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冒険者編
仲間が増えました
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グシュケル森林にやってきた。ドワーフ王国周辺に森は少ないんで、ここは狩人の狩場としても役に立っている場所らしいけど、現在は化物小僧騒動で入り込む人は居ない。
そんな場所にやってきた私は、森を見回して気配センサーを全開にする。
……ううん、反応はなし。この周辺には居ないのか?
奥まった場所に居るのならば、奥へと進んでみようか。センサーに縛りを設けたのは正解だったな。こういう骨折り損もなかなか楽しい。
草木や茂み、灌木が鬱蒼と生い茂るここは文字通りの森であり、上を見ても左右を見ても木々の群れ。時折、木こりが伐採した跡が残っている程度で、人の気配はない。
……いや、人どころか獣の気配もないな。これは、なかなか大物が居るなぁ?
センサー全開のまま、木々に足を取られ、灌木にローブを引っ掛け、虫が集って鬱陶しく感じる散策を続ける。が、あまりにも鬱陶しいので、思わず魔法を使ってしまうぞ。
「『第2の土精。大地、避けよ』……マティオ・ムンドゥ」
すると、私が近づくと木々が自ら動くように、ひょいひょいっと幹を動かして避けるようになる。まあ、可動範囲は狭いんだけどね、これで十分歩きやすくなる。
「『第1の火精。留まれ』、マ・フレム」
火の元素が周囲に微かな結界を張り、火の気配が満ちる。この濃い火の気配に虫は本能的な恐れを感じ、寄り付かなくなるのだ。うむ、便利。
快適になった散策を続けて奥へと進めば、センサーに引っかかった代物が。
動かないそれを見に行けば、そこには灌木の間に横たわる死体があった。獣の死体だ。
大型の四足歩行動物で、見た目はイノシシに鹿の角を生やしたような感じ。それが倒れ、朽ち果てているのだが、奇怪なのはその死体がミイラのようになっている、という事だ。
「ほぅほぅ、これはこれは……」
思わず無意味に唸り、死体を検証する。……別に過去を覗いてもいいんだけど、それじゃつまらんだろう?
ミイラになった死体は、他の獣に食われた跡がない。腐敗も無い。日本と同じく四季が作られているこの世界だが、現在はラバオークの月、つまりは5月だ。ドワーフ王国は北側寄りで寒いとは言え、一切の腐敗が無いのはおかしい。なにより、一番異彩を放つのは、その死傷させた傷。
腹を抉るような巨大な傷跡、破裂したようなそれは外的要因だろう。つまりは、アクセル全開の軽自動車で正面衝突したような状態、と言えばいいのか。ああ、言うまでもないがグロいよ。虫が集って臓物が飛び散っている点から見て、死んだのはつい最近。良くて10日以内。こっちは腐敗してるが、ミイラ化してない。
これは、まさかとは思うけど……、
「……ふむぅ、これは楽しくなってきたな」
ニヤリ、と笑うのを忘れない。いや、素でやったけど。
さて、ともあれ検分はここまでにして、件の化物小僧を捕まえに行こうか。私という餌が飛び込んできたのならば、きっと姿を見せるだろう。
森の奥へ奥へと進んでいけば、不意に木々によって天が遮られた場所に出た。
そこだけ薄暗く、枝葉の合間から漏れる木漏れ日も遠い。
そして気配センサーに引っかかる何か。
――来たな。
影から大鎌杖を取り出して、呪文を唱える。
「『第2の光精、払い、晒せ』ベシュト・セルス」
次の瞬間、杖先に魔法陣が現れ、そこより迸った光弾が正確に敵へと追尾し、晒しだす。
「ぐぁっ……!?」
居た。
光弾に触れたそれは、纏わりつく光を払うように動いているが、その程度では光を防ぐことは出来まい。
それじゃ、その間に次いこうか。
「『第3の光精! 捕らえ、絡め、縛れ!』ベシュト・ビン・エマ・セレシス!」
次に射出されたのは光の鞭。それは動揺する敵に一直線に纏わりつき、その体を縛り上げたのだ。
なんだ、楽勝だな。
とか思ってたら、
「……ぁああああぁぁっ!!!」
なんと気合いで魔法を解除しよった。フラグでしたね、反省します。
しかし、気合いで魔法解除ってどんだけだ。それとも魔法に耐性でもあるのか?
などと思っていたら、そいつはシュウゥゥ!と霧になって姿を隠した。そして周囲に漂う広範囲の霧に、視界が遮られる。
おやおや、これは厄介だなぁ。
じゃ、こうしよう。
「『第4の水精! 溢れ、零れ、縮めよ!』ゼケルト・ラ・マウラス!」
それを相殺するようにこちらも白い霧を出す。白い霧は黒い霧の邪魔をするように発生し、相手の霧はこちらの霧のせいで上手く近づけないようだ。おそらく、相手が油断した瞬間に実体化して襲いに来るんだろうけど、あいにくと正体が掴めた時点で読んでいたぜ。
そしてお次、相手は霧が離れた場所で実体化し、今度は黒く羽ばたくコウモリとなった。
ははは、セオリー通りだなぁ。これも認知の力かな?
コウモリは空中を飛翔し、常人では見るのもやっとな速度で撹乱している。木々の合間を縫うように飛ぶそれを、射止める事は難しいだろう。
じゃ、カウンターでいこう。
「『第6の火精! 我は汝へ乞い願う! 集い、守り、全てを焼却せし壁となれ!』ラダ=ヴェーシャ・マ・ビン・カルム=フレイア!」
火の結界が周囲に満ち、かすかに赤い燐光を放っている。
その刹那、コウモリは私の背後、後頭部から飛来し、
その勢いのままに実体化して鋭い爪で襲いかかってきた。
……が、
「……うぐぁあっ!?」
私の直前で燃え盛る結界に衝突し、拳と言わず全身を火によって巻かれる羽目になった。捕らえられないのなら、攻撃の際に捕らえればいい。簡単なことだ。
さて、お次は何をする? どんな風に攻撃するんだ?
ああ、楽しいなぁ。手加減するこちらへ、知恵を絞って挑んでくる者を相手にするのは、実に楽しい。まさに邪神!って感じがするぜ。含み笑いが止まらないなぁ!
