どうも、邪神です

満月丸

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冒険者編

魔法士って変人が多いのよ

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そして、翌日。
帝国紋の入った馬車に乗ったメル達一行は、カルヴァンへと旅立った。錬金術の髄を凝らして作られた特注の馬車は、普通の馬車と違って大きな振動もなく乗り心地は最高、更に名産馬の足は普通の馬とは比ぶべくもない。
なので、あっという間に行程を踏破し、快適な馬車の旅を終えて、メルサディールはカルヴァンの門前へと佇んでいた。

「カルヴァン…久しぶりですわね、本当に」

感慨深げに溜息をつく。
今回は皇帝の代理人としてやって来たので、変装も認識阻害の魔法も掛けていない。
チャームポイントな黒髪ドリルを惜しげも無く晒しながら、メルはバサリと髪を掻き上げ、気勢を吐くようにケルトへ言った。

「さあ、行きますわよ、ケルティオ!」
「…あの、メルさん」

一方、なんだか疲れ気味なケルトが、メルをちょいちょいっと突く。
が、メルはあえて無視し、天を仰いで拳を握った。

「これから虚無との熾烈な戦いが始まるやもしれませんわ。覚悟を決めて、全力を尽くして調査に当たりましょう。それが最善ですからね」
「そうなんですけど、その、メルさん?」
「ああ、ケルティオ。もしも何か嫌がらせをされたら、すぐにアタクシに言いなさい。アタクシが徹底的に、骨の髄までみっちりしっかりとお話しておきますわ。ええ、救世姫の同行者に手を出すなんて不埒なことをなさるお方が居るのならば、遠慮会釈は必要ありませんわ!」
「その申し出はとてもありがたいんですけど…メルさん?」

再三のケルトの声掛けに、ぐっと詰まったメルは、遂に折れたように大きなため息を一つ。
それからザッと振り返り、胡乱げな瞳を最後尾に向けながら微笑む。

「…で、なんで、貴方がここにいらっしゃるのかしら?」

メルは極上の笑みを浮かべながら口元を抑えつつ、逆の手で親指を下に向けている。とっとと帰れ、という心の声が聞こえてきそうだった。
一方、言外に帰れと言われても眉一つ動かさず、男…白騎士ラーツェルは、いつものように鉄面皮のまま口を開いた。

「姫、陛下のご命令です。貴方に何かがあれば、皇家にとっても痛手となりますので」
「あら、心外ですわね。勇者に何かがあると、あの方々は本気で考えてらっしゃるのかしら?むしろアタクシには、家出させない為の監視にしか見えませんけども」
「無論、それもありますが」

バカ正直だな、とケルトは胸中で思う。ラーツェルは嘘がつけない男のようだ。
一方、ラーツェルの登場で額に怒筋をこさえながら微笑んでいるメル、機嫌は急降下中だ。

「陛下も何をお考えなのでしょうか?よりにもよってこの男を傍に着けるだなんて、お巫山戯になっていらっしゃるのかしらぁ?」
「仮にも私は姫に同伴していた騎士ですので」
「それで監視役に、と?あぁらチャンチャラおかしくってヘソで茶が沸かせてしまいそうですわぁ!この万年朴念仁騎士にレディのエスコートができる玉だと本気で思ってらっしゃるのかしら?」
「姫、失礼ながら、姫にはエスコートの必要はありますまい」
「…それは、どういう意味ですの?」
「下手な男どもよりも怪力を誇る姫では、エスコートできる存在がいません」

ぶんっ!とメルが杖をぶん投げ、ラーツェルは首を動かしてそれを避けている。
そんな二人を見やってから、ケルトは一言。

「…大丈夫なんですかねぇ」

なんだか別の意味で不安感のある一行であった。


※※※


カルヴァンの中央に存在する議事堂。

独立都市であるカルヴァンを統治する為政者にして魔法学園の講師でもある魔法士達が、現在ここに集っている。いつもは格調高い円形会議場なのだが、現在、円卓に座した人々は喧々囂々と言い合いを行っている状況である。

