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03.ストーンクラッシャー家の歴史
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キツネの耳を生やした男が、大きな馬車に乗って、ストーンクラッシャー家へとやってきた。
獣人国の者が人間国に来ることはまずない。
現在は戦争をしていないというだけで、人間と獣人はいがみ合った歴史を持ち、互いに良い感情を抱いていない。
だから迫害を受けないようにと、ベアモンドの正体はごく一部の者にしか知らされず生きてきたのだ。
「ベアモンド様。あなたは我が獣人国の正統なる後継者なのです」
通された応接間で、キツネ耳の男は出された紅茶も飲まずにそう言った。
ちょうど伯爵家に来ていたユーミラも一緒にいて、目を瞬かせる。隣にいるベアモンドも寝耳に水だと言わんばかりに眉を顰めていた。
「俺が……獣人国の後継者、だと?」
「はい。あなた様は我が王ウォルドベア陛下が第一子、ベアモンド様にあらせられます」
ベアモンドという名前は、今の両親が付けたわけではない。捨てられていた時に持っていたハンカチに刺繍された名前。それが捨て子の名だと気づいた今の両親がつけてくれたのだと、ユーミラもベアモンドから聞いて知っていた。
しかしまさか王子だったとは、ここにいる誰もが思いもしていなかったことだ。
ベアモンドの両親も弟も、唖然としてキツネ耳の男を見ている。
「それで、貴殿は……えぇと」
「申し遅れました。わたくしは王室顧問のフォクリースと申します」
「フォクリース殿は、なにしにここへ」
ベアモンドの質問に、フォクリースはコンコンコンっとおかしそうに笑った。
「これは異なことを申されます。無論、お迎えにあがったのです。獣人国で王子として務めを果たしてもらうために」
「なん……だと?」
びょんっとベアモンドのクマ耳が生えた。
感情が高ぶったりした時は、コントロールが効かなくなることもユーミラにはわかっている。
(ベアモンド様、怒っているんだわ……当然よ、捨てたくせにいきなり王子の務めとか言われたって、困るに決まってるもの)
ユーミラにも怒りはわかったが、まずは話を聞くべきだとベアモンドの手をそっと握った。
浮かしかけていた彼のお尻が、またソファへと落ち着いてくれる。
「勝手を言われては困る! ベアモンドは、我がストーンクラッシャー家の子です!!」
「そうですわ! ベアモンドは私の子です!」
「兄様を勝手に連れて行くなんて許さないからな!」
ベアモンドの両親と弟が、まるで毛を逆立てるようにしてフォクリースに威嚇した。
(血は繋がってなくても、なんだか似てるわね!?)
緊迫した雰囲気だというのに、家族の似ているところを発見してほっこりしてしまうユーミラである。
「コンコンコン! 落ち着いてください。そもそも陛下も王妃殿下も、ベアモンド様を手放したかったわけではないのです。その理由をお伝えしたいのですが?」
「……わかった、聞こう」
ベアモンドが首肯すると、フォクリースは粛々と語り始めた。
今から約二十五年前に、ベアモンドがこの世に誕生した。
彼の両親は獣人国の王と王妃だが、王子の誕生を公表することはなかった。なぜならこの頃の獣人国は荒れていたからだ。
人間国とは、最後の戦争を境に八十年以上もお互いに侵攻してはいない。
しかしそれを良く思わない者がいた。獣人国の、オオカミ族一派だ。
オオカミ族はクマ族の次に力をつけている一派で、人間国へと侵攻して領土にし、人間はすべて奴隷にすべきだと主張した。
王と王妃はもちろんそれらを受け入れなかったが、力をつけたオオカミ族は内乱を起こしたのだ。
それが、ベアモンドの生まれた年であった。
王と王妃は、このままではベアモンドも争いに巻き込まれてしまうと危惧した。
そしてもし自分たちが亡くなった時、獣人国の一筋の希望になればと、人間に育ててもらうことにしたのだ。
その育ててもらう家に選ばれたのが、ストーンクラッシャー家であった。
