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あなたの笑顔が見たいんです! 〜パン屋の看板娘が密かに『モサ男さん』と呼んでいた憧れの人は、実はイケメン魔術師団長でした〜
中編
しおりを挟む……って思ってたのに!!
「いらっしゃいませー」
「ん」
「三百二十ジェイアになります」
「どーも」
「ありがとうございましたぁ……」
なんもなしかーーーい!!
いや、うん、私も昨日のこと何も話せなかったけど。本当に同一人物だよね? モサ男さんとメイナードさん……。
今日は安定のモサ男さんでホッとしたけど、出勤したらメイナードさんになるのかしら。
何か話しかければよかったかな。メイナードさんを……もっと知りたい。
そう思った瞬間、私は店を放り出してメイナードさんを追いかけていた。
「あの、メイナードさん!」
藍色のもさもさ頭。メイナードさんを見つけた私は、ガシッとその手を掴んだ。
「んん?」
「あの……クロワッサン!」
「え?」
「他のお客さんには内緒ですけど、メイナードさんにだけ、特別にお取り置きしておきましょうか……?!」
他のお客さんに聞かれたら、まずい話だ。ついでにいうと、店の人にも怒られちゃう。だけど、なんでだろう……どうしても、メイナードさんの気を引きたくて言っちゃった。
「ん……うーん。そんなことして、ホリーは大丈夫なのかい?」
「……う」
私が言葉に詰まると、メイナードさんは息をふっと吐き出した。
「だめだよ、ホリー。自分の仕事はしっかりしないと」
「……はい」
怒られちゃった……責任感のないやつって思われちゃったかな……。馬鹿なこと言っちゃって、心がしゅんとなる。
「でも、気持ちは嬉しいかな。じゃ、仕事がんばって」
「あ、メイナードさんも……!」
私の言葉に、メイナードさんは手をひらっと動かして魔術師の塔の方へと歩いていく。
姿はモサ男さんなのに、めちゃくちゃかっこよくて胸がギュッとなる。
どうしよう。好き……かもしれない。ううん、多分、メイナードさんが人に優しくしているのを見た時から、好きだったんだ。
それを自覚したのが、今ってだけの話。
私は、今日の移動販売も魔術師の塔に行くことにした。……個人的な理由で。
ラタンバスケットにパンを詰めると、売り子を他の人に任せて店を出る。
今日も外で訓練していたらいいけど……会えるかな?
だけど、魔術師の塔に近づくと、一定のところで魔術師に止められた。
「すみません、現在市街訓練中で、ここから先は立ち入り禁止となっています」
「何時までですか?」
「予定では三時ですね」
今は二時を少し過ぎたところ。あと一時間も油を売っているわけにいかないし、戻りながらパンを売るしかないかな……残念だけど。
視線を立ち入り禁止区域に向けると、メイナードさんがいた。すぐにわかっちゃう。
真面目な顔をして他の魔術師と話し合ってる姿は、目元が見えるからかすごく凛々しく見える。
「師団長を見にきたんですか?」
立ち入り禁止だと言っていた魔術師の人にそう言われた。ちょ、含み笑いしながら言うの、やめてー!
「や、あの、えーっと、パンを売りにきただけでして……」
「昨日はパン屋の君に会えて、みんな大盛り上がりでしたよ」
「え、パン屋の君?」
私が首を傾げると、彼は慌てたように手を左右に振った。
「おっと、なんでもないです! どうです、師団長は。普段のもっさりした姿に比べて、かっこいいでしょう」
「そうですね。まさか、魔術師のお偉いさんだとは、思ってもいませんでした」
そう魔術師さんと話していたら、メイナードさんがこっちに気づいたみたいで、一瞬目が合う。
「そこー、危ないから気をつけてね」
「あ、はい、すみません」
ああ、注意を受けてしまった。今日の私、良いとこなしだなぁ。
がくっと肩を落としていると、魔術師さんが苦笑いをしている。
「師団長はあれで、厳しいですからね。優しいんですけど」
「……なんか、わかります。笑わないから無愛想に見えるけど、人として尊敬してます」
「あれ? パン屋の君にも笑顔を見せてないのか」
「みなさんは見たことあるんですか?」
「俺は一度だけ見たことがありますねー。あの笑顔はやばいですよ」
クックと笑っている魔術師さん。
え、やばいってどういうこと? ひどい笑顔でイケメンが崩れちゃうってこと??
「本人いわく、笑顔は奥さんになる人にしか見せないつもりらしいですよ。その点、男である俺らより、ホリーさんの方が笑顔を見られる可能性はあるでしょうね」
「見られる……かなぁ。見てみたいな、メイナードさんの笑顔……」
どんな顔で笑うんだろう。すっごく気になる。
気になるけど、とりあえず戻りながらパンを売らなくっちゃ。
「じゃあ、ありがとうございました。訓練、頑張ってくださ……きゃっ!?」
来た道を戻ろうと思ったら、どすんと誰かにぶつかってしまった。ラタンバスケットからパンが一つコロコロと転がっていく。
「ちょ、困ります! ここは現在立ち入り禁止で……」
「ああ?! 何を勝手に立ち入り禁止にしてやがんだ!」
街のごろつきが魔術師さんにいちゃもんをつけ始めた。
私は転がっていったパンを急いで追いかける。
「あ、そっちは──」
魔術師さんがそう声を上げた瞬間。
「キャア!!」
バリバリッと雷が落ちたような音がして、脳天から爪先まで駆け抜けるように痛みが走った。
「ホリー!!?」
あ……メイナードさんの声が聞こえる……。
痛……目の前、真っ暗……パン、売らなきゃ……なのに……。
なんにも、見えな……い──
「ホリー、ホリー!!」
メイナードさんの私を呼ぶ声だけが、頭に響いてた。
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