私は彼のメイド人形

満月丸

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今日は学園へ来ております、私です。

 しかし、授業中はやっぱり暇でして。あまりにも暇なので、部屋の外から覗きながら一緒に勉強でもしようかと思ったんですけど、やはり文字がはっきり学べていないので、それ以前の問題なんですよ。わりと小難しい文法も多いので、小学生レベルの読解力しかない私には、どだい無理な相談でした。やはり高等科なだけはあるんですね。
というわけで、今日も今日とて学園を放浪しております。ちゃんとケフの現在位置も確認していますので、この間のように廊下でかち合う心配もありません。相手にすると疲れるんですよね、あの人。

さて、だーれもいない中庭をテクテクと横切っていたところ、ふとベンチに座るお爺さんを見つけました。
長い白髭に黒色のローブ、頭の上にはくたびれたトンガリハット。いかにも魔法使いって感じのその風体に、私は思わず足を止めました。

…あ、この人、ひょっとして…。

知っている顔を見かけたので、思わずまじまじと見ていますと、そのご老人は私に気づくこともなく、何かぶつぶつと呟きながら手元の何かを覗き込んでいるのです。なんでしょう、カードですかね?

「ほぅ、いかんのう、実にいかん。全くもっていかんの、ほぅほぅ」

相変わらずほぅほぅ言ってますね。あの口癖から、フクロウ先生というあだ名が付いているわけですが。

ええそうです、あの人こそがこの学園の名物教師、占い学のフクロウ先生です。大きなまん丸お目々が特徴な、その日の運勢よろしくイベント先を占ってくださるアドバイザーでした。

と、そこでフクロウ先生は、ようやく気がついたように顔を上げて、私を見ます。
で、目を丸くしてから、思わずといった風情で立ち上がりました。

「…おお、これはこれは…なんとも、珍しいお客人だな、ほぅ」

おや、興味を示していただけたようで。
なので、こちらも頭を下げておきましょう。

「ご機嫌ようございます、フクロウ先生」
「わしの名前を知っておるとは、これは良き兆候だのぅ」

兆候ですか。一体何の兆候なんでしょうかね。
訝しがる私へ、フクロウ先生はフクロウのような丸い目をこちらに向けてきます。

「美しいメイドさん、何かお悩みかね」

ん~、悩みですか。まあ、あると言えばあるんですが、さりとてこの方にお話しして、どうにかなるようなものではないでしょう。
しかし、ここでゲーム中のお言葉を思い出します。
占いとは、あくまで道の上に佇む看板のようなものだ。その内容を読んで思い通りの道を歩めるかどうかは、当人次第。見るだけなら損はない、と。
なので、聞いてみるだけ聞いてみましょうか。

「一つ、ございますが」
「ほぅほぅ、なるほどのぅ。ならば、こちらへ座りたまえ」

促されたので、先生の隣に座ることに。少し逡巡しましたが、まぁ知ってる人ということもあったので、流されるが儘、隣に腰掛けます。
隣に座ってわかったのですが、フクロウ先生はカードを捲っていたようでした。占いで使うカードでしょうかね。私には意味が分からない絵柄がたくさん並んでいます。
先生は慣れた手つきでそのカードをシャッフルし、山札をベンチの上に置いて、私に向き直りました。

「さて、メイドさん。お主の悩み事を、心の中で考えてみなさい。……考えましたかな?ほぅほぅ、では、それを維持したまま…」

皺深い手がくるりと翻り、山札の一番上のカードを捲って、横に置きます。
そのカードは、平たい大地を掲げる女神。

「ほぅほぅ、これは…完成へと至ろうとしておる。同時に、何か大きな選択を成さねばならぬ時も近づいておる。それは巨大な壁となって、お主の前へ立ちはだかるだろう。だが、それに恐れを抱かず突き進んで行けさえすれば、手に入るべきものが手に入ろうて」

完成へと至ろうとしている…それはラクル様は王になれる、ということでしょうか。
そのままフクロウ先生は、次のカードを捲ります。
それは、ラッパを吹き鳴らす天使のカード。

「ほぅ…少し変わっておるのぅ…再生を望んでおるとは」
「再生、ですか」
「左様、やり直したいと願っているのだな、これは。あるいは後悔しているのかもしれぬ。だからこそ、一度それをリセットしたいと願っておるのだろうて」

リセット?一体誰が、なんでそんなことを望んでいるんでしょうか…まさか私が?御冗談を、これ以上のやり直しなんて望みませんよ。
私の困惑など余所に、フクロウ先生は3枚目のカードを捲りました。
それは車輪の絵札。

「これから大きな転機が訪れる…それは決して回避することはできぬ。しかし、その転換は決して悪いことではない………まあ、要は当たって砕けるということだな、ほぅほぅ」

という感じで、先生は話を締めました。
当たって砕けろ…いいですね、悪い意味じゃないと思いますし。それに私らしくていいじゃないですか、場当たり的な行動は得意ですよ。
フクロウ先生はカードの表面を撫でながら、訥々と語りかけてきます。

