5 / 20
第5話 縁談
しおりを挟む
外はすでに星が煌めいている。しかしスティーグはそれを見上げる事はしなかった。
「カール達は壮絶な経験をしていたんだな」
「……そうね、戦争には負けたらしいし……どうやって息を吹き返したのか知らないけど、死んでいたなんてショックだわ」
ただの同僚の死でさえ、ショックを受けた。いまは生きているのにも関わらず、だ。これが愛する者だったらどうだろう。もしもスティーグが目の前で殺されでもしたら、ケイティは自分もPTSDを罹ってしまうと断言出来る。
「ロイドの話……どう思った?」
「うん? 生まれる前の記憶の事か?」
「ええ、そう」
うーん、とスティーグは頭を擦り上げる。
「にわかには信じられんが、あれだけ言い当てたんだ。事実と思うより仕方あるまい」
「じゃあ、私にも生まれる前の記憶があるって言ったら、信じてくれる?」
「お前はすぐ便乗するなぁ」
「便乗じゃないわよ。本当に記憶があるんだから!」
「分かった分かった、言ってみろ」
あまり信用してくれてないのが分かって、ケイティはもうっと頬を膨らますも、話し始める。
「お母様のお腹に宿る前の話よ。空の上で、私とスティーグはずっと二人で遊んでたの。すごく仲良くて、でも先にスティーグが行かなきゃならなくなって。その時に約束したのよ。向こうで会ったら……つまり、この現世の事だけど、会ったら結婚しようねって。スティーグは勿論だって答えてくれたわ」
「…………」
スティーグは何も言わず、白い目を向けてきた。全く信じてくれていないというのが、ありありと分かる。
「……本当よ」
「はぁ。一瞬でよくそんな話が考え付くもんだ」
「本当だったら! 私、いつも言ってたでしょう?! スティーグとは生まれる前からの婚約者だって!」
「ケイティ、それは都合の良い夢だ。もう忘れろ」
「……っ、何でスティーグは忘れちゃってるのよっバカっ」
「もしその話が事実で、俺が覚えていたとしても、生まれる前の契約なんぞ無効だ。さっさと誰かと結婚しろ」
そう言われた苛立ちと切なさで、ケイティはスティーグの手を恋人がするように握ってやった。手を繋がれたスティーグは、眉を寄せながら見下ろしてくる。
「……おい」
「いいじゃない、手を繋ぐくらい。今は彼女もいないんだし」
「そういう問題じゃない」
「私スティーグの事、好きなのよ」
「知っている。何万回と聞いたからな」
「だったらいいじゃない」
「だから駄目なんだ」
そう言いつつも、スティーグはその手を無理矢理解く事はしなかった。全く、と呟きながらも許してくれている。こういう所がスティーグらしくて好きだ。
二人は手を繋いだまま帰路を歩いて行く。
「スティーグ……」
「何だ? 結婚ならせんぞ」
「もうっ、違うわよ!」
スティーグの体が……主に精神が心配だ。将来嫁になる立場として、気晴らしでもさせて上げたい。おそらく、今日カールが誘ってくれたのは気晴らしの意味もあったはずだ。
残念ながらきが晴れるどころか曇ってしまったようなので、それに代わる事をしたかった。
「今度の日曜、私とデートしなさいよ」
「大して変わらんじゃないか」
「じゃあ結婚する?」
「どうしてそうなる……」
「いいでしょ。今度の日曜はスティーグの誕生日じゃない。祝ってあげるわ!」
「もう人に祝われる年じゃないぞ」
「私は祝って欲しいわ!」
「分かった分かった。ただ月曜は仕事だから、日曜にお前の誕生日の前祝いも兼ねてってことでいいか?」
ケイティは大きく頷いた。してやったりだ。一日違いの誕生日の強みである。
「約束よ! 誕生日に何か欲しいものはある?」