ところが、予想に反して火が強すぎたのか、あるいは弱点だったからなのか、化物小僧は火に巻かれて動かなくなってしまった。あら、やりすぎたか。
呪文を解除して転がるそれを確認すれば、確かにまだ子供だ。10代前半……12歳くらいか。焦げて判別が付きにくいが、黒髪の少年だね。そして口元に見える鋭い牙に、鋭い爪。ああ、それと今は見えないけど、赤い血のような瞳。
そう、この子供は、吸血鬼だ。
いやぁビックリしたね。まさかさぁ、本当に吸血鬼が居るなんて思いもよらなかった。ずっと以前に「吸血鬼ができるかもなー」って独り言で漏らしてたけど、その影響かもしんないのだ。つまり私のせいですね、わかります。
しかし新種ってことは、この子供が最初の吸血鬼か?
と、思って見ていたら、子供が呻いて苦しげな息を吐いた。
おっと、死んでしまいそうなので、どうすべきか決めようか。う~ん、判断材料が薄いからなぁ。人食いだろうけど、凶悪ならここで仕留めないとマズイ。
というわけで、ここで時の神の力を行使して過去を覗き見る。こういう時くらいは使うぞい。
・・・・・・・・・
うん、ヘビーな過去だった。
なんかさ、帝都東にある森林地帯のネーンパルラ地方出身で、元孤児だった少年は林業を営む夫婦の元に拾われていたようだ。
普通の子供のように育っていた彼だったが、ところがある日、何者かに村ごと襲撃されて全滅してしまったのだ。その何者かってのは、この子の記憶ではわからなかったんだけど……この子は両親に逃されて森の中を駆ける途中、何者かに背後から襲われ、首に鋭い痛みを感じて、そのまま意識を失って……次に気づいたら吸血鬼に変貌していた。
吸血鬼の特性は、さっき見た通りの能力を持ち、日光が苦手で怪力、そして人の血も吸う。獣の血でも構わないみたいだけども、人間の方がより大量に吸収できるようだな。
その後、この子は全てが焼け落ちた故郷から逃げ出し、辿り着いた都市で保護されるも、強烈な飢餓感と凶暴性に精神が不安定になってしまい、誰かを襲ってしまったようだ。そして人々に追いかけられ、ここまで逃げてきた、と。
獣を襲ったのは飢餓感を何とかする為かね。
でもね、神様視点で調べたところ、吸血鬼の吸血行為ってのは血を吸うことよりも、血に宿る精気を吸収してるってのが正しいようだ。つまりは、生命エネルギーを食ってるんだな。
吸血鬼は、本来は自力で行えるはずの生命エネルギーの精製が不可能になっているため、強烈な飢餓状態が発症するわけだ。いわば、普通に食事を摂っても本当の意味で腹が満たない。だから吸血行為でしか腹が満たせない。なんという欠陥機構。生物としては致命的だな。
なるほど、状況はわかった。この子の立場もね。
これは…………うん、どうしよう?
助けるべきか、ここで死んで来世に迎えてやるべきか悩むなぁ……って、この子の魂って転生特典つけた魂じゃん。前世もアレで今生もコレとか、運が悪いにも程がある。
ま、とりあえずコインで決めよっか! 表が出たら生、裏が死だ。
はい、運命のコイントス~…………お、表だ。
じゃ、生かそうか。
どうせだし、吸血鬼に関して解決策を編み出してあげるのも、いい暇つぶしになるかな。
というわけで、吸血少年を担いで魔法行使。
「『第9の闇精よ、我は汝へ乞い願う。我が身を包み、時を超え、影を潜り、我らと同胞を或るべき場所へと運び出せ』……クオース・ルドア=ヴェシュケト・フィ=レイ・ケディ・ヴァートヴェルシュ」
ちょっと長めの詠唱の後、闇の魔法陣が眩く輝いて、一瞬で森の入口まで出たぞ。
うん、マークした場所まで一瞬で飛べるこの魔法、超便利だわ。まあ旅の醍醐味を壊すのもアレなんで、ほどほどにしか使わないがね。しかし、この化身の自エネ吸収機構だと、距離的にはドワーフ王都からデグゼラス帝都までの距離しか行けないな。神の視点だとなんだか短い気がするぜ。
※※※
森の入口で吸血小僧を寝かせて、軽く癒しの魔法を掛けてあげた。癒しはどの属性でも出来るけど、最低ランクの癒しでも第3レベルからなので、難易度は高めのようだな。
……え、レベルって何って? そりゃ存在の位置の事じゃよ。
原初神は最上位に位置するとか、前に言ってた次元のアレ。
次元ってのは例えるならば、一枚絵の上に透明な板を何枚も重ねている状態で、近くにあるように見えても、その透明板の位置が違えば触れ合うことが出来ないっていうか。最上位に近い板ほど、絵の全景が俯瞰できるっていうか。まあイメージとしてはそんな感じ。
で、この精霊のレベルってのは、その透明板の下からの順番だよ。低次元の精霊は弱々しいが、高次元の精霊は強く力強い。レベルによって呪文を唱える必要数も自エネの量も変わる。精霊語にいちいち「第~の」とかの数字が入ってるのは、「1番目の次元の火の精霊さん、お願いします」って感じの内容で、これがないと精霊が動かないからだ。自我が強い精霊ほど、ちゃんと頼まないと動いてくれないので、しっかりした精霊語に書き直さなきゃ駄目なのだよ。
この辺の研究は、まだまだ人間では進んでない領域だね。確か、翼種でも7か8レベルが最高だっけ? 転移とか、あんまり人前では使えない魔法だなあ。
さて、癒して傷も完璧に無くなった小僧は、なんか魘されたまま目を覚まさない。仕方がないので、今日はここで野営でもしようか。まさか吸血鬼を街に持っていくことはできんし。
適当に枯れ落ちた灌木を大鎌で切り飛ばしてバラバラにし、それを魔法で運んで火の魔法で着火。あっという間に焚き火の出来上がり。で、暇つぶしに影の中から昨日購入した林檎酒を持ち、街で買ったグラスで一杯。うむ、やはりグラスって良いなぁ。ドワーフ王国は技術が凄いのでガラス細工もお手の物だ。帝都は木製だったから、あれはあれで味があるので良いんだけども。
と、あまーい林檎酒をチビチビやりつつ、吸血鬼の特性改善に関して適当に解法を考えてみる。
ようは、生命エネルギーの枯渇が原因なんだよねぇ。じゃ、エネルギーを供給されれば血を吸わずに済んで万事解決なわけで。考えるべきはそこかね。
生命エネルギーとは、実は世エネが変化したエネルギーなのだ。
