どうも、邪神です

満月丸

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冒険者編

反撃の狼煙2

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赤い月を背景に宙に舞う吸血鬼は、眼下の人間たちの最後の抵抗を眺めていた。

「…愚かなことだな」

抗ったところで得られるものなど苦痛だけだと言うのに、と、そう思う。
白い相貌は無の表情を讃え、赤い瞳は同情するかのように眇められた。誰しも運命には逆らえないのだと、そう諭しているかのように。
赤い月を見上げて、吸血鬼は呟く。

「これで私の仕事は終わり…出来るなら、次はもっと静かに眠っていたいのだがな。…まあ、虚無の御方がそれを許すはずもないか」

虚公は労りなどという感情は無縁だ。アレにはあらゆる負の情動しか詰め込まれていないに違いない。愉悦こそが虚無の根の真髄、ならば期待するだけ無駄だろう。
疲れたようなため息を吐いてから、吸血鬼はマントを払って腕を掲げた。
その掌に赤い霧が一部だけ集まり、二本の指先に宿って赤く鋭い刃となる。
そして、定命の者を屠ろうと、眼下の砦を睨めつけた、

その時、

突如として高き頭上に、昼の如き輝きが溢れかえったのだ。
思わず天を仰ぎ、その光をまともに見てしまった吸血鬼は、視界を射られながら顔をマントの端で覆ってしまった。
その合間、

「はああぁぁっ!!」

天から振ってきた少年の刃が、吸血鬼の片腕を切り飛ばしていた。
驚愕する吸血鬼の前で、少年は被膜の翼を広げ、更に吸血鬼に襲いかかる。が、それを許す吸血鬼でもなく、咄嗟に逆の腕で血を操り、飛散した赤いそれが弾丸となって少年を襲う。
空中で撃ち抜かれた少年は距離をとったが、その間髪入れずに、

『我が主の同胞、我が声に耳を傾けよ!印より強き陣を解き放たん!!』

吸血鬼を中心とした、周囲数十メートルに光の魔法陣が現れたのだ。
それは、地面に突き刺さっている6つの矢に括り付けられていた石、夜魔族の特殊な護法石を頂点とした、特殊な六芒星を描いていた。
護法石の陣の上に空から降り立った夜魔族のザムは、地面に聖水を撒きながら更に詠唱する。

『我が主の同胞、我が声に耳を傾けよ!陣にて満ち溢れ、破邪の力を示せ!』

同時に、聖水の輝きが魔法陣に満ち溢れ、護法石を楔とした結界が張られたのだ。
その中に居たゾンビー達は、一斉に苦しみ藻掻きながら灰となって消えていく。
それを目撃した吸血鬼は、黒い煙を発しながら地面に降り立った。

「…く、なるほど…聖水の効果を増幅させたという事か」

護法石を用いた巨大な範囲陣を生成し、聖水を用いた陣に閉じ込める。これで吸血鬼はここから出られなくなった。
相手の策に嵌まったことに気づいた吸血鬼は、思わず牙を剥いて相手を睨む。
この中ではゾンビーどころか魔物は入り込むことが出来ず、よしんば、入ったところで持続的なダメージを受ける。それは吸血鬼も同じで、黒い煙を発し続けながらジリジリと焦がされている。もっとも、それ以上の再生力で怪我は治っていくのだが。

「しかし…どういうことだ?何故、同じ吸血鬼の貴様は負傷しない」

天から降り立った者たち、ケルトを中心とした一行の中で、ハディだけは吸血鬼だ。特性上、魔物に近い吸血鬼は聖水が効果的だからだ。だがハディは怪我を負わず、聖水の効果範囲外である。
そんな相手へ、ハディは笑みを浮かべて言う。

「あいにくと、こっちには頼りになる仲間がいるんでね!」

種を明かせば、守りの魔法を用いてハディへの聖水の影響を軽減しているのである。つまり、多少は影響を受けているのであるが、それをおくびにも出さず隠している。

「…なるほどな」

それがわかったのか、吸血鬼はバサリとマントを払って相対する。
対して、転移魔法で飛んできた一同も構えるが、ケルトだけはザムと同じく後衛に位置し、疲弊した様子で膝を着いている。そんなケルトを守るように、ザムは双剣を構えながら尋ねる。

