私は彼のメイド人形

満月丸

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 え~その後、暴れるシシ爺さんを念の為という事で連れて帰ることにしたジュジュレ君一行は、挨拶もそこそこに馬車でさよならグッバイすることに。なお、シシ爺さんは「僕の家でおいしいステーキでも奢るからさ」というジュジュレ君の提案に、るんるん気分で着いて行きました。マジチョロいっすね、あの爺さん。
 まあそんな後ろ姿を眺めていれば、ツバキがなんだか不安げにしています。

「あの爺さん、本当に貴族様なのかな。……また約束、守ってくれるかなぁ」

 約束とはなんなのでしょうか、と疑問に思えど、まあそこまで口うるさく尋ねるのもアレなのでスルーしておきましょう。個人的な友好を結ぶのは自由でしょうし。

 はてさて、そんな一幕をラクル様へご報告すれば、当人はふーんと興味なさげでした。

「ペースティアの親父か……かつては後宮で王妃専属の医官をやってた癖に、今じゃ浮浪者とはな。落ちぶれたもんだ」
「そうなのですか?」
「ペースティアの医療技術は貴重だからな。赤子が死ぬのを避けたいと思うのは、どこも一緒だ」

 なるほど、それもそうですね。

「それに……出産の際に俺を取り上げたのも、あの親父だったはずだが」

 おお、ラクル様の出産に立ち会っていたんですか、あの人。ってことは、ひょっとしてパトリック様もあの人が? そりゃメチャクチャ名誉ある職じゃないですか。それがなんだって記憶を失って浮浪者なんかに。

「知るか、城で見てはならない物でも見たんじゃないのか? 口封じって線が濃厚そうだがな」
「記憶を消すような毒ってあるんでしょうか」
「さあな、専門家にでも聞け。……ああそうだ」

 と、そこでラクル様、手紙の一つをひらひらさせながら言います。

「アモラ風邪の流行は厳密にはまだ収まっていないんだから、奴隷共には気を付けさせろよ」
「あら、セーレの治療で全て治療されたのでは?」
「それでも、南部からまた来るだろう。事実、カノンで流行の兆しがあったんだ。こちらまで来るのに時間は掛かるだろうが、次はどデカい流行り病になるかもしれん。それ全部をあの女狐が治せるとも思えんからな」

 ああ、まあそれもそうですかね。一人で全員を治そうなんてマジ大変そうですから。
 しかし……そうなると、ひょっとして本来のゲームイベントにある疫病流行って、この兆しの方ですかね? このまま行けば防疫もあるので、夏くらいには王都へたどり着きそうです。防疫は聞くところによれば、王都へ入る前の城門でアモラ風邪に類似した病状がある人間を選別して隔離するそうです。けども、中には初期症状だから無症状とかでそれ突破する人間も居そうですよね。現実の世界のようなガッチガチの防疫スーツに身を包んだ姿では無いでしょうし、マスクもなければ細菌の概念も薄い世界です、漏れ出すのは致し方ない事でしょう。
 人形の我々ならともかく、生身の皆は危険そうです。どこから入ってくるかもわかりませんし、世間の動向はチェックしておきましょう。

「……特効薬の件で、ペースティアの奴をせっついておくか。王妃の農場経営が失敗に終わった以上、面倒事だが功績を上げるチャンスではあるからな」

 一方、ラクル様も悪巧み……もとい、何かの皮算用をしているようですが。
 ともあれ、アモラ風邪の対処法は若きジュジュレ君の双肩に掛かっていそうなのは確かでしょうかね。


・・・


 はい、ここはカルドラスの学園、一ヶ月ぶりに重役登校したところ、

「これはこれは、兄上殿。暫く見ない内にどこへ行っていたかと思えば、南国でバカンスですか。大層なご身分ですね」

 パトリックと取り巻きにエンカウントしました。正確には歩いていた廊下でバッタリ出くわして、双方共にメンチ切るのを辞めなかった結果がこれ、というだけの話ですが。
 一方のラクル様、面倒くさげに鼻で笑います。

「バカンスと言うほど気楽なもんじゃない、ボンクラ聖者のお守りだからな。ああ、教会を毛嫌いしているお前の家にとっちゃ、司祭派のリリネとロロネを助けたのは愉快な話じゃなかったかな?」

 ラクル様のお返しに、パトリックは軽く失笑します。

「御冗談を。メディス教会へ隔意など、それこそ口さがない下賤な者達のやっかみでしょうな」
「そうか、それならお前の母親へ、グランをとっとと手放した方が良いぞと忠言してやれ。あの爆弾男へ随分と執着しているようだからな、教会の心象を損ねるほどに」
「ご忠告感謝いたしますが、生憎と部外者の言葉に耳を貸す道理などありませんので」
「部外者が口を出さなきゃならないくらいの事をしているという自覚がないとはな。これはこれは、セグナ―トも随分と……耄碌したものだ」

 はっ、と嘲笑するラクル様。パトリックは苦虫を噛み潰したような顔で、取り巻きの人たちの野次も控えめです。
 実際、第二王妃が教会にそっぽを向いたこと、貴族社会での受けはあまり良くないようですからね。信仰というのは面倒ですが、人心を集める為にもおざなりにはできないのでしょう。
 しかしラクル様、自分も教会の寄付を打ち切るとか言ってたくせに、こういう時は棚上げするんですから。日に日に良い根性してきてますよね。
 と見ていれば、