これは生命活動を維持するためのエネルギーで、世エネから生命エネルギーに変換する機構が全ての肉体には宿っている。で、これが破壊されて、代わりに怪力だの異能だのにリソース取られてるから、新しく作ることは難しい。やるなら一回殺さなきゃいけないレベルの改変だ……まさに虚無の仕業だな。おそらく、連中が小僧を襲ったんだろう。
魂は無事だが、肉体の異形化とは……厄介な。そんで、吸血鬼は生命エネルギーの自力変換が不可能なので、吸血を行うわけだが……人を襲うのは、人が最も小僧に近しい種で、たくさん吸精できるからだ。獣とかだと半分以下に落ちる。
ふぅむ、なかなか面倒な案件だな。吸精しなければ吸血種はみんなゾンビーにでも成り果てるだろうから、出来るだけ安全な解決方法を編み出しておきたい。吸血鬼のイメージ通りに眷属を作ることが出来るのなら、人類が総ゾンビー化するのはゴメンだからね。
一気に吸精して相手を殺してしまうのが問題で、全ての存在から僅かずつ吸精出来るようになれば、マシにはなるか? あとできれば人以外で。
となると、やはり新たに吸精する手法を作り出してみようか。吸血鬼化は一度成ったらもう戻すのは難しいし。いや、死んでも戻りたいって言うならやれるけど、私がわざわざやる価値はないし。
そんじゃ、神様権限で魔法関係のシステムに干渉しようか。これはティニマの領域なので、ティニマへメッセ飛ばして了承を取ろう……あ、返ってきた、早い。暇なのか?
じゃ、了承とれたので、早速弄ってみようかな。
ええと、そうだな。瞑想することで吸精出来る魔法を作り出そうか。こやつの肉体情報を元に吸血種という存在カテゴリーを作って紐づけし、自動取得できるって感じにしよう。で、周囲四方の低レベルの存在から吸精する……つまり、植物や獣から生命エネルギーを貰い受けるって感じだな。範囲は大きく広く、数十キロ四方まで広げておこう。これだけあれば、一度の吸精で腹八分目にはなるだろうし、乱用しなければ植物が枯れることもない。ただ、植物や動物がいない地方だと意味がないという点に留意。
さーて、一仕事終えたんで酒でも飲むかー。あ、もう飲んでたわ。それじゃ、弁当として持ってきた大きめなソーセージを火で炙って焼こう。
木の枝に刺して火に掲げれば、ジュウジュウといい音がしてくる。う~ん、デリシャスな香り。
できたてソーセージを食べようとしたところで、視線を感じて見てみれば、吸血小僧が起き上がってこっちを凝視してた。その視線は紛うこと無く私の手元である。なんだ、欲しいのか?
とりあえず、餌付け代わりにソーセージを差し出してみた。
無言のそれに、小僧っ子は警戒していたようだったけど、恐る恐るといった風情で貰い受けて、結構な速度で食べ始めた。吸血しても腹は減るんだなぁ、と他人事のように思いながら、次のソーセージを焼く。そして一口。うん、うまい。
……しかし、吸血鬼って食事しなくても大丈夫みたいなんだけどね。ほら、吸精で食事が賄えるからさ、食事は無くとも生きていける……おっと、私もそうだったか。腹が減っても死なないけど飯は美味いということだな、オーケー把握した。
しばし、沈黙の中で小僧っ子と一緒にソーセージを食べて、人心地ついてから話しかけてみる。
「小僧、お前は吸血鬼であろう?」
私の言葉にビクッとしてから、小僧っ子は警戒したように身を低くした。獣みたいだな。
「そう警戒するな。殺すのならば、先程の時点で既にやっている」
実際、殺すつもりだったし。
その事実に小僧っ子も気づいたのか、わずかに警戒が下がった気がする。
とりあえず、私は小僧っ子へ、吸精に関して教えることにした。
「お前は吸血鬼だが、吸精は行えんのか?」
「……?」
「吸精だ。血を食らう吸血ではないぞ。心を鎮めて瞑想を行えば、小さき命から生きる糧を分け与えてもらうことが出来る。そうすれば、血から直接吸精する必要など無い」
私の言葉に、小僧っ子はかなり狼狽した。ま、そりゃそうだな。だってさっき作ったんだし。
私に促されるまま、小僧っ子は座り込んで目を伏せて……お、成功したな。周囲四方から僅かずつ光の粒子が流れてきて、小僧っ子に集まってる。上手くいったようで何より。
目を開けた小僧っ子は、困惑したように私を見ていた。それに、悪役っぽくニヤリと笑い返す。
「これでもう、人を襲う理由はなくなったな」
「…………あんたは」
「ようやく喋ったな。私はカロン、ただの魔法士だよ」
ただの魔法士。なお中身は(略)
「魔法士……? なんで、魔法士さまが俺を助けてくれたんだ?」
「理由なんぞ無い。強いて言えば、気まぐれだな」
本当に気まぐれだからな。コイントスで決めました、とは流石に言えない。
「見たところ、お前は人から吸血鬼に変貌したようだな。魔物にでも襲われたか?」
「…………」
「ふん、まただんまりか。まあいい……どのみち、お前が人に戻ることは、もはや無いのだから」
「……!」
息を呑む相手に、その希望的観測をぶっ壊す! という勢いで辛辣な言葉を吐く。
「もはや戻れはせんよ。この世界のどこを探しても、お前が人に戻れる方法は断じてない。それは諦めろ」
「なんで……あんたにそんなことが……!」
「決まっているだろう? 私がお前より、よほど長生きしているからだ」
無機物含んだ全世界最年長は伊達じゃないからね。
「だが、もしも僅かの可能性でも良いのならば、方法が無くはないな」
「あるのかっ!?」
「無くはない、というレベルの話だ。文字通り、神にでも頼むしかなかろう」
「神……そんなの、出来っこない……」
「その通り。神でさえ難しい話だろうが、原初神ならば不可能ではなかろう。もっとも、デメリットはありそうだがな。例えば、お前は一度死なねばならぬかも知れん。蘇生できる保証もない。そんな危険な賭けをしてまで得るべき事かね?」
神視点では理解できない感情だな。吸血鬼は生殖機能が無くなっているが、神像で作ることも出来るだろう。日が苦手で吸精のデメリットを無視すれば、頑丈だし不老だから素晴らしい能力だとは思う。ま、増えすぎても困るんだけどね。
「吸精の能力がある時点で、人と遜色ない生活を送ることは可能だ。これからは自身を律し、せいぜい人として長生き……」
『余計な事をする爺だ』
「……む」
唐突に小僧っ子の口から出た低い声色に目を向けた。見れば、小僧っ子は口を抑えて眉を顰めているので、自分の意思ではなさそうだ。
なんだなんだ、何が喋ったんだ?