「魔法士ヨ、まだ復帰は難しソウか?」
「え、ええ…少し、げほっ!…息を、整えさせて、ください…」

強力な魔法の反動と、いささか無理をしすぎたツケなのか、ケルトは疲労困憊している。咳き込む口端から血が滲み、声を発するのも辛そうだ。
そんな彼を守るように構える一同へ、吸血鬼は呟く。

「…面白いな、まさかこうして、こちらの首を狩りに来るとは思いもしなかった。しかし、その程度でこの我を狩れると、本気で思っているのか?」
「へ…へっ!んなことはやってみなきゃわかんねーだろ!俺らの数にビビってんじゃねぇのか!?」
「まさか。感心しているのだ。…その無謀な行為に、何の意味もないというのに」

吸血鬼は手を振り上げ、呟く。

「我、虚無の代行者より招致を命ず」

朗々と響く詠唱の後、ざあぁっ!と周囲のヴァルが吸血鬼に吸収されていく。

『させんっ!ミイ!!』

ザムの言葉に反応するように、天に光り輝く魔法陣が現れる。
それは赤き月を覆い、吸血鬼の力を阻害する効果を発揮する。
相手の力、月魔法の力によって吸収を阻害された吸血鬼は、舌打ちをしながら片腕を再生する。

「厄介な…だが、あのリングナーは居ないようだな。なら、さほど脅威というわけでもない」
「ネセレが居なくとも俺達は負けない!こんなことをしでかす、アンタなんかにはな!」

ハディは剣を突きつけ、吸血鬼を赤い瞳で睨めつける。

「俺の村を焼いたのは、お前なのか…!?」
「…さあな。たくさんの村を焼いたから、覚えてもいない」
「…なら、やっぱりアンタを倒さない理由はないな!」

鬼気迫る様子でハディは構え、相手を睨めつけた。
それを受けながら、吸血鬼は優雅に両腕を広げて、言った。

「掛かってくるが良い、定命の者たちよ。お前たちが自らの定めに刃向かえるというのならば、な」


※※※

南側城門の攻勢は苛烈を極めた。

山道から這い出てくるゾンビーは決して少ないとは言えず、中にはゾンビーより更に頑丈なグール、知性あるレヴァナントも紛れ込んでいる。目から光を発するレヴァナントは、ゾンビー達を指揮しているのか、手駒となる魔物たちに命じて波状攻撃を仕掛け、木を切り倒して大鎚として攻城兵器として仕掛けてくるのだ。更に巨大猿のトロールも紛れ込んでおり、城壁を砕いて回るその暴威はまさに災害と言うに等しい。
当然、櫓に昇った兵士たちが弓矢で攻撃を行うのだが、その矢の雨よりも湧き出てくる魔物の数のほうが多い。

「くっ…!?連日、アレだけの数を仕留めているにも関わらず、何故こんな大量のゾンビーが出てくるのだ…!?」

チャーチルが叫ぶが、それに答えられるものは居ない。
事実、ゾンビーは多かれ少なかれ、連日攻撃を仕掛けてきていた。少なければ数十体だが、多い日は50体以上である。それが1ヶ月以上続いているにもかかわらず、ゾンビーの数は減る様を見せない。
倒れたゾンビーは消えて無くなるのだが、そこで嫌な予想が脳裏をよぎる。
…かつて、ここは夜魔族との戦争によって、大量の死者が出たという。最前線の戦場であったのだから当然だ。ひょっとして敵は、その過去の死者を呼び出しているのではないか、と。
敵味方双方合わせて数千もの犠牲者を出した戦場跡地、その死者の数は数えるのもバカバカしいだろう。もし、その全てが魔物になっているというのならば…。

チャーチルは首を振り、思考を止めて現実を見据える。

「い、今は、彼らに賭けるしかない…!ならば、我らに出来るのは敵をどこまで足止めできるか、だ!」

投石器が土塊を打ち出し、命中したそれがゾンビーを巻き込んで外で嫌な音を立てている。ワスプが異音を立てて襲いかかるが、そのことごとくを魔法士の結界で遮っている。だが、結界の使用にも限界がある。そろそろ交代のために結界が途切れる時間だ。