「ですから、次期議長には帝国との協力を万全にするためにも帝国貴族と縁深いコルショー教授を推薦すべきです!」
「いやいや、帝国はヴェシレアとの戦争を全面に押し出しているという話じゃないか。もしもここでより一層帝国と協力体制を敷けば、帝国はここぞとばかりに戦争を開始し始めるだろう」
「未だに戦地へ赴かせられる魔法士も潤沢とは言えますまい…定員数を満たせと、帝国は強引にせっついて来るでしょうな。そのためにまだ履修課程を終了していない子供らも戦場へ向かわせることになります。犬死は必至かと」
「だからこそ、帝国と交渉する必要があるのだ。そのためにも議長を早々に選出し、方針を固めねば…」

言い合う講師たちを冷めた目で眺めているのは、円卓に座る一人の青年だ。
金の髪、青い瞳の彼の名は、ゲーティオ・アレギシセル。
帝国から最高法士の栄誉を授けられ、カルヴァンでも名誉講師として在籍している彼が、議長不在のカルヴァンを纏めるべく向かわされたのだが。
どうにも、議題は先へと進まない。

(同盟推進派のヒューゲル・コルショーと、独立派のマイトツェル・シオル。この二大派閥のどちらかを議長に据えるべきという話だが…)

評議会に向けての総意を固めるべく開かれた会議も、この有様。まさしく現状、意見は真っ二つに分かれていた。
まず、小太りの中年男性であるコルショーは、帝国の貴族でもある。多くのコネを持ち、帝都への影響力も持っている古株だ。故に彼が議長となれば、帝国は魔法士という潤沢な戦力を手に入れられるだろう…後先を考えなければ。
もう一人は、細身で神経質そうな眼鏡男性、シオル。彼は爵位を持たないが、多くの魔法の才と潤沢な知識を持ち、生徒たちに絶大な人気を…かつての勇者姫がいなくなってから、だが…持っている。あまり生徒に好まれていないコルショーとは対象的な人物だ。シオルは帝国の戦争には反対しており、なんとか交渉の場を設けようとしている。そこがコルショー派閥と相容れない点だ。

「ゲーティオ議長代理!帝国最高法士である貴方もそう思いませんか!?シオル教授派は日和見だと!」
「何を言う!媚びへつらって生徒を殺そうとしているあなた方が言えたことか!コルショー一派は未来を担う人材を消費しようとしているのだ!」
「なんという暴言を…!」
「不敬な!爵位を持たない一講師が誰に物を言って…」

「そこまで」

カンカンカン、と木槌を叩いて静まらせてから、ゲーティオは精悍な顔で議事堂内を見回した。

「これ以上の会議は不毛なようだ。各々の意見をぶつけることで折衷案を、という議題のはずだったが…」

見回せば、胸ぐらつかみ合って一触即発。
その現場にため息をつきながら、ゲーティオは続ける。

「やはり次期議長は決議にて決めることとなろう」
「しかし、票を得ようとコルショー派閥がくだらぬ諍いを始めております!このままでは我々があまりにも不利…」
「投票権は魔法都市に在籍されている全ての魔法士に与えられている。無論、血盟決議で不正は認められない…恫喝、強要、二重投票…それらは発見次第、厳罰に処される」

鋭い目つきのそれに、心当たりのある者が目を逸らしている。
ため息すらもはや出ないまま、ゲーティオは厳しい顔で言った。

「不正のために如何なる手段を講じても構わないが、それ相応の責任は覚悟しておかれることだ、各方。何と言っても、此度の評議にはある御方がやってこられる」
「ある御方…?」

その疑問に答える前に、議会場に入ってくる兵士の姿が。魔法士ではない兵士は、ゲーティオに何事かを囁き、それにゲーティオは頷いて促した。
兵士は一礼してから、両扉を開いて誰かを招き入れた。

コツコツと入ってきた人物に、会議場は思わず驚嘆の声で埋められる。

「よくぞいらっしゃって下さいました、メルサディール殿下」
「ええ、ゲーティオ・アレギシセル様、お招きに預かり光栄ですわ。それと遅ればせながら最高法士の授与、おめでとうございます」
「いえ、私などまだまだ。殿下に比べれば、精進すべきところが多い若輩者です」