とりあえず、時間停止して小僧っ子の様子を探った。魂に汚染も種子も無いのだが、肉体に異常があった。……ああ、肉体そのものに種子が植え付けられてるのか。つまり半異形化してるな。でも、今の声はいったい?
『ほう、時を止めるとは異様な力を発揮するな、神よ』
おっと、小僧っ子の口から声が漏れた。小僧っ子は時間停止した中でも動き、ニヤリと意地悪く笑った。おのれ、ニヤリ笑いは私の特権だぞ。被るじゃないか!
ともあれ、これでこいつの正体がわかったぞ。
「これは稀有なことだ。まさか、お前のような虚無の種子が、意思を持っているとはな」
『なるほど、看過したか。流石は時と夜の神だな。しかし解せんな。なぜ、貴様のような原初神がこのような場所にいるのだ』
小僧っ子はこちらをマジマジと見ているが、その目つきは抜け目ない。
やはり、種子が意思を持っていたのか。
種子とは、つまりこの世界に侵食してきた、虚無の根の欠片だ。これは虚無が意思を持っている、ということに他ならない。無我の化物である魔物に類似した何か、と考えるべきか。そして虚無の眷属なら、時間停止が通用しないのも納得だ。こいつには世エネも、おそらく時エネも通じないんだからな。
ま、それはそれとして~、消し飛ばすか。
「それじゃ~さようなら~また会う日まで~」
『……って!待て待て待てっ!? 何をいきなりこちらを消し飛ばそうとしている!? この小僧がどうなってもいいのか!?』
「え、別にいいけど」
『血も涙も無いなっ!? 罪もない幼気な子供を殺すことを良しとするのか!? 原初神はもっと慈悲深いという話だったではないかっ!?』
「あいにくと私は無慈悲でな」
魔法で消し飛ばそうとする私へ、それは慌てふためいている。ま、虚無と言っても小さいし、消すのに問題はない。それに自エネの魔法なら耐性ないしね、こいつら。
『と、ともかく待てっ!? 我は虚無とは別物になったのだ! もう虚無の意思とは関係がないっ!!』
…………はい?
・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・
ええとね、話を聞いたところ、この子供に憑いてる虚無の種子は、欠片であって本体とは繋がっていない。これは神様視点でも確認済み。そして、コレは小僧っ子を襲った、吸血鬼の始祖とも言うべき「虚無の眷属」から分たれた存在で、小僧っ子を吸血鬼に変貌させたのはコレが原因だそうだ。吸血の際に一定確率で種子の欠片が相手に入り込み、吸血鬼化するってこと、らしい。ああ、やっぱり吸血鬼はこの世界でも血を吸えば増えるのか。
で、コレはその吸血鬼化する際に潜り込んだ種子だったんだけど、異形化してやること終わったら自我が芽生えて小僧っ子とお話するようになった、らしい。つまり、フレンドリーな虚無だな。それもう虚無じゃなくね?
「なるほど、つまりお前は現在は無害だと。人間と共生しているなど眉唾も良いところだが」
『だ、だが事実であろう? この子供の過去を見てみればわかるはずだ!』
はいはい、確かにこの森にやって来てから頭抱えてブツブツ呟いてたけど、それってコレと話してたのか。はぁ、発狂してるだけかと思ってたけど違ったのね。
ともあれ、どうしようかなぁ、こいつ。
「……ふぅむ、神としては、お前は消し飛ばさねばならぬのだが」
『ぐっ……!? だ、だが我には出来ることなど何もないぞ! 力は此奴を変化させる際に全て使い果たしたからな!』
「まあ、無害なのは事実だろうが。しかし、お前はその小僧っ子が死ねば、虚無の根へと戻るのか? くっそ細い繋がりしか残ってないから、お前という種子そのものはもう戻れんと思うのだが」
『……そのとおりだ。我はもはやこの世界の虚無の根には戻れぬ。虚空に消えて、後は虚無へと散るだけ。再び消えて無くなるのだ』
魂もないし、転生も無理そうだしなぁ。
しかし、どうしよっか? 消すかどうか考えつつも、取り出しますは1枚のコイン。
『……おい、一体何をするつもりだ』
はい、運命のコイント~ス。
…………あ、表だ。運の良い奴め。
「ま、よかろう。お前は見逃してやっても構わぬ」
『待て。ひょっとして今、コインで我らの運命を決めなかったか?』
「気のせいだよ~ん」
『…………』
なんだね、その不満そうな顔は。そんな顔ができないように顔面改造してやろうか。改造されるのは小僧っ子だが。
生かすのは決めたけど、どうせだし安全だと思えるまでは、手元に置いておこうか。勝手に動かれて何かあった時に、私がやり玉に挙げられるのは嫌だからね。
「生かしはするが、しばらくはお前達は私が面倒を見る。異存はないな?」
『……ふん、我に決定権はないのだろう? よかろう、従おうではないか』
「素直でよろしい。……ところで、そのちびっ子はともかく、お前に名はあるのか?」
『……名か。本来は無いのだが、あいにくとこの小僧が呼んでいる名がある。それで呼ぶがよかろう』
虚無の名は、レビ。
そして少年の名は、ハディだそうだ。
シンプルで良いね。
そんな塩梅で、私は吸血少年とそれに憑く虚無と一緒に、行動を共にすることとなったのである。
ま、賑やかになっていいんでない?