「……どうしてうちに?」
ベアモンドの父親であるアックスが眉を寄せている。
人間が獣人の子を育ててくれる──なんて甘いことを、一国の王が思うだろうかという疑問。
ストーンクラッシャー夫妻は結局育てたわけだが、もし別の夫婦のところだったらこうはいかなかったはずだ。
「知らないのですか。その昔、獣人国の王家から姫が嫁いで行ったのがストーンクラッシャー家の始まりなのですよ」
「えっ?!」
さらに五百年以上も昔のことを、フォクリースは語り始めた。
おてんばと有名なクマ獣人の姫が、森へ遊びに行ってしまった。そして獣人にしては迷子属性が高く、道に迷ってしまったのだという。
ちょうどその時、魔物退治で騎士団が森へと入っていた。その魔物に全滅させられそうになった騎士団の前に現れたのが、クマ姫だった。
姫は岩を持ち上げて投げ飛ばし、魔物を一撃で沈めて騎士団を救った。そして当時の団長が、姫の強さに一目惚れしたのだ。
(騎士団長さん、ちょろいわ! 親近感!)
姫は人間に捕まっては殺されると教え込まれていたので、魔物を退治した後はすぐ逃げ去った。
騎士団はまさか敵国である獣人に助けられたとは言えないので、口裏を合わせて騎士団長が魔物を討伐したことにしたのだった。
大変な武功を挙げたことで騎士団長は叙爵されることになり、現場には大きな岩が砕け散っていたことから、ストーンクラッシャーの名が授けられた。
それがストーンクラッシャー伯爵家の興りである。
騎士団長は礼を言うため、また森で出会えるかもしれないと姫を探し回る。姫はまだ迷子で国に帰れず、森を彷徨っていた。
食べ物にもあまりありつけず、弱っていたところを騎士団長が助け出す。姫もまた、そんな優しい騎士団長に恋をしたという。
姫が元気になるまで介抱してあげると、騎士団長は彼女を獣人国まで送ってあげた。そこで二人は、別れ別れとなった……はずだった。
「ど、どうなったの?」
思わず身を乗り出して恋バナの続きを期待すると、フォクリースはうむと頷く。
「その後、姫は恋の病になり、どんどん痩せてしまったらしい。このままでは死んでしまう……と思った時、騎士団長が獣人国へと単身やってきたのだ。姫に会わせてほしい、と」
「きゃあ!」
当時は今よりも人間国と獣人国がいがみ合っていた時代。
単身で獣人国に乗り込むなど、殺されに行くようなもののはずだ。それほどまで固い決意を胸に会いに行ったことに、ユーミラの鼻息は止まらない。
「姫と騎士団長は再会し、騎士団長は姫にプロポーズ。引き裂いても恋の病で死んでしまうであろうことを察した時の王は、姫の強い希望もあり、二人の結婚を承諾した」
「きゃあ! きゃあ! すてきだわ!」
騒ぐユーミラを横目に、家長であるアックスが目を丸めている。
「では、まさか我らは……」
「ええ、薄くなってはおりますが、獣人の血が通っております」
「そうだったのか……道理で人より毛深いなと……!」
「それは父様だけだよ! 僕は毛深くない!」
変なところで納得しているアックスに、ベアモンドの弟は否定をしていたが。
「それはそうと、その時に王家とストーンクラッシャー家は契約を交わしたのでございます。獣人国のため、ストーンクラッシャー家は子々孫々王家の手助けをする、と」
「いや、聞いていませんが」
「これだから人間って生き物は!!」
アックスの言葉にポンと黄色い尻尾が飛び出るフォクリース。ちょっと怒ってしまったらしい。
そんなフォクリースの姿を見て、アックスは頭を下げた。
「いや、申し訳ない……二百年ほど前に家が火事になり、建て直したと聞いております。その時に家系図も何もかも失ってしまっておりまして」
「そちらは忘れていたとしても、我らは覚えておりました。だからこそ、このストーンクラッシャー家の者なら、獣人であるベアモンド様を大切に育ててくれる……そう踏んで、使用人に見つかる前に玄関前に置いて去るしかなかったのです」
そう言えばそんな話だったと、ユーミラはベアモンドを見上げる。
自分の出生を知った彼は、複雑に顔を歪めていた。
