私は彼のメイド人形

満月丸

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さて、一つ用事が終わったので次に向かいましょう。とりあえず、セーレに接触すべく行動するつもりなんですが・・・。
休み時間の合間を見計らい、生体センサーでラクル様を回避しつつ、セーレらしき人の反応を探します。彼女は見つけやすいですね、人が一番多いところに居ますから。

で、スムーズに見つけたはいいんですけど、取り巻きの集団に塗れてます。血気盛んな野郎どもが目をハートにしながらアプローチしてるせいで、まったく近づけませんよ。通行の邪魔な連中です。

「・・・あら、貴方・・・」

と、そこであちらさんから声が掛かりました。
ざざざぁっと人垣を割りながら、女王様の如き赤い淑女が歩み寄ってきます。微笑みはまさにルビーの如く、美麗なその様は無駄に威圧感があります。
されど私も負けていません、あっちがルビーならこっちは黒真珠ですよ。女王様の面前でも鉄面皮(物理)はビクともしませんから。
自然、なんか睨み合う感じになってしまいました。

「ラクル様のメイドね、何かご用かしら?」
「はい、少々お尋ねを」

一応、会いに来た正当な理由はありますよ。

「パトリックへ、ラクル様の件でご相談をされたとか」
「・・・ああ」

そうなんですよねぇ、パトリック様の例の台詞が引っかかったんで、ちょいと突つきたくなりましてね。
されどセーレ、目を細めながら密やかに笑います。

「パトリック様も困った方ですわね。私、確かにラクル様のことについて、ご相談はしました」

おっと意外にも認めましたよ。
しかし、彼女はピクリともしない完璧な笑みの儘に続けます。

「けど、私はあんなことを、言った覚えもなかったの。私、ラクル様の今後の事・・・イズレルカ家の再興に関して、誰かとご相談したかったのですわ。だから、弟のパトリック様にお話ししたのですけど・・・」

やれやれ、とばかりに首を振ります。

「まさか、あんな風に解釈されるなんて」
「では、あれは貴方の本意では無い、と?」
「もちろんです」

・・・・・・・・・、彼女の鉄壁の微笑みでは、真意が欠片もわかりません。しかし、言っていることに矛盾はないですね。むむ・・・。
ボロを出す事はなかったので、不承不承、頷きましょう。

「なるほど、ラクル様想いの婚約者なのですね」
「ええ、もちろん。だって女性にとって、結婚とは特別なことでしょう?だから相手の殿方を詳しく知りたいと思うのは当然ですわ」

政略結婚が当たり前のこの世界の貴族でも、結婚は特別なんですかね。
ともあれ、これ以上を突っついても何も出てきそうにないですね。仕方ないので、こちらは頷いて去りましょう。

「わかりました、ラクル様にはそうお伝えします」

されど彼女、ここでギラリと目が光ったような…そのまま、静かな口調で尋ねてきます。

「・・・ところで貴方、お名前はなんと?」

なんですかね、その目は。
まあ、隠すことじゃないので普通に名乗りましょう。

「私はラクル様のメイド、メアリと申します」
「・・・メアリ、そう…」

私の名を聞いて、なんか興味が失せたように、ふいっと去っていっちゃいましたよ。なんですかね、いきなり聞いといてその反応、ダサい名前だとでも思ったんですかね。デコピンしますよ。
さっさと踵を返した相手を遠目に、私は私で帰りますかね。

しかし・・・、

なーんか、セーレって人間味を感じませんねぇ。なんというか・・・ううん、言葉にしにくいんですけど。
そう、例えるのならば、ゲームのNPCみたい。この世界はゲームに似た現実ですが、彼女だけ・・・完璧なんですよね。それがどうも、人形っぽく感じます。演技臭さを感じるって事ですかね。
むむむ、一筋縄じゃいかなそうですねぇ。


・・・・・


「ご機嫌麗しく、カティア様」
「・・・貴方、また来たの」

はい、今日も通いますよ、メアリです。

今日も今日とて、休み時間に温室へ入り浸っているお二人の間を邪魔するように、私がやって来ます。邪魔されてカティアは眉を顰めてますけど、ジュジュレ君はぼや~っと植物を模写ってます。