そんな場所にやってきた私は、森を見回して気配センサーを全開にする。
……ううん、反応はなし。この周辺には居ないのか?
奥まった場所に居るのならば、奥へと進んでみようか。センサーに縛りを設けたのは正解だったな。こういう骨折り損もなかなか楽しい。
草木や茂み、灌木が鬱蒼と生い茂るここは文字通りの森であり、上を見ても左右を見ても木々の群れ。時折、木こりが伐採した跡が残っている程度で、人の気配はない。
……いや、人どころか獣の気配もないな。これは、なかなか大物が居るなぁ?
センサー全開のまま、木々に足を取られ、灌木にローブを引っ掛け、虫が集って鬱陶しく感じる散策を続ける。が、あまりにも鬱陶しいので、思わず魔法を使ってしまうぞ。
「『第2の土精。大地、避けよ』……マティオ・ムンドゥ」
すると、私が近づくと木々が自ら動くように、ひょいひょいっと幹を動かして避けるようになる。まあ、可動範囲は狭いんだけどね、これで十分歩きやすくなる。
「『第1の火精。留まれ』、マ・フレム」
火の元素が周囲に微かな結界を張り、火の気配が満ちる。この濃い火の気配に虫は本能的な恐れを感じ、寄り付かなくなるのだ。うむ、便利。
快適になった散策を続けて奥へと進めば、センサーに引っかかった代物が。
動かないそれを見に行けば、そこには灌木の間に横たわる死体があった。獣の死体だ。
大型の四足歩行動物で、見た目はイノシシに鹿の角を生やしたような感じ。それが倒れ、朽ち果てているのだが、奇怪なのはその死体がミイラのようになっている、という事だ。
「ほぅほぅ、これはこれは……」
思わず無意味に唸り、死体を検証する。……別に過去を覗いてもいいんだけど、それじゃつまらんだろう?
ミイラになった死体は、他の獣に食われた跡がない。腐敗も無い。日本と同じく四季が作られているこの世界だが、現在はラバオークの月、つまりは5月だ。ドワーフ王国は北側寄りで寒いとは言え、一切の腐敗が無いのはおかしい。なにより、一番異彩を放つのは、その死傷させた傷。
腹を抉るような巨大な傷跡、破裂したようなそれは外的要因だろう。つまりは、アクセル全開の軽自動車で正面衝突したような状態、と言えばいいのか。ああ、言うまでもないがグロいよ。虫が集って臓物が飛び散っている点から見て、死んだのはつい最近。良くて10日以内。こっちは腐敗してるが、ミイラ化してない。
これは、まさかとは思うけど……、
「……ふむぅ、これは楽しくなってきたな」
ニヤリ、と笑うのを忘れない。いや、素でやったけど。
さて、ともあれ検分はここまでにして、件の化物小僧を捕まえに行こうか。私という餌が飛び込んできたのならば、きっと姿を見せるだろう。
森の奥へ奥へと進んでいけば、不意に木々によって天が遮られた場所に出た。
そこだけ薄暗く、枝葉の合間から漏れる木漏れ日も遠い。
そして気配センサーに引っかかる何か。
――来たな。
影から大鎌杖を取り出して、呪文を唱える。
「『第2の光精、払い、晒せ』ベシュト・セルス」
次の瞬間、杖先に魔法陣が現れ、そこより迸った光弾が正確に敵へと追尾し、晒しだす。
「ぐぁっ……!?」
居た。
光弾に触れたそれは、纏わりつく光を払うように動いているが、その程度では光を防ぐことは出来まい。
それじゃ、その間に次いこうか。
「『第3の光精! 捕らえ、絡め、縛れ!』ベシュト・ビン・エマ・セレシス!」
次に射出されたのは光の鞭。それは動揺する敵に一直線に纏わりつき、その体を縛り上げたのだ。
なんだ、楽勝だな。
とか思ってたら、
「……ぁああああぁぁっ!!!」
なんと気合いで魔法を解除しよった。フラグでしたね、反省します。
しかし、気合いで魔法解除ってどんだけだ。それとも魔法に耐性でもあるのか?
などと思っていたら、そいつはシュウゥゥ!と霧になって姿を隠した。そして周囲に漂う広範囲の霧に、視界が遮られる。
おやおや、これは厄介だなぁ。
じゃ、こうしよう。
「『第4の水精! 溢れ、零れ、縮めよ!』ゼケルト・ラ・マウラス!」
それを相殺するようにこちらも白い霧を出す。白い霧は黒い霧の邪魔をするように発生し、相手の霧はこちらの霧のせいで上手く近づけないようだ。おそらく、相手が油断した瞬間に実体化して襲いに来るんだろうけど、あいにくと正体が掴めた時点で読んでいたぜ。
そしてお次、相手は霧が離れた場所で実体化し、今度は黒く羽ばたくコウモリとなった。
ははは、セオリー通りだなぁ。これも認知の力かな?
コウモリは空中を飛翔し、常人では見るのもやっとな速度で撹乱している。木々の合間を縫うように飛ぶそれを、射止める事は難しいだろう。
じゃ、カウンターでいこう。
「『第6の火精! 我は汝へ乞い願う! 集い、守り、全てを焼却せし壁となれ!』ラダ=ヴェーシャ・マ・ビン・カルム=フレイア!」
火の結界が周囲に満ち、かすかに赤い燐光を放っている。
その刹那、コウモリは私の背後、後頭部から飛来し、
その勢いのままに実体化して鋭い爪で襲いかかってきた。
……が、
「……うぐぁあっ!?」
私の直前で燃え盛る結界に衝突し、拳と言わず全身を火によって巻かれる羽目になった。捕らえられないのなら、攻撃の際に捕らえればいい。簡単なことだ。
さて、お次は何をする? どんな風に攻撃するんだ?
ああ、楽しいなぁ。手加減するこちらへ、知恵を絞って挑んでくる者を相手にするのは、実に楽しい。まさに邪神!って感じがするぜ。含み笑いが止まらないなぁ!
