成功させたって話は聞いているけど」
話をイグナーツのことに変えると、ツェツィーリアの顔はわかりやすいくらいに明るくなる。
「もう、本当に素晴らしいんですの! 音楽の微妙なニュアンスや表現力を最大限に引き出したアーティキュレーションとフレージング! 指は魔法のように動いて、耳だけでなく目まで魅了されますのよ! ペダリングも見事で、楽曲の深みと繊細さを際立たせているのですわ! 著名な音楽家もイグナーツ様のことを大絶賛していらっしゃるのです!」
「あは、そうなんだ! すごいね!」
急に饒舌になったツェツィーリアに驚きながらも、うんうんと頷いて聞いてあげる。
好きな人のすごいところを話すのは楽しいとわかっているし、そんな親友の姿を見られることも嬉しい。
しかしツェツィーリアはハッとして煌めいていた顔を俯かせた。
「わ、私ったら……興奮しすぎましたわ……申し訳ありません、フロー様」
「謝る必要なんてない。ツェツィーの惚気が聞けるのは嬉しいよ」
「の、惚気だなんて……」
赤く染まった顔を隠すように、自分の両頬に手を当てるツェツィーリア。
きっともう、コンサートに行ってイグナーツの姿を見るだけでは、満足できないはずだ。
(イグナーツが有名になった時には僕から呼び出すという約束を、果たさなきゃいけないな)
世界に名を轟かす、とまではいかないが、国内ならかなり有名になってきているイグナーツである。
最近は、フローリアンとツェツィーリアとの結婚を望む声がかなり強まっていて、すぐにでも結婚をという状況だ。
ディートフリートの時のこともあり、周りは不安になっているのだろう。
現在はフローリアンだけで他に継承者がいないため、これ以上延ばし続けるのも難しい。
だからうるさく言われるのも仕方なかった。なにせ、婚約してもう七年にもなるのだから。
(ツェツィーはイグナーツのことを、今も変わらずこんなにも想ってる)
イグナーツのことを話すたびに幸せそうに顔をとろけさせるツェツィーリアだが、イグナーツの方はどうだろうか。
有名になったら会うという約束をしてから六年。結婚したという話は聞かないが、会えないツェツィーリアをずっと想い続けているとも限らない。
(二人のために、僕ができること……)
そう考えた結果、出せる答えはひとつしかなかった。
「ツェツィー。イグナーツを王城に呼び出すよ」
「え?」
驚きを見せるガラスのような瞳に、フローリアン微笑んでみせる。
「もちろん、音楽を聴くという名目でだ。そこでイグナーツと二人、ゆっくり話すといい」
「フロー様……なぜそのようなことを?」
眉を顰め、不安そうに声を上げるツェツィーリア。
だいすきな親友には、幸せになってほしい。けれど王たる自分が、駆け落ちを促すわけにもいかない。
フローリアンは真っ直ぐにツェツィーリアの瞳を見つめた。
「ツェツィーの人生は、ツェツィーのものだ。自分の願う通りに行動して構わない。僕にしてほしいことがあるなら、言ってくれればそうするよ」
「……フロー様」
フローリアンは、二人の心に任せるしかなかった。無責任なようだが、自分がどうしろこうしろと言える立場にはない。
駆け落ちするなら手伝うし、婚約を破棄しろと言われたならそうするつもりだ。昔と違い、今ならば自分の意思で婚約破棄も可能なのだから。簡単にとはいかないだろうが。
今ならば駆け落ちしても、イグナーツは他の国で成功することができるだろう。二人の望むままに、手助けをするくらいしかできない。
「二人で話し合って決めるんだ。いいね」
強く言うと、ツェツィーリアは首肯してくれた。
(ツェツィーは大事な親友だ。どんな答えを出しても受け入れる)
フローリアンはそう心に決めた。
声を顰めていたわけではないので、この会話はラルスも聞いているだろう。
しかし彼はなにも言わずに自分の職務を全うしてくれていた。
ツェツィーリアが部屋に戻ったあと、フローリアンは早速イグナーツを呼び出す手続きを行うのだった。
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