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野菜たちが実を結ぶ〜ヘタレ男の夜這い方法〜
4.彼女の気持ちは
しおりを挟むアルヴィンは後悔した。
今まで何度も繰り返した後悔よりも、遥かに大きい。
セシリアがどんな思いで来たのか本当のところはよく分からないが、少なくとも自分が誘えていたら、部屋に入っていてくれていたはずだ。
セシリアの気持ちが知りたい。自分に対して、どういう感情を抱いてくれているのか、知りたい。
そんな事を考えながら、アルヴィンは悶々とした気持ちで眠りについた。
次の日、セシリアはいつもの丘に現れなかった。こんな事は初めてだ。やはり、昨日の事を気に病んでいるのかもしれない。それとも、ただ単に風邪でも引いたのだろうか。
アルヴィンはいてもたってもいられず、己の畑から野菜をいくつか取ると、そのままセシリアの家へと走った。
まだ夜這いには早い時間。アルヴィンは初めて彼女の家のドアノッカーを叩く。すると中から、セシリアの母親であろう女性が現れた。
「あら、あなたは確か、ノーランさんの所の?」
「はい、アルヴィンと言います。あの、セシリアさんはいらっしゃいますか?」
ノーランというのはアルヴィンの父親の名前だ。どうやらセシリアの母親も、アルヴィンの事を知っていたらしい。
「ええ、いるわよ。待ってね、呼んでくるわ」
「いえ! 風邪を引いているなら、無理には……」
「風邪? 引いてないわ、元気なものよ」
風邪を引いていない。
その言葉を聞いた瞬間、頭の中は真っ白になる。
しかしその直後、アルヴィンは手の中の野菜を彼女の母親に押し付けた。
「え!? 何??」
「元気ならいいんです、失礼します!」
狼狽える母親を残し、アルヴィンはいつもの様に逃げ帰る。
風邪など引いてはいなかったのだ。なのに、丘には現れなかった。
その、意味。
俺は、愛想を尽かされたのか!
アルヴィンは歯を食いしばった。
何度も夜這いを仕掛けるくせに、いつも三分を待たずして逃げてしまう、臆病な男。
口を開けば野菜の事ばかりで、気の利いた言葉ひとつ言えない情けない男。
女性側から誘われても、受け入れることさえ出来ない不甲斐無い男。
誰がこんな男を好きになってくれようか。
今までは丘で会う事が出来た。だけど、もうそれも無くなる。
嫌われたのだ。セシリアに。初恋の女性に。最も愛する人に。
終わってしまった。
来年の夏を待たず、あっけなく終わった。
あの丘は、きっと彼女が買い取ることになるだろう。自分ではない、誰かと結婚をして。
あそこにトマトの実がなる事は、おそらく無い。
アルヴィンの夢は、叶わない。
「くそぉおおおっ」
アルヴィンは家に帰ると、一人そう洩らした。
畑にしか能の無い自分が嫌になる。今まで野菜にしか情熱を注いで来なかった事を、生まれて初めて後悔した。
今更悔やんでも遅いが、それでも悔やんで悔やんで、泣いた。そしてそのまま視界がぼやけて──
いつのまにか眠ってしまっていたアルヴィンは、ある音で目が醒める事となる。
それは、窓から聞こえるコツンという音。アルヴィンはその音を聞くなり飛び起きた。アルヴィンを相手に窓を叩くのは、彼女以外にあり得ない。急いでベッドから降りると、すぐさま窓を開け放った。
「セシリア……!」
「アルヴィン……」
目の前に、想い人が現れた。さっきまで、もう顔を合わす事はないかもしれないと思っていた人物が。
「今日、丘に行かなくてごめんなさい。それと、沢山の野菜をありがとう」
「……いや」
セシリアはその伏し目がちな視線を更に下げ、申し訳なさそうにそこに立っていた。
寝起きのせいで頭が回らない。どうして彼女がここに来たのか分からない。ただ『行けなくて』ではなく、『行かなくて』と言ったという事は、自分の意思でそうしたという事だろう。
「……」
「……」
何かを言わなくては、と、寝起きの頭をフルに働かせる。もう同じ過ちを繰り返してはならないのだ。絶対に。
「じゃあね、アルヴィン。また今度……」
「待ってくれ、セシリア!」
帰ろうとする彼女の手を、アルヴィンは急いで窓から乗り出すように掴んだ。初めて掴むセシリアの手。女性の手は小さくて柔らかいんだなぁという感想が、頭の中に舞う。
「ア、アルヴィン?」
セシリアの驚いた声が闇夜に溶けた。その手をアルヴィンはギュッと強く握る。
考えろ考えろ考えろ!
このまま部屋へ連れ込むか?
違う、そんなじゃない。
第一女性側からの夜這いは、もし妊娠しても男に責任を取らせてはいけないルールだ。
そんなリスクを、セシリアに背負わせちゃいけない。
セシリアの顔は、手を握られたためか紅潮していた。今すぐにでも抱き寄せてしまいたい。
そんな欲求がこみ上げてくるが、アルヴィンはどうにかグッと堪えた。
「セシリア、明日は来ないでくれ!」
「……え?」
「明日は、俺が夜這いに行く!だから、その……っ」
夜這いという言葉を口に出してしまい、アルヴィンは大いに照れた。それでも何とか言葉を繋ぐ。
「だから、明日は……家で、待っていてくれ……」
何とか最後まで言い終えると、アルヴィンはセシリアの手を離した。セシリアはアルヴィンを見つめ、そして控えめな笑顔で頷きを見せてくれる。
「うん……待ってる」
セシリアの言葉に、アルヴィンの心は明るく輝いた。待ってるという肯定の言葉に、歓喜の表情が勝手に生まれる。
そんなアルヴィンの姿を見てどこか恥ずかしそうに笑った後。セシリアは子リスのように素早く夜道を駆けて行った。
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