ところが、予想に反して火が強すぎたのか、あるいは弱点だったからなのか、化物小僧は火に巻かれて動かなくなってしまった。あら、やりすぎたか。
呪文を解除して転がるそれを確認すれば、確かにまだ子供だ。10代前半……12歳くらいか。焦げて判別が付きにくいが、黒髪の少年だね。そして口元に見える鋭い牙に、鋭い爪。ああ、それと今は見えないけど、赤い血のような瞳。
そう、この子供は、吸血鬼だ。
いやぁビックリしたね。まさかさぁ、本当に吸血鬼が居るなんて思いもよらなかった。ずっと以前に「吸血鬼ができるかもなー」って独り言で漏らしてたけど、その影響かもしんないのだ。つまり私のせいですね、わかります。
しかし新種ってことは、この子供が最初の吸血鬼か?
と、思って見ていたら、子供が呻いて苦しげな息を吐いた。
おっと、死んでしまいそうなので、どうすべきか決めようか。う~ん、判断材料が薄いからなぁ。人食いだろうけど、凶悪ならここで仕留めないとマズイ。
というわけで、ここで時の神の力を行使して過去を覗き見る。こういう時くらいは使うぞい。
・・・・・・・・・
うん、ヘビーな過去だった。
なんかさ、帝都東にある森林地帯のネーンパルラ地方出身で、元孤児だった少年は林業を営む夫婦の元に拾われていたようだ。
普通の子供のように育っていた彼だったが、ところがある日、何者かに村ごと襲撃されて全滅してしまったのだ。その何者かってのは、この子の記憶ではわからなかったんだけど……この子は両親に逃されて森の中を駆ける途中、何者かに背後から襲われ、首に鋭い痛みを感じて、そのまま意識を失って……次に気づいたら吸血鬼に変貌していた。
吸血鬼の特性は、さっき見た通りの能力を持ち、日光が苦手で怪力、そして人の血も吸う。獣の血でも構わないみたいだけども、人間の方がより大量に吸収できるようだな。
その後、この子は全てが焼け落ちた故郷から逃げ出し、辿り着いた都市で保護されるも、強烈な飢餓感と凶暴性に精神が不安定になってしまい、誰かを襲ってしまったようだ。そして人々に追いかけられ、ここまで逃げてきた、と。
獣を襲ったのは飢餓感を何とかする為かね。
でもね、神様視点で調べたところ、吸血鬼の吸血行為ってのは血を吸うことよりも、血に宿る精気を吸収してるってのが正しいようだ。つまりは、生命エネルギーを食ってるんだな。
吸血鬼は、本来は自力で行えるはずの生命エネルギーの精製が不可能になっているため、強烈な飢餓状態が発症するわけだ。いわば、普通に食事を摂っても本当の意味で腹が満たない。だから吸血行為でしか腹が満たせない。なんという欠陥機構。生物としては致命的だな。
なるほど、状況はわかった。この子の立場もね。
これは…………うん、どうしよう?
助けるべきか、ここで死んで来世に迎えてやるべきか悩むなぁ……って、この子の魂って転生特典つけた魂じゃん。前世もアレで今生もコレとか、運が悪いにも程がある。
ま、とりあえずコインで決めよっか! 表が出たら生、裏が死だ。
はい、運命のコイントス~…………お、表だ。
じゃ、生かそうか。
どうせだし、吸血鬼に関して解決策を編み出してあげるのも、いい暇つぶしになるかな。
というわけで、吸血少年を担いで魔法行使。
「『第9の闇精よ、我は汝へ乞い願う。我が身を包み、時を超え、影を潜り、我らと同胞を或るべき場所へと運び出せ』……クオース・ルドア=ヴェシュケト・フィ=レイ・ケディ・ヴァートヴェルシュ」
ちょっと長めの詠唱の後、闇の魔法陣が眩く輝いて、一瞬で森の入口まで出たぞ。
うん、マークした場所まで一瞬で飛べるこの魔法、超便利だわ。まあ旅の醍醐味を壊すのもアレなんで、ほどほどにしか使わないがね。しかし、この化身の自エネ吸収機構だと、距離的にはドワーフ王都からデグゼラス帝都までの距離しか行けないな。神の視点だとなんだか短い気がするぜ。
※※※
森の入口で吸血小僧を寝かせて、軽く癒しの魔法を掛けてあげた。癒しはどの属性でも出来るけど、最低ランクの癒しでも第3レベルからなので、難易度は高めのようだな。
……え、レベルって何って? そりゃ存在の位置の事じゃよ。
原初神は最上位に位置するとか、前に言ってた次元のアレ。
次元ってのは例えるならば、一枚絵の上に透明な板を何枚も重ねている状態で、近くにあるように見えても、その透明板の位置が違えば触れ合うことが出来ないっていうか。最上位に近い板ほど、絵の全景が俯瞰できるっていうか。まあイメージとしてはそんな感じ。
で、この精霊のレベルってのは、その透明板の下からの順番だよ。低次元の精霊は弱々しいが、高次元の精霊は強く力強い。レベルによって呪文を唱える必要数も自エネの量も変わる。精霊語にいちいち「第~の」とかの数字が入ってるのは、「1番目の次元の火の精霊さん、お願いします」って感じの内容で、これがないと精霊が動かないからだ。自我が強い精霊ほど、ちゃんと頼まないと動いてくれないので、しっかりした精霊語に書き直さなきゃ駄目なのだよ。
この辺の研究は、まだまだ人間では進んでない領域だね。確か、翼種でも7か8レベルが最高だっけ? 転移とか、あんまり人前では使えない魔法だなあ。
さて、癒して傷も完璧に無くなった小僧は、なんか魘されたまま目を覚まさない。仕方がないので、今日はここで野営でもしようか。まさか吸血鬼を街に持っていくことはできんし。
適当に枯れ落ちた灌木を大鎌で切り飛ばしてバラバラにし、それを魔法で運んで火の魔法で着火。あっという間に焚き火の出来上がり。で、暇つぶしに影の中から昨日購入した林檎酒を持ち、街で買ったグラスで一杯。うむ、やはりグラスって良いなぁ。ドワーフ王国は技術が凄いのでガラス細工もお手の物だ。帝都は木製だったから、あれはあれで味があるので良いんだけども。
と、あまーい林檎酒をチビチビやりつつ、吸血鬼の特性改善に関して適当に解法を考えてみる。
ようは、生命エネルギーの枯渇が原因なんだよねぇ。じゃ、エネルギーを供給されれば血を吸わずに済んで万事解決なわけで。考えるべきはそこかね。
生命エネルギーとは、実は世エネが変化したエネルギーなのだ。
これは生命活動を維持するためのエネルギーで、世エネから生命エネルギーに変換する機構が全ての肉体には宿っている。で、これが破壊されて、代わりに怪力だの異能だのにリソース取られてるから、新しく作ることは難しい。やるなら一回殺さなきゃいけないレベルの改変だ……まさに虚無の仕業だな。おそらく、連中が小僧を襲ったんだろう。
魂は無事だが、肉体の異形化とは……厄介な。そんで、吸血鬼は生命エネルギーの自力変換が不可能なので、吸血を行うわけだが……人を襲うのは、人が最も小僧に近しい種で、たくさん吸精できるからだ。獣とかだと半分以下に落ちる。
ふぅむ、なかなか面倒な案件だな。吸精しなければ吸血種はみんなゾンビーにでも成り果てるだろうから、出来るだけ安全な解決方法を編み出しておきたい。吸血鬼のイメージ通りに眷属を作ることが出来るのなら、人類が総ゾンビー化するのはゴメンだからね。
一気に吸精して相手を殺してしまうのが問題で、全ての存在から僅かずつ吸精出来るようになれば、マシにはなるか? あとできれば人以外で。
となると、やはり新たに吸精する手法を作り出してみようか。吸血鬼化は一度成ったらもう戻すのは難しいし。いや、死んでも戻りたいって言うならやれるけど、私がわざわざやる価値はないし。
そんじゃ、神様権限で魔法関係のシステムに干渉しようか。これはティニマの領域なので、ティニマへメッセ飛ばして了承を取ろう……あ、返ってきた、早い。暇なのか?
