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王子に溺愛されています。むしろ私が溺愛したいのですが、身分差がそれを許してくれそうにありません?

中編

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*王子12歳・春。背くらべ。*

「とうとうアリサを抜かしたな」

 オースティン様が胸を張って、ほんの少し私を見さげていらっしゃる。
 ほんの三年前まで私の鎖骨までしかなかった身長が、もう抜かされてしまいました。
 心なしか、声も低くなってらっしゃるような。

「本当に大きくなられて……嬉しく思います」

 毎日のミルクのおかげですね!

「アリサ。僕は今日から、騎士団に入ることになった」

 ……はい?

「強くなってくるから、待っていてほしい」

 ……なにを?

「じゃあ、行ってくる」

 オースティン様は私の手を取ると、トパーズの指輪を付けている右手の中指にキスをして行ってしまわれた。
 嬉しそうな笑顔に、子どもらしい可愛らしさがなくなっているのですが?!
 男の人になってしまわれた……!! 軽くショックです!!



*王子12歳・夏。競う相手。*

「はぁっ、はぁ!」
「ハハハ、まだまだですね、王子!」
「……くそっ」

 オースティン様は最近、とてもワイルドになられた。
 騎士のクレイグ様と打ち合いをしていて、悔しそうにしてらっしゃる。

「すぐに追い抜かしてやるからな……!」
「俺もまだまだ発展途上なので、無理だと思いますよ」

 こっそりと見に来てしまった私は、悔しそうな王子の顔を見て心が痛む。
 クレイグ様は私より三つ年上の二十五歳。
 まだまだ男盛りなクレイグ様に追いつくのは至難の技でしょう。

「まだ、もう一度だ!!」
「じゃあ殿下、次に勝った人がアリサ殿と付き合うというのはどうですか?」

 は? 私?!

「クレイグ、まだ諦めてなかったのか!」
「諦める必要がどこに?」
「じゃあ僕が勝ったらクレイグはアリサのことを諦めて──」
「私を勝手に賞品にしないでくださいませー!!」

 こっそり来てたのに、つい顔を出してしまったではないですかー!!



*王子13歳・春。無口。*

 最近のオースティン様は、少し無口になられた。
 思春期でしょうか。
 昔のようにアリサアリサと呼ばれなくなって寂しい限りです。

「……行ってくる」
「はい、おかえりをお待ちしております」

 公務で出かける時も、私を連れて行かなくなりました。
 私は右手に光る黄色い指輪を見やります。

「いつまでもつけているのは、迷惑でしょうか……」

 王子が当時どういう意味でこれをくれたのかはわからなかったけど、くれたことは嬉しかったから。
 指輪を付けずにいて、ガッカリさせるのは嫌だったから、あの日から毎日欠かさずつけてきました。
 けれど年頃になったら、年上の女に指輪を贈ってしまったことなんて、黒歴史でしかないかもしれないですね。

 私はその日、トパーズの指輪を外しました。



*王子13歳・夏。笑顔。*

「よろしければ、結婚を前提としたお付き合いをしていただけないでしょうか」
「クレイグ様……!」

 まさかのお付き合いのお申し込み!
 私は伯爵家の養女だけど養父ちちにはたくさんの優秀な養子がいるので、私の結婚は好きにすればいいと言ってもらえてます。
 クレイグ様は男爵家の次男だそうなので、双方に損はないんですけど……

「だめだ!!」
「王子!?」
「アリサは、僕のだ!」

 王子が私の腕をとって握っています。
 最近、ほとんど口を聞いてくれなかったのに……
 止めてくれることを嬉しいと感じるのは、クレイグ様に気持ちはないということなのでしょう。

 私がクレイグ様にお断りを申し上げると、オースティン様は昔のようににっこりと笑ってくださった。




*笑顔のあと*

「僕が止めなかったら、クレイグと付き合ってた?」
「……どうでしょうか。わかりませんけれど、そうかもしれません。私もいい年ですし」

 私は現在二十三歳。
 この国の女性のほとんどは十代で、遅くとも二十五歳までに結婚することを鑑みると、私はすでに行き遅れに片足を突っ込んでいる状態ですから。
 結婚しろと養父ちちに急かされているわけでもないので、のんびりはしているけれど、結婚に興味がないわけではないのです。

「アリサ」
「はい」
「……待てる?」
「なにをでしょう?」
「僕が、大人になるまで」

 私が結婚すれば、側仕えは難しくなるのを危惧していらっしゃるのか……
 いきなり違う人に代わられるのは嫌なのですね。

「わかりました。オースティン様が大人になられるまで、私はお待ちします」

 私がそう言うと、オースティン様はにっこり笑ったあと、私が指輪を勝手に外したことを怒っていました。
 指輪をつけようとしましたが、外している間に太ってしまっていて、中指ではなく薬指につけることになりました。



*王子14歳・春。釣書。*

「オースティン様、陛下から釣書に目を通せときつく言われているのですが」

 この国で男性が結婚できるのは十八歳からですが、王族や貴族はそれよりも前に婚約者がいることも珍しくなく、それはオースティン様も例外ではないのです。

「いらないよ、全部捨てて」
「そういうわけには……陛下になんと言い訳すれば……」
「僕はアリサと結婚するからそんなもの必要ないって言えばいい」

 ちょ、なんなんですかその言い訳ーー?!
 私のクビが飛ぶので、冗談でもそんな言い訳は使わないでくださいー!!!!