「うーん、特に思い浮かばんなぁ。ああ、杏仁豆腐かチョコレートパフェを食いに行きたいから、付き合ってくれるか?」
「勿論よ! 良い店をリサーチしておくわ!」
「一応聞くが、ケイティは欲しい物あるか?」
ケイティは待ってましたとばかりに答える。
「スティーグのキスがいいわ!」
「言うと思った……」
半ば呆れ気味に答えられケイティは口を尖らせる。
「いいじゃない、そろそろ。付き合いも長いんだし」
「そういう付き合いはしてないだろうが」
「考えるだけでいいの! 考えといてね!」
「分かった、考えるだけな。ほら、家に着いたぞ」
目の前には見慣れた扉がある。いつの間にかケイティの家の前に到着していた。
「上がってく?」
「いらん」
スティーグは無下に断り、斜め向いの自分の家へと帰って行った。
日曜にデートの約束を取り付けたケイティは、上機嫌で家の中に入って行く。すると広間に人が集まっていた。
父と母、兄二人に、嫁に行った姉まで何故か集まっている。どうしたのだろうと足を踏み込もうとすると、皆の声が聞こえてきた。
「結婚式は早い方がいいな」
「でもギル兄様、少しはケイティの言い分も聞いてあげたら……」
「甘いよ、グレイス。折角キンダーク家の坊ちゃんがケイティを気に入って下さってるんだ。来週には三十八になるケイティをだよ?このチャンスを逃せば、嫁にも行けず、一生クーオール家に残ることになる。無理矢理にでも結婚させてやった方が、ケイティのためさ」
「アル兄様まで……」
これは、陰謀だ。ケイティを無理矢理結婚させるための。キンダークと言うと、クーオールよりかは劣るが、由緒ある貴族だ。そこの坊ちゃんというと、アクセルと同級生だったカミル・キンダークの事だろう。ケイティより十二も年下で、しかも教え子だ。
ケイティの事を『先生』と呼んでくれた数少ない教え子で、真面目に授業を受けてくれていた一人である。
「ちょっと、皆揃って何の相談かしら!!」
ケイティが踏み込むと、皆は明らかにビクついていた。長兄のギルバートを除いて。
「ケイティ、結婚してもらうぞ。相手はカミル・キンダークだ。知っているだろう? 三ヶ月後には式を挙げるからな」
「なによそれ! 私、スティーグ以外の男とは結婚しないって言ってるじゃない!」
「いつまでもそんな言い訳が通ると思うなよ。貴族の女の仕事は結婚だ。教職なんぞに就いて、いっぱしに仕事を持つから変なプライドばかり高くなるんだ」
「はああ? 結婚が貴族の女の仕事ぉおお? バッカじゃないの! 何百年前のじじいよ、ギル兄様は! 五百年前にでも遡って暮らした方がお似合いよっ!」
「こんのバカ妹ッ!! その口の悪さは何とかならんのかッ!!」
「うわぁああ、ギル兄、ストップストップっ」
「止めてくれるな、アルバート!!この妹は痛い目見にゃ分からんのだっ」
「手を上げるのはマズイって!」
興奮するギルバートを次兄のアルバートが止めている間に、姉のグレイスが近寄ってきた。
「グレイス姉様……」
「ケイティ……」
グレイスはケイティの手を取り、見つめてくる。
「あなたがスティーグちゃんの事を好きなのは皆知ってるわ。そりゃ、スティーグちゃんと結婚出来れば一番良いと思うわよ? でも、現実を見て欲しいの。あなた、もう三十八になるのよ。これ以上年齢を重ねれば、子供を望むのも大変な年になってくる。そうなるとスティーグちゃんは元より、他の貴族との縁談もなくなるのよ?」
「……別に、貴族と結婚したいわけじゃないわ。スティーグだから、スティーグと結婚したいのよ」
ケイティの言葉に、姉はコクリと首肯してくれる。
