7 / 125
婚約者は記憶喪失!
前編
しおりを挟む「あなたとの婚約は破棄させてもらう!!」
俺が強く言い放つと、目の前にいる砂糖菓子のようなご令嬢は、ふにゃりと泣きそうな顔をしていた。
***
「ハルトぉ。私、こんやくはき、されちゃった」
太陽がさんさんと降り注ぐ青空の下、ティータがメソメソしながら俺を見上げて訴えてきた。
庭師見習いの俺は、仕事を中断して梯子を降りる。目の前にいる赤髪でそばかすの女の子が、この屋敷のエッソルト伯爵令嬢であるティータだ。
「またですか、お嬢様。今度は何をやらかしたんで?」
「んっとぉ。婚約者さんのお名前を、前の婚約者さんと間違っただけ。三回くらい」
「いや、ダメでしょそれは。他には?」
「パーティーがつまんなくって抜け出したら、野良猫がいてね。かわいくって一緒に遊んでたの」
「それから?」
w「その猫ちゃんをパーティー会場に連れて行ったら、猫ちゃんがみんなの食べ物を取ってたかな?」
俺はそのパーティーの惨状を想像して、息を吐いた。
お嬢様は十八歳という年齢のわりに幼い。本人に悪気がないのもわかっているし、お嬢様は逆にそれが魅力だとも思う。
お嬢様はポヤンとしているが、数字にだけはやたら強い人だ。伯爵家の帳簿はもちろんティータがつけているし、領内の帳簿に不一致がないか確認する作業も一手に担っている。
素晴らしい頭脳の持ち主で、能力を買われることも多いんだが……伯爵令嬢としては残念ながら落第点をつけられてしまうことが多い。
「きっと、今回は縁がなかったんですよ。次はきっと良い縁談が……」
「本当に、そう思ってるの? ハルトぉ……」
心がこもっていないことを見透かされたように、ティータは言った。
こういうところだけはなぜか聡いお嬢様だ。それがまた、婚約者に嫌われる一因にもなってしまっているように思う。
「私、もうどこにもお嫁にいけないよ……」
「んなことないですよ」
「ハルトは、私のこと、好きだよね?」
「え? ま、まぁ……」
「えへへ」
そばかすの愛らしい顔で、嬉しそうに笑うお嬢様。
このお嬢様の良さがわからないとか、本当に節穴な婚約者だらけだな。
「じゃあハルト」
「はい」
「私と結婚してくれる?」
「え、なっ?!」
いきなりなにを言い出すんだ、このお嬢様は! 声が裏返ってへんな声を上げちゃったよ!
顔が熱くなる俺を見て、お嬢様はにへらとかわいらしく笑っていて……まぁ、楽しそうだからいいんだけど。
「お父様がね。もう誰とでもいいから、結婚してくれーって」
「……えっと……」
誰とでもって……いいのか、旦那様。
「ハルトは、私と結婚したくなぁい? やっぱり、私みたいなのは、結婚相手にはならないのかなぁ?」
悲しそうに眉を下げる顔は……かわいい。死ぬほどかわいい。
「いや、でも誰でもいいっていっても、俺みたいな身分の低いやつは……」
「私、ハルトがいいんだ」
なんっだそれ!
そんなこと言われたら、俺の理性がふっとんじゃうだろ! そのキラキラした顔も反則!
「ねぇ、ハルト。子どもの作り方、知ってる?」
ちょっといきなり話ぶっ飛びすぎじゃないですかね?
「いや、まぁ、一応知識としてはありますが」
「よかったぁ! 私、知らないから、いっぱい教えてね? あれぇ? ハルト、鼻血出てるよ?」
や、出るでしょ。お嬢様は精神的には幼いけど、体は……ぶぶっ
「ねぇ、結婚、してくれる?」
え、なにこれ。俺、『はい』って言っちゃっていいのか? 言った瞬間、髭面の旦那様に刺されない?
「だめぇ?」
「いや、オッケーです! お嬢様と結婚します!」
っは! つい言っちゃったよ!!