じゃ、了承とれたので、早速弄ってみようかな。
ええと、そうだな。瞑想することで吸精出来る魔法を作り出そうか。こやつの肉体情報を元に吸血種という存在カテゴリーを作って紐づけし、自動取得できるって感じにしよう。で、周囲四方の低レベルの存在から吸精する……つまり、植物や獣から生命エネルギーを貰い受けるって感じだな。範囲は大きく広く、数十キロ四方まで広げておこう。これだけあれば、一度の吸精で腹八分目にはなるだろうし、乱用しなければ植物が枯れることもない。ただ、植物や動物がいない地方だと意味がないという点に留意。
さーて、一仕事終えたんで酒でも飲むかー。あ、もう飲んでたわ。それじゃ、弁当として持ってきた大きめなソーセージを火で炙って焼こう。
木の枝に刺して火に掲げれば、ジュウジュウといい音がしてくる。う~ん、デリシャスな香り。
できたてソーセージを食べようとしたところで、視線を感じて見てみれば、吸血小僧が起き上がってこっちを凝視してた。その視線は紛うこと無く私の手元である。なんだ、欲しいのか?
とりあえず、餌付け代わりにソーセージを差し出してみた。
無言のそれに、小僧っ子は警戒していたようだったけど、恐る恐るといった風情で貰い受けて、結構な速度で食べ始めた。吸血しても腹は減るんだなぁ、と他人事のように思いながら、次のソーセージを焼く。そして一口。うん、うまい。
……しかし、吸血鬼って食事しなくても大丈夫みたいなんだけどね。ほら、吸精で食事が賄えるからさ、食事は無くとも生きていける……おっと、私もそうだったか。腹が減っても死なないけど飯は美味いということだな、オーケー把握した。
しばし、沈黙の中で小僧っ子と一緒にソーセージを食べて、人心地ついてから話しかけてみる。
「小僧、お前は吸血鬼であろう?」
私の言葉にビクッとしてから、小僧っ子は警戒したように身を低くした。獣みたいだな。
「そう警戒するな。殺すのならば、先程の時点で既にやっている」
実際、殺すつもりだったし。
その事実に小僧っ子も気づいたのか、わずかに警戒が下がった気がする。
とりあえず、私は小僧っ子へ、吸精に関して教えることにした。
「お前は吸血鬼だが、吸精は行えんのか?」
「……?」
「吸精だ。血を食らう吸血ではないぞ。心を鎮めて瞑想を行えば、小さき命から生きる糧を分け与えてもらうことが出来る。そうすれば、血から直接吸精する必要など無い」
私の言葉に、小僧っ子はかなり狼狽した。ま、そりゃそうだな。だってさっき作ったんだし。
私に促されるまま、小僧っ子は座り込んで目を伏せて……お、成功したな。周囲四方から僅かずつ光の粒子が流れてきて、小僧っ子に集まってる。上手くいったようで何より。
目を開けた小僧っ子は、困惑したように私を見ていた。それに、悪役っぽくニヤリと笑い返す。
「これでもう、人を襲う理由はなくなったな」
「…………あんたは」
「ようやく喋ったな。私はカロン、ただの魔法士だよ」
ただの魔法士。なお中身は(略)
「魔法士……? なんで、魔法士さまが俺を助けてくれたんだ?」
「理由なんぞ無い。強いて言えば、気まぐれだな」
本当に気まぐれだからな。コイントスで決めました、とは流石に言えない。
「見たところ、お前は人から吸血鬼に変貌したようだな。魔物にでも襲われたか?」
「…………」
「ふん、まただんまりか。まあいい……どのみち、お前が人に戻ることは、もはや無いのだから」
「……!」
息を呑む相手に、その希望的観測をぶっ壊す! という勢いで辛辣な言葉を吐く。
「もはや戻れはせんよ。この世界のどこを探しても、お前が人に戻れる方法は断じてない。それは諦めろ」
「なんで……あんたにそんなことが……!」
「決まっているだろう? 私がお前より、よほど長生きしているからだ」
無機物含んだ全世界最年長は伊達じゃないからね。
「だが、もしも僅かの可能性でも良いのならば、方法が無くはないな」
「あるのかっ!?」
「無くはない、というレベルの話だ。文字通り、神にでも頼むしかなかろう」
「神……そんなの、出来っこない……」
「その通り。神でさえ難しい話だろうが、原初神ならば不可能ではなかろう。もっとも、デメリットはありそうだがな。例えば、お前は一度死なねばならぬかも知れん。蘇生できる保証もない。そんな危険な賭けをしてまで得るべき事かね?」
神視点では理解できない感情だな。吸血鬼は生殖機能が無くなっているが、神像で作ることも出来るだろう。日が苦手で吸精のデメリットを無視すれば、頑丈だし不老だから素晴らしい能力だとは思う。ま、増えすぎても困るんだけどね。
「吸精の能力がある時点で、人と遜色ない生活を送ることは可能だ。これからは自身を律し、せいぜい人として長生き……」
『余計な事をする爺だ』
「……む」
唐突に小僧っ子の口から出た低い声色に目を向けた。見れば、小僧っ子は口を抑えて眉を顰めているので、自分の意思ではなさそうだ。
なんだなんだ、何が喋ったんだ?
