私は彼のメイド人形

満月丸

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 ギンとツバキは、二人仲良く市場を歩いて回っていた。その両手には、そこそこの量の食料品が積まれている。小さなツバキでは持ちきることができないので、ほとんどはギンが手にしていたが。

「うー!」

 ツバキはどこか楽しげにギンを手招いては、市場の物珍しい何かを見ている。寒村育ちの彼女にとって、こんな大きな市場は見たことがないからだろう。ギンもそれは同じだが、そこは年の功、明け透けに驚きを外に出すことはない。
 注目しすぎて人にぶつかりそうになっていたので、ギンはツバキの手を掴んで引き寄せる。ツバキは驚いた顔をしているが、意思疎通が不十分な今となっては仕方ないことではある。
 慌てすぎて人にぶつからないように、と言う意味を込めて見つめれば、それを理解したのかツバキは少し恥ずかしそうにそっぽを向いた。素直じゃないのは今も昔も同じことだ。

 あらかた買い物を終えたところで、ギンは道の走る大きな馬車を目にし、思わず荷物を落としてツバキを引き寄せた。何事かとツバキもそれを見れば、彼女も同じく顔を顰めてギンの服の裾を掴んだ。
 二人の前を悠々と闊歩していくその馬車は大列を成しているようで、数台分の幌馬車と多くの檻の付いた馬車が、従順に後ろをついていた。そう、檻の中には人が鎖で繋がれている。奴隷だ。
 檻の中の人々は皆が皆、希望を失ったかのような淀んだ暗い顔をしている。鎖のついた首輪をはめられ、ボロ着と汚れた悲惨な姿のまま、その境遇を受け入れられないかのように重く沈んでいる。
 それを率いる人間たちは、皆が皆、どこか後暗い光を帯びているように見えて、ギンは思わず目線を逸した。
 自分たちを捕まえた連中にとてもよく似ていると、ギンは思った。

「うー……」

 不意に、ツバキが心配げにギンの顔を覗き込んできた。こちらの身を案じているかのようなその顔に、ギンは思わず涙が出そうになってしまって、慌てて空を向いた。
 血の繋がりがない相手、そこまで親しくもなかったはずなのだが、今となっては本当の孫のように気の置けない仲となってしまっている。なんとも不思議な状況だと、ギンは一人胸中で呟く。

「! うー!」

 不意にツバキが手を引いてくる。何事か、とツバキの視線の先を見れば、そこには売れ残りの花が一束。
 既に萎れかけているそれを、市場の店主は乱雑な手付きで重ねていた。

「うん? なんだ、お嬢ちゃん」
「うー!」
「……ああ、こいつかい?」

 店主は花束を手にして、肩をすくめた。

「もう枯れちまうから、売りには出せない。捨てるしか無いから欲しいならやるけど、それでもいいかい?」
「うー!」

 頷くツバキに苦笑しつつ、店主は手早く花を紐で括り、ツバキへ手渡した。

「しかし、嬢ちゃんも喋れないんだな。爺さん、あんたもかい?」
「……?」
「ここらじゃ多いからな、そういう奴隷」

 商人は少し声を潜めて、囁くように言った。

「カルドラスは奴隷が盛んだからな。俺たち流れの商人にとっちゃ、ちょいと居心地が悪い。この辺の近隣諸国で、奴隷産業で儲けてるのはここくらいだからな」

 商人曰く、カルドラスの奴隷に関して、近隣諸国はいい目で見ていないらしい。人道に悖る、倫理に反する、しかしそれ以上に問題視されているのは、

「……誘拐、もあり得るしな」
「…………」
「東の国境沿いの村が、山賊や魔物によって潰されるのも珍しくはない。……が、それって本当に賊や魔物の仕業なんだろうかねぇ……おっと、これ以上は不味いかな」

 ははは、と朗らかに笑いながら、商人はツバキへ痛ましげな目を向けて言った。

「……頑張んなよ、お嬢ちゃん」

 それに、ツバキはただ、黙ってそれを受け取った。

 …………商人と別れ、宿への道を歩いている最中、ギンはツバキの様子を気にかけていた。やはり先程の話が引っかかっているのだろう。
 無理もないことだ、と、ギンは思う。
 親を目の前で殺され、喉を潰され、人を人とも思わない扱いをされてきたのだ。年若い子供が経験して良いことではない。ギンくらいの歳ならば、そういった理不尽さにある程度の諦観を抱くことも出来るが、若い彼女には難しい話だろう。
 とはいえ、初めての飼い主でもある現在の主人は、やや怒りっぽいが寛容な人物だ。噂に聞いていたほどの扱いはされず、むしろ高待遇といっても過言ではない。それまでの村の生活よりもずっと豪華なそれに、奴隷となってから目を白黒させたものだった。