立ち上がってメルを迎えたゲーティオへ、メルは猫をかぶって淑女の笑みを浮かべ、完璧な一礼をした。頭を上げれば、その美麗な相貌が微笑みに包まれており、自信有り気な黒い瞳が議事堂内を一巡している。

(変わりませんわね、ここも)

乱闘一歩手前の空気でも、メルは頓着せずに話を進めた。もはや慣れである。

「それでは皆様方にも、改めてご挨拶を。アタクシはメルサディール・アルクーゼ・セラヴァルス。デグゼラス帝国皇家に名を連ねる、末端の女に過ぎませんが」
「御冗談を。貴方様を知らぬものはここにはおりませんよ…そうそう」

ゲーティオは改めて講師たちへ説明する。

「此度の事件について、帝国より捜査官が派遣されると告知したと思うが、メルサディール殿下はそれに名乗りを上げてくださったのだ。これからは殿下が学園内にて調査されるが、どうか全面的な協力をお願いしたい」

「おお、あのメル教授が調査されるのならば安泰だな!」
「何と言っても、あの錬金科の創設者にして救世姫御自らいらっしゃられたのだ。犯人は今頃震えているに違いあるまい」
「め、メル教授!メル教授が帰ってこられたぞぉ!」
「あぁ~眼福じゃぁ~!」

ザワザワとどよめくが、その反応は悪いものではなかった。
それを見回し、ゲーティオは釘を刺す。

「どうか皆々様方は、殿下の前で不躾な行動を取らぬように、是非とも容赦していただきたい…無論、投票に関しても」

勇者自ら目を光らせているぞ、という言葉に、やはり一部の野心深い者たちが苦虫を噛み潰したような顔をしている。なんとも、懲りないことだ、とゲーティオもメルも内心で呆れた。

「それでは、会議もこれにて…」
「あらお待ちになって、ゲーティオ様。まだご紹介に預かりたい者がおりますの」
「紹介、と?それは…」

訝しがるゲーティオを尻目に、メルは一歩横にずれて、背後に隠れていた人物を晒す。
その相手に、ゲーティオは青い目を見開いた。

「……ケルティオ」
「………」

久しぶりに見る弟の姿に、ゲーティオは言葉もなく黙りになった。
一方、ケルトはメルへ恨めしげに視線を送っているが、メルはどこ吹く風である。
そのまま、メルは話しを続けた。

「この者は、ケルティオ・アレギシセル。ゲーティオ様、貴方の実の弟君になりますわね?」

その発言に驚く者も居れば、知っていたように無反応の者もいる。
そんな周囲に冷や汗を流しつつ、ゲーティオは渋面を作った。

「さて、私はよく存じませんが…」
「あら、そうですの。貴方のお家が捨てられた…あら失礼、勘当された彼をアタクシが弟子として取りましたけど、事後報告になってしまって申し訳ありませんわ、という謝罪を行いたくて」
「それは…」

一瞬、言葉に詰まる。
勇者の弟子だという弟に、ゲーティオも掠れた声しか出ない。

「…どうぞ、ご自由に。当家はもはや関係のないことですので」
「あらまあ、そうですのね。でしたら要らぬお世話でしたかしら。なんといっても、ケルティオの才能は素晴らしいものがありましたから。大器晩成ではありますが、今では一流の魔法士にも引けを取らない実力を身に着けまして。さぞやアレギシセルにとって素晴らしい秘蔵っ子なのだろうと思ってましたけども…違いましたかしら?」

ニコニコ笑顔のメル。しかしその目は笑っていなかった。
勇者の眼光から目を逸らしつつ、ゲーティオは答える。

「どうしようと、それはそちらの方の自由でしょう。私にはもはや関係のないこと。…それでは、失礼する」

じっと見つめてくるケルトの、その瞳と合わせることは遂に無く、ゲーティオは足音高く会議場から出ていった。
残されたのはポカーンとする講師たちと、腕組みをして嘆息するメル達。

「…根が深そうですわねぇ」
「…メルさん」
「あら、何かしら?ケルティオ」
「…よく余計な世話焼きって言われません?」
「皇女に向かってそう言えるのは、貴方とおじい様とネセレくらいですわね」