「分かってる。でもね、実際にあなたは貴族で、クーオール家としては貴族の家に嫁いで貰いたいのよ。キンダーク家にしても御子息は一人だけだから、きっと世継ぎを望んでると思うの。それでもあなたを貰いたいって言ってきたんだから、カミルはケイティに惚れてるんだと思うわ。ちゃんと考えてあげて。大事な教え子でしょう?」
確かに、二十六の貴族が三十八にもなろうかという女を嫁に貰うと言えば、キンダーク家では一悶着あったはずだ。それでもこの話がクーオール家まで届いたということは、親の説得に成功したという事だろう。
なのに無下に断ってしまえば、カミルも立つ瀬ないはずだ。
いつもなら『スティーグ以外の男はクソだ』と言い切ってしまうケイティだったが、この時ばかりは言えなかった。自分を慕ってくれる、数少ない教え子だったのだから。
「……でも、姉様……やっぱり結婚となると、私……」
「そうよね。スティーグちゃんをすぐには諦められないわよね……分かるわ」
グレイスはケイティをギュッと抱き締める。包み込む様な、慈愛に満ちた抱擁………
「でも、この縁談は先には延ばせないわよ。分かるでしょ? あなたが四十歳になったら、あちらから逃げていくわよ。だから、三ヶ月後に結婚しなさい」
やはりこの姉も食えない。慈愛の抱擁どころか、悪魔の拘束だ。
「イヤーーーッ!! 私はスティーグと結婚するのッ!! お父様、お母様、何とか言ってよぉぉおお」
先ほどから傍観者になっている父と母に助けを求める。ジタバタと姉の拘束を抜け出し、両親の前に駆け寄った。
「スティーグスティーグとは言うが、実際どうなんだ? 脈はないんだろう。クーオールとしては、今後もクラインベックと良好な関係を続けて行きたいからなぁ。無理矢理結婚させる訳にもいかん」
「お父様、私をキンダークの家に無理矢理嫁がせるのはいいの!?」
「マイナスにはならんな。プラスしかないからいいんじゃないか?」
「もう、お父様ってば家の事ばっかり! お母様はどうなの!?」
「そうねぇ……ケイティが少し可哀想かしら」
母親はそうは言いつつ、あまり興味なさそうだ。皆、薄情者である。
「酷い……良いわよね、皆は好きな人と結婚出来たんだから……誰も私の気持ちなんて、分かってくれないのよ……」
ホロホロと涙を流して見せる。この親兄弟は、涙に弱い。ついでにスティーグも。
「……分かった。じゃあ、結婚式までにスティーグを落としてみろ。そしたらこの縁談は無かったことにしてやる」
「ギル兄、良いのか?そんな約束して……」
「出来っこないさ。まぁ先方にもその旨は伝えておく。カミルも、ケイティがスティーグの事を好きなのは分かっているしな。納得してくれるだろう」
「落とすって……具体的にはどういう状態になればいいわけ?」
「うーん、そうだな」
ギルバートは顎に手をやり、しばらく考えた後で口を開いた。
「スティーグの口から、ケイティと結婚する、もしくは付き合う、責任を取る等の、結婚を示唆する言葉を聞ければ落とした事にしよう。それ以外は認めん」
「分かったわ。付き合う、でもいいのね?」
「ああ、スティーグの事だから、お前と付き合うという事がどういう事なのかを、理解しているだろうからな。ただし期限内にスティーグを落とせなかった場合、カミルと結婚してもらう。それと、カミルにも結婚までに何度か会ってもらうぞ。いいな」
「……分かったわ」
互いにその条件で了承し合う。しかし、ケイティの分が悪すぎる。何か策を立てなければならないだろう。
策と言うと、あの人よね。
次の日、ケイティは騎士団本署へ向かった。
「カール達は壮絶な経験をしていたんだな」
「……そうね、戦争には負けたらしいし……どうやって息を吹き返したのか知らないけど、死んでいたなんてショックだわ」