「やったぁ、いいって! お父さまぁ!」
「うぇ?! 旦那様?!」
どこからか旦那様が出てきて、いきなり手を握られた。
「ありがとう、ありがとうハルトくん! うちの娘をもらってくれて!」
「あ、いや」
目に涙まで滲ませて喜んでいる旦那様。
どうやら刺されることはないようだった。
こうして俺たちは婚約をした。
伯爵家には優秀な長男がいるから、俺は別に婿に入ることもなく気楽なもんだ。
ティータも帳簿係を続けると言っているし、俺もこのまま庭師を続けてもらって構わないと言ってもらっている。
独身の使用人は屋敷の離れに住まわせてもらっているが、それもあと少しだ。
現在、屋敷から少し離れたところに二人の住まいを建設中で、家が出来上がれば結婚ということになる。
もちろんしがない庭師見習いの俺が家を建てられるはずもなく、ティータが今まで稼いだお金を出してくれた。それと、祝いにと旦那様からも。
情けないけど仕方ない。これからも一生懸命働いて恩を返していこう。
「ハルト、私たちの家、もうすぐ完成だね」
キラキラした笑顔を向けてくれるティータ。かわいい。
職人が木材を運び、少しずつ作られていくのを見るのが楽しいみたいだ。
この家に、ティータと二人で住む。そう考えると、口元がにやけるのを抑えられない。
「えへへ、ハルトも嬉しそう~。ね、嬉しい?」
「もちろん、嬉しいですよ」
「私もすっごく嬉しいの!」
「そ、そうっすか……」
だめだ、その笑顔……かわいすぎてまともに見られない!
「ねぇ、どうしてお顔隠すの?」
「えっと、それは」
「私、ハルトの笑った顔、だぁい好きだよ!」
「お嬢様……」
「ティータって呼んでほしいなぁ」
「……ティータ」
俺が名前を呼ぶと、ティータは今まで見た中で一番の素敵な笑顔を見せてくれた。
やばい、幸せだ。きっと、ティータも。
でも今が最高だなんて思わせない。ティータの最高の笑顔を、これからも更新し続けるんだ。
俺が、俺の力で。
「ねぇ、あっちはどうなってるのかなぁ?」
ティータは好奇心旺盛だ。職人の邪魔にならないように移動しながら、隅々まで家を観察している。
彼女らしい行動に目を細めて見ていると、足元がグラッと揺れ始めた。
なんだ、これは………地面が動く……地震?!
「なんか揺れてる……?」
「ティータ!! そこは危ない、こっちに……!!」
俺は急いでティータに駆け寄ろうとした。
地震なんて初めて体験するけど、他の国では大きな被害を出している天災だってことは知っている。
だけど揺れは一瞬で、立ってられないくらいに大きくなった。
「きゃああ!! 怖いよハルトぉ!!」
「ティータ!!」
ティータの近くにあった資材が、落ちてくるのが見える。
俺は揺れる大地の中、無我夢中でティータに向かって走り出した。
404
お気に入りに追加
1,739
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中
今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
hotランキング1位入りしました。ありがとうございます
結婚式後に「爵位を継いだら直ぐに離婚する。お前とは寝室は共にしない!」と宣言されました
山葵
恋愛
結婚式が終わり、披露宴が始まる前に夫になったブランドから「これで父上の命令は守った。だが、これからは俺の好きにさせて貰う。お前とは寝室を共にする事はない。俺には愛する女がいるんだ。父上から早く爵位を譲って貰い、お前とは離婚する。お前もそのつもりでいてくれ」
確かに私達の結婚は政略結婚。
2人の間に恋愛感情は無いけれど、ブランド様に嫁ぐいじょう夫婦として寄り添い共に頑張って行ければと思っていたが…その必要も無い様だ。
ならば私も好きにさせて貰おう!!
【完結】私の婚約者は妹のおさがりです
葉桜鹿乃
恋愛
「もう要らないわ、お姉様にあげる」
サリバン辺境伯領の領主代行として領地に籠もりがちな私リリーに対し、王都の社交界で華々しく活動……悪く言えば男をとっかえひっかえ……していた妹ローズが、そう言って寄越したのは、それまで送ってきていたドレスでも宝飾品でもなく、私の初恋の方でした。
ローズのせいで広まっていたサリバン辺境伯家の悪評を止めるために、彼は敢えてローズに近付き一切身体を許さず私を待っていてくれていた。
そして彼の初恋も私で、私はクールな彼にいつのまにか溺愛されて……?
妹のおさがりばかりを貰っていた私は、初めて本でも家庭教師でも実権でもないものを、両親にねだる。
「お父様、お母様、私この方と婚約したいです」
リリーの大事なものを守る為に奮闘する侯爵家次男レイノルズと、領地を大事に思うリリー。そしてリリーと自分を比べ、態と奔放に振る舞い続けた妹ローズがハッピーエンドを目指す物語。
小説家になろう様でも別名義にて連載しています。
※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる