私は彼のメイド人形

満月丸

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サフィにお茶へ誘われた青年は、少しだけ困ったように懐中時計を見ながら思う。

(すぐに帰るつもりだったんだが・・・)

抜け出したのを知られれば、何かと面倒なことにはなる。のだが、悲痛な顔の少女を袖にするのも紳士として違うだろう、と思ったため、されるが儘に後を着いていくことになった。

(あの男なら、一蹴して終わるのだろうがな)

そこだけは羨ましい、と内心で思っていたりする。

「あ、あそこですよ、あそこ。今若い人に人気の喫茶店!」

サフィが指差す先には、なかなか上品な雰囲気の、しかし貴族よりも平民受けの良さそうな喫茶店があった。

(ふふ~ん、さっき話しを聞いておいて良かった~。おいしいパンケーキもあるって話だし、なんか楽しみだなぁ~!)

ちなみに、サフィへここを教えたのは食料品店のお姉さんである。メアリだけでなくサフィとも仲良くなったお姉さんは、わりと王都の事情通である。
ともあれ、サフィールの案内で喫茶店に入った二人は、メニューを見ながらオーダーに入ったのだが。
で、ここに来てようやくサフィは気付いて、天を仰いだ。

(あ…あたしの身体って何も食べれないし飲めないんだった…う、うぅ~…パンケーキ……)

内心で軽くショックを受けている一方、そんなサフィに、青年は怪訝な顔。

「どうしたんだ?」
「え、ええっとぉ!えへへ、あ、あたしあんまりお腹空いてなくってぇ・・・」

という苦しい言い訳で誤魔化し、首を捻る相手を前にサフィは乾いた笑いを吐くしかなかった。

(うぅ・・・この体、やっぱり不便だよぅ・・・)

「それで、君の名は」
「えっ、・・・あ、失礼しました!あたしはサフィールです」
「サフィール、なるほど・・・綺麗な名だな」
「・・・ありがとうございます。えっと、貴方のお名前は・・・」
「・・・君の主人から何も聞いていないのか?」
「ええっとぉ・・・?」

首を捻るサフィに男は再び嘆息し、茶器を手にして名乗った。

「私はパトリック・セグナート。この国の第二王子だ」

(・・・パトリック?)

コテン、と首を傾げてから、ようやくサフィの中でのピースがカチリと嵌まった。メアリ達が何度も言っていた政敵パトリック、それが眼前の御仁だと気付いて、サフィは内心で真っ青になった。

(う、わぁ・・・これ、ご主人様に絶対に怒られるわよね・・・う、ううん、でもまあ借りを作ったままな方が問題だし、これでノーカンってことに・・・ならないかなぁ・・・)

学園でも初日の諍いで出会っているはずなのだが、あいにくとサフィは相手の顔よりも、攻撃的になったラクルやメアリに驚きっぱなしで、パトリックの顔をほとんど見ていなかったのである。あと、その後のザリナの突貫のせいもある。
ともあれ、サフィは気を取り直しつつ、この重い空気を破るべく口を開いた。

「えっと、パトリックさん?」
「なんだ?」
「えっとえっと…こ、このままだと、パトリックさんが次の王さまなんですよね?どんな勉強をしてるんですか?」

特に含みもない言葉だったのだが、パトリックは眉を上げた。ただ、サフィに邪気がないと察したのか、諦めたように肩を竦めた。

「どうと言っても、他の貴族と似たような教育だろう。一般的な学問諸般、それから各地を巡って市井の生活を視察し、何が足りず何が問題なのかを見聞したり・・・あと、国中の情勢の把握もそうだな。作物の収穫量は物価の変動にも関連している故に、民が飢えないように先だってアクションを取るよう陛下へ直訴したりする」
「へぇぇ~!何をすれば飢えないようにできるんですか?」
「たとえば、各地の領主はある程度、有事の際に向けて税金の一部の備蓄をしているのだが、これを放出してその地域への義援金として送ったりする。無論、それを着服する輩は後を絶たないが、王都から税務官などを派遣して精査し、それ相応の対処をする事になる。まあ、領主と横領は切っても切れぬ縁だな」
「はぇ~・・・」