ただの同僚の死でさえ、ショックを受けた。いまは生きているのにも関わらず、だ。これが愛する者だったらどうだろう。もしもスティーグが目の前で殺されでもしたら、ケイティは自分もPTSDを罹ってしまうと断言出来る。
「ロイドの話……どう思った?」
「うん? 生まれる前の記憶の事か?」
「ええ、そう」
うーん、とスティーグは頭を擦り上げる。
「にわかには信じられんが、あれだけ言い当てたんだ。事実と思うより仕方あるまい」
「じゃあ、私にも生まれる前の記憶があるって言ったら、信じてくれる?」
「お前はすぐ便乗するなぁ」
「便乗じゃないわよ。本当に記憶があるんだから!」
「分かった分かった、言ってみろ」
あまり信用してくれてないのが分かって、ケイティはもうっと頬を膨らますも、話し始める。
「お母様のお腹に宿る前の話よ。空の上で、私とスティーグはずっと二人で遊んでたの。すごく仲良くて、でも先にスティーグが行かなきゃならなくなって。その時に約束したのよ。向こうで会ったら……つまり、この現世の事だけど、会ったら結婚しようねって。スティーグは勿論だって答えてくれたわ」
「…………」
スティーグは何も言わず、白い目を向けてきた。全く信じてくれていないというのが、ありありと分かる。
「……本当よ」
「はぁ。一瞬でよくそんな話が考え付くもんだ」
「本当だったら! 私、いつも言ってたでしょう?! スティーグとは生まれる前からの婚約者だって!」
「ケイティ、それは都合の良い夢だ。もう忘れろ」
「……っ、何でスティーグは忘れちゃってるのよっバカっ」
「もしその話が事実で、俺が覚えていたとしても、生まれる前の契約なんぞ無効だ。さっさと誰かと結婚しろ」
そう言われた苛立ちと切なさで、ケイティはスティーグの手を恋人がするように握ってやった。手を繋がれたスティーグは、眉を寄せながら見下ろしてくる。
「……おい」
「いいじゃない、手を繋ぐくらい。今は彼女もいないんだし」
「そういう問題じゃない」
「私スティーグの事、好きなのよ」
「知っている。何万回と聞いたからな」
「だったらいいじゃない」
「だから駄目なんだ」
そう言いつつも、スティーグはその手を無理矢理解く事はしなかった。全く、と呟きながらも許してくれている。こういう所がスティーグらしくて好きだ。
二人は手を繋いだまま帰路を歩いて行く。
「スティーグ……」
「何だ? 結婚ならせんぞ」
「もうっ、違うわよ!」
スティーグの体が……主に精神が心配だ。将来嫁になる立場として、気晴らしでもさせて上げたい。おそらく、今日カールが誘ってくれたのは気晴らしの意味もあったはずだ。
残念ながらきが晴れるどころか曇ってしまったようなので、それに代わる事をしたかった。
「今度の日曜、私とデートしなさいよ」
「大して変わらんじゃないか」
「じゃあ結婚する?」
「どうしてそうなる……」
「いいでしょ。今度の日曜はスティーグの誕生日じゃない。祝ってあげるわ!」
「もう人に祝われる年じゃないぞ」
「私は祝って欲しいわ!」
「分かった分かった。ただ月曜は仕事だから、日曜にお前の誕生日の前祝いも兼ねてってことでいいか?」
ケイティは大きく頷いた。してやったりだ。一日違いの誕生日の強みである。
「約束よ! 誕生日に何か欲しいものはある?」
「うーん、特に思い浮かばんなぁ。ああ、杏仁豆腐かチョコレートパフェを食いに行きたいから、付き合ってくれるか?」
「勿論よ! 良い店をリサーチしておくわ!」
「一応聞くが、ケイティは欲しい物あるか?」
ケイティは待ってましたとばかりに答える。
「スティーグのキスがいいわ!」
「言うと思った……」
半ば呆れ気味に答えられケイティは口を尖らせる。
「いいじゃない、そろそろ。付き合いも長いんだし」