ほほほ、と淑女の笑みで誤魔化す相手に、ケルトも反撃を諦めた。
どっちにしろ、この勇者様に反撃できるとは思わないが。

「これはこれはメル教授…いやメルサディール殿下!お久しぶりでございますなぁ!」
「あら、コルショー教授」

その空気を割って入ってくるのは、小太りな中年男だ。上位講師の一人にして、件の次期議長にもっとも近い椅子に座る男である。
そんなコルショーへ、メルは社交辞令的な笑みを浮かべて、優雅なお辞儀。

「お久しぶりですわね。アタクシが以前に在籍していた時以来でしょうか」
「ははは!いやぁアレは驚きましたとも!あの錬金科の美人講師が、実は勇者様だったなどと!アレ以来、酒の席ではそのことばかりが話題の花となっておりますぞ!しかし相変わらずお美しい!それもそのはず、帝国一のヴィエラ(薔薇の一種)にして最上級の高嶺の花たる神に愛されし天上人の如きお人ならば、それにも納得というものですなぁ!」

あらあらうふふ、と愛想笑いしているが、メル的には面倒臭そうな様子である。どうにもこの男、話が長いのだ。
と、そこでずいっと入ってくるのは、眼鏡の紳士。

「失礼、コルショー教授。この後の講義の時間が迫ってきておられるようですが」
「何を言うのかねシオル教授!あの勇者様がいらっしゃるときに講義など…」
「講師が学業を疎かにされる、と?これは聞き捨てならない言葉ですな、コルショー教授。次の評議は楽しみにしておりましょう」

痛烈な皮肉に、コルショーは頬を引きつらせてから、快活に笑いつつ頭を掻いている。

「はっはっは!これは一本取られましたなぁ!…それでは名残惜しいですが、殿下!またお会いしましょうぞ!」

高笑いしながら去っていく後ろ姿に、なんとも言えないメルの呆れ顔。
そんなメルへ、上位講師の一人であるマイトツェル・シオルが声を掛ける。

「失礼、殿下。ご挨拶が遅れて申し訳ない」
「いえ、ありがとうございますわ、シオル教授。貴方様もお変わり無いようで何よりです」
「殿下も、御壮健のようで。…ところで、殿下はこの後は、どうされるおつもりで?」
「そうですわね、まずは議長…前議長が亡くなられた現場を見ようと思います。それから、いろいろと方針を考えていくつもりですわ」
「なるほど、では生徒たちには?」
「あまり顔を出すと騒動になってしまいますから。それに、アタクシが何か言うと、問題なのでしょう?」

メルが目を細めて微笑むそれに、シオルは一瞬だけ目を逸した。
それを見て、蚊帳の外のケルトは内心で呟く。

(メルさんが票を誘導しないか、それが気がかりなんでしょうね。帝都から来たということは、帝国の代表。コルショー教授へ票を入れるようにメルさんがそれとなく口出しするだけで、シオル教授派としては悪影響でしょうから)

それとなく確認しに来ただけなのだろう。
メルに隔意がないと知り、シオルは歓談も早々に去っていく。

「…一筋縄では行かなそうですね」
「ええ、まったく…それはともかくケルティオ」
「はい」

二大派閥の頭が去って、今か今かと様子を伺っていた講師達を置いておいて、メルとケルトは見た目だけは優雅に脱出を図る。
が、背後からなんか凄い勢いで怒声が迫る。

「メル教授ぅぅ~!!是非とも!是非とも錬金術の秘奥に関してのご教授ををを~~!!」
「この間発表された件の学説に関して勇者としての見解を!!」
「メルサディールさまぁ~!皇族のみに語り継がれているという神学についてお時間を!!」
「ちょっとそこでお茶を!」
「いやこっちで休憩を!」
「その髪の毛一本を研究のために提供をぉぉぉっ!!!」

「人気者なのも大変ですね!」             
「ええまったく!」

迫るその声を無視しながら、二人は驚異的な脚力で逃走。
どうにも、先が思いやられそうであった。
                               
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