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78.憧れの言葉を

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 季節は冬を過ぎ、また春を迎えようとしている三月。もうすぐで、製菓専門学生の皆は卒業を迎える。
 そんな冬の終わりの体育館の二階で、私を含む女四人がオカシな国の試合観戦をしていた。

「拓真くん、ナイスブロックー!」

 私が声を上げると、嬉しそうにチラッとこっちを見て笑ってくれる。
 今日こそオカシな国が優勝できるといいな。

「大和さん、ナイスキーッ!」

 結衣ちゃんの応援も、気合いが入ってる。好きな人が頑張ってる姿って、良いよね。
 その結衣ちゃんのお腹は、少しだけぽっこりと膨らんでる。卒業と同時に入籍するんだって。ビックリだね。

「あ、ほら、よしちゃん。次は三島さんのサーブだよ! ナイッサーって言ってあげて!」
「えー……ナイッサー……」
「聞こえないよ、もっと大きな声で言ってあげないと!」

 初めて試合を見に来たよしちゃんは、応援はやる気がしないみたい。
 最初の頃の、この子みたいだね。
 私はもう一人応援に来てくれた、天沢あまさわ夏花なつかちゃんを横目で見る。
 初めて会った時は途中で帰っちゃったりして、クールな印象の子だったけど。心には結構、熱いものを持ってる女の子だった。

「夏花、晴臣からはホワイトデーに何か貰ったの?」

 結衣ちゃんが夏花ちゃんに聞いてるから、私もついそっちに集中してしまう。

「ああ……なんか、お花くれた。しかも鉢植え」
「へぇ、良かったね。去年なんかはバレンタインのチョコを、受け取ってさえも貰えなかったんだもんね。すごい進歩だよ。ね、どんなお花を貰ったの?」

 そう聞かれて、「花の名前知らないんだよね」と言いながら携帯で撮った写真を見せてくれる。小さな鉢に、白とピンクの可愛い花がたくさん咲いてた。

「へぇ、綺麗な花だね。ミジュさん、このお花の名前、知ってます?」
「わ、私は植物はさっぱりで……よしちゃんの方が詳しいよね」
「どれ? ああ、ペチュニアね。大切な人に贈るのに、ぴったりな花言葉だよ」

 よしちゃんって、花言葉まで詳しいんだよね。さすが。

「花言葉……なんですか?」
「確か、あなたと一緒なら心がやわらぐとか、心のやすらぎだったと思うよ」

 わぁ、素敵!
 晴臣くんなら、ちゃんと花言葉まで考えて、贈ってそうだもんね。

 私と拓真くんが付き合い始めたって、晴臣くんに報告した時。
 晴臣くんは、『俺、あの時熱でおかしかったから、気にしないでください』って笑った。
 そして、『良かったっすね、おめでとう!』って。底抜けに明るくしてくれて。
 晴臣くんがそんな態度を取ってくれたから、私も拓真くんもバレーのメンバーも、気まずくならずに済んだ。本当に感謝してる。
 そんな晴臣くんにも少し春の兆しが見えて、私はホッと微笑んだ。

「晴臣、ナイスレシーブだったよ!」

 花言葉の意味を知った夏花ちゃんが、緑川さんミドルブロッカーと入れ替えでコートを出たリベロの晴臣くんに声を掛け。
 そして晴臣くんは春の陽気のような笑顔で、ピースサインを向けている。
 それを受けた夏花ちゃんは、とっても嬉しそうで。
 ちょっとだけ、胸がキュッとなっちゃったのは、誰にも内緒。私には、拓真くんがいるんだからね。

 その日の試合は二位で終わったけど、皆はすごく満足そうだった。

 私と拓真くんは今もお隣さんで。
 この四月から、拓真くんは鳥白市の有名な洋菓子店へ就職が決まってる。そこでしばらくはお金を貯めながら修行するんだって。
 地元に帰る事も考えてたみたいだけど、こっちでの就職を選んでくれた。

「ミジュ、飯出来たぞ」

 洗濯物を畳んでいると、いつものようにご飯を出してくれる。
 私の大事な、幸せの時間。

「ちょっと提案っつか、俺の勝手な意見なんだけどさ」
「ん?」

 もぐもぐと、相変わらず美味しいご飯を食べていると、拓真くんがそんな風に切り出してきた。なんだろう。

「もう結婚して、どっかで一緒に暮らさねぇ?」
「…………」

 は?! 何をさらっと?!

「嫌か?」

 えええ、えええええええええ?!
 だって、付き合う時言ってたよね?!待たせる事になるって……
 だから私、覚悟してたのに?! まだ付き合って七ヶ月しか経ってないよ!!

「い、嫌じゃない! 嫌じゃないけど、どうして急に?」
「別に結婚してても働けっしさ。最近は、結婚を我慢する必要はないんじゃねーのかと思えてきた」
「そ、そっか……そうだね……」
「けど、俺はいつか地元に帰るつもりでいるからな。結婚してないなら、嫌だったら別れりゃいい話だけど、結婚してるとそうもいかないだろ?」

 まぁ、そうだね。コクンと頷いてみせる。

「だから、将来的に海近市に一緒に来てくれるつもりがあるなら、結婚してくれ」

 う、うわわ! これってプロポーズ、だよね?! 夢にまでみた、憧れの!
 拓真くんの家でまったりご飯食べながらとか、想像と全然違ったけど……でも、嬉しい。拓真くんらしいや。

「うん、私は元からそのつもりだったよ。看護師は、どこの町でも需要はあるし。ただ……」
「ただ?」
「私、お店とか、全く手伝えないと思うんだ……ご、ごめんね」

 私が謝ると、拓真くんは苦笑いする。

「気にすんな! 誰もミジュになんて期待してねーから!」
「あ、ひどいー!」

 むうっと頰を膨らませると、拓真くんはニカニカして私の頭をグシャグシャにする。
 そうしてくれるのが、今も変わらず嬉しい。

「んじゃ、なるべく早く結婚しような」
「早くって?」
「来月でいいんじゃねぇ?」
「ふぁ?!」

 来月とか!! ホントいきなり過ぎるよー?!
 驚き過ぎた私の顔を見て、拓真くんは食べていた物をブーッと吹き出した。相変わらずだね……ヒーヒー笑い始めて止まんない。

「ミジュ、顔……っ!! 鳩が、豆鉄砲……っ食っ……ぶはははっ!!」
「も、もうっ! プロポーズしてるんだから、そんなに笑わないのっ!」
「ぶは、はー、悪ぃ悪ぃ」

 私が怒ると、何とか笑いを抑えて微笑んでくれた。

「まぁ結婚式はまたゆっくり考えてからやりゃあ良いだろ。とりあえず籍だけでも入れとこうぜ。早く一緒に暮らしてぇよ」
「お隣なのに?」
「お隣でも。一秒でも長く一緒に居たいからな」

 その言葉に、顔が熱くなってくる。
 微妙に心が読みづらい拓真くんの、本音がギュッと詰まってて。

 拓真くんは「耳まで真っ赤」って、笑って私に顔に触れてくる。
 もう、やっぱり私は。

「拓真くん、ダイスキ」

 その言葉に拓真くんは、「俺も」って言って笑った。
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