そんな上位者のアレソレの事情など、サフィはこれっぽっちも知らなかったので、感嘆の息しか出てこない。なので、素直にほんわり笑顔で言った。

「凄いですねぇ、国中を行ったり来たり、部下の人とかもきっちり面倒を見なきゃいけないんでしょう?あたしじゃきっと途中で倒れちゃうかもしれないなぁ」
「まあ、激務ではある。とはいえ、王になれば王宮から出ることが出来なくなる。私の役割を別の誰かに託すこととなるから、より把握が難しくなるだろう」

頭の痛い問題だ、とパトリックは息を吐いて紅茶を一口。

(・・・そう、忙しい現状なのに、どうしてここでお茶など飲んでいるのだろうか)

と、現状の不思議さに、パトリックは自分で首を傾げてしまいそうになる。
なんとなく、パトリックはサフィを観察した。
ふわふわの青い髪、煌めく青い瞳はその白い相貌に映え、彼女全体の雰囲気を際立たせている。
美しい娘だな、とパトリックは思った。

「・・・?えっと」

見つめすぎていたと察したパトリックは、サフィとは違う色合いの青い瞳を逸らして、何気ない口調で言った。

「君の主人は、屋敷ではどんな風なんだ」

口にしてから、なんでこんなことを言ったのだろうか、と、自分で思った。あの腹違いの兄の暴力癖など、学園で嫌と言うほど知っているのに。
しかし、サフィの明るい予想外の答えに、逆に我が耳を疑う。

「ご主人様は、お屋敷ではとっても静かなんですよ」
「・・・なに?」
「学園だとなーんかいつもイライラしてるけど、家だと物静かで本ばっかり読んでるんですよ。メアリさんとじゃれ合ってるときは叫んでますけど、それもなんか楽しそうで」

あの二人、やっぱり気が合うんじゃないかな-、とサフィは呟いた。
一方、その言葉に、パトリックはしばし黙ったままだった。

(あの、男が?あれだけ騒動を起こしているアレが、屋敷では静か、と・・・?)

ここでパトリック、自分の中のラクルのイメージがザリナに引っ張られていることに気付いた。彼の中でザリナとラクルはセットの扱いだからだ。そういえば、幼い頃に会ったときはもっと静かだったな、とようやく思い出したほどだ。
そんなパトリックに気付かぬまま、サフィはふふふ、と思い出し笑いをする。

「この前なんて、ニコさんと一緒に庭のお掃除してたら、上からメアリさんの首…メアリさんが飛び降りてきてビックリしたんですよ。窓からご主人様にぶん投げられたんですけど、当人は猫みたいに着地して素知らぬ顔で戻っていくんです。本当に凄い人ですね」
「凄いというか・・・凄いな、それは」

なんなんだそれは、とパトリックは遠い目をした。自分にワインを浴びせたあのメイド、パトリックは苦手である。いろいろな意味で。

「あ、でもご主人様が酷いことするのって、メアリさんだけなんですよね。メアリさんが変なことばかりするんで、非常識だーって注意してることが多いです。でもご主人様もやっぱりどこか変なんで、メアリさんに突っ込まれてることも多くって、それに怒ってるって事も多いんですけど」

変人同士、気が合うんだろうな、とパトリックは思った。あと、それを良い思い出のように語っている目の前の彼女も、なかなか常識と感性がズレているな、とも。
そんなことを思われているとは露知らず、サフィはそういえば、とパトリックを見る。

「あたし、ずーっと以前の記憶が無いんですよ。ご主人様に拾われるまで、どこで何してたかもわかんなくって・・・でも、なんかパトリックさんに会ったことがある気がして。それでついつい、お茶に誘っちゃいました」

すみません、と苦笑交じりに言われ、パトリックは少しだけ困惑した。

(…嘘を吐いている気配はない、な)

当初、ラクルの命令か、あるいはこちらの容貌を目当てにお茶へ誘ったのか、と勘ぐっていたのだが、そんな感じではないので尚のこと、内心で戸惑っていた。
一方、サフィは、

