私は彼のメイド人形

満月丸

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 タータが特上猪肉を狩ってきたお陰で、その日の夜は村総出の焼き肉パーティになりました。そこら中で篝火を炊いて、大きなキャンプファイアーを中心に持ち寄った肉類を鉄板で焼いて回る、謝肉祭的な感じの祭りだそうで。水不足で獲物が寄り付かないここの土地では、とても珍しいことなんだとか。まあ、河川から水を運んでくるだけで一苦労ですから、その苦労は察して余りあります。
 親方さんの挨拶の後に、そこらで行われるのは労働者達の慰労も兼ねた酒の大盤振る舞い。腐りにくい酒は十分にあるそうで、こちらをジョッキ片手にみんなワイワイと大盛りあがり。アレですね、冷蔵や水道技術の重要さをここでも学びます。雑菌が繁殖すると水って腐るんですね、水源の井戸が枯れてるそうなのでとても手間が掛かります。
 ……思うんですけど、もし私が人間の体のままにこの世界に来ていたら、普通にお腹を壊しそうですよね。衛生観念、微生物の知識の有無、これらが無いだけで毎日がトイレ通いの生活になっていたのかもしれないので、つくづく、この体で良かったのかも知れません。でも早く人間になりたいな。
 そんなことを噛み締めつつ、常人には見えない速度でペペペペイッと焼き肉を焼きまくっていれば、周囲の人々から「なんだあのメイド……」という目で見られました。ふふふ、私の肉焼き技術は素晴らしいでしょう? 焼肉奉行という称号を頂いても遜色ない働きですよ、絶対。
 イノシシ肉を焼いていれば、なんかラクル様が見に来ました。ニコくんがこっそり後ろから様子を見に来てるんで、宴席から抜け出してきたんでしょう。お暇だったんでしょうかね。

「どうにも、落ち着かんな」
「お気に召しませんでしたか?」
「ああ、いや、そうじゃなくて……この手のものに、縁がない」

 ……ああ、お祭りなんて縁遠い生活を送っていらっしゃったようで。私が来るまで夜も気が気じゃない感じでしたし、人混みなんて怖くて行けなかったんでしょうね。
 なので、捌いたばかりの肉で焼き上がった串焼きをお出しします。これなら安全ですので。

「今は我々がおりますので、存分にお楽しみ頂いても宜しいですよ。あちらでは踊りを踊っておりますし、どうせなら誰かと踊られてみては?」
「冗談言え、相手の足を踏みつけろってか? それに、俺と踊ろうなんて言う酔狂物が居るものかよ」

 まあ、お偉いさんですからね。正確にはどえれぇお偉いさんなんですが。その辺は既に周知されているらしく、村人たちはラクル様には近づきません。戦々恐々、何か粗相をしないか心配してる雰囲気が出まくってます。
 一方、リリネはナチュラルに村人の輪に入ってます。親方さんの酌を受けつつお茶を飲んでほわ~っとした顔です。締まりのない顔ですけど、サリハ司祭も諦めたようにお茶を飲んでいます。聖職者はお酒が飲めないらしいので、飲んでいるのはこの辺ではポピュラーなお茶だそうで。根っこみたいな味がするそうですよ。あまり美味しくなさそうです。
 あ、リリネが村の子供達に誘われて踊り始めました。あわあわしてますけど、だんだんとノッてきたのかきゃっきゃっと笑いながら適当な踊りを踊ってます。くるくるくるくる、大丈夫なのかってくらい回ってますけど、平然としていますね。意外と踊りとか得意なんでしょうかね。
 と、それを見ていたラクル様、片眉上げて小首を傾げています。

「あんなんでも、取り柄の一つはあるもんだな。……おい、人のこと言えないって言うのは無しだぞ」
「いえいえ、まだ何も言ってませんが」
「目が口ほどに物を言ってんだよ」
「あらいやだ」

 作り物なのにわかっちゃいますか、流石は作り主様。この手の読心術は当たり前になりつつありますね。まさに阿吽の呼吸。従者としては喜ばしいことです。
 と、そこでラクル様、マナーなんぞドブに捨てるような勢いで肉串に齧り付きつつ、ピンときた顔で何かを呟きます。

「……ああ、そういえば、そんなのもあったな」
「え?」
「まあ、ちょっとした実験だ」

 そう言ってから、掌をリリネへ向けました。
 すると、急にリリネが「うひゃぁっ!」とか叫んだかと思えば、軽やかなステップを踏み始めました。あら、あの踊りは……。
 周囲の歓声を尻目に、リリネは必死な様子でこっちへ視線を向けるも、ラクル様は気にした様子もなく掌を向け続けています。そして小さく舌打ち。