*王子14歳・冬。寒いとき。*

「アリサ」
「はい」
「寒い」

 冬ですものね。そりゃ当然寒いでしょう。
 暖炉はつけているのですが。

「なにか羽織るものをお持ちしましょう」
「いい、こっちに来て」
「?」
「ここ、座って」
「は?!」

 いえ、膝の上をパシパシ叩かれましてもですね?!

「ほら」
「ひゃあ?!」

 オースティン様の! 膝の上に! ドシンと座ってしまいましたが!!
 今の絶対に重かったやつ……!!

「あー、あったかい」

 私は冷や汗出まくりですけども!

「……安心する」

 ほっと吐かれた王子の言葉に、私も顔が緩みました。

「ふふ、昔と逆ですね」
「もう僕の方が、体も大きいからね」

 ぎゅっと後ろから抱きしめられて、いつだったかこんな風に本を読んであげたこともあったと思い、心が温かくなりました。
 気分はすっかり、おばあちゃんです。




*王子15歳・春。恥ずかしい穴。*

「アリサ、今日はこれを頼みたいんだ」
「これ……ですか」

 それは昔、東方から仕入れた、とある穴からあるものを掻き出すアイテムでは!

「耳かきをしてほしいんだ、昔みたいに!!」
「耳かきをですか!!」

 オースティン様は幼い頃、この耳かきが大好きで、よくしてしてと言われていましたっけ。
 いつの頃からかやらなくなってしまったけれど、耳掃除はごっそり取れた時が楽しいのです。

「やりましょう、王子!」

 ソファーに座って膝枕をするのも懐かしいです!
 何度そのヨダレで服を汚されたことか!
 それすらもいい思い出です!

「あ~、気持ちいい……寝そう……」
「ふふ、眠ってもよろしいですよ」

 けれどもしばらくするとオースティン様は起き上がりました。

「今度は僕にさせてよ」
「私の耳を、ですか?!」
「ほら」

 王子の膝枕とか、私、大それたことをしすぎでは?!
 ってか、人に耳の穴を見られるのってめちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!

「アリサ?」
「恥ずかしくて死にそうなんですが……私、生きてます?」
「生きてる生きてる」

 あー、でもこれ、気持ちいいですね……
 ヨダレが出そうです!!




*王子15歳・夏。筋肉。*

「泳ぎに行こう!」
「はい?」

 その一言で来てしまいましたけれど。
 クレイグさんたち騎士の方もいらっしゃるし、まぁ安全でしょう。
 というか、みなさん上裸なのですけど?!
 泳ぐから当たり前と言えば当たり前ですが、どこを見ていいものか……

「どうだ王子! 俺のこの筋肉!」
「僕だって腹筋くらい割れてるよ!」
「はっはっは、その程度じゃあまだまだですね!」

 オースティン様、いつもクレイグ様に張り合うんですから……。

「アリサ! 僕の筋肉とクレイグの筋肉、どっちがいいと思う?!」
「俺ですよね、アリサ殿!!」
「ひぃー!」

 ぐいぐい来ないでください!! 選べませんからー!!

「まぁ王子にこの筋肉は無理だろうなぁ~」
「は? すぐ追いつくし」

 お二人が気安く話していてとてもいいです。ほっこり。




*王子16歳・春。夜会。*

「今度の夜会に、僕のパートナーとして出席してほしい」

 はい? なにをおっしゃっているんですか、オースティン様……

 と言う間もなく連れてこられてしまいました!
 十六歳の男子が、こんなとうが立った二十六歳女を連れてくるなんて、普通あり得ませんからね?!
 周りの視線が痛いです。早く帰りたいです……!
 そして一曲踊るだけで動悸がすごいんですが。運動不足!!

「あっ、足が!」

 慣れないピンヒールで、足がグキッといきました! いえ逝きました!!

「アリサ!」
「だだ、大丈夫です!」

 涙出るほど痛いですけど!!

「もう、帰るよ」
「えっ」

 主役なのに、それはだめなのでは……?
 とか思っている間に帰ってきちゃいました。
 しかもお姫様抱っこで!!

「も、申し訳ありませんでした、王子……」
「かまわないよ」

 ふっと笑うオースティン様。こんな顔ができるようになっただったなんて。
 オースティン様の手が頭に触れ、私の髪は優しく梳かれた。




*王子16歳・初夏。月見草祭り。*

 めっちゃくちゃ遠い国に連れてこられました!
 ラウリル公国という小国の、さらに小さな村です。
 ここの祭りにお忍びで来たかったとか。

 昼咲月見草が一面に咲いた、月見草祭り。素敵ですけど!

「中心が空いた。行こう、アリサ」

 手を取られて連れて行かれた先で。

 チュッ。

 ……はい?!

「キキキキキ……!?」
「ここでキスしたカップルは、永遠に結ばれるんだって。さぁ帰ろう」

 え、もう帰るんですか? いや、そこじゃない!
 今しれっとキスしましたけど、初めてですよね? 少なくとも私は初めてですが?!
 私なんかと本当に永遠に結ばれちゃったらどうするつもりなんですかーー!!
 あなた、未来の国王様なんですよ!! 自覚、自覚を持って……胃が痛いんですが……!

 けど帰り道、よく見るとオースティン様の耳は真っ赤になっていました。
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