とりあえず、時間停止して小僧っ子の様子を探った。魂に汚染も種子も無いのだが、肉体に異常があった。……ああ、肉体そのものに種子が植え付けられてるのか。つまり半異形化してるな。でも、今の声はいったい?
『ほう、時を止めるとは異様な力を発揮するな、神よ』
おっと、小僧っ子の口から声が漏れた。小僧っ子は時間停止した中でも動き、ニヤリと意地悪く笑った。おのれ、ニヤリ笑いは私の特権だぞ。被るじゃないか!
ともあれ、これでこいつの正体がわかったぞ。
「これは稀有なことだ。まさか、お前のような虚無の種子が、意思を持っているとはな」
『なるほど、看過したか。流石は時と夜の神だな。しかし解せんな。なぜ、貴様のような原初神がこのような場所にいるのだ』
小僧っ子はこちらをマジマジと見ているが、その目つきは抜け目ない。
やはり、種子が意思を持っていたのか。
種子とは、つまりこの世界に侵食してきた、虚無の根の欠片だ。これは虚無が意思を持っている、ということに他ならない。無我の化物である魔物に類似した何か、と考えるべきか。そして虚無の眷属なら、時間停止が通用しないのも納得だ。こいつには世エネも、おそらく時エネも通じないんだからな。
ま、それはそれとして~、消し飛ばすか。
「それじゃ~さようなら~また会う日まで~」
『……って!待て待て待てっ!? 何をいきなりこちらを消し飛ばそうとしている!? この小僧がどうなってもいいのか!?』
「え、別にいいけど」
『血も涙も無いなっ!? 罪もない幼気な子供を殺すことを良しとするのか!? 原初神はもっと慈悲深いという話だったではないかっ!?』
「あいにくと私は無慈悲でな」
魔法で消し飛ばそうとする私へ、それは慌てふためいている。ま、虚無と言っても小さいし、消すのに問題はない。それに自エネの魔法なら耐性ないしね、こいつら。
『と、ともかく待てっ!? 我は虚無とは別物になったのだ! もう虚無の意思とは関係がないっ!!』
…………はい?
・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・
ええとね、話を聞いたところ、この子供に憑いてる虚無の種子は、欠片であって本体とは繋がっていない。これは神様視点でも確認済み。そして、コレは小僧っ子を襲った、吸血鬼の始祖とも言うべき「虚無の眷属」から分たれた存在で、小僧っ子を吸血鬼に変貌させたのはコレが原因だそうだ。吸血の際に一定確率で種子の欠片が相手に入り込み、吸血鬼化するってこと、らしい。ああ、やっぱり吸血鬼はこの世界でも血を吸えば増えるのか。
で、コレはその吸血鬼化する際に潜り込んだ種子だったんだけど、異形化してやること終わったら自我が芽生えて小僧っ子とお話するようになった、らしい。つまり、フレンドリーな虚無だな。それもう虚無じゃなくね?
「なるほど、つまりお前は現在は無害だと。人間と共生しているなど眉唾も良いところだが」
『だ、だが事実であろう? この子供の過去を見てみればわかるはずだ!』
はいはい、確かにこの森にやって来てから頭抱えてブツブツ呟いてたけど、それってコレと話してたのか。はぁ、発狂してるだけかと思ってたけど違ったのね。
ともあれ、どうしようかなぁ、こいつ。
「……ふぅむ、神としては、お前は消し飛ばさねばならぬのだが」
『ぐっ……!? だ、だが我には出来ることなど何もないぞ! 力は此奴を変化させる際に全て使い果たしたからな!』
「まあ、無害なのは事実だろうが。しかし、お前はその小僧っ子が死ねば、虚無の根へと戻るのか? くっそ細い繋がりしか残ってないから、お前という種子そのものはもう戻れんと思うのだが」
『……そのとおりだ。我はもはやこの世界の虚無の根には戻れぬ。虚空に消えて、後は虚無へと散るだけ。再び消えて無くなるのだ』
魂もないし、転生も無理そうだしなぁ。
しかし、どうしよっか? 消すかどうか考えつつも、取り出しますは1枚のコイン。
『……おい、一体何をするつもりだ』
はい、運命のコイント~ス。
…………あ、表だ。運の良い奴め。
「ま、よかろう。お前は見逃してやっても構わぬ」
『待て。ひょっとして今、コインで我らの運命を決めなかったか?』
「気のせいだよ~ん」
『…………』
なんだね、その不満そうな顔は。そんな顔ができないように顔面改造してやろうか。改造されるのは小僧っ子だが。
生かすのは決めたけど、どうせだし安全だと思えるまでは、手元に置いておこうか。勝手に動かれて何かあった時に、私がやり玉に挙げられるのは嫌だからね。
「生かしはするが、しばらくはお前達は私が面倒を見る。異存はないな?」
『……ふん、我に決定権はないのだろう? よかろう、従おうではないか』
「素直でよろしい。……ところで、そのちびっ子はともかく、お前に名はあるのか?」
『……名か。本来は無いのだが、あいにくとこの小僧が呼んでいる名がある。それで呼ぶがよかろう』
虚無の名は、レビ。
そして少年の名は、ハディだそうだ。
シンプルで良いね。
そんな塩梅で、私は吸血少年とそれに憑く虚無と一緒に、行動を共にすることとなったのである。
ま、賑やかになっていいんでない?
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◇◇◇
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