「あれから二十五年。我が国内もようやく平穏を取り戻し、ベアモンド様を迎え入れる準備が整いました。陛下と王妃殿下が首を長くしてお待ちです。さぁベアモンド様、帰りましょう。我らが獣人国へ!」
フォクリースの嬉しそうな笑顔。
きっと彼も、そして王と王妃も、この日を待ち望んでいたのだろう。
しかしベアモンドからすれば──
「俺はこの家で育ち、この国で育った。俺の故郷はここだ。今さら獣人国で暮らせる気がしない」
「本当にそうですか?」
ベアモンドの断りの文句に待ったをかけるように、フォクリースは細く鋭い目をキラリと光らせる。
「本当にこの人間国で暮らしていけると? 本当の姿を晒して生きていけると?」
「っそ、それは……っ」
「初代ストーンクラッシャーの妻となった姫と同じように、人間の姿をして誰にもバレないように生きているのでしょう? 違いますか?」
図星を突かれたベアモンドは、一度言葉を詰まらせてから口を開いた。
「ここは人間国なのだから、そうすべきなんだ」
「変身しないのはどうしてです? それは、人間国で自分が受け入れられるわけがないと確信しているからではありませんか」
「っ!!」
ベアモンドが奥歯を噛み締めた。
子どもには泣かれ、女性には逃げられ失神されて。
人間の姿でもそんな扱いだ。本当の姿を見せれば、騎士団の面々だって逃げてしまうことだろう。
(ベアモンド様は、人間国では暮らしにくいんだわ……)
本当の姿を受け入れられないというのは、どれだけの苦しみだろう。
ユーミラだって、初めてクマの姿を見た時には気を失ってしまった。
どれだけ悲しみを与えてしまったのだろうか。
唇を噛んだまま、視線を下げているベアモンド。
愛する人にこんな顔をさせてはいけないと、ユーミラは立ち上がった。
「私は!! 私は受け入れられるわ!! ベアモンド様がどんな姿形をしていても!!」
「ユーミラ……」
上げてくれた顔に、ユーミラは微笑んでみせる。
しかし逆にフォクリースの顔は一段と渋くなった。
「失礼ですが、あなたは?」
「私はユーミラと申します。ベアモンド様の婚約者です!」
胸を張って伝えたユーミラに、フォクリースは。
「必要ありません、婚約は破棄してください」
と、簡単に言い放った。
「な、なに言って……」
「違約金や慰謝料もろもろ、こちらでいくらでもお支払いします。ベアモンド様にはこちらで有能な婚約者をご用意しておりますのでご安心ください」
「そんっ……」
ユーミラが抵抗の言葉を言う前に、バリバリッと音がしてベアモンドの服のボタンがビュンビュン飛び散る。
「あだっ!」
フォクリースの顔にボタンが当たった。彼が目を開けた時には大きなクマが現れている。
「ベアモンド様!」
「離れていろ、ユーミラ。俺は今、なにをするかわからん……!」
興奮するベアモンドにゾクリとし、一歩離れる。しかしフォクリースはどこ吹く風でむしろ嬉しそうにコンコンと笑った。
「さすが陛下が第一子でございますな。本来の姿も大変ご立派にございます」
「ふざけるな! 帰れ!! 俺はどこにも行かん!! ユーミラとここで結婚する!!」
宣言するベアモンドにトゥンクして、うっとりと怒れる彼を見上げる。
怖くてもかっこいいから不思議だ。
「いいえ、あなたは必ず戻ってこられます。我らが王として」
キツネ耳のフォクリースは「今日のところはこれで」と、尻尾をふりながら去っていった。
獣人国の者が人間国に来ることはまずない。
現在は戦争をしていないというだけで、人間と獣人はいがみ合った歴史を持ち、互いに良い感情を抱いていない。
だから迫害を受けないようにと、ベアモンドの正体はごく一部の者にしか知らされず生きてきたのだ。
「ベアモンド様。あなたは我が獣人国の正統なる後継者なのです」
通された応接間で、キツネ耳の男は出された紅茶も飲まずにそう言った。
ちょうど伯爵家に来ていたユーミラも一緒にいて、目を瞬かせる。隣にいるベアモンドも寝耳に水だと言わんばかりに眉を顰めていた。
「俺が……獣人国の後継者、だと?」