「……」

 ギンは、ツバキの頭を撫でる。
 見上げてくるツバキは、少し意外そうにこちらを見つめ、ふわりと柔らかく微笑んだ。
 ポンポン、と頭を軽く叩いてから、宿へ帰ろうと手を引く。その手を握り返してくる少女の暖かさに、失った孫の面影を感じさせて、ギンは静かに目を伏せた。


・・・・・・・・・・


「ほぅ、まあ野営に比べれば、悪くはないな」

 ラクル様の第一声に、私は背後でサムズアップ。他使用人も安堵したようにホッと息を吐いてます。流石に連日の旅のおかげで、判定も甘くなっていたのでしょう。前だったら絶対に駄目出しされてたでしょうし。
 それに、影のMVPはツバキでしょうかね。市場でタダで貰ったらしい花束のおかげで、部屋の印象がガラリと変わります。野花の方はリリネに部屋に移動させました……え、聖者を敬わなくて良いのかって? すみません~私スパゲッティ・モンスター教徒なので、異教を敬う習慣は持ち合わせてませんので~。
 ともあれ、見られるようにはなった部屋で、ラクル様の夕食をお出しします。市場の期限ギリギリ安売りパックのおかげでレパートリーだけは豊富です。王族の口に入れて良いものじゃないんですけど、資金難なので。巡礼費は教会から出ている分で全てなので、我々もそれでなんとか凌がねばなりません。というか、残ってる資金見せられて絶句しましたからね。今までどうやって生きてきたんでしょうか、彼女。

 そんな遠い目線で食事を終えるまで待っていれば、ふと、階下から声が響きました。何事ですかね。

「ラクル様、少々失礼いたします」

 断ってから、音もなく階下へと競歩で移動。
 で、下のカウンターでは、複数人の男どもが群れをなしていまして。

「だからここに居んだろぉ、聖者ってのが! この俺の前に連れて来いって言ってんだよ!」
「え~……いえ、でも、そのぉ……」

 …………なんでしょうかね、騒動の予感。
 されど、迫りくる障害物があればこちらから粉・砕☆するのが筋。
 なので出ましょう、堂々と。

「何事ですか」
「あ、お客さん……ええと、こちらの人、いえ、お方が……」
「ああ?」

 柄悪くこちらを睨めつけてくる男、いかにも「俺ワルやってます!」と言わんばかりの服装。っていうかなんですかその肩パッド、どこの世紀末ですか。王都のワルの間で流行ってるとか聞きましたけど、着けてる人なんて今始めて見たくらいですよ。
 などと思っていれば、男は私を見てあんぐりと口を開けてから、指差してきました。

「……す、すげぇ、美人……お、おい、まさかお前が聖者」
「いえ、私はただのメイドですが」

 やめてくださいよ、ポンコツリリネと間違えるの、なんだかイラッとします。いえ、私も大概にスカポンタンですけど。
 人違いとわかった男は、ほっとしたようで、次いで態度を変えてドスの効いた脅しをかけてきます。

「おうおう! ここに聖者が居るんだろぉ? すぐに出しゃお前に手出しはしねぇが、逆らうと痛い目見てもらうぜ!」
「なんというテンプレ台詞……失礼ですけど、チンピラごっこよりもご勉学に励んだほうが宜しいですよ」
「あんだとこらぁ!?」
「このアマ! テオさんが下手に出てりゃ言いたい放題……!」
「やっちまいましょうぜ!」

 やいのやいの、騒がしいチンピラ共です。
 しかし、呆れてしまいますね。

「ここの領主、バーレン卿のご子息ともあろうものが、随分な横柄さですね」
「なっ……! お、お前……なんでそれを……!」
「剣の鞘にバーレン家の刻印がありますので」

 城門の旗と同じ家紋です。家紋を腰につけて何やってんですかね、家を貶める行為だって理解してるのやら。
 さーてどう掃除しよっかなー、と思いを馳せていれば、階上から軽い足音が一つ。

