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ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。

5.エリーゼの正体

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 そんな楽しい時間はあっという間に過ぎる。

 俺は、一緒にいた仲間と別れ、父上に会いに行かなければならない。
 久しぶりの王城に入ると、身を清めさせられた。
 謁見用の服を着て、待たされること二時間。
 俺は国王陛下である父上と再会した。
 顔を見るのは、紛争地への出征を言い渡されて以来だ。

 俺はことの成り行きをすべて隠さず話した。
 国土を明け渡す約束を取り付けた。これで紛争は終わると。
 どうかこれで戦闘は終わらせ、和平条約の締結へと動いてほしいと懇願した。

「確かにこれで紛争は終結するが……あれだけの国土を失うか……痛いな」
「責任を取る覚悟はできています」

 情けないことに、言葉にしながら声が震えている。
 断頭台を思い浮かべて、ぶるっと体に怖気が走った。

 俺の命は、残りわずかだ。

 そう思うと、たくさんのことが脳裏をよぎった。

 グレゴリーたちと笑いながら過ごしたこの数日。
 可能なら、死ぬ前にもう一度会って、美味しい店に連れて行ってやりたい。

 エリーゼ……笑った顔が、嬉しそうな顔が愛おしかった。
 もっと笑わせたかった。ずっと一緒にいたかった。抱きしめられたとき、抱きしめ返せばよかった。
 死ぬ前に、一目でいいから顔を見たいよ。

 そしてエレシア。
 謝りに行かなきゃな。
 手紙をありがとうと伝えたい。
 あの手紙は俺の宝物だったと。
 何度もエレシアの名前を呼んで、あの手紙に勇気をもらっていたんだと。

 会ってくれるだろうか。
 あんな酷いことをして傷つけた、この俺に。

「責任は取ってもらう。それは王族としての使命だ」

 父上の声がして、俺はゴクッと唾をのんだ。
 処刑を言い渡される……そう思った瞬間、父上は誰かを入室させた。

「これ、ここへ」
「はい、陛下」

 透き通るような美しい声に、俺は目を広げる。
 流れるような栗色の髪。しなやかに伸びる手足に、優しい瞳。

「ど、どうしてここに……」

 俺は思わず声を上げた。
 さっき一目見たいと願っていたエリーゼが、目の前にいる。

「聖女なのだから当然だろう」

 父上は、なにを言っているのかと言わんばかりに顔を顰めている。

「そ、そうですが……聖女が二人もいれば、王城に混乱をきたすのでは……!」
「なにを言っている。彼女がエレシア・ニンフリバーではないか」
「……え?」

 俺はもう一度彼女に目を向ける。
 いや、どう見てもエリーゼなんだが……!

「まぁ、お前がいなくなってからエレシアは、急に成長を始めたからな。驚くのも無理はない」
「急に……成長を……?」
「上から抑えつける者がいなくなり、精神的にも解放されたからではないか?」
「……」

 なんてことだ。エレシアが成長しなかったのは、俺のせいだったらしい。
 というか……本当にエリーゼがエレシアなのか……!

「陛下、お言葉ですが私はメディオクラテス様に抑えつけられてなどは……私がメディオクラテス様の前で、勝手に萎縮してしまっていただけなのです」
「そうか、そういうことにしておいてやろう」

 俺のことをクラッティと呼ばず、メディオクラテスと呼ぶエリーゼ……いや、エレシア。
 本当に、同一人物だったのか……。

「全然、気づかなかった……」
「ふふ、そうだと思いました」
「俺がポンコツだからか?」
「メディオクラテス様のそういうところが、魅力だと思っております」

 ポンコツを褒められてもな……釈然としないんだが。

「どうして戦場に来た時、偽名を使った?」
「私の名は聖女として知られてしまっています。もし戦場に聖女がいると噂になれば、私は敵に攫われる危険もありました」
「それで偽名を……いや、そもそも聖女は戦場には来てはいけないだろう! 国の宝である聖女があんな危険なところに行くなんて、どうして……!」
「どうしてもメディオクラテス様のお役に立ちたかったのです……! 迷惑、でしたでしょうか……」
「どうして俺に、そこまで……」

 エレシアは俺を見ると、天使のような微笑みを見せながら言った。

「メディオクラテス様を、お慕いしているからです」

 理解不能な言葉。慕う? 俺を?