「結界!交代します!!」
「交代ぃぃっ!頭上注意っ!!」

魔法士が交代の為に結界を解く間際、次の結界が張られるまでの間、無防備になる。ほんの十秒程度だが、それでも十秒は戦場では長い。原則、ヴァルの乱れによって同時に結界を貼ることは出来ない使用上、どうしても隙は晒す事となる。
結界が途切れた瞬間、外気が人々の頬を撫でた。
その瞬間、ワスプが勢い込んで飛び込んでくる。

「第一隊!掃射!!」

号令と同時に、構えていた第一隊がワスプを迎撃する。多くのワスプが落ちるが、仕留めきれなかった数匹が凄まじい速度で降下し、兵士数名をその鋭い針で刺し貫く。
聞くに堪えない音を立て、串刺しにされた兵士が宙に持ち上げられ、そのまま頭をゴリゴリと鎧ごと牙で貪られる。血の雨が振る戦場で、しかし兵士たちは怒りと恐怖の綯い交ぜになった咆哮を上げながら、ワスプたちを討滅する。
場はまさに地獄であった。

「アマネシュト・ビン・カムル・フレイア!」

ミライアの火炎魔法が空中で大爆発を引き起こし、戦場は一時、昼のような輝きに満たされる。まるで花火のような爆音が響き渡り、空のワスプが一掃される。が、森から再びワスプが現れ、再び天を覆ってくるのだ。

「ほんっとに嫌になっちゃうわねぇ…はぁ。ひょっとしてあの森で再生してるんじゃないでしょうねぇ」
「ありうるのが怖いところだな。…ミライア、大丈夫か?」
「なんとかねぇ」

櫓の上、大魔法を酷使するミライアをリーンが補佐しているが、敵勢が多すぎてなんとも迎撃が難しい。息も絶え絶えのミライアが、再びポーションを飲み込んで精神力を回復している。基本、魔法とは精神がものを言う力だ。酷使し続ければ精神的に疲弊し、限界を迎えると急に倒れて昏睡してしまう。それを防ぐために、ポーションを用いて回復しているが…現状、芳しくはない。

「結界は張られたな・・・だが、ジリ貧だ」

ワスプを火炎魔法で撃ち落とすリーンだが、ふと気がつく。

「…む、ゾンビーの動きが…」
「あいつら、ようやっと仕事したみたいねぇ」

ゾンビーの集団の中で、一部の連中の動きが混乱したようにうろうろとし始めたのだ。それは指揮官のレヴァナントも同じようで、一部のレヴァナントが混乱すると同時に、配下のゾンビーも指揮を見失って混乱し始める。
しかし、まともに動けるレヴァナントが指揮を引き継ぐのか、ゾンビーを咆哮でまとめ上げ、再び攻勢を仕掛けてくる。
破壊槌が城門に叩きつけられ、凄まじい轟音を奏でている。
鉄城門は頑丈だが、それでも疲弊から金具が痛めつけられつつある。

「安心は出来そうにないな…」
「でも、希望は見えたじゃないのぉ。それじゃ、もうひと踏ん張りしましょうかしら」

そう言い合いながら、南門の攻防はますます苛烈な物へと変化していく。


※※※


ネセレは向かい来るゾンビーへ、微動だにせず迎え討つ。
牙と爪を晒して駆けるゾンビー10体が、おのおのの不格好な様子で飛びかかった、
次の瞬間、ネセレに襲いかかったゾンビーは一斉に斬り伏せられ、切り刻まれながら飛ばされる。
ネセレはナイフの血糊…というか、体液を払いながら、次の敵勢を見る。
お次はワスプの頭上攻撃だ。
迫るワスプが波状攻撃を仕掛ける最中、ネセレは素早いそれらを最小限の動きで見切り、避け、カウンターとして切り飛ばし、蹴り飛ばし、叩き潰す。ボトボトと落ちるワスプの残骸を蹴り、足場を確保しつつ再びワラワラと群がってくるゾンビーを切り刻み、一足で場を移動して、敵を迎え撃つ。
…最低限の体力のみで敵を討つ為に、彼女は極限の集中力で戦場に佇んでいた。攻撃も回避も最低限度の動きで行い、一切の無駄な行動を許さない。掠める攻撃は許容しつつ、致命傷や深手の攻撃のみを避け、道具を用いて相手を撹乱しつつ、たった一人で混戦を制していた。
彼女に触れることは出来ない。
彼女への攻撃は当たらない。
ただ、魔物達は意志なき行動で目前の人間を殺そうと迫れども、一切の目的は達せられること無く、ただ地面に落ちることしか許されなかった。