「はい。あなた様は我が王ウォルドベア陛下が第一子、ベアモンド様にあらせられます」
ベアモンドという名前は、今の両親が付けたわけではない。捨てられていた時に持っていたハンカチに刺繍された名前。それが捨て子の名だと気づいた今の両親がつけてくれたのだと、ユーミラもベアモンドから聞いて知っていた。
しかしまさか王子だったとは、ここにいる誰もが思いもしていなかったことだ。
ベアモンドの両親も弟も、唖然としてキツネ耳の男を見ている。
「それで、貴殿は……えぇと」
「申し遅れました。わたくしは王室顧問のフォクリースと申します」
「フォクリース殿は、なにしにここへ」
ベアモンドの質問に、フォクリースはコンコンコンっとおかしそうに笑った。
「これは異なことを申されます。無論、お迎えにあがったのです。獣人国で王子として務めを果たしてもらうために」
「なん……だと?」
びょんっとベアモンドのクマ耳が生えた。
感情が高ぶったりした時は、コントロールが効かなくなることもユーミラにはわかっている。
(ベアモンド様、怒っているんだわ……当然よ、捨てたくせにいきなり王子の務めとか言われたって、困るに決まってるもの)
ユーミラにも怒りはわかったが、まずは話を聞くべきだとベアモンドの手をそっと握った。
浮かしかけていた彼のお尻が、またソファへと落ち着いてくれる。
「勝手を言われては困る! ベアモンドは、我がストーンクラッシャー家の子です!!」
「そうですわ! ベアモンドは私の子です!」
「兄様を勝手に連れて行くなんて許さないからな!」
ベアモンドの両親と弟が、まるで毛を逆立てるようにしてフォクリースに威嚇した。
(血は繋がってなくても、なんだか似てるわね!?)
緊迫した雰囲気だというのに、家族の似ているところを発見してほっこりしてしまうユーミラである。
「コンコンコン! 落ち着いてください。そもそも陛下も王妃殿下も、ベアモンド様を手放したかったわけではないのです。その理由をお伝えしたいのですが?」
「……わかった、聞こう」
ベアモンドが首肯すると、フォクリースは粛々と語り始めた。
今から約二十五年前に、ベアモンドがこの世に誕生した。
彼の両親は獣人国の王と王妃だが、王子の誕生を公表することはなかった。なぜならこの頃の獣人国は荒れていたからだ。
人間国とは、最後の戦争を境に八十年以上もお互いに侵攻してはいない。
しかしそれを良く思わない者がいた。獣人国の、オオカミ族一派だ。
オオカミ族はクマ族の次に力をつけている一派で、人間国へと侵攻して領土にし、人間はすべて奴隷にすべきだと主張した。
王と王妃はもちろんそれらを受け入れなかったが、力をつけたオオカミ族は内乱を起こしたのだ。
それが、ベアモンドの生まれた年であった。
王と王妃は、このままではベアモンドも争いに巻き込まれてしまうと危惧した。
そしてもし自分たちが亡くなった時、獣人国の一筋の希望になればと、人間に育ててもらうことにしたのだ。
その育ててもらう家に選ばれたのが、ストーンクラッシャー家であった。
「……どうしてうちに?」
ベアモンドの父親であるアックスが眉を寄せている。
人間が獣人の子を育ててくれる──なんて甘いことを、一国の王が思うだろうかという疑問。
ストーンクラッシャー夫妻は結局育てたわけだが、もし別の夫婦のところだったらこうはいかなかったはずだ。
「知らないのですか。その昔、獣人国の王家から姫が嫁いで行ったのがストーンクラッシャー家の始まりなのですよ」
「えっ?!」
さらに五百年以上も昔のことを、フォクリースは語り始めた。
おてんばと有名なクマ獣人の姫が、森へ遊びに行ってしまった。そして獣人にしては迷子属性が高く、道に迷ってしまったのだという。
ちょうどその時、魔物退治で騎士団が森へと入っていた。その魔物に全滅させられそうになった騎士団の前に現れたのが、クマ姫だった。
姫は岩を持ち上げて投げ飛ばし、魔物を一撃で沈めて騎士団を救った。そして当時の団長が、姫の強さに一目惚れしたのだ。
(騎士団長さん、ちょろいわ! 親近感!)
