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10.帰郷

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 ユリアーナにとっては二十五年ぶりの王都だ。
 あの日、ここを出た時には、もう二度とこの土を踏むこともないと思っていたのが嘘のようである。

「私が出て行った時よりも、活気があって街がきれいですね……」

 ユリアーナがそういうと、ディートフリートは少し自慢げに微笑んで肩を抱いてくれる。
 大聖堂や図書館など、古くからの建物は変わらずそこにあって、ユリアーナの心をほっとさせた。

 城に入り、シャインにリシェルを任せると、ルーゼンと共に三人で王の間に入る。
 赤い絨毯の敷かれた先の王座は、王冠を被ったフローリアンと、その隣には短髪の護衛騎士が立っていた。ここにくる途中でシャインに聞いた、ラルスというフローリアン専属の護衛騎士だろう。
 ディートフリートとユリアーナはフローリアンの前に跪いた。ルーゼンも後ろで跪いている気配がする。

「ラルス以外は下がってくれ」

 フローリアンの言葉に、周りにいた騎士達が王の間を出て行く。
 人の気配が少なくなったところで、再度王は声を上げた。

「リシェルとシャインがいないね」
「扉の前にいるようです」
「ラルス、呼んできて」
「っは」

 ラルスと呼ばれた青年はすぐにシャインを連れて戻ってきた。リシェルが、「ママ、ママ!」とユリアーナを呼ぶ声がする。
 娘の様子は気になるが、王の御前だ。安易に顔を上げてはならず、ぐっと我慢した。

「みんな、楽にしていいよ。久々の再会なんだ、堅苦しいのはやめよう」

 フローリアン王からの気遣いの言葉は、とても柔らかく優しい声だった。
 ディートフリートが顔を上げていたのでユリアーナもそっと顔を上げる。それでもまだ彼は立ち上がろうとはしていない。
 フローリアンはそんなユリアーナたちの様子を見て王座から立ち上がると、シャインの元へと歩いていた。

「かわいいね。君がリシェルかい。僕の姪っ子だね」

 王はシャインの手からリシェルを受け取り、優しくその体を抱き上げている。

「ママーー、ママぁ!!」
「すごいなぁ、もうママってハッキリと言えるんだ」

 暴れるようにユリアーナに手を伸ばしているリシェル。
 王の顔を叩いたりしないだろうかと、肝が冷えた。

「あはは、やっぱりママがいいようだよ。ほら、ユリアーナ」

 そう促され、ディートフリートとユリアーナは立ち上がってリシェルを受け取る。
 フローリアン王の顔をちゃんと見るのは、これが初めてだ。ディートフリートとよく似ているが、フローリアンの方が随分と柔らかい印象を受けた。

「お久しぶりです、兄さま」
「久しぶりだね、フロー……いや、陛下」
「僕をまだ家族だと思っているなら、そんな他人行儀な言葉はやめてください。それとも僕はもう、兄さまの家族ですらないのですか?」

 フローリアンの悲哀の目は色香たっぷりで、隣で見ているだけのユリアーナは思わずドキリとしてしまう。

「いや、フロー、もちろん私の大事な弟だよ。……立派になったね。会えて嬉しいよ」
「僕もです、兄さま」

 フローリアンはディートフリートに抱きつき、彼もまた迷わず抱きしめ返している。
 美しい兄弟愛を感じて、口元は綻んだ。と同時に、フローリアンへの感謝の念が込み上げてくる。
 王がちらりとユリアーナの方を気にしてくれた時点で、深く頭を下げた。

「陛下、父ホルストの嫌疑を晴らしてくださり、本当にありがとうございました……! これで父も浮かばれます……」
「ホルストの嫌疑を晴らしたのは、シャインだよ。シャインの思いが、ドラドの悪事を暴いたんだ」

 フローリアンの言葉で注目を浴びたシャインは、穏やかな笑みを浮かべている。そんなシャインからディートフリートに視線を戻したフローリアンは、きりっと眉を上げて言い放った。

「これで兄さまは、王族に戻ってくることができるね」
「……え?」

 王族に、戻る……そんなことは考えていなかったユリアーナ達は、目を見広げた。

「ホルストの無実が証明されたんだ。ユリアーナの王都居住禁止措置もなくなる。ユリアーナが戻ってくるなら、兄さまだって戻ってこられるでしょう」
「だが私は、一度王族を離脱した身だ。もう一度王族に戻るという都合の良いことなど、できるはずが……」
「兄さまは、ご自分の部下を舐めておいでじゃないですか?」

 フローリアンのその言葉に、ディートフリートとユリアーナは、後ろにいるシャインとルーゼンを振り返った。一人は柔らかに、もう一人はニヤッと笑っている。

「シャイン、ルーゼン……」
「できるよね、二人とも?」
「「お任せください」!」

 この二人なら、堅物の議員たちをもうまく言いくるめてくれるのだろう。確かにどうにかはなるだろうが、ディートフリートは弟から王位をもらうつもりはないようで、困惑顔だ。
 しかしそれも想定内だったようで、フローリアンは短髪の護衛騎士に目を向けた。

「ラルス、ベルを連れてきてくれ。兄さまたちに見せてあげたいんだ」
「わかりました」

 ベルというのはフローリアンの娘の、メイベルティーネのことだろう。
 母親であるツェツィーリアと、双子の妹であるリーゼロッテは、クーデターに巻き込まれて亡くなったと聞いている。

「兄さま、僕の子を見てくれる? かわいいんだよ」
「それはもちろん見るが……待ってくれ、フロー。私が王族に戻ってどうなる? 王はお前だ。我が国で継承争いがあった過去を忘れたか?! 私が王族に戻れば、無用な争いが起きることになるかもしれない」
「大丈夫ですよ、兄さま。僕が王を退きます」
「フロー?! なにを……!」

 フローリアンの言い分に、ディートフリートは驚き、目を見張っている。
 ユリアーナも、どうしてフローリアンがこんなにも簡単に王位を退くというのか、理解できなかった。
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