(聞いてたよりずーっと紳士的だし、やっぱり悪い人じゃなさそうよね)

と、パトリックへのイメージが上書きしていたりする。
自然、互いに何も言わず、互いを見つめるという奇妙な空気になったのだが。
先に我に返ったのはパトリックで、誤魔化すようにカップを傾けた。

「・・・あー、うむ、その、サフィール・・・で、良かったかな?」
「・・・え?あ、はい」
「君は、今の主人の元に居ることに、同意しているのか?」

やや悩んだ風のパトリックの言葉に、サフィはパチパチと瞬きを繰り返した。

「同意?いえ、あたしは・・・」
「ならば、どうだろうか。君が望むのなら、あの主人から君を引き離すことは可能だ」

第二王子である自分の力を持ってすれば、可能だろう。パトリックはそう思った。
しかし、これにはサフィも困った顔をする。

(え~・・・う~ん、これってひょっとして、引き抜きされかけてる?)

「ええっと・・・違ったらすみませんけど、つまり、あたしにパトリックさんのメイドになれって、言ってます?」
「君が望むのなら、それも吝かではない」

不可能では無い、と相手は肯定するのだが、ここでサフィールの脳裏に過ぎる声。

女を侍らす色ボケ男、地位に胡座掻いてるハーレム好き、好色魔、エトセトラ。

(こ、これは・・・!)

サフィールは思った。

身の危険を感じる!、と。

「え、え、ええ~っとぉそのぉ~!あ、あたしまだやることがあるんで~すみませんけどぉそのお話はまた今度で~!」
「・・・そうか。ならば致し方ないな」

予想外に深追いはしなかったので、サフィは内心で胸をなで下ろした。
一方、女好きというレッテルを貼られていると知らぬパトリックは、無表情の下で眉を顰める。

(やること?いったい何をするつもりなんだ・・・あの男の元ですることなど、何がある?まさか…)

「惚れているのか?」
「はい?」
「・・・なんでもない」

思った反応が無いので無言で茶を啜り、突然のそれにサフィはますます疑念が募った。

(今惚れてるとか言われたわ・・・ひょっとして、自分に惚れてるのか?って聞いてきたの?やだ~!)

「あ、あの、流石にあたしにも好みがありますので・・・」

少なくとも、好色な奴は好きじゃ無い、ということをやんわり言えば、

「なるほど」

(まあ、あいつは趣味が悪そうだしな)

パトリックは完全に相手の事だと勘違いしていた。ついでに、気になっていた事も聞いてみる。

「もう一人のメイドは、あの男とどんな関係なんだ?」
「え?メアリさんの事ですか?う~ん、たぶん・・・」

サフィは思い返す。蹴っ飛ばされる先輩人形の光景。

「・・・殴られ関係?」
「・・・なんなんだ、それは」
「言葉にしにくいですからね。というか、パトリックさんはメアリさんが気になるんですか?」
「・・・まあ」

自分に塩とワインをぶっ掛けざまぁしてきた奴なので、当然の如く苦手というか、嫌いである。
一方、そんな曖昧な返答に、サフィの乙女センサーがピキーンと反応した。

(これは、まさか・・・・・・三角関係!?)

頭の中でピシャーン!と轟く雷。

(ラクル様はメアリさんが好きで、メアリさんはラクル様が大事で、それでパトリックさんはメアリさんが好きなんだわ!だからあたしにそれとなく聞いてきたのね、きっと!)

サフィの中の乙女回路が暴走し、修羅場で少女漫画っぽい展開が繰り広げられていた。
なので、サフィは勢い込んで言った。

「えっと、きっと大丈夫ですよ!希望はありますから頑張って下さい!」
「?・・・あ、ああ・・・」

サフィの励ましが理解できず、パトリックは首を捻りながら、とりあえず頷いた。彼女はラクルのメイドなのに、自分を応援しているんだろうか、そんなんで大丈夫なのか?と、ちらりと考えたり。

見事なまでの会話のすれ違いっぷりである。

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