姫は人間に捕まっては殺されると教え込まれていたので、魔物を退治した後はすぐ逃げ去った。
騎士団はまさか敵国である獣人に助けられたとは言えないので、口裏を合わせて騎士団長が魔物を討伐したことにしたのだった。
大変な武功を挙げたことで騎士団長は叙爵されることになり、現場には大きな岩が砕け散っていたことから、ストーンクラッシャーの名が授けられた。
それがストーンクラッシャー伯爵家の興りである。
騎士団長は礼を言うため、また森で出会えるかもしれないと姫を探し回る。姫はまだ迷子で国に帰れず、森を彷徨っていた。
食べ物にもあまりありつけず、弱っていたところを騎士団長が助け出す。姫もまた、そんな優しい騎士団長に恋をしたという。
姫が元気になるまで介抱してあげると、騎士団長は彼女を獣人国まで送ってあげた。そこで二人は、別れ別れとなった……はずだった。
「ど、どうなったの?」
思わず身を乗り出して恋バナの続きを期待すると、フォクリースはうむと頷く。
「その後、姫は恋の病になり、どんどん痩せてしまったらしい。このままでは死んでしまう……と思った時、騎士団長が獣人国へと単身やってきたのだ。姫に会わせてほしい、と」
「きゃあ!」
当時は今よりも人間国と獣人国がいがみ合っていた時代。
単身で獣人国に乗り込むなど、殺されに行くようなもののはずだ。それほどまで固い決意を胸に会いに行ったことに、ユーミラの鼻息は止まらない。
「姫と騎士団長は再会し、騎士団長は姫にプロポーズ。引き裂いても恋の病で死んでしまうであろうことを察した時の王は、姫の強い希望もあり、二人の結婚を承諾した」
「きゃあ! きゃあ! すてきだわ!」
騒ぐユーミラを横目に、家長であるアックスが目を丸めている。
「では、まさか我らは……」
「ええ、薄くなってはおりますが、獣人の血が通っております」
「そうだったのか……道理で人より毛深いなと……!」
「それは父様だけだよ! 僕は毛深くない!」
変なところで納得しているアックスに、ベアモンドの弟は否定をしていたが。
「それはそうと、その時に王家とストーンクラッシャー家は契約を交わしたのでございます。獣人国のため、ストーンクラッシャー家は子々孫々王家の手助けをする、と」
「いや、聞いていませんが」
「これだから人間って生き物は!!」
アックスの言葉にポンと黄色い尻尾が飛び出るフォクリース。ちょっと怒ってしまったらしい。
そんなフォクリースの姿を見て、アックスは頭を下げた。
「いや、申し訳ない……二百年ほど前に家が火事になり、建て直したと聞いております。その時に家系図も何もかも失ってしまっておりまして」
「そちらは忘れていたとしても、我らは覚えておりました。だからこそ、このストーンクラッシャー家の者なら、獣人であるベアモンド様を大切に育ててくれる……そう踏んで、使用人に見つかる前に玄関前に置いて去るしかなかったのです」
そう言えばそんな話だったと、ユーミラはベアモンドを見上げる。
自分の出生を知った彼は、複雑に顔を歪めていた。
「あれから二十五年。我が国内もようやく平穏を取り戻し、ベアモンド様を迎え入れる準備が整いました。陛下と王妃殿下が首を長くしてお待ちです。さぁベアモンド様、帰りましょう。我らが獣人国へ!」
フォクリースの嬉しそうな笑顔。