「これは全て、可能性の一片に過ぎん。運命と必然の可能性を垣間、覗き込んだだけに過ぎんのだ。ほぅ、当たるも当たらぬもお主次第だよ」
「ありがとうございました、参考にします」
「ほぅ…して、メイドさんや。お主の綺麗な瞳を見ていて思い出したのだが…昔々、それはそれは美しい女性がここにおったのだ」

おや、急に話し出しましたよ。割と唐突に話し出すんですよね、この人。
フクロウ先生は、空を見上げて遠い目を…たぶん遠い目をしてます。…感情が読めないんですよね、この人の目って。

「その女性は、とにかく気位が高くての。誰に対しても攻撃的に噛みついて、やれ貴方の行動は貴族に相応しくない、もっと品位を持ちなさい、他の生徒への色目を止めなさい…なんて事を、よく言っておったよ。けれども、彼女は決して努力を惜しむようなことはしなかった。分かりづらいが、いい子だったのだよ」
「素敵な人だったんですね」
「うむ。だがのぅ…ある日、彼女は良くない事に手を出してしまったのだ…いや、それ自体は悪いことではなかった。しかし彼女は家を飛び出し、叔父を頼って立場を利用した…彼女は、致命的に人を見る目がなかったのだ」

ん~?謎掛けのような言葉ですねぇ…聞いた限り、その女生徒は委員長タイプですよね。その彼女が良くないことに手を出した?人を見る目、という点からして、おそらく…、

「悪い男にでも誑かされましたか」

割と遠慮会釈のないその言葉に、フクロウ先生は苦笑します。

「誰も、はっきりとはそう言えなんだがのぅ。だがあの男は…誰かれ構わず手を出しては、歯の浮いた言葉で相手を喜ばす。その癖、当人は色恋というものを信用していなかったのだから、話にならなかった…」

なるほど、早い話が女の敵ですね。
世間知らずのご令嬢が、色ボケ糞男の魔の手にかかってしまった、と。

「彼女は、それはそれはもう果敢にアタックしておっての。よく、わしの研究所に来ては、占いをねだっておったよ。占いの結果に一喜一憂し、占いの言葉を疑うことなく信ずるようになっておった。…元来、占いというものは、道を歩く杖のようなものだ。小石に躓かないように、それを指し示すためにある。あらゆる事象を占いに関連付けて考えるその姿に、盲信をするのも問題だと思ったものだよ」
「なるほど。その女性は、どうなってしまったんですか?」
「死んでしまったよ、男と結婚したばかりにな」

ああ…なんとなくそうかもなぁ、と思いましたけど、なんとも胸糞な話です。その時のことをフクロウ先生は悔やんでいるようで、カードを集める手にも、少し哀愁を感じます。

「占いで人の運命を変えられるなど、烏滸がましい話だ。それでも、わしは思う。あの時に違う結果を指し示しておれば、ともな。………すまんな、くだらん昔話を聞かせた」
「いいえ、参考になりました。あと、ご心配くださり有難うございます」
「かまわんよ、老い先短い老人の無駄話に付き合ってくれるなら、これ以上もないのぅ」

そう言って、ふくろう先生はほぅほぅと鳴きました。

…おっと、そろそろ授業の終了時刻ですかね。中庭の時計で確認した私は、ベンチから立ち上がってフクロウ先生へ別れを切り出します。
その間際、フクロウ先生は、どこか懐かしそうに私を見ます。

「…先程の話、その女生徒には、とても仲の良い幼友達がおったのだ」
「え?」
「その娘は、綺麗な瞳をしておった。お主と同じ、黒い、とても綺麗な瞳を」

そして、先生はじっと私を見つめてきます。な、なんですかね、急に…。
まるで吸い込まれそうなほどにこちらの瞳を凝視してくるそれに、私は戸惑ってじっと黙しました。
しばし見つめてきた先生は、唐突に天を仰ぎ…いえ、自分の塔の天辺を見つめて、呟きます。

「…ほぅ、星を見ねばならぬのであった」
「え」
「それではな、メイドさん」

それだけ言って、ふいっと先生は行ってしまいます。
な、何だったんですかね…何もかもが急で、理解が追いつかないんですけど。
ま、まあ仕方がないので、教室へ向かいましょうか。そろそろ動かないと本気でヤバいので。

…しかし、先ほどの話。

気位の高い女生徒と、仲のいい女生徒…それっていったい誰のことなんでしょうかね?少なくとも、ゲーム中にそんな描写はなかったはず…うぅん?
…ま、いっか。どうせ考えてもわからないことは、いちいち考えても無駄ですよ。
ともあれ、ラクル様にも占いの結果を話しておきましょうか。どうせ「どうでもいい」とか言うんでしょうけど、そういう結果があったという事を知るのは、精神的に多少は楽になるものですよ、きっとね。
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