「そういう付き合いはしてないだろうが」
「考えるだけでいいの! 考えといてね!」
「分かった、考えるだけな。ほら、家に着いたぞ」
目の前には見慣れた扉がある。いつの間にかケイティの家の前に到着していた。
「上がってく?」
「いらん」
スティーグは無下に断り、斜め向いの自分の家へと帰って行った。
日曜にデートの約束を取り付けたケイティは、上機嫌で家の中に入って行く。すると広間に人が集まっていた。
父と母、兄二人に、嫁に行った姉まで何故か集まっている。どうしたのだろうと足を踏み込もうとすると、皆の声が聞こえてきた。
「結婚式は早い方がいいな」
「でもギル兄様、少しはケイティの言い分も聞いてあげたら……」
「甘いよ、グレイス。折角キンダーク家の坊ちゃんがケイティを気に入って下さってるんだ。来週には三十八になるケイティをだよ?このチャンスを逃せば、嫁にも行けず、一生クーオール家に残ることになる。無理矢理にでも結婚させてやった方が、ケイティのためさ」
「アル兄様まで……」
これは、陰謀だ。ケイティを無理矢理結婚させるための。キンダークと言うと、クーオールよりかは劣るが、由緒ある貴族だ。そこの坊ちゃんというと、アクセルと同級生だったカミル・キンダークの事だろう。ケイティより十二も年下で、しかも教え子だ。
ケイティの事を『先生』と呼んでくれた数少ない教え子で、真面目に授業を受けてくれていた一人である。
「ちょっと、皆揃って何の相談かしら!!」
ケイティが踏み込むと、皆は明らかにビクついていた。長兄のギルバートを除いて。
「ケイティ、結婚してもらうぞ。相手はカミル・キンダークだ。知っているだろう? 三ヶ月後には式を挙げるからな」
「なによそれ! 私、スティーグ以外の男とは結婚しないって言ってるじゃない!」
「いつまでもそんな言い訳が通ると思うなよ。貴族の女の仕事は結婚だ。教職なんぞに就いて、いっぱしに仕事を持つから変なプライドばかり高くなるんだ」
「はああ? 結婚が貴族の女の仕事ぉおお? バッカじゃないの! 何百年前のじじいよ、ギル兄様は! 五百年前にでも遡って暮らした方がお似合いよっ!」
「こんのバカ妹ッ!! その口の悪さは何とかならんのかッ!!」
「うわぁああ、ギル兄、ストップストップっ」
「止めてくれるな、アルバート!!この妹は痛い目見にゃ分からんのだっ」
「手を上げるのはマズイって!」
興奮するギルバートを次兄のアルバートが止めている間に、姉のグレイスが近寄ってきた。
「グレイス姉様……」
「ケイティ……」
グレイスはケイティの手を取り、見つめてくる。
「あなたがスティーグちゃんの事を好きなのは皆知ってるわ。そりゃ、スティーグちゃんと結婚出来れば一番良いと思うわよ? でも、現実を見て欲しいの。あなた、もう三十八になるのよ。これ以上年齢を重ねれば、子供を望むのも大変な年になってくる。そうなるとスティーグちゃんは元より、他の貴族との縁談もなくなるのよ?」
「……別に、貴族と結婚したいわけじゃないわ。スティーグだから、スティーグと結婚したいのよ」
ケイティの言葉に、姉はコクリと首肯してくれる。
「分かってる。でもね、実際にあなたは貴族で、クーオール家としては貴族の家に嫁いで貰いたいのよ。キンダーク家にしても御子息は一人だけだから、きっと世継ぎを望んでると思うの。それでもあなたを貰いたいって言ってきたんだから、カミルはケイティに惚れてるんだと思うわ。ちゃんと考えてあげて。大事な教え子でしょう?」
確かに、二十六の貴族が三十八にもなろうかという女を嫁に貰うと言えば、キンダーク家では一悶着あったはずだ。それでもこの話がクーオール家まで届いたということは、親の説得に成功したという事だろう。