「政略結婚でしたが……私は、メディオクラテス様のちょっとうっかりしたところや、それを補おうと努力されている姿が好きでした。本当は卑屈なのに、それを隠すように横柄に振る舞おうとする姿も、なんだかかわいらしくて……」
「……え、俺、卑屈?」
「卑屈だな」
「卑屈でしたわ」

 エレシアと父上、二人に突っ込まれてしまった。
 知らなかった、俺、卑屈だったのか!!

「お前は学問も剣術も上位クラスにできるというのに、トップと比べてできぬできぬとウジウジしておったろう」
「それに被害妄想も少々おありで……誰もメディオクラテス様のこと、無能だなんて思っていませんわよ? ちょっとうっかりさんだなとは思っていますでしょうけれど」

 どうしよう、恥ずかしくて消えてしまいたい。
 すべて俺の被害妄想だったとか……!!
 しかも五歳も下のエレシアにかわいいと思われていたとか……ああ、叫びたい。

「さて、これでわかっただろう」
「なにがですか、父上」
「……そういう察しの悪いところがポンコツなんだがな。まぁ、それもお前の個性だ。かまわん」

 首を捻る俺に向かって、父上は言葉を放った。

「先ほどの責任を取ると言った言葉に嘘はないな」

 ガチンと体が硬直する。
 ああ、とうとうか。とうとう処刑を言い渡されてしまう。
 俺の声は出てこず、仕方なく首肯した。

「メディオクラテス。お前は王太子としてエレシアと結婚するのだ」
「……え?」
「国家の安寧を保つため、二人で協力しあい、全力を傾けよ。それがそなたの取るべき責任である」

 続けられた予想外の言葉に、俺の目は今までになく広げられていたと思う。

「しょ、処刑は……」
「死なせるより生かした方が、お前は使い道がある」

 いや言い方。

「俺を死なせるために紛争地帯に行かせたのでは……」
「お前の剣術を見ていれば、そうそう死なんのはわかる。それに紛争問題もお前ならばなんとかできるかもしれんという目算はあった。わしは立場上、国土を簡単には手放せんからな」

 父上は国土を簡単には手放せないと、思ってはいたが……。
 なんだ。俺は、父上に信頼されていたのか……。

「しかし、王太子とは……俺はもう王位継承権は剥奪されていて」
「継承権を譲渡したいと申し出る者がおった」

 父上が合図をすると、今度は俺の弟……第二王子が入ってくる。

「やっほー、兄貴ぃ!」
「イグナティウスグリム……どうして、お前……」
「俺、継承権とかマジいらねぇし? 兄貴が王様になってくれるもんだと思ってなんにもやってないし? 兄貴が継承権を剥奪されたって聞いて、マジ焦るし。俺の継承権、もらってくれよな!」
「俺よりもイグナティウスグリムの方がよっぽど社交的で、見目も素晴らしいじゃないか! 俺なんかよりもよっぽど王としての威厳が兼ね備えられていて、俺なんか足元にも……っ」
「出たよ兄貴の卑屈」
「出たな」
「出ましたわね」
「え、今の卑屈?!」

 三人にこっくりと頷かれてしまった。
 どうなっている。

「はぁ。あのなー、兄貴も華があるってもんよ? 社交性? 兄貴も十分やれてるっしょ! 威厳は絶対兄貴の方が出るし!」
「そうだな」
「そうですわね」
「ぐさ! ちょっと傷つくぅ!」

 自分で擬音を放ちながら、それでも笑っているイグナティウスグリム。
 俺はこんな明るい弟に憧れて……でもどれだけ頑張ってもなれなくて。そして卑屈になってしまっていただけなのか。