「……あん? なんだよメアリ、騒がしいと思って来てみりゃ」

 そこにはチンピラが似合うナターリヤ、ことタータの姿が。
 彼女は横柄な目線で男どもを睥睨してから、顎を上げて鼻で笑います。おお、こちらはサマになってます。

「おもしれぇ事になってんじゃねーか。カチコミかぁ?」

 この世界にヤクザって居るんですかね、チンピラ語がご堪能なようで。

「な、なんでこのアマ!? 女風情がしゃしゃり出てくるんじゃねぇよ!」
「あ? てめぇらこそ大の男が雁首揃えて、なに女を恫喝してんだよ、女々しい野郎だな。ああ、てめぇら三下は集まらないと荒事もできねー腑抜けなんだな。そりゃ傑作だ」
「……っ! このクソアマ……!!」

 おっと、あちらが剣を抜きましたよ。これで正当防衛が通用しますね。
 タータは肩を竦めてから、スラリと腰の剣を抜いて、一歩、踏み出し……、

 ――次の瞬間、その姿が掻き消えました。

 小柄故に身を低くして相手の懐に入った彼女は、一人の顎を剣の柄で打ち上げて昏倒させ、

「なっ……!」
「はっ! おせぇよ!」

 倒れる男の身体を影に見事な足捌きで次の相手へ。別の男の獲物を剣で叩き落としつつ、逆の手で顔面パンチ。痛そう。
 後はもうクルクルと踊るように一団を次々と昏倒させ、それが止まった時には全員が地に倒れ伏しました。
 シャキン、と剣を収めつつ、タータはツバでも吐きそうな顔で言い捨てます。

「弱えぇっ! くっそ弱ぇよ!! お前ら本気で何しに来てんだよ! 魂取りに来てんのならもっと気合い入れろや雑魚どもが!」
「タータ、彼らは聖者に用事があるようでしたが」
「バーレン卿の一人息子がこんな夜に聖者を出せとか騒いどいて、何もないわけがねーだろ。どうせ教会の息でも掛かってんだろ。おい!」
「ひぇっ……!?」

 やられたふりして狸寝入りしていた男を、容赦なく蹴っ飛ばします。例のバーレン卿のドラ息子ですね。
 尻もちついている相手へ、タータはドスの効いた笑みで剣を突きつけ、恫喝します。

「で、お前らの目的は聖者の誘拐だろ? どうせ聖者派連中から金でも貰ってんだろう」
「そ、そ、その通りだ!」

 おや、あっさりと口を割りましたね。まあ金で雇われたチンピラなんて、こんなもんでしょうけど。
 男はガクガクと震えて怯えた獣みたいな顔をしながら、洗いざらいを吐き出します。

「さ、酒場で飲んでるところで、男から頼まれたんだよ! 聖者リリネを秘密裏に指定の場所へ連れて来れば、大金と俺が気に入ってる酒場の女をくれてやるって! た、たぶん奴は教会関係者だ……」
「特徴でもあったのか?」
「ちらっとだが見た顔だったんだよ! た、確か教会の司祭の一人だ……!」
「ふーん、で、それ証明できんのか?」

 無言になるそれに、タータは舌打ちを一つ。

「尻尾は掴ませねぇか。今から教区長のとこにでも行って一暴れしてやろうかね」
「お尋ね者になった場合は、手助けはできませんよ」
「ちっ、ケチくせぇこったな」

 疑惑は濃厚だとしても、無断で裁くことは出来ません。ちゃんととした証拠を持って司法に望まねば、我々がお尋ね者になってしまいます。ラクル様の野望が潰えるような真似は、メイドとして無視出来ませんからね。そこは偽セーレの対応と同じです。

「しかし、どうしてバーレン卿の息子である貴方が、そんなあからさまに怪しい依頼を受けたので? 下手をすれば教会と戦争になっていたでしょうに」
「……お、俺の親父は教会にたんまり金を払ってる! 罪になんて問えるもんかよ!」
「お決まりの馬鹿だったな。どうするメアリ? 足の一本や二本やっとくか?」
「ひっ!?」

 脅かすようなタータに、あえて否定はせずに天を仰ぎます。

「それも宜しいのですが、ここは一つ、敵の本拠を叩いたほうが有益かと」
「っていうと?」
「そうですね……貴方、名前は?」
「て、テオドール、だ」
「ではテオドール。私達を指定の場所まで案内しなさい」

 驚くあちらへ微笑みながら、私は妙案をドヤ顔で告げました。

「聖者を攫おうとした不届き者共を、この目で見てみたいと思いませんか?」

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