「…ちっ」

何度めかの切り飛ばしで、ナイフが遂に壊れる。
それを放り捨て、次の獲物をベルトから引き抜いた。新しいナイフは頼もしいが、その数は既に半分を切っている。
掠めたワスプの針から毒が流し込められたのを感じ、肩掛けベルトポーチからポーションを取り出し、それを傷にかける。見る間に毒素と怪我は治るが、そんな事は意識には入らない。ただ、迫る魔物の波をどう捌くかだけに全神経を集中させている。

「っ!」

不意に、地面の微細な揺れを感知する。いわば、盗賊の第六感だった。

ネセレが咄嗟に大きく後退すれば、今まで居た地面が盛り上がり、鋭い牙が何もない空間に噛み付いていた。ズルズルと地面から顔を擡げたのは、肌色のムカデにも似た魔物、ワームだ。

ワームは再び地面に潜り、地中を動き出した。

それに舌打ちしつつ、ネセレは俊足を駆使ししながら、城門を守りつつも敵勢を切り飛ばしながら移動する。城門よりもネセレを始末することを優先しているのか、レヴァナントはネセレへの攻撃を指示し続けている。それに、ネセレはニヤリと笑みを浮かべる。ならば、後ろの懸念は無いからだ。

再び、地面が揺れたのを感知し、一瞬だけ地面を強く蹴って速度を上げて回避。

同時に、再びワームがジャキリと牙を鳴らして飛び出したが、そこにナイフで甲殻を斬り付ける。
ダメージを受けたのか奇怪な声を上げるが、ネセレは内心で行動を変えようと思案する。敵の装甲が硬すぎるからだ。これ以上、武器の劣化を許すのは死活問題だ。
苦しむワームが狂ったように頭を四方八方へ動かすのを見て、ネセレは相手の背の鋭い角の一つに掴まる。体を穴から出したワームは、そのまま戦場のゾンビーをなぎ倒しながら移動し、ゾンビーはネセレを追ってワームにわらわらと集う。
そのままワームが地面に潜ろうとするので、ネセレは潜る場所にアイテムを放った。
それは割れると同時に凄まじい轟音を立て、何もない地面を炎上させた。
苦しむワームを尻目に、離れた地面に降り立ったネセレは、再び第六感の警鐘を感じて地を蹴った。今度は別のワームが地面から現れ、それにネセレは歪んだ笑みを浮かべる。
随分と大層なお出迎えのようだ。
その合間にも、次々とワームが出現し、ネセレの足音を感知して襲いかかってくる。

「…おもしれぇ!」

ネセレは笑う。
たとえ周囲が魔物だらけでも、逃げ場がなかろうとも、苦しい時こそ不遜に笑う。
数百もの魔物に囲まれ、たった一人、ネセレは傲岸に笑った。

『…なんとも、命知らずな人間だ』

それを遠目で見つつ、ミイは櫓の上から頭上のワスプへ魔法を放っている。
いくらネセレが一人で突っ走ったところで、ワスプまではどうにもならない。故に、ミイが残ってワスプを掃討しているのだ。
原始魔法でワスプを薙ぎ払い、定期的にネセレに援護魔法を掛ける。
その御蔭か、未だネセレは持ちこたえている。

『しかし、実に恐ろしい女だな』

人間嫌いのミイですらそう思うほど、ネセレの力量は恐ろしく高い。アレだけの連戦と敵に囲まれた状況で笑い、悠々と敵を切り飛ばしてみせるその技量、そして疲れ知らずのその体力、どれをとっても驚異的だ。
あんな人間もいるのだな、とミイは感心し、同時に人間を戦う事への評価を改める。
遠い将来、敵対し合う仲とは言え、あんな化物とは相対したくない、というのがミイの正直な本音である。

『…まあ、流石にあの女は生きてはいないだろうが』

とはいえ、今はこの状況を乗り越えることのほうが先決だ。

ミイは意識を切り替え、飛び込んでくるワスプを魔法で薙ぎ払った。

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