「じゃあ俺は……」
「今言った通りだ。王太子となり、エレシアと結婚してもらう。それが聖女エレシアの望みでもある」
「エレシア……」

 頬を染めるエレシア。俺はゆっくりと彼女の前へと歩みを進めた。
 ああ、ずっと会いたかったエレシア。エリーゼとしてそばにいたとは、思いもしていなかったけれど。
 俺は彼女に伝えなきゃいけないことがある。

「ごめん、エレシア……」
「メディオクラテス様?」
「今までひどいことをして……くだらない嫉妬をして、君を傷つけて……本当に申し訳なかったと思っている……!!」

 俺の謝罪を聞いて、目の前の聖女は女神のように微笑んだ。

「大丈夫です。あの時は悲しかったけれど……そんな風に流されてしまう残念なメディオクラテス様も、私、大好きなんです」
「エレシア……」

 ごめん、ちょっと喜べないけど……。
 でも、そんな俺の短所まで好きと言ってくれるエレシアを……間違いなく、愛おしく感じる。

「ありがとう、エレシア……それはそれとして、君」
「なんでしょう?」
「俺が処刑されないこと、知ってたよな?」
「あら……気づかれました?」

 ふふっと笑うエレシア。
 やっぱり知ってたのか! そうだよな!

「ど、どうして処刑されないって教えてくれなかったんだ……!」
「いえ、言おう言おうと思っていたのですが……それはもう、皆さん大盛り上がりをされていましたので、タイミングが……」
「エレシアも大泣きしていなかったか?!」
「私も思わずもらい泣きを……」
「っく、かわいいから許す……っ」

 処刑を覚悟したこの数日間の苦しみが、全部浄化されるような聖女エレシアの笑顔。
 ああ、これが真実の愛……ってやつなのかもしれない。

「エレシア」
「はい」
「今までつらく当たった分、俺は君を愛するよ。もう俺の胸の中では、君への愛が溢れて止まらないんだ」
「メディオクラテス様……」
「クラッティと呼んでくれないか。親しみを込めてもらえるようで、嬉しいんだ」
「はい……クラッティ様……!」

 クラッティと呼ばれると、さらに胸が熱くなるようで。

「絶対絶対、大事にする……もう一度俺と、婚約者からやり直してほしい……!」

 俺がエレシアに懇願すると、エレシアは「はい!」と聖女の光を放つような笑顔を見せてくれた。
 もう二度とエレシアにあんな悲しい顔はさせないと。
 俺は膝をついて、聖女の手の甲にキスをした。


 あとで聞いた話だが、レイラは婚約した男に「真実の愛を見つけた」と言われこっぴどく振られて、未だ独身らしかった。
 まぁどうでもいい話だったが。




 ***



 バーソル族とノヴェリアの民が見守る中、俺は和平条約にサインをし、バーソル族のリーダーと握手を交わした。
 和平条約の締結式だ。
 そこには聖女エレシアもいる。
 グレゴリーとジェイムズ、ランソンも。

 処刑されないと伝えた時、三人は笑いながら怒っていた。そして泣いていた。
 俺は、幸せな男だ。
 心からそう思う。

「よかったなぁ、クラッティ! 無事に締結式が終わってよ!」

 グレゴリーたちは、俺が王子だとわかった今も、変わりなく話してくれる。それが何より嬉しい。
 隣にはエレシアが寄り添ってくれている。

「みんなのおかげだ。みんなが俺を支えてくれたから……守りたいと思える仲間に出会えたから……」

 俺が声を詰まらせると、グレゴリーが「泣き虫め!」と俺のセットされた髪をぐちゃぐちゃにする。
 ジェイムズとランソンが便乗し、それを見てエレシアが楽しそうに笑った。

 俺はこの平和を維持するために、全力を傾けるだろう。
 大切な友と、愛する人を守るために。
 ポンコツな俺を、みんなが助けてくれるから──
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