「力を入れすぎだ……それと、魔法の動かし方が拙い……マジであいつ不器用だな」
「ひょっとして、魔法を使わせようとしてます?」
「ああ、以前読んだ本に、妙な魔法使いを紹介している話があってな。中でも奇妙だったのは、逆立ちしながら口で魚を咥えつつバタ足しながら10メートル前へ進まないと魔法を使えない男の話があって」

 なんすかそれ、魔法使いの幻想が音を立てて壊れていきそうな光景っすね。

「それは顕著な例だが、いろいろな魔法の行使方法があるんだとよ。で、あいつの魔法は、おそらく動作があったほうが行いやすいのかもしれない、と思ってな」

 目線を戻せば、リリネは優雅に踊りながら微かに発光してました。ラクル様の手によるステップを踏み、当人は目を伏せ、何かに夢中になるかのように、ただ踊り続ける。燐光が尾を引いて彼女へ纏い、白い衣と相まって、まるで舞台衣装のようで。
 気づけば、皆がそれを見つめていました。月夜の元で、キャンプファイアーを背景に踊り続ける聖者。なるほど、確かに神秘的な何かを感じます。
 不意に、歌が響きました。踊るリリネが歌い始めたのです。

 ――それは、雨乞いの歌。干からびた大地へ恵みを望む、女神への嘆願の歌。 

 後に知ったところ、それは多少のレパートリーは違えど、この大陸の南部では広く知られている歌だそうで。
 一人が手拍子を鳴らせば、他の一人も、そして次の一人も手を鳴らし、誰かが持ってきたのか太鼓の低音が響き渡り、その音の輪は徐々に広がっていきます。歌を知らぬ者は手を叩き、歌を知る者は口ずさみ、太鼓の一撃は腹の底を響かせ、人々の声もまた大きく広がっていく。
 その唐突で奇妙な雨乞いの儀は、見ている者としてはどこか神秘的で、なのに寂寥感を抱かせるような代物で。なんでしょう、ちょっと感動しているのかも知れません。

「……よし、調律はいい。あとは、」

 ラクル様は両手を広げ、リリネへ向けて言い放ちます。

「思いっきり放て」

 それを聞いていたかのように、リリネが大地を一踏みすると、彼女は目を見開きます。
 そして天を仰ぎ、両手を掲げ、唇を震わせる。

こぼれよ雨よ! あふれよ水よ! 天の杯が空になるまで降り注げ!」

 祝詞のような言葉と同時、天へ広がる光の渦。
 それは空へと上がっていき、代わるように、空は凄い勢いで雲が広がっていき……、

 そして、ポツリ、と、雨粒が一つ。

 最初の一つを皮切りに、一つ、また一つと、そして遂には雷雲轟くような大雨が、バケツを引っくり返したかのように降り注いできました。

「おお……雨だ、雨だぞ!」
「ああ、これで大河まで水を汲みに行く必要がなくなる……!」
「ありがたやありがたや」

 村人達は急な大雨でも大歓声で、むしろ雨に濡れても構わず踊り始めます。
 一方、踊り終えたリリネはほわ~っとした夢見心地な様子で、親方達が跪いてから、ようやく我に返ったように慌て始めました。
 それを遠目で見つつ、私は素直に感嘆の言葉を漏らします。

「彼女、本当に聖者だったのですね」
「ポンコツだがな。……まあ、ようやくスタートラインには立てたって感じだが」
「これで、彼女の地位は安泰でしょう」
「まさか、俺のアシスト無しじゃ、魔法も満足にできない奴だぞ? まだまだ鍛える必要がある」

 とかなんとか言っちゃって、ちょっと嬉しげなのは見ていればわかりますよ。素直じゃないんですからねぇ~。

 ともあれ、その夜は皆が雨に歓喜する良き日となって終わりました。雨は一昼夜も振り続け、干ばつに襲われていたその地域を救ったわけです。良かった良かった。
 あ、でも、次の日から魔法ができて鼻高々なリリネを、ラクル様の容赦ないツッコミでヘコませていたのは変わりません。自分が踊りながら魔法を使えば良いっていうのはわかったんですが、肝心の集中力そのものが踊りか魔法操作かで偏るため、やっぱり一人ではこなせないようでして。まだまだ手がかかりそうですねぇ。