なのに無下に断ってしまえば、カミルも立つ瀬ないはずだ。
いつもなら『スティーグ以外の男はクソだ』と言い切ってしまうケイティだったが、この時ばかりは言えなかった。自分を慕ってくれる、数少ない教え子だったのだから。
「……でも、姉様……やっぱり結婚となると、私……」
「そうよね。スティーグちゃんをすぐには諦められないわよね……分かるわ」
グレイスはケイティをギュッと抱き締める。包み込む様な、慈愛に満ちた抱擁………
「でも、この縁談は先には延ばせないわよ。分かるでしょ? あなたが四十歳になったら、あちらから逃げていくわよ。だから、三ヶ月後に結婚しなさい」
やはりこの姉も食えない。慈愛の抱擁どころか、悪魔の拘束だ。
「イヤーーーッ!! 私はスティーグと結婚するのッ!! お父様、お母様、何とか言ってよぉぉおお」
先ほどから傍観者になっている父と母に助けを求める。ジタバタと姉の拘束を抜け出し、両親の前に駆け寄った。
「スティーグスティーグとは言うが、実際どうなんだ? 脈はないんだろう。クーオールとしては、今後もクラインベックと良好な関係を続けて行きたいからなぁ。無理矢理結婚させる訳にもいかん」
「お父様、私をキンダークの家に無理矢理嫁がせるのはいいの!?」
「マイナスにはならんな。プラスしかないからいいんじゃないか?」
「もう、お父様ってば家の事ばっかり! お母様はどうなの!?」
「そうねぇ……ケイティが少し可哀想かしら」
母親はそうは言いつつ、あまり興味なさそうだ。皆、薄情者である。
「酷い……良いわよね、皆は好きな人と結婚出来たんだから……誰も私の気持ちなんて、分かってくれないのよ……」
ホロホロと涙を流して見せる。この親兄弟は、涙に弱い。ついでにスティーグも。
「……分かった。じゃあ、結婚式までにスティーグを落としてみろ。そしたらこの縁談は無かったことにしてやる」
「ギル兄、良いのか?そんな約束して……」
「出来っこないさ。まぁ先方にもその旨は伝えておく。カミルも、ケイティがスティーグの事を好きなのは分かっているしな。納得してくれるだろう」
「落とすって……具体的にはどういう状態になればいいわけ?」
「うーん、そうだな」
ギルバートは顎に手をやり、しばらく考えた後で口を開いた。
「スティーグの口から、ケイティと結婚する、もしくは付き合う、責任を取る等の、結婚を示唆する言葉を聞ければ落とした事にしよう。それ以外は認めん」
「分かったわ。付き合う、でもいいのね?」
「ああ、スティーグの事だから、お前と付き合うという事がどういう事なのかを、理解しているだろうからな。ただし期限内にスティーグを落とせなかった場合、カミルと結婚してもらう。それと、カミルにも結婚までに何度か会ってもらうぞ。いいな」
「……分かったわ」
互いにその条件で了承し合う。しかし、ケイティの分が悪すぎる。何か策を立てなければならないだろう。
策と言うと、あの人よね。
次の日、ケイティは騎士団本署へ向かった。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
イケメン幼馴染に処女喪失お願いしたら実は私にベタ惚れでした
sae
恋愛
彼氏もいたことがない奥手で自信のない未だ処女の環奈(かんな)と、隣に住むヤリチンモテ男子の南朋(なお)の大学生幼馴染が長い間すれ違ってようやくイチャイチャ仲良しこよしになれた話。
※会話文、脳内会話多め
※R-18描写、直接的表現有りなので苦手な方はスルーしてください
【完結】Mにされた女はドS上司セックスに翻弄される
Lynx🐈⬛
恋愛