「言っておきますけど、何度来ても許すつもりはないわよ」
「無論、心得ております。それはそうとして、このクッキーは如何でしょうか」
「・・・物で釣ろうとしてる時点で喧嘩売ってるんじゃないの」

いえいえ、今回は本当にただクッキー焼いてきただけですって。
いえね、サフィちゃんと一緒にお料理でクッキー焼いたんですけど、思った以上に出来ちゃって。で、ついつい私たち、自分が食べないって事を計算に入れてなかったもので、この山盛りクッキーが残りました。男性陣は甘い物、あんまり好きじゃないようなんですよねぇ。まあニコ君は恐縮して一枚しか食べなかったんですけど。恐縮しすぎです。

とまれ、私は用意しておいた茶器一式をバスケットから取り出しーの、テーブルクロスをバッサァっと机に敷いてーの、目の前で熱々な紅茶を煎れちゃいまーす。うーん良い香り。食べれませんけど。
手早く用意されたそれに、カティアは呆れ模様。ジュジュレ君?模写ってますよ。たぶん、話も聞いてませんね、これは。
パパパッとできたそれを前に、私は椅子を引いてスタンバイ。
その視線に、カティアは威圧感を抱いたようで後ずさります。が、私が変わらずじーっと見つめれば、遂には諦めたのか両手を挙げました。

「・・・わかったわよ!食べてあげれば良いんでしょ!食べれば!・・・ほらジュジュ!そろそろ休憩に入りましょう!」
「・・・んー、あとちょっと」

そんなことを言うジュジュレ君を引っ張って、二人は椅子に座ってくれました。良かった良かった。
座ってもジュジュレ君の心はノートに旅立ってますけど、出されたお茶はちゃんと飲みます。あとクッキーも。味を聞いてもたぶん応えないっていうか、きっとすぐ忘れるんで、彼に感想を聞くのは諦めましょう。

「・・・あら、美味しい」

それとは違い、カティアはクッキーをサクッと食べてます。その反応に、私としては嬉しくなって密かに拳を握ります。やはり美味しいと言ってくれることこそメイドの本懐。感無量ですね。

「・・・ま、まあ、うちの料理長のクッキーよりは下だけど・・・」

と、慌てた感じで付け足すのがアレですね、ツンデレの片鱗が見えますね。

「有り難うございます、家の者以外で忌憚なき意見を聞けるのは、少ないので」
「・・・貴方、イズレルカで料理もしてるの?」
「ええ、料理長が居ないもので」
「ふうん、財政難だってのは本当みたいね」

その割に散財してますけどね。ああ、でもサフィちゃんを作るのに鎬を削ったみたいで、最近の届けられる材料は粗食気味です。世知辛いことです。
などと思っていれば、カティアはさらりと流れる茶髪を耳に引っかけつつ、目線をこちらへ寄越してきます。不審げな眼差し、探られてますねぇ。

「・・・本当にお人形みたいね」
「はい?」
「貴方の事よ。噂通りなら、どんな弱みを握られてあの男に傅いてるの?それとも奴隷なのかしら?」
「さて、どちらに見えますか?」

そう小首を傾げて言えば、カティアは眉を潜めて睨んできます。可愛らしいお顔が台無しですねぇ。
美人さんですのに、彼女。釣り目のツンデレ系ご令嬢、お姉さんキャラなので気弱なセーレの良きアドバイザーでもあります。
しかし原作では和やかな彼女も、今じゃ冷笑を浴びせられるだけの間柄。ああ、寂しいものです。

「貴方って・・・」

そんなことを思っていれば、カティアはクッキーを一つ食べてから、一息吐きます。

「変な人よね。いきなり会いに来たと思えば、その視線。私、貴方と会ったことなんてあったかしら?」
「はて?先日が初対面だと記憶しておりますが」
「じゃあ、どうして貴方は私を見るとき・・・そんな妙な視線で見るのかしら」
「妙、とは?」
「そうね、例えるなら・・・」

