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しおりを挟むそして数日後のこと。
家のお屋敷へ宣言通りにザリナがやってきて、私を注文をしてきました。本当はものすごく嫌だったんで、思わずご主人様に助けを求めたんですけど、思いっきり視線を逸らされてしまいました。何ですかそれは、このヘタレっ子め。
「い~い?あんたはあたしのお人形なんだから、あたしの言うことだけ聞いてればいいんだからね」
あれ、なんかデジャヴ…幼少期からぜんっぜん変わってない物言いですよねぇ…。
私の前でそう宣ったザリナは、それはそれは小憎たらしいぽっちゃり顔で、こちらを睨め付けてきました。ものすごく嫌なんですけど、ご主人様が居る手前、ぶん殴るわけにもいかないので渋々と頭を下げておきます。私はできるメイドなんですよ。
というわけで、私はザリナの後を着いて、王都のお店巡りをさせられることになりました。ザリナは相変わらずな様子でして、やれあれが欲しい、これはダサい、それをよこせ、これはお高い、と文句の付けまくりでしてね。お店の人たちも思いっきり顔を引きつらせていました。なんだか私までいたたまれない気持ちになります。私の責任じゃないんですけど。
「全く、王都なのになんでこんなに品揃えが悪いのよ!腹立つわね」
「ザリナ様、あまり無茶を言われませんように。無いものは無いのですから」
「あによ、このあたしに向かって文句をつけようっていうの?いい度胸だわ!鞭で打って叩き壊してやるんだから!」
「やるんでしたらできればお屋敷お願いします」
ここでやるのは色々とまずいので。しかし、同じように足をゲシッとしてくるところに、ラクル様と共通点を感じてしまいます。そっくりですよね、やっぱり。
ともあれ、いつもより何倍も気を使わなければならないこの買い物は、私にとって実に苦痛に満ち溢れるものでした。ラクル様もここまで破天荒なことはなさらないんですよね、ああ見えて。その点、ザリナは生粋の我が儘お嬢様でした。知りたくなかったですけど。
さて、ザリナのとんでもない量の買い物を終え、荷物だけを馬車で家まで運ばせる手配を終えたところで、「あ~もう疲れた!どっかで甘いものでも食べるわよ!」というリクエストを聞いてしまったため、仕方なく近場で程々のお値段のする貴族が入るようなお店へと向かいます。馬車の御者には、多めにお金を払って待機しておいてもらいましょう。
「ほんっとお腹空いた。ほら、ちゃっちゃとご飯を運んできなさいよ!」
はいはい。
ザリナが我が儘放題なのは分かっていたことだったので、あえてバイキング形式のお店を選んだのですけれども、それが功を奏しましたのか待ち時間もなく料理を取ってくることができます。しかし、高級店なだけはありますね。居並ぶ料理の品々は、一般的なものより何倍も美味しそうに見えます。事実、お高いですから。
いつものように軽やかな動きでステップステップターン、すれ違いざまにパパパパパーっとお皿に盛り付け、ザリナの元へお出しします。向かってからわずか1分の出来事です。さすが私、という熱い自画自賛。
「ふん、貧乏臭いご飯だこと!」
ザリナ的にはバイキングも駄目だそうです。あれですかね、回転寿司よりも出来たてな注文形式の寿司屋の方がいいってことでしょうね。私には違いなんて分かりませんけど。
まあ、ぶつくさ言いながらもちゃんと全部食べましたから、食欲は旺盛なようです。ここは半個室なんですけれども、やはり外の目もあるせいか、前のサロンの時よりずっと優雅な感じで食べ進めています。所作一つとってもここまで違うとは、印象って大事ですよね。
などと思いながら傍で控えていますと、唐突にザリナが話しかけてきました。
「ねえ、あんた」
「はい?」
「あんた、随分とあいつに気に入られてるのね」
その問いに眉を上げれば、ザリナは食後のデザートに奮闘しながらも、こちらをちらりと見てきます。
「あいつ、かなり偏屈だから、基本的に誰も信用してないのよ。あたしに対してもね。だから意外だったわ、あいつはあんたに対して随分と甘い態度をとっているもの」
「甘く見えますか」
あれで。
「そりゃね。あいつって警戒心強いから、他人を自分の1メートル以内には入れないのよ。ま、暗殺されかけたことも一度や二度じゃないんだから当然だけどね~」