きっと彼も、そして王と王妃も、この日を待ち望んでいたのだろう。
しかしベアモンドからすれば──
「俺はこの家で育ち、この国で育った。俺の故郷はここだ。今さら獣人国で暮らせる気がしない」
「本当にそうですか?」
ベアモンドの断りの文句に待ったをかけるように、フォクリースは細く鋭い目をキラリと光らせる。
「本当にこの人間国で暮らしていけると? 本当の姿を晒して生きていけると?」
「っそ、それは……っ」
「初代ストーンクラッシャーの妻となった姫と同じように、人間の姿をして誰にもバレないように生きているのでしょう? 違いますか?」
図星を突かれたベアモンドは、一度言葉を詰まらせてから口を開いた。
「ここは人間国なのだから、そうすべきなんだ」
「変身しないのはどうしてです? それは、人間国で自分が受け入れられるわけがないと確信しているからではありませんか」
「っ!!」
ベアモンドが奥歯を噛み締めた。
子どもには泣かれ、女性には逃げられ失神されて。
人間の姿でもそんな扱いだ。本当の姿を見せれば、騎士団の面々だって逃げてしまうことだろう。
(ベアモンド様は、人間国では暮らしにくいんだわ……)
本当の姿を受け入れられないというのは、どれだけの苦しみだろう。
ユーミラだって、初めてクマの姿を見た時には気を失ってしまった。
どれだけ悲しみを与えてしまったのだろうか。
唇を噛んだまま、視線を下げているベアモンド。
愛する人にこんな顔をさせてはいけないと、ユーミラは立ち上がった。
「私は!! 私は受け入れられるわ!! ベアモンド様がどんな姿形をしていても!!」
「ユーミラ……」
上げてくれた顔に、ユーミラは微笑んでみせる。
しかし逆にフォクリースの顔は一段と渋くなった。
「失礼ですが、あなたは?」
「私はユーミラと申します。ベアモンド様の婚約者です!」
胸を張って伝えたユーミラに、フォクリースは。
「必要ありません、婚約は破棄してください」
と、簡単に言い放った。
「な、なに言って……」
「違約金や慰謝料もろもろ、こちらでいくらでもお支払いします。ベアモンド様にはこちらで有能な婚約者をご用意しておりますのでご安心ください」
「そんっ……」
ユーミラが抵抗の言葉を言う前に、バリバリッと音がしてベアモンドの服のボタンがビュンビュン飛び散る。
「あだっ!」
フォクリースの顔にボタンが当たった。彼が目を開けた時には大きなクマが現れている。
「ベアモンド様!」
「離れていろ、ユーミラ。俺は今、なにをするかわからん……!」
興奮するベアモンドにゾクリとし、一歩離れる。しかしフォクリースはどこ吹く風でむしろ嬉しそうにコンコンと笑った。
「さすが陛下が第一子でございますな。本来の姿も大変ご立派にございます」
「ふざけるな! 帰れ!! 俺はどこにも行かん!! ユーミラとここで結婚する!!」
宣言するベアモンドにトゥンクして、うっとりと怒れる彼を見上げる。
怖くてもかっこいいから不思議だ。
「いいえ、あなたは必ず戻ってこられます。我らが王として」
キツネ耳のフォクリースは「今日のところはこれで」と、尻尾をふりながら去っていった。
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