「親しみって奴じゃないかな」

と、ここでジュジュレ君が戻ってきましたよ。
彼、ポリポリとクッキーを食べつつ、眼鏡越しに緑の瞳をこちらへ向けてきます。

「僕もちょっと不思議に思ったんだよね。君、なんか初めて会った感じがしないから。なのに、君は僕らを知っているような感じで話すんだもの。ちょっと不思議だなって」

・・・ありゃ、気配が出てましたか。うっかり。
さーて、どう誤魔化しましょうかね、と黙ったまま思考を巡らせていると、カティアがため息を一つ。

「まあ、言いたくないのなら、無理には聞かないけれど・・・でも、貴方がどういう目で私たちを見るのかは知らないけれど、これだけは言っておきます。私、貴方の主が嫌いなの。ええ、大嫌い」

キッ、と眦上げて宣言されました。
それには頷くしかありません。

「ごもっともです。当方も、許されることとは思ってはおりません」
「じゃあなんで・・・」
「それでも、つけねばならないケジメという物があります。あの方が成長なさらなければ・・・」

・・・いずれ、窓から飛び降りる嵌めになるんでしょうか。
脳裏の過ぎった結末から目を逸らすように口ごもれば、カティアはふん、と小馬鹿にした感じで嘆息します。

「・・・結局は貴方、私への謝意じゃなくて、貴方の主人のために頭を下げに来たんじゃないの。それって自己満足とどう違うのかしら」
「・・・仰るとおりです」

ぐうの音も出ませんね。私が恐縮していると、カティアはまたため息。ストレス感じてそうです、私が原因ですけど。

「・・・そういやさ、ティアってラクル殿に何されたの?僕、よく知らないんだけど」

空気が険悪になった時、不意にジュジュレ君が呟きました。彼なりに空気を読んだんですかね…いえ、天然ですね、これは。
カティアは頬を朱に染め、腕組みしながら言い捨てます。

「前に話しませんでしたっけ?ええ、あの男!入学式の日に私になんて言ったのか!」

カティアの話によれば、貴族らしく入学式ではパーティをやるそうです。立食形式のパーティ。豪華そうですね。
で、そこの席で、カティアも方々に挨拶して回っていれば、なんか酔ったラクル様が絡んできたとか。

『おい、お前。俺の供をしろ。どうせ木っ端貴族の娘だろう?王子である俺の伴をさせてやるんだ、感謝しろよ」

と。
・・・容易に想像できますね。

そのときの事を話すカティアは、苦虫を丸めて詰め込んだような顔です。

「それをやんわり拒否すれば、急に怒りだして・・・私、もう何が何やら。あの男の噂は聞いていたから、パトリック様に助けを求めようとして・・・」

逃げようとしたカティアと、それを止めようと肩を掴んだラクル様。
で、もみ合いになってラクル様の袖のボタンがカティアの襟に引っかかって・・・、

「後はもう散々!ドレスは駄目になるし、お父様には叱られるし・・・思い出しただけでもむかっ腹が立つわね!」

なるほど、服の件はラクル様のドジの可能性が高そうですが、まあその後もカティアのフォローをすることも無く「俺は知らんぞ!」とばかりに逃げていったそうなんで、やっぱあの男駄目ですね。ドへたれめ。
思わずふかーいため息が漏れ出てきてしまいますよ。肺無いですのに。

「そっか~・・・それは大変だったんだね」
「ええ本当に・・・って、なんでジュジュが知らないのよ。貴方も出席してたでしょう?」
「う~ん・・・たぶん、途中で退席したんじゃないかな」

その可能性が高そうですね。彼、絶対にそういう場よりも温室で植物弄ってる方が好きそうですもん。

ともあれ、内容はわかりました。されど、お灸を据えることは変わりません。うちの坊っちゃんがバイオレンス糞男なのは変わらないまま、ドジのへたれという称号も追加しておきましょう。バイオレンス糞ドジへたれ男です。
と、主人への罵詈雑言が止めどない心中とは裏腹に、ともあれ再度謝罪します。

「ほんっとうに申し訳ございません、うちの馬鹿息子が・・・」
「ええ本当にね!パーティへ出るたびに服の件を言われて、こっちは大迷惑だわ。赤の他人に嫁の貰い手も居ないとか言われたり、卑猥な手紙を送りつけられる苦痛、貴方にわかって?」
「縁遠い言葉ではありますが、理解に努めます・・・」

平謝りしかできませんので、謹んで拝聴しましょう。

結局、その日はカティアの罵詈雑言に付き合うだけで終わりました。ああもう、なんか無いはずの胃が痛みますよ、本当に・・・はぁぁ~ぁ。
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