・・・


 ……雨によってしとどに濡れる荒野、その中にある村落は、連日がお祭り騒ぎのように賑やかであった。水瓶から溢れるほどに雨が降り、枯れ果てていた井戸水が徐々に戻りつつあると、誰かの嬉しげな悲鳴が響いている。
 そんな声を聞きながら、サムは一人、ラクル達が泊まっている宿の軒下で、見張りをしていた。夕刻に差し掛かり、日も落ちてきた現在、遠くの人の顔も見えないそれはまさに黄昏刻か。
 その都合の良い影に乗じながら、冷え込んできた気温の中で、防寒着のマフラーをずり上げる。

(……今日で三日目か)

 水不足が解消したのはいいのだが、雨が降れば気温も下がる。見張りには辛い気候になりつつあるものだ、と胸中で愚痴った。

(闇蜉蝣か……あれから接触はないが、いつ来てもおかしくはない……油断はできん)

 この見張りも、どちらかというとサムの自発的行動であり、他の者は知らない。そもそも、それをサムは悟られるつもりはなかった。

 闇蜉蝣という組織は、サムにとっては縁深い、斬っても切れぬ関係であった。物心つく頃にはあの組織の中に居て、他のたくさんの孤児と同じく暗殺の技能を叩き込まれていた。その大半は数にも入らぬ下っ端として、各所の情報収集やスパイ行動を行い、秀でた者たちは番号を与えられ、構成員としてカウントされるようになる。サムもまた、木っ端仕事から数々の苦難を乗り越えて、番号付きになった。
 暗殺組織、闇蜉蝣という存在は恐ろしく狡猾で情報網が早い。そのトップである教主、幼い少女である彼女と、それを補佐する『大老』、彼らが全ての情報を得て指示を行う。
 サム……36番もまた、そんな教主の動かすコマの一つに過ぎなかった。

(……それが、気づけばこんな場所にいるわけだ)

 裏切ったことについて、後悔はあまりない。というか、未だに実感が湧いてこない。先に切り捨てたのはあちらだし、メアリの提案に乗ったのも成り行きだ。どちらかというと、今見ているこれはただの夢で、いつか元の生活という現実へ戻ってしまうのではないか、とすら思う。

(暗殺者なんて、しかも闇蜉蝣なんていう存在だ……そのはぐれなら、どこの権力者も消したいと思うのは当然だ)

 カルドラス王国の暗部にまで食い入る闇蜉蝣、一説では、王族にすら依頼されたこともあるという。そんな組織に属する構成員が裏切れば、あらゆる権力者は全力で潰そうとしてくるだろう。
 不都合な事実……例えば、政敵の子殺し、正妻への堕胎薬の混入や、その家にとって大きく不利になる情報、それらに触れている可能性が高いのだから。
 つまり、サムはこのカルドラスで、あらゆる存在から命を狙われる可能性がある。

(……筈、なんだがなぁ)

 だというのに、どういう訳か、サムへの攻撃がまったく見えないのだ。外へ諜報に出ても、こうして旅をしていても、闇蜉蝣はおろか他の貴族の横槍すら見えない。

(まさかとは思うが……闇蜉蝣め、自分の裏切りをどこにも周知していないのか? 自分の存在を貴族に流せば、連中は血眼になって探してくる……そう、勝手に捕まるはずなんだ。なのに、なぜ……)

「なぜ、お前を捕まえないのか? 不思議かな」

「っ!?」

 深い思考から一瞬で跳ね起きるように飛び退り、武器を手にそちらを凝視した。
 既に暗い夜景の中で、ひたり、と、音もなく何かが歩いて来た。

(……まったく、気づかなかった)

 いくら考え事をしていても、気配察知を怠るような生半可な修練を通ってはいない。たとえ寝ていても起きられる自信のある自分が、声をかけられるまで一切の感知が出来なかった事実に、サムは心胆が震えた。
 そんな相手に、影は笑うように肩を震わせた。

「まあ、そう怯える必要はなかろう。ワタシは、害意を持って近づいてきたわけじゃぁないんだよ」
「……あんた、まさか……4番か?」
「久しぶりだ、元兄弟。君や他の番号付き達が居なくなってから、その穴を埋めるのはとても大変だったよ」

 一つ小首を傾げてから、人影はニヤリと笑みを浮かばせ、両手を広げた。

「36番、帰ってくる気はないかな?」
「……なん、だと?」
「大老達の宝石が、君の主人を所望しているらしい。だから、そのお誘いなのだよ。君を生かして放置していたのも、全ては君に価値があるからだ。そう……」

 そして人影は、悪意の言葉を吐き出した。

「我ら、闇蜉蝣にとって、ね」

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