OLの小山内羽美は26歳の平凡な女だった。恋愛も多くはないが人並に経験を重ね、そろそろ落ち着きたいと思い始めた頃、支社から異動して来た森本律也と出会った。
律也は、支社での営業成績が良く、本社勤務に抜擢され係長として赴任して来た期待された逸材だった。そんな将来性のある律也を狙うOLは後を絶たない。羽美もその律也へ思いを寄せていたのだが………。
✱♡はHシーンです。
✱続編とは違いますが(主人公変わるので)、次回作にこの話のキャラ達を出す予定です。
✱これはシリーズ化してますが、他を読んでなくても分かる様には書いてあると思います。
【R18】王子様白雪姫を回収してください!白雪姫の"小人"の私は執着王子から逃げたい 姫と王子の恋を応援します
ペーパーナイフ
恋愛
主人公キイロは森に住む小人である。ある日ここが絵本の白雪姫の世界だと気づいた。
原作とは違い、7色の小人の家に突如やってきた白雪姫はとても傲慢でワガママだった。
はやく王子様この姫を回収しにきてくれ!そう思っていたところ王子が森に迷い込んできて…
あれ?この王子どっかで見覚えが…。
【注意】
睡姦、無理やり表現あり
王子はあまり性格良くない
ガッツリ本番ありR18
王子以外との本番あり
気をつけてください
【完結】R18 狂惑者の殉愛
ユリーカ
恋愛
7/21追記:
ご覧いただいてありがとうございます!HOTランクイン嬉しいです!
二部完結しました。全話公開予約済み。完結に伴いタグを修正しています。よろしければ二部もお付き合いください。二部は視点が変わります。
殉愛とは、ひたむきな愛を守るために命を賭すことです。
============
エルーシア(エルシャ)は幼い頃に両親を亡くした侯爵令嬢だった。唯一の肉親である侯爵家当主でエルーシアを溺愛する異母兄ラルドに軟禁されるように屋敷の中で暮らしていた。
そんな中で優しく接してくれる馬丁のエデルと恋仲になる。妹を盲愛する義兄の目を盗み密会を重ねる二人だったが‥‥
第一部は義兄と家人、二人の男性から愛され求められ翻弄されるヒロインのお話です。なぜ翻弄され流されるのかはのちにわかります。
兄妹×三角関係×取り合い系を書いてみたくて今までとちょっと違うものを目指してみました。妹をドロドロにガチ愛する兄(シスコンではないやつ)がダメでしたら撤退でお願いします。
さて、狂っていたのは一体誰だったんでしょうかね。
本作品はR18です。第一部で無理やり表現があります。ご注意ください。ムーンライトノベルズでも掲載予定ですがアルファポリス先行です。
第13話より7時20時で毎日更新していきます。完結予定です。
タイトルの※ はR18を想定しています。※以外でもR18未満のベタベタ(キスハグ)はあります。
※ 世界観は19世紀初頭ヨーロッパもどき、科学等の文明なし。魔法スキルなし物理のみ。バトル要素はありません。
※ 二部構成です。二部にて全力で伏線回収します。一部は色々とっ散らかっております。黒幕を予想しつつ二部まで堪えてください。
【R18】貧しいメイドは、身も心も天才教授に支配される
さんかく ひかる
恋愛
王立大学のメイド、レナは、毎晩、天才教授、アーキス・トレボーの教授室に、コーヒーを届ける。
そして毎晩、教授からレッスンを受けるのであった……誰にも知られてはいけないレッスンを。
神の教えに背く、禁断のレッスンを。
R18です。長編『僕は彼女としたいだけ』のヒロインが書いた異世界恋愛小説を抜き出しました。
独立しているので、この話だけでも楽しめます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる