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その娘、記憶破壊の聖女につき
後編
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「新国王陛下、ばんざい!」
「聖女王妃様、おめでとうございます!」
新国王の誕生と聖女との結婚で、国は沸いていた。
そう、私は結婚して王妃となった。もちろん、相手は王となったルカス様と。
私たちは、国を端から端まで二人で回った。
怪我をしている人には治癒の力を施し、水が足らないところにはその場で泉を作って湧かせた。
ルカス様は町の人たちの話を根気よく聞き、物資や人手が足らないところには手配を、経済が落ち込んだ町には救済案を出していった。
私たちは、国民からの支持を高めてここまできた。
そして仕上げに、元国王陛下や宰相様、騎士団長、それにアイメリア様たちにこう言った。
『トリエルには十分すぎるほどの聖女の力がある。彼女を僕の妃にすることの、何が不満だ?』
と。それでも納得しない面々に、さらに続けた。
『トリエルの力は知っているだろう。よほど記憶を失いたいらしいな』
まさかの脅しで、私も驚いた。でも、それだけ本気だったということがわかる。
だけど、本気を冗談と捉えたのか。
アイメリア様がルカス様に胸を押し付けながら、『一夜を共にした仲でしょう?』と言うものだから、私は怒りのあまりつい記憶破壊を使ってしまった。
彼女は五歳くらいにまで記憶が退行して、今では侯爵家に閉じ込められているらしい。
それを見た陛下たちは私を恐れたのか、急に聖女にふさわしいと言い出して結婚の許可をもらえた。
ついでにルカス様は王位継承も実現させて、元陛下を蟄居させ、宰相様や騎士団長を一新。
新体制を作り上げて真の国王となったのだ。
少し落ち着いたある日。
ルカス様は公務を終えて、寝室へと向かう私にこう言った。
「トリエル、これからは記憶操作系の力を使うことは禁止する」
ルカス様の言葉に、私は素直に頷くことはできなかった。
この力は、国に有用だと思っている。悪事を働く者の記憶を退行させることで、真の更生が可能になるはず。
そう、あのアイメリアにしたように。
「その力は強大すぎる。脅迫にも使えるし、全ての権威を手に入れられる」
「……私が、ルカス様に対してこの力を使うことを危惧していらっしゃるのですか?」
「それは違うよ、トリエル。僕は、君が国民に恐れられるのが嫌なんだ。トップが恐れられる国は、発展を阻害される。そう思わないか?」
真っ直ぐな瞳を受けて、少しでもルカス様を疑ってしまった自分を恥じた。
独裁国家による恐怖政治など、いいことは何もない。家臣だって私を恐れて、何も進言できなくなるかもしれない。
「もうこの国に記憶操作系の力は必要ない。僕と王妃である君が尽力すれば、なんだって解決していける……僕は、そう信じてる」
「……はい!」
信じてくれることが心地いい。
私は、あなたの期待に応えたい。
「では、私のこの力を使えないようにしましょうか」
「そんなこと、できるのか?」
「記憶操作関連の力の使い方を、この力を使って忘れることができます」
「改めて、トリエルはすごいコントロール力を持っているな」
「どうします?」
「ああ、やってほしい。これが最後の記憶操作の力の解放だ」
「後悔なさいませんか?」
「しない」
言い切ったルカス様に、私は頷いて力を放った。
白い光が私を包んだあと、ゆっくりと消えていく。記憶操作系の力をどう引き出すのだったか、思い出そうとしても無理だった。
「これで私は、もう記憶操作系の力は使えなくなりました」
「そうか……よかったよ。これで何があっても、君は君の記憶を失わずにすむ」
ほっと息を吐いてルカス様は儚く笑った。
ああ……そうだったんだ。この力を使わせないのは、私のためだったんだ……。
「ごめんなさい、ルカス様……」
「どうして謝るんだ?」
「私、ルカス様を疑ってばかり……」
「僕に甲斐性がないからだ。君に信じてるもらえるよう、善処するよ」
ふるふると私は首を横に振った。
彼は本当に素晴らしくて、私にはもったいない人だから。
「愛してるよ、トリエル」
「私もです、ルカス様……!」
ルカス様は私に触れて、優しくキスしてくれた。
私を見い出してくれてありがとう。私を愛してくれて……本当に私は幸せな女。
私たちは微笑み合いながら、夫婦の寝室へと入っていく。
記憶破壊をしたと信じて疑わない、ルカス様の清らかな藍の瞳がこの上なく愛おしい。
──そう、私が自分に施したのは、破壊ではなく封印。
