上 下
119 / 125
ビッチと呼ばれた純潔乙女令嬢ですが、恋をしたので噂を流した男を断罪して幸せになります!

2.せめて

しおりを挟む
 そして妹脱却の機会は、妹宣言をされて二ヶ月が経つころに訪れた。

「ビッチ令嬢さんよ、俺と一緒に遊ぼうぜ」

 狭い裏路地に強引に連れてこられた私に、気持ちの悪い男が迫ってくる。
 いきなり胸元のドレスをグイッと引き裂かれそうになって、私は慌てた。

「焦りすぎよ、あなた。どれだけ余裕がないの?」

 流れ出てくる冷や汗がばれないように、余裕の笑みを作って見せつける。

「ああ? 誰が焦ってるって?」
「ドレスを破ろうとする乱暴者のことよ。私に相手をしてもらいたいなら、もっと経験を積んでいらっしゃいな」
「ふざけんな、俺は十人以上の女と経験がある!」

 ぞぞぞ、と私の背筋に悪寒が走る。
 それ、合意なしの無理矢理にではないの?
 自分の身を守らなければいけないけれど、こんな男は許せない。

「ふふ、うふふふふ……たかだか十人? 笑わせないで?」
「なんだと?」

 これ以上の被害者が出ないようにしなければ。こんな男がのさばっている町でいいはずがない。

「どうせ自分の欲望を吐き出しただけでしょう? それはただの乱暴よ。経験人数には数えられないわ。悔しかったら、ちゃんと相手の合意を得てからカウントすることね」

 私の言葉に、その男はむぐぐと悔しそうに口を歪ませている。キレられる前に、さっさと退散しないと。
 これ以上は危険だと判断した私は、陽の差す路地に向かって歩き始める。

「待て! じゃあお前の経験人数は何人だ!!」

 明るい路地に一歩出たところで、私は目だけを後ろに流した。

「私の経験人数? ざっと百人くらいかしら」

 男の驚いている顔を見て、思わずフフッと笑ってしまう。
 百人は言いすぎただろうか。本当は誰ともなにもない、純潔乙女だというのに。

「……百人」

 足の進める方から声がして、私はハッと前を向いた。
 聞き間違えるはずもない、愛しい人の声。

「イ、イアン様……!!」

 目の前には騎士服姿のイアン様。よりによって、今……!

「イアン様、あの、私……」

 駆け寄ろうとすると、イアン様は。

「…………っ!!」

 ハッとしたように息を飲んだあと、思いっきり私から目をそらした。

 ……え? 無視、された?

 私は愕然とした。今まで、イアン様にこんな態度をとられたことは一度たりともなかった。
 経験人数が百人と聞いて、ドン引きしてしまったのか。
 イアン様の周りには、他の騎士もいる。私なんかが近寄っては、きっと彼に迷惑をかけてしまう。

「うおお、ビッチ令嬢、すげぇ格好してんなぁ!」
「ありゃ事後だろ」

 周りの言葉にハッと気づいた私は、無理やりにはだけられていた胸元を慌てて隠して、家へと飛んで帰った。

 どうしよう。イアン様にまでビッチだと思われてしまったわ。事情を説明したい。
 今日も来てくれるはずだと落ち着きなく待っていると、ドアノッカーの音が響いた。

「いらっしゃいませ、イアン様」
「……ああ」

 私から目を背けるイアン様。ああ……やっぱり私のことを蔑んでいるんだわ。

「あの、兄の部屋に行かれる前に、私とお話ししていただきたいのですが……」
「……わかった」
「ありがとうございます、では私の部屋に」
「いや、部屋は困る。勘弁してほしい」

 グサリとナイフで心臓を刺された気がした。
 私を警戒しているんだ。部屋に連れ込まれるって思われてる……!

「イアン様……私の方を見てもらえますか?」
「……キカ」

 イアン様のヘーゼルの瞳は、私の視線と一瞬だけ交差した。だけどすぐにその視線が落ちていく。
 その角度……まさか、私の胸を見ているの?

「っ、すまない」

 イアン様の顔はすぐに横を向いてしまった。
 今の視線は一体なに……? まさかイアン様にまで、性の対象として見られてしまったの?

「あの、私、ビッチなんかではないんです! あんな風に言わないと逆に襲われてしまうから言っただけで……本当です、信じてください!」
「っ、近づき過ぎだ! 少し離れてくれっ」

 熱が入るあまり、イアン様の服に縋るように訴えてしまっていた。
 イアン様は顔を真っ赤にするくらい怒ってしまっていて、私の目からは涙が込み上げてくる。
 
「どうして……」
「妹として大事に思っていると言っておきながら……すまない」

 イアン様の口から出てきたのは、謝罪の言葉。
 それはもう私のことを、妹としてすら見られないということ……?
 脱妹を目指してはいたけれど……こんなのは違う! 嫌われたかったわけじゃない!
 こんなことになるのなら、妹と思われていた方が余程よかったわ……!

「イアン様、ひどい……っ! この国での一番の妹は、私だって言ってくれたのに……!! う、うぁぁあ!」
「……」

 子どもみたいに泣き出してしまった私に、手を伸ばそうともしないイアン様。
 私のことを、本当に嫌いになってしまったんだ。

「っひ、ひっく……」
「キカ……」
「イア、様……せ、めて……ひっく。妹で……っうう」
「……わかった。妹と思えるように努力しよう」

 イアン様は優しい。軽蔑している私のことを、それでも妹として見られるように努力してくれる。

「……悪かった」

 そう言って私の頭に乗せられたイアン様の手は、どこかぎこちなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

貴方がそう仰るなら私は…

星月 舞夜
恋愛
「お前がいなくなれば俺は幸せになる」 ローズ伯爵には2人の姉妹がいました 静かな性格だけれど優しい心の持ち主の姉ネモ 元気な性格で家族や周りの人から愛されている妹 ネア ある日、ネモの婚約者アイリス国の王太子ルイが妹のネアと浮気をしていることがわかった。その事を家族や友人に相談したけれど誰もネモの味方になってくれる人はいなかった。 「あぁ…私はこの世界の邪魔者なのね…」 そうしてネモがとった行動とは…… 初作品です!設定が緩くおかしな所がありましたら感想などで教えてくだされば嬉しいです! 暖かい目で見届けてくださいm(*_ _)m

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

幼馴染みとの間に子どもをつくった夫に、離縁を言い渡されました。

ふまさ
恋愛
「シンディーのことは、恋愛対象としては見てないよ。それだけは信じてくれ」  夫のランドルは、そう言って笑った。けれどある日、ランドルの幼馴染みであるシンディーが、ランドルの子を妊娠したと知ってしまうセシリア。それを問うと、ランドルは急に激怒した。そして、離縁を言い渡されると同時に、屋敷を追い出されてしまう。  ──数年後。  ランドルの一言にぷつんとキレてしまったセシリアは、殺意を宿した双眸で、ランドルにこう言いはなった。 「あなたの息の根は、わたしが止めます」

結婚式の日取りに変更はありません。

ひづき
恋愛
私の婚約者、ダニエル様。 私の専属侍女、リース。 2人が深い口付けをかわす姿を目撃した。 色々思うことはあるが、結婚式の日取りに変更はない。 2023/03/13 番外編追加

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

処理中です...