「……パトリック、何をしている?」

 向こうから颯爽とやってくるのは、青髪美男子、グラン・ハートストンです。相変わらず筋肉が程よく付いているイケメンですね。ラクル様は眉顰めてますけど。

「なんでもない、グラン。少しばかり世間話をしていただけだ」
「そうか……なら、構わないが」

 そう言いつつも、めっちゃラクル様の事睨んでますよ。汚い物を見るかのような目線に、されどうちの成長したラクル様は気にも留めません。背後に私が居るんで、尚のこと余裕綽々ですね。ちょっと胸張り。

「おい、グラン・ハートストン」

 おっと、そこでうちのラクル様、グランを呼び止めました。
 ゆっくり振り返ったグランは、紫の瞳を眇めてます。

「なんだ、ラクル・イズレルカ」
「……お前、メアリから何か聞いていないのか?」
「何、を」

 一瞬、グランは言葉に詰まりました。私も思わずラクル様を見ました。
 当のラクル様は、真剣な顔でグランを見つめています。

「十年程前、俺の屋敷に襲撃者共がやってきた日、メアリ・ハートストンはお前の家の使者と話をしていた。当時のお前の家の当主……お前の祖父だったか、そいつはいったい、メアリに何を吹き込んでいたんだ?」
「……何を言っているか、わからんな。彼女との縁はとうの昔に切れている。知りようがない」
「そうだな、お前の祖父が追い出した妾の女の、その子供だ……だからだ、ハートストンが襲撃の直前に、縁を切ったはずの妾の子へ知らせを届け、彼女はそれを突っぱねた。さて、それはいったい何故なんだろうな、と」

 カツカツとラクル様は歩み寄り、グランを睨め上げます。

「お前の家は、本当にメアリを殺していないんだろうな?」
「…………違う、あり得るわけがないだろう! メアリ・ハートストンは俺にとっても叔母にあたる方だ、殺すわけがない……!」
「どうだかな。……お前が俺を嫌うのは、メアリを俺に取られたからだと思っていたが……まあいい。どうせ急死したお前の先代や先々代が何をしていようと、お前まで話が伝わっているとは思わん。だが」

 ラクル様、すれ違いざまに低い声で囁かれます。

「この報いは必ず受けさせる、一族郎党、末代まで、必ずな」

 その視線は過たず、パトリックにも向けられていて。
 過ぎ去っていくラクル様の背を見つめ、私は小首を傾げます。
 彼の薄暗い感情は、あれ以降から感じ取れる糸を通して、私にも伝わってきました。されど、どこか暗いだけの感情では無くて……なんでしょう、どこか試しているかのような……。

「……グラン、気にするな。あの男の癇癪は、今に始まったことじゃない」
「あ、ああ……わかっている」
「もうすぐ剣技大会の本戦だ。私と共に戦うのだから、腑抜けてはいられないのだぞ」

 ………………。
 …………はい?

「失礼、グラン様はともかく、パトリック様も剣技大会に?」
「お前は……あの時のメイド」

 パトリック、人の顔を見て嫌そうな顔をしない。まあワインぶっかけたり塩ぶっかけたりしたんで、嫌われてて当然かも知れませんけど、何事も外面は大事ですよ。
 されど、グランは気にしないようで、冷や汗を拭きつつ答えます。

「ああ、ナスタシア様が俺のチームにと、パトリックを入れたんだ。未来の王たるもの、剣技も一流でなくてはならないと。チーム戦では負傷者の交代を認めているからな」

 普通、事前にメンバー登録しておかなくっていいんですか? いやまあツテで無理矢理ねじ込んだってことでしょうけど、っていうか、それもう完全に他チームの優勝は無理って事ですよね。未来の王をメッタメタに出来るわけ無いですもんね。あれ既視感。
 しら~っとした目をパトリックへ向ければ、あちらも引きつりつつ言い返してきます。

「剣技大会では正々堂々、相手がどのような身分であろうとも手を抜くことは禁止されている。たとえ王子であろうともな」
「でも普通は忖度しますよね、相手が王子なら。知人に緑薔薇の騎士がおりますが、彼みたいな人間が対戦相手ならば、将来的に顰蹙買う可能性が出てまで規定通りに倒そうなんて思う者はいないと思うのですが」
「……」

 ありゃ、黙っちゃいましたよ。後ろで取り巻きのご令嬢がなんか「メイド風情が失礼だわ!」ってキーキー言ってますけど~、私の耳はその高音をすり抜けるのでスルーです~。
 ……しかし、これは……、

 ……使えますね!

「なるほど、次期国王にふさわしい武を、ですか。面白いじゃありませんか……ふふふ」

「……なあパトリック、このメイドはどうしてここまで態度が大きいんだ? メイドなのに」
「私に聞くな」

 背後のBGMなどなんのその、スキップしながらラクル様へご報告しに行きましょう~。
 これは、面白くなってきたじゃありませんか。

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