あなたが誰かと浮気した瞬間、制限解除で封印が解けるようにしてあるから──
「聖女王妃様、おめでとうございます!」
新国王の誕生と聖女との結婚で、国は沸いていた。
そう、私は結婚して王妃となった。もちろん、相手は王となったルカス様と。
私たちは、国を端から端まで二人で回った。
怪我をしている人には治癒の力を施し、水が足らないところにはその場で泉を作って湧かせた。
ルカス様は町の人たちの話を根気よく聞き、物資や人手が足らないところには手配を、経済が落ち込んだ町には救済案を出していった。
私たちは、国民からの支持を高めてここまできた。
そして仕上げに、元国王陛下や宰相様、騎士団長、それにアイメリア様たちにこう言った。
『トリエルには十分すぎるほどの聖女の力がある。彼女を僕の妃にすることの、何が不満だ?』
と。それでも納得しない面々に、さらに続けた。
『トリエルの力は知っているだろう。よほど記憶を失いたいらしいな』
まさかの脅しで、私も驚いた。でも、それだけ本気だったということがわかる。
だけど、本気を冗談と捉えたのか。
アイメリア様がルカス様に胸を押し付けながら、『一夜を共にした仲でしょう?』と言うものだから、私は怒りのあまりつい記憶破壊を使ってしまった。
彼女は五歳くらいにまで記憶が退行して、今では侯爵家に閉じ込められているらしい。
それを見た陛下たちは私を恐れたのか、急に聖女にふさわしいと言い出して結婚の許可をもらえた。
ついでにルカス様は王位継承も実現させて、元陛下を蟄居させ、宰相様や騎士団長を一新。
新体制を作り上げて真の国王となったのだ。
少し落ち着いたある日。
ルカス様は公務を終えて、寝室へと向かう私にこう言った。
「トリエル、これからは記憶操作系の力を使うことは禁止する」
ルカス様の言葉に、私は素直に頷くことはできなかった。
この力は、国に有用だと思っている。悪事を働く者の記憶を退行させることで、真の更生が可能になるはず。
そう、あのアイメリアにしたように。
「その力は強大すぎる。脅迫にも使えるし、全ての権威を手に入れられる」
「……私が、ルカス様に対してこの力を使うことを危惧していらっしゃるのですか?」
「それは違うよ、トリエル。僕は、君が国民に恐れられるのが嫌なんだ。トップが恐れられる国は、発展を阻害される。そう思わないか?」
真っ直ぐな瞳を受けて、少しでもルカス様を疑ってしまった自分を恥じた。
独裁国家による恐怖政治など、いいことは何もない。家臣だって私を恐れて、何も進言できなくなるかもしれない。
「もうこの国に記憶操作系の力は必要ない。僕と王妃である君が尽力すれば、なんだって解決していける……僕は、そう信じてる」
「……はい!」
信じてくれることが心地いい。
私は、あなたの期待に応えたい。
「では、私のこの力を使えないようにしましょうか」
「そんなこと、できるのか?」
「記憶操作関連の力の使い方を、この力を使って忘れることができます」
「改めて、トリエルはすごいコントロール力を持っているな」
「どうします?」
「ああ、やってほしい。これが最後の記憶操作の力の解放だ」
「後悔なさいませんか?」
「しない」
言い切ったルカス様に、私は頷いて力を放った。
白い光が私を包んだあと、ゆっくりと消えていく。記憶操作系の力をどう引き出すのだったか、思い出そうとしても無理だった。
「これで私は、もう記憶操作系の力は使えなくなりました」
「そうか……よかったよ。これで何があっても、君は君の記憶を失わずにすむ」
ほっと息を吐いてルカス様は儚く笑った。
ああ……そうだったんだ。この力を使わせないのは、私のためだったんだ……。
「ごめんなさい、ルカス様……」
「どうして謝るんだ?」
「私、ルカス様を疑ってばかり……」
「僕に甲斐性がないからだ。君に信じてるもらえるよう、善処するよ」
ふるふると私は首を横に振った。
彼は本当に素晴らしくて、私にはもったいない人だから。
「愛してるよ、トリエル」
「私もです、ルカス様……!」
ルカス様は私に触れて、優しくキスしてくれた。
私を見い出してくれてありがとう。私を愛してくれて……本当に私は幸せな女。
私たちは微笑み合いながら、夫婦の寝室へと入っていく。
記憶破壊をしたと信じて疑わない、ルカス様の清らかな藍の瞳がこの上なく愛おしい。
──そう、私が自分に施したのは、破壊ではなく封印。
あなたが誰かと浮気した瞬間、制限解除で封印が解けるようにしてあるから──
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