言われてみれば、そうかもしれません。ラクル様は基本的に他人には近づきませんし、同じように他人から近づかれることもありません。異様に距離を詰めてくるのはケフくらいなものです。なので、ケフが近づいてくると必ず二・三歩ほど距離を取ります。
でも、サフィちゃんも私と同じような距離感なので、私たち人形に対して別のカテゴリーなのかもしれません。なので、したり顔で頷いておきましょう。
「人形としては光栄なことです」
「ふーん、本当に人形なのかしらね、あんた達って」
「それはどういう…」
「普通のお人形さんは、あんたみたいに意見はしないし、反論もしてこないし、注意もしてこないのよ。まるで本当に生きてるみたいだわ」
むむ、ザリナのくせになかなか鋭いことを言いますね。
「ご冗談を。私もサフィールも生命ではありません、ただの人形です」
「ま、別にいいんじゃない?あんたがそう思うんなら、それで。でもねぇ」
ザリナはこちらを見ながら、手元にあったナプキンで口元を拭っています。
「あんたにその名前をつけたのは、意外だったわね」
名前………ああ、メアリさんのことですか。
「あの方のことを、覚えていらっしゃるので?」
「ま、一応ね。このあたしに裁縫を教えたのはあの女だったんだから、当然だわ」
「では、あの方がどうなったのかも?」
「……知ってるわ。一度、それであいつと喧嘩したもの」
喧嘩?ラクル様とザリナが?
私の驚きを察しているのか、ザリナは遠くを見るようにため息をついて、椅子に凭かかります。
「あいつ、うちの屋敷に来た頃は、何しても何の反応もなかったの。まるで本物の人形みたいにね。あたしが何を言おうが何をしようが、一言も喋りもしなかったわ。このあたしの話を無視するなんていい度胸だわ!って思ったもの」
………その光景が目に浮かぶようですね。
しかし、そうですか…ラクル様、あれからそんな事になっていたんですね・・・。
「だからあたし、言ってやったのよ。あんたの母親はともかく、あんなメイド一人いなくなったところで何をそんなに落ち込んでいるのって」
「もの凄く酷いことを言いますね」
「だって分かんなかったんだもん。あたしには今も分からないわ、メイドが居なくなる苦痛なんて」
「それを窘める方はいらっしゃられなかったんですね、ザリナ様には」
ふん、とザリナは腕を組み、胸を反らします。
「当然よ、そんなこと言う奴はパパに言って全員クビにしてもらったんだから。このあたしに意見できるような奴なんて、誰もいないわ。だから喧嘩なんてこともしたことなかった。なのに…」
「ラクル様が、それに反応したんですね」
「そう、このあたしに馬乗りになって、拳を振り上げたの。あたしもびっくりして、殴られちゃうって思ったわ。でも、いつまでたっても拳が振り下ろされなかった。…目を見開いたら驚いたわ。あいつ、泣いてたの」
今まで何の反応も示さなかったラクル様が、メアリさんのことを言われた時だけ飛び掛った。やはりあの人にとって、メアリさんはとても特別な人だったんでしょうね。
「後にも先にも、あいつがそんな反応を示したのはそれっきりだったわ。…まあ、このあたしに飛びかかるなんて真似、二度もさせるわけがないけどね」
「それは大層驚いたんでしょうね」
「そうよ、とても驚いたわ、だからあたしもあのメイドのことは二度と口にしなかった。だからあんたの名前を聞いた時は本当に驚いた。あのメイドと同じ名前だもの」
改めて考えると、かなり重いですよね、それ。それを名付けられた私はどう受け止めればいいんでしょうか。
とはいえ、その問題を受け止められないほど、柔な精神はしていません。数年間も人形だったのは伊達じゃないんですから。
最後にザリナはこう言って、話しを締めます。
「だからね、あたしはあんたに言っておきたいのよ。もしあんたがあいつを傷つけるようなことがあったら、あたしは絶対に許さないって。地の果てまで追い詰めてぶっ壊してやるんだから」
「………とても、気にかけていらっしゃるんですね、あの方を」
「あたしにとって弟みたいなもんだから当然でしょ?それに、あいつは未来の王様なんだもの。王様を子分にするのって悪くないと思わない?」
ふふん、と胸を反らしで自慢げ。
何と言うか…すごくザリナらしいですね。意外と大物なんじゃないですかね、この人。
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